FINDING 加藤 大雅, 岩岡 孝太郎, 後閑 裕太朗 2021.10.04

企業が「持続可能な未来」を描く意義とは
—飛騨、営みの地平で [Creative Black Box]

クリエイティブプロジェクトにおいて「表側からは見えない、クリエイティブな仕事」を紐解く、ディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」。

今回は、ナビゲーターであるクリエイティブディレクターの加藤大雅が、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称、ヒダクマ)を訪れ、同社代表取締役兼CEO岩岡孝太郎と対話。デザイン経営と「営み」をキーワードに、地域で事業を続けることの意義やヒダクマがもつ魅力に迫ります。

前編では、森、製材所、加工場と、ヒダクマの「広葉樹の価値を広げる」事業に関わる各所を巡りながら、ヒダクマが飛騨地域との「共存」に至るまでの経緯を振り返りました。

後編では、飛騨の林業全体が栄える「共栄」に向かって、ヒダクマが担う役割をさらに深堀りします。「従来の飛騨の林業に限れば、ヒダクマが必要なわけではない」と語る岩岡。では、ヒダクマだからできることや必要とされる領域、これから拡充していくべきこととは、一体何でしょうか。

デザイン経営プロジェクトで企業に寄り添ってきた加藤と、地域での共存・共栄を目指した経営を行う岩岡の視点が交わりながら、話題はヒダクマや、企業一般における「成長」と「持続可能性」をどのように捉えるか、といった内容へと発展していきます。

「経営」と「営み」、二つの軸での探求を通してヒダクマはどんな未来を目指すのか。そして、企業という存在はどんな未来を目指すべきなのでしょうか。

 

企画・編集:加藤 大雅・岩崎 諒子(株式会社ロフトワーク)
執筆:後閑 裕太朗(株式会社ロフトワーク)
イラスト:野中 聡紀

加藤 大雅(以下、加藤)/写真左。 ロフトワーク渋谷オフィスのクリエイティブディレクター。本対談のナビゲーター。経営者や企業と長期的に関わりながら、デザイン経営を企業内外に浸透させていくプロジェクトづくりを行っている。 Profile
岩岡 孝太郎(以下、岩岡)/写真右。FabCafe創設メンバーであり、2019年4月からはヒダクマ代表取締役社長 CEOを務める。飛騨の広葉樹の森を基点としたプロダクト・体験型サービス開発をはじめ、さまざまなプロジェクトを手がける。 Profile

 

ーー次に二人が向かったのは、ヒダクマが製作ディレクションをした飛騨市役所の応接室です。

加藤 これ、木の皮ですか?

岩岡 それが、違うんですよ。飛騨のブナの木をガーッと薄く桂剥きみたいにして、それを透過素材と重ねて圧着したものなんだ。

加藤 なるほど、薄くして貼り合わせているんですね。光をすごく透過している。

岩岡 試作当初は全然透過しなくて、どうしようかと思ったんだけどね。裏紙に強化紙を使ったり、試行錯誤してようやく辿り着いたんだよ。

広葉樹を排除させないために必要な技術、責任、マネジメントスキル

加藤 これは高度な技術が必要な製作だったでしょうね。ヒダクマとして、飛騨の木々に対する理解度が深まるにつれて、木材をより有効に使えるようになってきたという実感はありますか?

岩岡 それは日々成長していると思う。ただ、さっき会った田中建築の田中さんが「(ヒダクマは)いつも難しい仕事を依頼してくれる」と言っていたけれど、それは最初の頃から変わっていない。

僕らの木材に対する理解度が高くなり変わったことは、「難しい仕事」を地元の方たちと一緒に考えられるようになったこと。普通と比べて何がどう技術的に難しいのかや、木のディテールの活かし方がわかってきたことで、デザイン・構造・製作の観点をそれぞれ突き合わせながら進行できるようになった。広葉樹をどうやったら活かせるのか、一番いい選択肢をとれるようになったんじゃないかな。

加藤 ヒダクマとの仕事の話をしている時の田中さん、楽しそうでした。

岩岡 うん。広葉樹の活用というゴールを目指すためには、まず、田中さんのような飛騨のプロフェッショナルやクライアントを含めてフラットな関係を築くこと。そして、実際の製作と広葉樹の活用、この両輪をどうやってみんなが望む形で成立させるのか。この2点にかかっているんだよね。

そのためにロジックやストーリーを思案し、次にそれを実現するための木工や設計のディティールを作っていく、そして作った後に、どこに運んで組み立て納めるか。いわゆる施工の部分がある。そのすべてがおもしろいし、全部必要。さらに言うと、そろそろ僕も設計と施工の免許を取ろうかと思っている。

加藤 それは、ヒダクマが単体でやっていくためというよりも、周囲と協力しながらやっていくためでしょうか。

岩岡 そうだね。これは建築に限った話ではないけど、外から見た時に「誰がアウトプットに対するリスクを負うのか」を明確にしなければいけなくて、そのために免許が必要だな、と。法的・制度的・技術的な部分、それら全てを対応範囲にして進めていかなければ、飛騨の広葉樹をより多くの人が使うという目標には届かないと思う。

