偏愛と衝動がビジネスを生み、社会を変える
井口尊仁(連続起業家)×月輪健司(ホステル『Len』企画)
偏愛と衝動からビジネスを生み出し続ける
こんにちは。マーケティングの浦野です。個人の偏愛や衝動を全力で応援するレジデンスプログラム「COUNTER POINT by FabCafe Kyoto」に関連して不定期で発信しているインタビューシリーズ「FabCafe Kyoto偏愛探訪」。個人的な衝動や偏愛をさまざまな活動に展開している、FabCafe Kyotoと関係の深い方々を紹介しています。
今回はこの連続企画のスピンオフとして、「偏愛と衝動は何を生むか?」というテーマで、偏愛や衝動を起点に社会に接続し活動を広げている2人とディスカッションしました。
お話しいただいたのは、連続起業家として数々のサービスを生み出してきた井口尊仁さんと、 京都河原町にあるホステル「Len」の宿泊・企画を担当している月輪健司さん。Lenは、2021年5月から宿泊パートナーとしてCOUNTER POINTに参加したばかり。ホステルという枠に収まらず様々な人を惹き寄せ続けるLenも、井口さんの活動も、根底には偏愛と衝動がありました。
執筆・撮影:浦野 奈美
生み出してきたサービスのモチベーションは「孤独」
── 井口さんはご自身を連続起業家と表現されているように、これまでさまざまなサービスを世の中に出し続けています。井口さんが起業し続けてきた原動力とはなんでしょうか?
井口 僕は20年間シリコンバレーを拠点に活動しています。まずセカイカメラは、情報が全部見えたらいいな!というプロジェクトで、街の中でスマホをかざすと、過去にそこに訪れた人の感想やコメントが見えるというARのサービス。その次に作ったテレパシーというのは、その瞬間感じた感動をすぐに共有できるメガネ型コンピュータ。そして今は喋りたいと思った瞬間に自由に喋れたらええやん!という発想で、Dabelというサービスを2016年から取り組んでいます。
井口 これらすべての動機は「孤独」なんです。実は僕、セカイカメラもテレパシーもCEOを降ろされてるんです(笑)そうなるとどうなるかというと、仕事仲間や友だち、投資家はとうざかるし、家族はドン引きするし、加えてサンフランシスコは日本みたいに居酒屋がないから夜も長くて孤独で寂しいんです。でもある夜、布団に包まってブルブル震えながら孤独を感じていたら、ハッときづいたんですよ。もしかして、同じように孤独を感じてて誰かと喋りたいと思っている人が世界中にいるんじゃないか?って。こんな人たちが寂しさを紛らわす、そのために喋れるアプリがあれば、世界にも貢献できるし、ビジネスになるのでは?と思ったんです。
2019年からはじめて8万人の規模まで広がりました。特に、アメリカでは目の見えない方のクラスタが利用してくれていて、すごい勢いで広がったんです。しかし、2020にClubhouseが世界を席巻しましたね!(笑)一時期はClubhouseには到底勝てないとすごく落ち込みました。投資家にお金返して辞めてしまおうかくらいまで思いました。でも、あるときハッと気づいたんです。Clubhouseと自分のアプリはそもそも目的も設計思想が全く違うから、自分たちが取り組んでいることも尊いはずだ!と。それで、負けてられないと思って、Dabelを0から設計し直したんです。
イノベーションは偏愛と衝動からしか生まれない
── 井口さんのモチベーションが孤独というのは、なんだかすごく納得できます(笑)それに、どのサービスもちゃんと井口さん自身が「ほしい」と思っているのが伝わってくる。
井口 Y Combinatorという、AirBnBを育てた投資会社の代表のポール・グレアムが、「多くの人類が欲しい物をつくれ、ただ残念ながら今はそれを皆知らない」と言っていて、さらには、「スケールしないことをしろ」と付け加えているんですよ。これはすごく難しいことで、なぜなら、起業家はビジネスを予算調達のために意識せざるを得ないし、たとえば広告代理店にしても、すでにあるものを売るために「シズル感」を設計することは得意でも、知らないものを売るのはすごく難しい。
そういう点で、僕がCOUNTER POINTの最大の魅力だと思うのは、衝動と偏愛をドライブにしながら資本主義の原理に囚われないことなんです。自分は資本主義の原理原則に染まっているし、それによって思考に制約が入ってしまうんです。もう僕たちは資本主義で目が曇ってるんですよ。
