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入谷 聡 2021.10.13

「厄介な問題」どんと来い!
PM向けオンライン研修 「Wicked Problem Solving」 受講体験記

ロフトワーク京都オフィスでディレクターとして働く、まもなく入社10年を迎える入谷聡PMP®です。
古株になるにつれ、担当するプロジェクトでたびたび「Wicked」な問題を抱えるようになりました。英語の “Wicked” (ウィキッドと発音します)は「意地悪な」とか「たちが悪い」とか訳されますが、

  • 原因が複雑に絡み合って解けない問題
  • 人間関係が複雑で身動きが取りづらい問題
  • 走り始めた計画と根本的な課題が、実は噛み合っていない問題

……などと聞けば、思い当たる方も少なくないのではないでしょうか?

そんな折、プロジェクトマネジメントの世界的機関であるPMIから、新しいオンライン講座の宣伝DMが届きました。その名も、「Wicked Problem Solving」

2021年5月20日から新たに提供が始まったこの講座は、約5万円の受講料で18PDU(PMP®ホルダーが3年間で更新しないといけない学習単位60PDUの30%に相当)の獲得が可能。全編英語なので、おそらく(この記事が出る時点ですら)日本人の受講者はごく僅かのはず。新しもの好きの私としては、会社補助(※)もあるし…… ということで心が動き、エイヤで申し込み、受講期限の3ヶ月間ぎりぎりでなんとか全課程を修了しました。

これが、実は期待以上に「即効性」のある学びの内容でした!そこでこの記事では、Wicked Problem Solvingが教える「問題解決の方法」の一部を、推しポイントに絞っていくつかご紹介します。

(※)クリエイティブディレクター職のPMP®資格取得を支援するロフトワークでは、PMP®受験費用のほか、研修受講料・教材購入費を補助する制度があるほか、外部講師を招いての社内研修会、オープンなPMイベントなども開催しています。

入谷 聡

Author入谷 聡(クリエイティブディレクター)

東京大学工学部社会基盤学科卒。ITベンチャー企業等を経て、2012年よりロフトワーク京都に所属。20代で青木将幸氏にファシリテーションを、西村佳哲氏にインタビューを学ぶ。2015年、PMP®取得。プロジェクトでは最序盤のプロジェクト計画立案・探索・戦略設計プロセスと、最終盤の怒濤のたたみ込みを得意とする。近年は大学Webサイトの構築を担当することが多く、医学系・芸術系・国際系など幅広い知見を有する。通称は「いりー」。

文章術は独学。ブログ・noteでのコラム執筆を断続的に続けている。

編集:鈴木真理子(loftwork.com編集部)

可視化の達人 トム・ウージェックを師匠に迎えて

このプログラムは全編、デザイナーTom Wujec(トム・ウージェック)の一人語りで進みます。彼が長年培ったメソッドを体系的に落とし込んだのが、Wicked Problem Solving プログラム(以下WPS)なのです。

Tom Wujecといえば、『マシュマロチャレンジ』のTEDTalk (TED2010)をご覧になった方はご存知のはず。初期TEDの定番トークでした。

その後もいくつかトークが追加されており、2013年の『トーストチャレンジ』のTalkが、まさに本プログラムにつながる内容です。WPSの本編最初のワーク、このTalkで紹介される「トーストをつくる手順を絵で描いてみる」というところから始まり、システムズアプローチという考え方を導入します。

Tom Wujecの肩書きはDesignerとなっていますが、英語版Wikipediaでの説明は「ビジネスビジュアライゼーションの専門家」。デザインの技能と経験を背景として、ビジネスとコミュニケーションを結節する、稀有な立ち位置の人です。

クリエイティブ業界に限らず幅広いビジネスの現場では、2005年以降の「デザイン思考」ブーム、Googleの「デザインスプリント」の隆盛などを受け、デザイナー的な考え方を軸に置く動きはどんどん重視されてきています。プロジェクトマネージャーがTom Wujecを“師匠”に迎え、徹底的にその考え方を吸収することで、現場に即役立つ視点を磨くことができるわけです。

推しポイント1: 複数人が参加するミーティング内での問題解決に効く。豊富な「Play」パターン

単調な会議とは無縁の、メリハリのある時間の使い方ができる

WPSの基本は、「Play」のパターンをたたき込むこと。
Playとは、めちゃくちゃ平たく言うと「ワークショップのアクティビティ」のことです。ロフトワークでは、ちょうど私が入社した2012年頃から、ポストイット・模造紙・サインペンを基本の道具としたブレーンストーミングやKJ法を取り入れてきまして、今では社内外でも多くのメンバーが、当たり前にワークショップをやっています。WPSも早い話が「ポストイットを使ってあらゆるミーティングをワークショップにしちゃって全部可視化しましょう!」という講座なので、非常に親和性が高い内容です。

