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寺井 翔茉 2020.11.10

私たちは「自由な場所で幸せに働く」ことができるか?
これからのしごと×旅を考えてみた

コロナ禍を経て私たちは「自分らしく働ける場所はどこか」「幸せに働くとはどういうことか」を改めて考え直すタイミングが来ていると感じます。ロフトワークを卒業したメンバーの中には東京から離れた土地で事業を起こし、都市と地域とをつなぐ立場で働くひともいます。香川県男木島に暮らす私、石部もその一人です。

「世界と地域をつなぐ「小さな旅」をコーディネートする」をコンセプトに東京・深川を中心にコミュニティを旅する体験プログラム事業「TreckTreck」を営む伊藤薫さん(株式会社イールー CEO)、石垣島をはじめ数々の地域プロジェクトにも取り組んできたロフトワーク京都ブランチ事業責任者 寺井翔茉さんとともに、自分らしく幸せに働ける場所の見つけ方と地域との関わり方についてお話ししました。

画面左上から時計回りに 京都オフィスのテラスにいる寺井さん、糸魚川の自宅兼事務所にいる伊藤さん、男木島の自宅にいる石部です。

ーー 寺井さん、薫さん、お久しぶりです。

寺井 「ずいぶん久しぶりだね。なにこれ、もう飲もうか?(笑)」

ーー そんな気分ですよね。(笑)でも今日は、「自由な場所で幸せに働く」ことをテーマにお話ししなくては。

伊藤・寺井 はい、本題始めましょう。(笑)

ーー まずは近況から。薫さんは東京・深川から新潟・糸魚川に拠点を移されました。

伊藤 実家のある糸魚川に移ろうと決めたのは、今年の2月末でした。私も夫もインバウンドの外国人を対象としたお仕事だったので、「まずは生活コストを浮かせよう」という夫の提案で引っ越してきました。

ーー糸魚川に来てからのお仕事はどのようなことを?

糸魚川の伊藤さん

伊藤 糸魚川の自然の中でトレッキングしたりする、インバウンド向けツアーや子ども向け自然体験プログラムを作りたいなぁと、コロナの前から考えていて、移住後、最初に商工会議所や行政、有志らが集まって糸魚川市民を対象に、アウトドアを楽しみながら交流してもらうプロジェクトを始めました。

また観光協会のアドバイザー的な仕事もさせてもらうことになりました。実は、2年ほど前から「街づくりアドバイザー」として糸魚川に毎月通っていたこともあって、移住後まもなくから、いろいろな活動に携わらせてもらっています。

寺井 移住前に「通っていた期間」があるのは大きいね。

伊藤 糸魚川の企業や団体と都会の人材とを引き合わせる活動もしています。いいものを作っているけど宣伝活動など十分にできていない企業には、「この人は合いそうだな」という編集ライターの方をご紹介したり、商店街の空き家をリノベする街づくりNPOには、若手の建築チームを紹介したり。まったくの “はじめまして” よりも、介在する人の縁がある分、関係が育ちやすいなと感じています。

「不慣れな状態」が、私たちの知覚を開く

ーー ロフトワーク京都ではリモートワークを積極的に取り入れていると伺いました。やってみて、気づいたことなどありますか?

寺井 京都オフィスで週1日の「リモート勤務日」を導入してみてわかったのは、「自由な場所で働ける」としても結局みんな家で仕事しているってこと。

ーー そうなんですね。京都って素敵なカフェも場も多い印象ですが、やはり家が快適で、仕事が捗るってことでしょうか。

寺井さんは京都オフィスのテラスから参加

寺井 今日のテーマを聞いて、「幸せに働く」ってどういうことだろうって考えてみたんだけど、それって働くことにおいて「人間性を取り戻そう」ということかなと思ったのね。

最近、『哲学する赤ちゃん』(※1)っていう本を読んだんだけど、赤ちゃんの認知の仕組みは「ランタン型」で自分の周囲360°、全方向へフラットに意識が向いちゃうんだよね。それが大人になるほど「スポットライト型」になる。つまり、大人になると自分にとって必要なもの、必要じゃないものを無意識に線引きして、「必要なもの」の世界の中だけで行動するようになるんだよね。でも、大人も「初めてのこと」をするときだけは、意識が「ランタン型」に戻るんだって。
旅ってまさに、赤ちゃんみたいに意識をいろんなところに向けてる状態じゃない?