── 目が曇っている…(笑)
井口 偏愛と衝動だけに集中するっていうのが大事なんです。そもそも、みんなイノベーションやシンギュラリティって言いますけど、そう言っている企業の多くは絶対その意味をわかってないんですよ!絶対に!だって、本当のイノベーションを考えるなら、発案の段階で収益やビジネス性を言ってはいけないんですよ。全く関係ないです。なぜなら、ビジネスで価値を説明できるものは、イノベーションではないからです。それらは改善・改良でしかない。
── 既存の尺度や常識で測ってる限りは新しいものは生み出せないと。
井口 そうです。だって、AirBnBは今や当たり前ですが、当時は他人を家に泊めるなんてアイデア、最初はきっと理解されなかったはず。全く新しい製品を世に出すとき、プロトタイピングやヒアリングをするんですが、それは元々純粋な価値を出すためのものなのに、既存の誰にでも分かる言葉で説明してしまうと、意味がなくなってしまうんです。つまり、既存の尺度では検証できない。一番大事な羅針盤は、始めた人のインスピレーションでしかないんですよ。
── なるほど。その時に、そのインスピレーションは生々しく具体的なもの、つまり、偏愛と衝動である必要がある、ということですね。私たちも勇気づけられます!
Lenの体験はチームが常に初期衝動に戻れるから作れている
── Lenの企画を見ていても、すごく衝動と偏愛を感じるんですが。展示や料理、物販やイベントなど、常にさまざまな企画が起こっていて、一般的なホステルのイメージを超えたカルチャースポットになっているというか。
月輪 僕自身はLenができるタイミングで、運営会社のBackpackers’ Japan に入り、今は広報や企画をしているんですが、自分の社内の役割はまさに「偏愛と衝動」担当なんです。
── え、そうだったんですか!
月輪 はい、自分がおもしろいと思ったことを、まずはやってみる係です。それで、収益性は別の得意な人が考えてくれる、という感じです(笑)
月輪 僕がこの会社が好きな理由となるエピソードがあるんですが、創業期に、立ち上げメンバーの4人のうち、2人が世界一周、もう2人が日本一周旅行をして、それぞれがバックパッカーカルチャーを見てきて、1年後に再び集結してこれから作るゲストハウスどうする?を考えたそうなんです。合致したのは、「結局、美味しいごはんと美味しいお酒があって、良い音楽が流れていて、世界中からいろんな人が集まってそのまま寝れたら最高じゃない?」という、言ってしまうと当たり前の感覚だったそうで(笑)でも、その軸が明確に共有できたことで、「ここしかない」という場所も見つかり、共感する大工さんも見つかって、一気に場ができていったそうなんです。
この時の、最初の初期衝動に立ち返って考えることがLenを立ち上げたり運営する際も指針になっていて、その空間を維持するために必要なのはなんだろう?というのをスタッフ皆で一緒に考えて、アートやライブなどの企画や、デザインや運営すべてにつながっているんです。
── 答えを外に求めていないんですね。内側にいけば行くほど、外にも共感を得ていって、今のLenがあるんですね。
月輪 COUNTER POINTの話を最初に聞いた時も「そんなん面白いに決まってるやん!」と思いました。Lenは今ミュージシャンとの交流が多く、売れる売れない関係なく、スタッフが良いと思った方々に発表してもらったり、よくイベントはしていました。でも、イベントに単発性があり、Lenとしてもクリエイターと継続した関係性を作れないかなと思っていたんです。そんな時、FabCafe Kyotoでレーザーカッターを利用しに来ていた時にCOUNTER POINTの宿泊パートナーになってくれないか、というお話をいただいて、衝動で「やろう!」と言ってたんですね。
── 私もあまりの即答にちょっとびっくりしましていました!(笑)
月輪 そう、でもLenに戻ったら「それちゃんと条件決めた方がいいよ!」とか、「勝手に無料とか言ってませんよね!?」とか言われて(笑)そうやって、ちゃんと冷静になって考えてくれるスタッフがいるので、役割分担がバランスよくできているんです。
── 第四期メンバーは展示がアウトプットになる方も結構いそうなので、Lenも宿泊パートナーとしてだけではなく、展示会場や壁打ち相手としても連携できるといいなあと思っています。
「衝動で泊まる」ことで、活動はどう変わるか?