飛騨の林業における「自律・分散、ときどき連携」という関係の中で、自分たちが責任を持って動ける範囲が広がれば、連携もより柔軟で、強固になっていくはずだから。

端材の価値転換から目指す「共栄」のすがた

加藤 ヒダクマは創業以来、建築家をはじめ、外から色々な人を連れてくる取り組みも続けてきました。これによって、対内的にも変化があったのではないでしょうか。

岩岡 それは確かにあるね。月に1回、FabCafe Hidaで「蔵出し広葉樹」というイベントを開催しているんだけど。蔵にしまっていた木をもう一度出して、量り売りしていて。そこには広葉樹の丸太から小枝、端材などの市場に出回らない木も含まれている。そこで地域の関係者のみなさんにも「ヒダクマや、外からきた建築家が木のどういった点に着目しているか」という情報をフィードバックしているんだけど。

すると、この話を繰り返しているうちに、森林組合の人や製材所の西野さん、飛騨の林業に関わる人たちが、同じ視点を持つようになった。「ヒダクマを訪れる建築家は、そうしたものをおもしろがるんだな」とね。もしくは、「自分らも同じことを考えていたんだよ」と同調してくれる場合もある。こういう気づきがあったときは、おもしろいし、嬉しいよね。

加藤 それ、すごい興味深いですね。

岩岡 結果として、従来の林業の価値観であった「綺麗な木目で、色が揃ったものが良い木であり、それで良い家具を作る」ということに縛られなくなってきたことは、対内的に大きな変化かな。

ヒダクマも、プロダクトとしてかっこいい家具を作ることは多いけれど、同時に板材を作るときや木材を削るときに生じる「端材」や「樹皮」を何かに活用できないか、と模索している。飛騨の人たちにも、端材を捨ててしまうことはコスト的にもったいないし、そこにクリエイティビティを発揮したいと考えている人はいるんだよね。

ただ重要なのは、端材を使ったうえできちんと売り上げにもつなげること。「飛騨の広葉樹、可愛いですね」とか「端材を使うの、素晴らしいですね」みたいに、単に「いい話」で終わらせるのは避けたいんだよね。「共感」だけじゃなくて、「価値」を生まないといけない。目指すのは、広葉樹や端材の「価値転換」だから。簡単ではないけれど、目標に向かって飛騨全体が協力しているし、何より僕らも飛騨の人たちも、それはワクワクすることなんだよね。

加藤 そのワクワクこそが、次の建築家やクライアントを惹きつけるわけですね。

岩岡 そうだね。今、FabCafe Hidaの中庭にベローンとした大きな皮があるでしょ。あれは西野さんが、ある日突然「綺麗に剥けたぞー!」って持ってきて、「こういうの、必要なのがお前らだろ〜!」って言いながらくれたもので(笑)。

加藤 すごい、豪快(笑)。

岩岡 もう、そんなのプレッシャーですよって。でも、それはヒダクマが飛騨において「特別じゃないけど、特異である」ことの象徴的なエピソードかもしれないな、と思っていて。

例えば、西野さんは「良い木」を見極める目利き。製材するうえで木をどう切ったらお客さんが喜んでくれるか、高く売れるかという点におけるプロフェッショナルだから、従来の林業のステップで考えれば僕らがいなくても仕事は成立するし、回っていく。だから、そういう意味では僕らは「特別な存在」ではない。

一方で、僕らは「ベローンとした樹皮」とか、端材とか、そういうものに「おもしろいですね」と目を光らせ、新しいモノや素材として活用していく。それを地域を巻き込んで進めていけるし、同時に周囲からもそれを期待されている。これが、僕らの「特異な存在」たる由縁なんだよね。

加藤 先ほど言っていた通り、飛騨の人たちも「何かにならないかな」という期待感や創造性を抱えている。ヒダクマがあることで、それがドライブしていくわけですね。

岩岡 なんか「お惣菜のお裾分け」に近いよね。一回「食べました、おいしかったです」と伝えると、その次もパックで持ってきてくれる。次から次にやってくるから、「一人じゃ食べれない、みんなでシェアしよう!」みたいな。

加藤 なるほど(笑)。でも、それがまさに「共栄」の部分ですし、ヒダクマの「営み」における重要なミッションの一つともいえますね。 

企業における「成長」と「持続可能性」を問い直す

ーーヒダクマの営みに関わるさまざまな場所をめぐった後、再び森に戻った2人。ここで、加藤が「どうしても聞きたいことがある」と、口を開きます。

加藤 先ほどの「価値転換を目指す」ことも含めて、ヒダクマはこれからも色々な事業を展開していくことと思います。そのなかでは「スケールする」「成長する」ことは前提となるはずです。そこで、踏み込んだ話として聞きたいのが、飛騨の名前を冠する企業として、この「成長」をどう捉えているのか、ということです。

岩岡 「成長」か。

加藤 今日の話の発端に立ち返ると、「営み」という概念がありました。おそらく、現在の市場経済が浸透する前の「営み」においては、「成長」は一番の目的や動機ではなかったと思うんです。むしろ、代々続いてきた事業を次代に繋げることや、町におけるそれぞれの役割から、自社や自分自身の営みは考えられていたのではないかと。