伊藤 糸魚川にワーケーション滞在をしに来た方で、素敵な絵を描かれる方がいるんですけど、彼女、都会でバリバリ働いていたけれど、ステイホーム、在宅ワークが長期間続いたある時から、絵が全然描けなくなったそうなんです。糸魚川に来て、変わらずバリバリと仕事はされてるんですけど、その合間に外を散歩して、花の写真を撮ったりする時間を大切にしているうちに、また描けるようになったそうなんです。

寺井 大人になって使わなくなっていた知覚が、ぶわっと動くんだね。僕らもオフィスを離れてクライアントと一緒に合宿をすることが多いけど、その意義も、「知覚を開く」っていう作用にあると思う

伊藤 ひとは意識的に五感を働かせないと、つるんとなって、手も足も目も興奮しなくなって、脳内をぐるぐるしてるだけの状態になってしまうと感じました。
環境を変えることで、五感もリフレッシュさせてあげたいですね。

寺井 生産性と効率性を追求した場所がオフィスだとしたら、オフィスの外にでて働くことは、生産性を下げるかもしれないけど、創造性をあげるものだと思う。快適だからといって、オフィスや家に閉じこもってばかりいることには疑問を感じる。

「自由な場所で働く」ことは、オフィスで働くよりもずいぶんと負荷がかかるよね。場所だけでなく、通信環境や移動手段、コストを考えなければいけないし、知らない人とも関わることになる。人間って選択を避けたがるから、結局は慣れてる場所を選んじゃう。でも、あえてオフィスの外に出て、不慣れな状態に陥ることは、ひとの創造性を引き出すという点で重要な意味があると僕は思ってます。

消費する旅より、生み出す旅に出たい

ーー 話は変わりますが、薫さんはワーケーションをするならいま、どこへ行きたいですか?

伊藤 奥大和トレイルですね!山の中をトレイルするってことは、自分の仕事にとってインスピレーションを得られるものになりそう。
楽しく働いてる人って、旅の中にインスピレーションを見つけて、それを持ち帰ってますよね。旅で出会った人がその後も話し合える仲間になったり、旅の中で得たインスピレーションが仕事につながったり。旅をただの非日常として、仕事と切り離してしまうのはもったいないと思います。

「奥大和 心のなかの美術館」公式サイトより

寺井 そうだよね。でもさ、僕たちのような働き方をしている人はともかく、エッセンシャルワーカーと呼ばれる、仕事上その土地を動けない人たちがワーケーションしたくてもできないことも僕は気になっている。

伊藤 地域を動けない人たちにとっては、外からやってくる人を受け入れることによる変化があると思います。
TreckTreckで提供するツアーの訪問先のひとつに、深川で切子ガラスの町工場「GLASS LAB」があります。ここを営む椎名さんは、自分の工場に外国人が多く訪れるようになったことがきっかけとなって、英語を習い始め、昨年にはミラノサローネに出展、どんどん海外出張に行かれるようになっています! 外の人がくれる刺激によって、彼の視野が海外にどんどん広がってゆくのを目の当たりにしました。

切子の工場を訪問する南アフリカのデザイナー家族
GLASS LABの切子ガラス

寺井 へー!外から人がやってくることでインスピレーションを得られるんだったら最高だよね。

伊藤 「地域に行って、提供されるものを一方的に消費する」のが今までの旅だとしたら、これからの旅は「地域の豊さを受け取り、旅人の経験を受け取る、たがいにおすそ分けし合う」旅になると思うんです。そういう旅の方が、生き方に「幸せ」を受け取れると思いませんか?