WPSにおけるPlayは、3つの視点から体系的に整理されています。2次元空間の中にポストイットをどのように組み合わせて場を作っていくか、その技術を修得します。

  • Key Question – そのワークで何を論じるのかの「問い」
  • Make Ideas Visible (Diagram) – 二次元空間に出された情報を整理する上でよりどころとなる「絵」
  • Engage with Forward Steps – 情報を段階的に構造化してくための「手順」

講座資料では、下記キャプチャにあるようなワークの体系ガイド資料などを踏まえて、講師のTom Wujecがひとつひとつポイントを解説し、その後受講者が実際に手元でワークをシミュレーションし、フレームワークを使ってみる、という流れを繰り返します。

このページは “Starter Kit” という公開PDFに掲載されていますが(これだけでもじっくり読んだらけっこう学びがある内容です)、ワークブックにはこういった形でフレームワークが多数紹介されています。

「組み合わせ」の考え方で、ミーティングに明確な流れをつくることができる

さらに次のキャプチャにあるように、私たちが直面するミーティングの種類・パターンに応じて、「複数のPlayを組み合わせてミーティングを組み立てる」という方法が提示されます。小規模なミーティングは1つのワークで済みますが、大規模なミーティングでは、3つ4つとワークをつなげて、段階的アプローチによって問題を掘りさげ、解決を図ります。

推しポイント2: 問題の解像度をあげる「Question(問い)」と「Diagram(図解)」

WPSのオリジナリティが高いなと感じたポイントは、2つあります。

よく効く「問い」のパターンを覚えれば、問題解決へのアプローチが早まる

まず、「Question」。WPSは問いの立て方にフォーカスしており、典型的なQuestionを美しく体系的にまとめることを試みています。Questionのバリエーションは特に「上流」が多く、Mission/Vision/Valueを問うものが印象的です。そこから戦略、戦術、作戦、日々のアクションへと落とし込んでいくのですが、やはり「最上流」が揺らいでいては、Wickedな問題は解決できない。

WPSの教材として、Questionを1枚ずつあしらった「カード」がデザインされています。残念ながらトランプのように物理的なカードではなくデータだけなんですが、「問いのライブラリ」は日常的に手元に置いて参照したいもの。日本語版の物理カードを販売してほしいと、受講中Surveyでリクエストしておきました。

うまい「図解」のパターンを覚えれば、問題をクリアに描けるようになる

もう一つは「Diagram」のバリエーションの豊かさです。
よく、外資系コンサルタント等と銘打った「図解」の本が書店に並んでいますが、WPSでまとめられたDiagramのパターンは、何冊もの本をひとまとめにしたような形で体系化されています。万能の2×2マトリックスから、問題分析のフィッシュボーンチャート。耳慣れない「サンキー・ダイアグラム」からメタファーの活用まで多彩です。

ひとつひとつの情報・アイデアをすべて「付箋」に集約することも、可視化の上での重要なアプローチのひとつ。アイデアを1つの付箋=ノードに落とし込んで、ノードとノードをリンクで結んで整理していく。ブレーンストーミングでは「付箋に書く」ことや「似たものをまとめる」ところまでが取り上げられがちですが、「つないで可視化する」プロセスこそが重要なわけです。KJ法もそう。

↑トラックパッドとマウスで人物を描くワークに臨み挫折しつつある図

WPSのコースの後半は、可視化する=「絵に描く」スキルを磨くということで、「簡単な線でいろいろなパターンのイラストを描く練習」があります(笑)。これは私は挫折しました(笑)。iPadかペンタブがないとちょっとつらい。でも、ワークの指示通り基本構造を押さえて一定量練習すると、絵心がない人でも、ぱぱっとシーンを絵にして整理することはできてしまいそうです。

推しポイント3: 様々な問題解決フレームワークをMiroで実際に体験できる

単なる個人作業もMiroを介して「個人ワークショップ」にできる

WPSのプログラムで核になっているのが、オンラインホワイトボードの「Miro」です。
WPSは自己完結型の座学講座で、特に他の受講生とのインタラクティブな課題などはないのですが、その代わり、Miro上に用意されたワークシートを使って、ひとつひとつのフレームワークを実際に体験するように設計されています(とくに監査的なものはありません)。
一つ一つのワークは、受講生自身がいま抱えているWickedな問題や、個人のVisionに沿って回答を書くように求められます。実際に目の前の課題がワークを通じてクリアになることもあるでしょうし、ワークを機に普段考えないような視座で未来のことを考える機会にもなります。

