
ロフトワークの今とこれから
——創立25周年を迎えて
2025年2月にロフトワークは25周年を迎えました。この四半世紀でロフトワークが様々な人々と取り組んできたことは、社会に何をもたらしたのか。また、AIをはじめとしたテクノロジーが日進月歩の勢いで発展している現在、改めて考えるべきことは何か。ロフトワークの未来を見据えるために、代表取締役社長の諏訪光洋、COOの寺井翔茉、Culture Executive/マーケティングリーダーの岩沢エリの3人が語り合います。

座談会では、ロフトワークが大切にしてきたオープンコラボレーションや、やりたい気持ちを尊重する姿勢、エコシステムという考え方など、様々な話題が上がりました。まずは、「ロフトワークの『未来』をかたちづくる可能性を感じたプロジェクトは?」という話からスタートしました。
ロフトワークが25年間で培ってきたものとは?
諏訪 最近だと、千葉工業大学とロフトワーク、FabCafeによる小惑星探査プロジェクト「Project Apophis(プロジェクト・アポフィス)」があるよね。2029年に小惑星アポフィスが地球に最接近すると言われていて、地球上の広い地域から肉眼でも観測できる。この機会に、宇宙産業に関わる企業だけではなく、非宇宙産業の企業技術や新しい才能を結集して、宇宙領域におけるビジネス機会を探索しようというもの。
宇宙事業に進出というと普通は衛星軌道から始めるのに、いきなり外宇宙っていうのが良いよね。宇宙といっても、研究者や様々なプロフェッショナルやクリエイターをつなげるコミュニティやコンソーシアムの形成を目指しているから、一緒に取り組みたい企業や若者、色んな人を巻き込んでいくのが僕らの役割なんだよね。
岩沢 ロフトワークが25年間で培ってきた廃れないものの一つは、コミュニティなんじゃないかな。FabCafeが生まれたことで、想像を超える様々な人が集まってきたことが大きいと思う。
コミュニティが広がりを生んで、新しいものが作られていく過程を、ある意味ビジネスモデルとしてインストールしてみたら上手くいったというのが、パナソニックの創業100年に向けて構想が始まった100BANCH(ヒャクバンチ)なのかもしれない。「FORBES JAPAN 30 UNDER 30(世界を変える30歳未満)」では、ほぼ毎年100BANCH出身の人が取り上げられているんですよね。これから活躍してくるだろう人たちのベンチマークとして認められるような拠点を作れているという点では、未来を形作っているプロジェクトと言えそう。
整理されていない方が上手くいく「場」のデザイン
諏訪 100BANCHは散らかっているのがいいよね(笑)。クリエイティブは整理されていない方が上手くいく感じがあって、そういう「場」のデザインは引き続きやっていきたい。サードプレイスというか、部活のように集まってぐちゃっとやっている、みたいな。オンラインだといつでもすぐに話せるという利点はあるけど、やっぱり燃えないよね。そういう意味では、コロナ禍を経て若干やりづらくなった感じはある。
つい先日、TEDxTokyoのファウンダーのトッド・ポーターとパトリック・ニューウェルと話していて、「日本が取り組んできたモデルは面白くて、アジアに輸出できることは多い」と言われたんだよね。この30年の日本がやってきたことを、海外でも見ている人はいて、世界のあちこちで今起こっているような不動産バブルの崩壊や、超高齢化社会もいち早く日本は経験しているのにステイブルな社会を保っていることに驚いている。

人が起点になってプロジェクトは始まる
諏訪 一方で、そう考えたときにパトリックから「もっと考えた方がいいんじゃない?」と提案されたのが、40代やもっと上の世代のこと。100BANCHのように20代や30代の若者にフォーカスしがちだけど、60代の人たちや、学者やスペシャリストとして活躍してきた人たちのように、ちゃんと戦ってきた彼らには知見があるので大切にしたい。
岩沢 25年やってきてずっと付き合いのあるクリエイターもいれば、新しい人との出会いもある。年齢の幅は広がってきて、それに伴い役割も広がっているんだと思う。50代や60代の人たちが新しいクリエイティブを発揮できる場所を新たに作るというのは、私たちだから取り組めることだし、とても面白そうですね。
寺井 オーストリアを拠点に活動するテキスタイル/ファッションデザイナーのジュリアさんは、テキスタイルの染色にバクテリアを顔料として採用しています。以前、FabCafe Kyotoでも彼女の取り組みを紹介して、ワークショップを開催したことがあったよね。そのとき、多くの参加者が色を染めることはできたけど、なかなか定着しないということがあって。その中で、栃木在住の染色家の方が特に美しく染めることができたって聞いたんだよね。その方はバクテリアを使った染色は初めてだったにもかかわらず、染織家としての熟練した技術が見事に活かされていて。単なる知識だけではなく、長年の経験や感覚が大きく影響していることを実感した。