── コロナ禍で移動が難しい中で、旅に対して求めるものや形が変わってきています。FabCafeを運営しているロフトワークが京都市観光協会と行ったリサーチプロジェクトでも、これまでの名所旧跡をめぐる消費的な旅から創造的な旅に変わっていくという結果が出ていました。ワーケーションや住むように旅するスタイルも広がっています。COUNTER POINTとLenが組むことで、そうした活動を加速させることができたらいいなと思っているのですが、どう思いますか?
月輪 宿泊業界にはリードタイムという考えがあるんです。予約してから実際に行くまでの間の期間のことです。コロナ前は半年くらいのリードタイムがあったんですが、どんどん短くなっていて、コロナ禍では先が読めないので、今の予約のほとんどがリードタイムが1ヶ月以内なんです。だから、僕たちもそれに合わせた施策を打っています。たとえば、今日のこの時点で東京に戻るのをやめ、Lenに泊まる!という希望を叶えるためのプラン(たとえばパジャマがいるよね、等)を考えています。だから、COUNTER POINTで活動している方も、FabCafeで活動をしながら、「今日泊まっていこう」と衝動で泊まっていただけたらと思っています。
── 世界的に未来が読めない時代だからこそ、衝動でホテルに泊まっちゃう、みたいなこともしやすくなっているような気もします。たとえ近所に住んでいても、泊まる場所が違うと景色も出会う人も変わって、インスピレーションがもらえそうですね。
雑談から全ては生まれる?
── 衝動を実現させるための受け皿として宿泊パートナーもありますが、井口さんが開発している音声コミュニケーションアプリ「Dabel」もそうですよね。超個人的な偏愛や衝動は、オフィシャルな場ではなく、ランダムな出会いと雑談だからこそ共有・共感できるような気がします。
井口 以前、飛行機の隣の席にたまたまスタンフォード大の鳥類学者がいたことがあって、新しい世界があってすごく刺激を受けたことがあるんです。こういう、枠組みが違う人との異種格闘技にこそインスピレーションが生まれると思うんです。僕、京都やサンフランシスコにもオフィスはありますが、日本では東京でも京都でもだいたいFabCafeにいるんです。それは予期せぬ出会いがあるから。Dabelのチームも、皆ランダムな場所での雑談から集まっているんです。
── そういう異種格闘技をFabCafe Kyotoで生むためにはどうすればよいかを考えるのがわたしたちの仕事ですね。そういう意味でも、変にルールを作りきらず、まずはやりたいことを聞いて、「どうやるか」を一緒に考えることは大切だなと思いました。ちなみに、第三期メンバーの宮尾さんが、デンマークのニッティングカフェみたいに、編み棒があったら雑談生まれやすいのでは?と提案してくれました。そういうのもいいですね。
井口 45歳のときに大きな気付きがあったんです。世界中みんな発明家だと思っていたが、そうではないことに気づいて、希少な自分の面を活かせると思い生きる希望が湧きました。この時作っていたセカイカメラは15億円の投資を受けることができたんです。でも僕がやっていたことといえば、妄想をアクリル板1枚であーでもないこーでもない、といじりながら、構想を言い続けていただけ。すなわち、衝動は表に出し続けたらよいのです。本来は簡単なはず。でも社会的な制約で難しくなっていますよね。でも、COUNTER POINTはそれに思い切って取り組める場所なはずなので、心理的バリアを下げるにはどうしたらよいか?というのがポイントになってくるんじゃないかと思います。
── 何か設備や資金などを用意するというより、「なんでもやって良い」という環境、そのためのカジュアルなコミュニケーションが大事なのだなと、改めて思いました。ありがとうございました!
第5期の応募締め切りは2021年6月21日
COUNTER POINTはこれからも継続してメンバーを募集します。偏愛や衝動をお持ちの方は、ぜひ次回以降の応募をお待ちしています。
関連リンク
COUNTER POINT by FabCafe Kyoto について
※ 第5期 入居期間:2021年7月21日(水)-10月22日(金)(応募締め切り:6月21日)
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