寺井 ロフトワークが様々なプロジェクトでお手伝いしている京都市観光協会さんとも「消費するための旅ではなく、創造性につながる旅の時代が来る」という話をしています。1, 2年でなんとかできる話ではないけど、僕自身も旅やワーケーションをするなら、そんな美意識を持っている街に行きたいって思う。

伊藤 今のところ、リゾートで仕事をするイメージが先行していますが、滞在する地域との関わり方など、もう少しワーケーションの選択肢が見えてくるようになるといいですね。
国は「地域にとっての短期的な経済効果」を重要視していますが、糸魚川で事業をする私としては、地域を主語にして「どんな豊さを大切したいのか」を理解、共感してくれる人たちを、ワーケーションとして受け入れる方法を考えたいと思うんです。

寺井 うん、うん。

伊藤 目先の消費単価が高いかどうかよりも、地域の10年後、20年後、30年後を一緒に作ってくれるパートナーと出会いたいんですよね。長い目で見て、複数回通ってくれたり、次回は友達と宿に一泊しようかなって思ってくれたりする人を増やしたいです。

自分にとって心地の良い「居場所」はどこにある?

寺井 その地域のことを全く知らない人がいきなり長期滞在することで起きてしまう問題ってあるよね。薫さんみたいな地域の内と外とを行き来しながらつなぐ人の存在は大事なことだと思う。「市民 ー 半分住んでる多拠点生活者 ー ワーケーションに来た中期滞在者ー 観光客」っていうグラデーションのイメージ。

伊藤 ハブとしての役割は意識していますね。

寺井 この「半分住んでる」ハブとなる存在の役割が抜け落ちて、外と内とで断絶が起きやすいんだよね。この大事な役割は地域の宿も担っていけると思う。「ベッドを貸す」だけじゃなくて、外から来た人を地域の適切な場所に送り出す “ターミナル” のような存在。

伊藤 言語だけじゃなくて、地域の文化とか背景も含めての翻訳者の役割ですね。

寺井 手前味噌だけど、FabCafe Kyotoでは地元のクリエイターや出張中のビジネスマン、世界を旅しながら仕事をするエンジニアなど、訪れたお客さん同士が仲良くなってご縁がつながっていくことが結構ある。カフェにいるスタッフや空気感が、絶妙な距離感でコミュニケーションを生むハブになってると思う。

ある日のFabCafe Kyoto

地域の宿の役割については、こちらのレポートもご覧ください。
これからの観光・宿泊業は「わたし」から「わたしたち」へと変化する 3人の実践者たちと語る、ウィズコロナの「宿」の形とは?

地域経営の視点で宿や観光業を運営している方々をお呼びし、「宿が地域においてどんな役割を担おうとしているのか」、あるいは「宿が地域住民と観光客の間にどんな関係を構築しようとしているか」という視点でディスカッションしました。「おもてなし」という言葉に代表された、観光客視点の消費型観光ではない、地域視点の観光の形を改めて見直すことで、ウィズ・コロナの宿の可能性を探っています。

寺井 課題は、知らない土地ではそういう場所がどこにあるのかわからないこと。だから、「どこだって行っていいよ」って言われたって、行けないんだと思う。チェーン店のカフェではそれは起こり得ないし、観光案内所に行っても、検索しても、そういう情報ってずばり出てこないじゃない?
みんな改めて心地の良い居場所を求めてる時代なんだと思うけど、そんな場所の条件ってなんだろう?