岩岡 なるほど。改めて考えると、おもしろい質問だ。

加藤 とはいえ、成長していく、あるいは自分の行いをより良いものへと更新したり、目標を持って新しい挑戦をすること自体は、人間として必要なことだとも思います。

岩岡 それは、その通りだね。

加藤 他方で、世の中として「サステナビリティ」や「無限成長はありえない」という考えも一般化しつつあります。そうした潮流の中で、飛騨で営みを続けているヒダクマが考える「成長」とは一体何なのか、聞いてみたくて。

岩岡 そうだなあ。今「サステナビリティ」とあったけど、むしろ「サステナビリティ」こそが「成長」なのかも。要は、どこまでの未来を見据えた成長か、ということに集約されるのではないかな。

例えば、1年先や3年先の売り上げを数倍にさせる、経営的な「成長のミッション」があるとしたら、その事業自体のサステナビリティを優先させる必要はないよね。それに、3年の事業プランなら地域の人との関係をじっくり築きあげる必要もない。でも本来、企業にとって「持続すること」は「成長すること」よりも上流にある、より大きな命題のはずなんだ。

僕らも同じ。例えば、西野さんが地域で唯一の製材所として残っていて、そのおかげで僕らの事業は成り立っている。でも、仮に西野さんが「明日やめる」となったら。当然、今の僕らの事業も立ち行かなくなってしまう。だから、西野さんや木を切ってくれる森林組合の人たちが、このまま事業を続けていける、持続可能な状態になるためには何が必要なんだろうと考える。そうやって一つ一つ考えて、自分たちの取り組みをつなげていくことが何より大事で。

岩岡 結果、長期的に見るとヒダクマの持続可能性を高めることにもなるし、事業の売り上げにもつながる。それは一般的なビジネスの視点における「成長」と呼ぶにはゆるやかなものかもしれないけど、そういうことの積み重ねだと思っているね。

加藤 なるほど、飛騨全体での持続可能性を見据えた企業活動ですね。それは今日一日いろいろな場所を回る中で僕も感じていました。特に、飛騨における連携は垂直方向に力関係が生じるピラミッド型ではなくて、「横につながっている」と感じたことが印象深かったです。

これは、僕自身がデザイン経営のプロジェクトを進める中で感じていることですが、多くの企業が「自分たちの営みは何か」「なぜ続けていきたいのか」といった部分を見失いがちなんです。

加藤 なぜ、そうなってしまうのか。理由はさまざまだと思いますが、その典型例として企業間のパワーバランスに偏りが生まれ、その関係性の中で「営み(経営)」の方針が決まってしまったり、あるいは自分たちの地域に何も還元できない製品やサービスを作り続けてしまったりする。

結果的に「お客さんは誰か」「何のために働くか」「何のための事業か」、そういった根本的な企業の存在目的を見失ってしまうこともある。でも、創業当時はきっとその目的があったはずで、それこそが企業が育つタネだと思うんです。

だからこそヒダクマのように、地域に根ざし、横のつながりが保たれ、「何のために続けるのか」を自認している「営み」こそが、企業活動として本来あるべき姿なのではないかなと感じました。

岩岡 そうだね。もちろん、僕らは「成長」を求めていないわけじゃない。事業はスピーディーに展開していきたいし。でも、企業として「営む」ことが本来自然である、これはその通りだと思う。

飛騨の森と共栄するヒダクマ

加藤 最後に、ヒダクマにとって「森」とは何なのか、お聞きしてもいいですか?

岩岡 なんか「プロフェッショナルとは?」みたいだね、それ(笑)。

岩岡 ……そうだね、当たり前かもしれないけど「営みの源」。今、雨が降っているけれど、これを蓄え、ゆっくりと流し、田畑があって、その先に町があって、町も森から切り出された木材でできている。そういう、飛騨における色々な営みの源だよね。

それに、クリエイティブにおいても源になりうるんじゃないかな。これまで、都市や技術が発達すること、生活が豊かになること、そして「成長」すること、これらは全て自然や森から離れることで起こってきた。だけど、逆にこれからのイノベーションを考えるときに、「森への憧憬や希求」という揺り戻しもあるのかもしれない。だから今日、僕らもこの森で話をした。

加藤 ここは本当に、森を背にして、畑があって町があって民家がある、その広がりが見えて。「飛騨を感じられる場所」であり、横につながっていく「営み」も感じることができる場所だなって、思います。

岩岡 広葉樹の施業を持続させていくこと、ヒダクマを持続させていくことが、結果的に森という「営みの源」を持続させていくことになる。いわば「共存・共栄」の中に、飛騨の森も含まれているんだよね。そのために、売上や事業のスケール拡大、そして「成長」も必要で。

ヒダクマは、普通の企業よりもさらに未来を気にしているのかもしれないし、成長のあり方も、独特なのかもしれない。ただ少なくとも、ヒダクマが成長しているとき、飛騨全体も成長しているはず。そうあり続けることが、大切だから。

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