諏訪 生き物相手だと職人技って絶対あるよね。FabCafeでは、熟練者の技能を伝承するためにアイトラッキング技術を使って職人技をアーカイブするというプロジェクトを進行中。そういった技術の活用はもちろん大事だけど、職人さんに「弟子入りしたいです!」っていう人を僕らが見つけることも大事だよね。
やりたい人が起点になって始まるというのも、僕ららしいやり方だなと思う。FabCafeもヒダクマもたまたま始まったという面があって、実は戦略的じゃないんだよね。偶然性をどう捉えるかという話でもあるんだけど、やりたい人がいるというのが大切で、だから上手くいく。
サイエンスへの興味を持つ人々が共働するバイオクラブ(BioClub)や、循環型社会を目指す世界中のプレイヤーたちを集めてつなぐサーキュラー(crQlr)もそういう感じで始まっていて、すごい先行投資がされているからやりやすいはずなんだよね。環境事業部やバイオベンチャーみたいにして、「やりたい!」って拾ってくれる人が社内から出てきたらいいな、とは思う。
寺井 社内にこれだけ遊べる材料がいっぱいあるんだから、もっと自由に活用すればいいのになとは思う。「めっちゃ好きだから」というシンプルな気持ちから始めても全然いい。企業的な戦略はどんどん変わっちゃうけど、パッションはそう変わらないし。そういうことの先にユニットとか事業部が生まれるのだから。
社会の役に立つという動機はもちろん素敵なんだけど、皆でやっていくときに「役に立つ」というモチベーションって意外と持続しづらいこともある。あんまりキレイにしすぎると遊びの部分が消えていってしまうから、どこまでやるのかをいつも考えていたりする。プロジェクトが成功するのって衝動的な部分も大きいんじゃないのかな。

諏訪 遊びって役に立たないから面白いもんね。「釣りに行こうぜ」って行って、ドローンに延縄漁させて、自分たちは釣れるまでカフェでお茶して待ってようとかだったら絶対面白くないよね(笑)
システム思考と感性的な軸
寺井 真面目なだけじゃなくて、感性的な軸でも手応えを感じたのが、地球研(総合地球環境学研究所)と取り組んだ窒素問題のプロジェクト。窒素の過剰利用が引き起こす様々な問題について、まずは多くの人に窒素について共通の認識を持ってもらうために「怪談」を切り口に展示形式でアプローチするという試み。複雑な要素が絡み合う問題を、システム思考を使ってロジカルに考えた上で、アウトプットは感性に逆振りしているというのも、今後ロフトワークが作っていきたいケースの代表例じゃないかな。実際、ヨーロッパではそういった取り組みに予算が付いたりしていて、ポテンシャルも感じるよね。今すぐ大きなインパクトが生まれるわけではないけれど、地球研の林健太郎先生が海外の学会でこの展示の取り組みを紹介したところ、高く評価されたらしく。林先生のエンパワーメントに貢献できた点でも、ロフトワークらしいプロジェクトだったなと思う。
展示「怪談と窒素」
研究者とは異なる視点で窒素汚染について話せる人を増やすことと、窒素問題について体験を通じて意識変容・行動変容を促すことを目的に企画展示を開催。窒素が人々の暮らしを支えもすれば害を与える存在にもなるという特徴に着目し、展示と作品のテーマを「怪談」に設定した。
岩沢 私たちがシステム思考を取り入れ始めたのは、問題点同士の関係性を構造化し、どこに注力すれば最大のインパクトを生み出せるかを見極めるため。複雑な問題には多くの人が関わっており、だからこそ、新しい問いをどう投げかけるかが重要になります。
ただ、研究と同じアプローチでは、議論が特定の専門領域の中に留まり、限られた人たちの間でしか共有されない。そこで必要なのが、その橋渡しや「翻訳」の役割。「怪談と窒素」展では、その試みが成功し、多様な人々が集い新たな視点を交わす場が生まれたと思う。実は、この取り組みは「コミュニティ」とも深く関わっていそうですよね。もしかすると、私たちの考える「コミュニティ」に代わる言葉があるかもしれないけど、重要なのは、多様な立場の人々が共に思考し、対話を生み出す場をどうデザインするかということなのかな。
諏訪 僕は「エコシステム」っていうワードが好きなんだよね。コミュニティと言うと方向性も定まっていないわやわやとしているイメージだけど、エコシステムは生態系という意味の通り、そこには何かしら循環しているものがあるわけ。酸素や二酸化炭素はもちろん、エネルギーや廃棄物も循環している。特に飛騨みたいに人口の少ないところで何かを始めるときに、概念としてのエコシステムをどうデザインするかっていうのが肝だったりする。可能性のありそうなところを見つけて、ある程度デザインをするから人が集まってきて、集まってきた人たちによって、またリデザインされていく。