伊藤 「自分の感性を知っている友達に紹介してもらう」っていうのはどうでしょう?転職でもいちばん定着しやすいのって「友達の友達からの紹介」っていいますよね。

寺井 たしかに、「友達の友達」っていい距離感だよね。京都のご飯屋さんに行くのが楽しい理由の一つに、コミュニティが持つ距離感の心地よさがあるんだよね。京都って、新しい人と出会ったときでも、「ああ、あの誰々さんと仕事してるんですね、僕も気になってました!」みたいなことって東京に比べて多くて。興味関心や人となりが想像できるから、いろいろ誘ったり誘われたりしやすくて、ちょっとずつ「自分の知ってる範囲」からはみ出していきやすい。これも、「友達の友達」っていう距離感の作用に近いね。

伊藤 自分にとって心地よい居場所を見つけるために、あまり考えすぎず「行けば、始まる」っていうのもありますよね。ちなみに石部ちゃんは、なんで男木島なんだっけ?

ーー ある冬の瀬戸内旅の最後に、1人で高松付近のどこかに一泊しようと思って探した結果、男木島の民宿の予約がとれたんです。知り合いはいなかったんですが、島に向かう船の中で、まだ会ってもないのに民宿のご主人からFacebookの友達申請が来たり、滞在中もそのご主人がつきっきりで島を案内してくれたり…(笑)

伊藤・寺井 (笑)

フェリーから眺める男木島

ーー 最初はびっくりしたけど、「歓迎してくれる感」や島の様子を見聞きする中で、「自分らしく暮らせそうだな」という感じは最初からありました。

伊藤 直感があったんだね。

ーー誰かにとって居心地が良くても、他の人にとっては「合わない」こともありますよね。実際に行ってみないとわからないだろうと思います。私は運よく、早くに出会えました。

寺井 やっぱり、パソコンの前だけでは「ピンと来る」地域を見つけるのって無理だよね。軽やかにいろんなところに行って過ごしてみるっていうのは、「居場所」を見つけるいいきっかけかもしれないね。

脱・イイトコどり。これからは「同じ釜の飯を食う」旅へ

伊藤 多拠点で働くって正直、難しさはあります。糸魚川にいると、東京・深川の町の出来事をキャッチアップできなくなるし、両方の拠点をきっちり回すには人に頼らないといけません。

ーー 居住となると、地域の行事への参加もしていますか?

伊藤 町内会の掃除、山の草刈りなど、地域コミュニティでの「お勤め」ってありますよね。高齢化や人手不足の状況があり、集落の存続とも結びついていますし、積極的に参加しています。

糸魚川での草刈りの様子

寺井 そういう活動に、外の人が参加する窓口ってないのかな? 例えば、都会の人が地域に数週間滞在する中で地域と関わりたいって思っても、何ができるかわからないじゃない?

伊藤 今まさに、都会から草刈や用水路の掃除の手伝いに来れるグループを作ろうと思ってるんです。地域にとっての苦行が、都会から見たらキラキラしてることってありますよね。(笑)

寺井 人と人との関わりって、一緒に仕事することで初めて生まれるものだよね。「同じ釜の飯を食う」じゃないけど、「交流しましょう!」「会って話しましょう!」では生まれづらい。

伊藤 「一緒に乗り越えた感」ですかね。TreckTreckのツアーに参加してくれるお客さんを見てると、雨が降った時とか、苦難があった日ほどみなさん仲良くなる傾向があります。

ーーなるほど。

伊藤 ただ、地域側が期待しすぎてしまうことに懸念がないわけではありません。「これをきっかけにぜひ永住してほしい!」とか…。

寺井 初デートで、いきなり結婚してくださいっていう話だね。(笑)

伊藤 逆に、3, 4拠点とか、通う拠点が多すぎるのも「イイトコどり」になっちゃってないかなと思ったりもします。そんな時期があってもいいとは思うんですけど、やはり地域としては、「同じ釜の飯を食う」仲間を増やしたいんですよね。そういう関係性をどう作っていくかは、地域にとってもこれからがチャレンジの時期だと思います。

「イイトコ取り」の次の段階のワーケーションの取り組みをこれからもやっていきたいです!

執筆・聞き手:石部 香織
編集:loftwork.com 編集部

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