ボードデザインを工夫して、ディスカッション意欲を刺激する

コースの本題とは少し外れるのですが、案外勉強になったのが「ボードデザインの美しさ」です。デザイナーらしくTom Wujecの資料は細部まで本当に美しくデザインされているのですが、MiroのワークボードもMiro以外のソフトウェアで作った画像を背景として貼り込んで綺麗に作ってあり、テンションが上がります。ワーク環境の作り方もどんどん真似していこうと思います。

ボードの中でIntroductionエリアと記入エリアを分けておくのも有効だし、基本は「付箋だけを使ってできる」ワークにしておくシンプルな設計も効果的。Miroはアナログに比べ、ボード間で付箋をコピーして再利用できるのが魅力で、「前の課題で書き出した付箋をコピーしてきて、それを……」という連続ワークもあります。Miroの特徴がうまく組み込まれています。

実際にプロジェクトで使ってみました

座学だけではもったいない!ということで、早速動いているプロジェクトの現場で、WPSっぽいアプローチでミーティングデザインをしてみました。

ひとつめは、とある大学Webプロジェクトのキックオフミーティング。定番の2x2マトリックスを使い、ステークホルダーの洗い出しを行いました。縦軸が影響度、横軸が関与度です。

この会はオフライン(対面)ミーティングでしたが、プロジェクターにMiro画面を投影して、8人でスクリーンをコの字型に囲み、わいわい議論しながら進行しました。実際に付箋に個人名を書いてマッピングしていくと、「この人の位置はこのあたりなんじゃない?」とか「AさんとBさんが挙がっているということは、Cさんの来る場所は……」など、より具体的な議論が早く進み、一緒に同じ画面を見ているので当然このまま合意もでき、非常にスムーズでした。このまとめ方はPMBOK®的にも定番なんですが、「クライアントミーティングの中で、インタラクティブにステークホルダーマップを作っていく」というのはなかなか勇気が要ります。しかし、ヒアリングだけしてあとでまとめるより、一緒に作る方が圧倒的に速くて確実です。

ふたつめは、とある難航したプロジェクトの社内振り返りMTG。リモートワーク中につき、4人がGoogle MeetをつないでオンラインでMiroを共同編集。後ろに薄く見えるへたっぴなグレーの線は、私が「補助線」として最初に引いていた「フィッシュボーンチャート」風の図です。
問題の根本原因分析がテーマのPlayなので、フィッシュボーンが王道なんですが、サイズの問題もあり、あまり補助線は生きませんでした(この線の通りに付箋を置いていく流れにならない)。とはいえ、白紙よりも「こういう感じの図にしていくぞ」という意思表示をしておくだけでも参加者の意識はそう向くので、補助線を薄く置いておくというのは意味がなくもないなと実感しました。

ちなみにZoomとMiroを併用すると重いです。マシンスペックを要求されます。軽量化のためにはGoogle Slidesでやるという手もありますね。Zoomはカメラオフにするとか。こうした技術的な視点も、オンラインミーティング全盛の今は重要な知見*です。

*オンラインミーティングのナレッジについては、筆者が担当したプロジェクトで制作した、オンラインプログラムガイド「PATHWAYS」も参考になるかもしれません。

最後に

Wicked Problem Solving の講座を通じて、私が学んだ最大の教訓は、「1 board, 1 question, 1 diagram」の原則です。「まず、1つの問いに集中する」こと。この問いをボードとdiagramを使って可視化していくこと。これを積み上げ、つなぐことによって、Wickedな問題にも正面からアプローチし、少しずつ解決を図ることができると感じました。

読者の皆さんは最近、「いい研修」に出会いましたか? なんとなく勉強になったような気がする講座、聞くだけ聞いて身にならない講座、いろいろありますが、研修は聞くことよりも「それを使ってやってみる」過程にこそ学びが詰まっているのだと思います。Wicked Problem Solvingは、美しい教材群と体系化されたプログラムも魅力ですが、それよりも「使ってみたくなる」ということこそが、本質的なよさではないかと思います。興味のある方はぜひ、受講してみてください!

お申し込みはこちら
https://www.wickedproblemsolver.com/

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