クリエイティブが循環するエコシステム
岩沢 現状のエコシステムを可視化するというのも、システム思考でやっていることの一つかも。センサリングというか、体のどの部分に鍼を刺したら血の巡りが一番良くなるかみたいな。広葉樹の活用と地域活性化に取り組んでいるヒダクマも、単に地域を変えますという話ではなくて、森に着目して、全国あるいは世界の建築家が集まる機能を作ったことで、今までにない木材や森の可能性が開かれていった。森をヒントにしてエコシステムを更新しているのかもしれない。
諏訪 アイデアやクリエイティブも循環するから良いんだよね。AIとクリエイティブのエコシステムのデザインについて考えたときに、今ってChatGPTをはじめ、皆が使っているAIって巨大なものが3つくらいしかない。そうすると、大き過ぎるからどんどん吸い上げていくばっかりで循環しない。AIの回答もどんどん収斂してくるから、もうちょっと分散化した方が良いよね。敢えてちょっとお馬鹿なAIの答えも聞いてみよう、みたいな。選択肢がもっと多様化したら、僕らのパートナーとしてのAIの存在も変わってくると思う。

AIは何を作りたいかは教えてくれない
寺井 僕はAIが好きだから、夜な夜なパソコンに向かって何作ろうかなって考えるんだけど、意外とそこで手が止まってしまうんだよね。手段が簡単になったのは分かるんだけど、自分がどういうものを作りたいかは誰も教えてくれない。結局、ここに“クリエイティビティ”が問われるのかもしれない。夢想する能力というのかな。何かを効率化するためのものを作る方に向かってしまいがちなんだけど、それは限度があるぞ、と。そうじゃない使い方を、僕らは試行錯誤しなくちゃいけない。
諏訪 オフィスワークだけでできることって、それこそアメリカで散々やっているからね。それよりは、もっとリアルな方向やヒューマンな方向に寄せていくとか。それが、クリエイティブやデザインが果たせる役割なんじゃないのかな。例えば、オルファクトリー(嗅覚)の人と一緒に、AIがおならの匂いを嗅ぐクッションを作るとか!
寺井 ぶっ飛んでる(笑)。

諏訪 もしかしたら、そのデータがたくさん集まれば腸内の病気を発見してヘルスケアに役立つかもしれないよ。僕らの領域であるクリエイティブとかデザインとかは、変なことさせて初めて活きるところがある。5分に1回ダジャレを言うAIをオフィスに置いてみたら、意外と場が和むかもしれないし。
岩沢 一見関係ないように見えるものや無駄だと思われているものが、実は別のものに関わっているということは、エコシステムのデザインの話とも繋がっているのかも。変なことをしている人に面白さを感じたり、出会いに行くというのもロフトワークらしいアプローチですよね。

FabCafeのエコシステムをリデザインする
諏訪 プロジェクトに誰を巻き込むのかは重要だよね。グローバルにネットワークのあるFabCafeは、今後はもっと実際の行き来が増えて、よりシームレスなコミュニケーションが取れるようになると思う。言語の壁のほかに、税制の問題などもあって以前は契約も簡単には結べなかったけど、それは随分と変わってきた。細い線で繋がっていたグローバルのネットワークが、もっと重なり合うコミュニティが作れると思う。FabCafeのエコシステムを強化するために、もう1回リデザインしても良い時期になったと感じるよね。
岩沢 資源を循環させることで都市の持続性を高めていくFabCity構想が、世界の各地でいよいよ実装段階に入ったという感じ。FabCafeは単に地域のカフェではなくて、人や物の流れ、お金の流れも変えていく起爆剤のように機能していくもの。それは「作り方」というクリエイティブの流通を更新するものでもありますよね。これまではグローバルの連携といっても、デザインリサーチのための調査の一つの場所として捉えるようなことが多かったけど、そのシティならではの実践の取り組みを輸入するとともに、日本の成功モデルを輸出して、その街に変化をもたらすようなことができたら楽しいですよね。

執筆:清水康介
撮影:川島彩水
編集:宮崎真衣(株式会社ロフトワーク)
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