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井上 彩 2020.11.04

住むように滞在し、旅するように働く。
SARUYA HOSTEL流「地域体験」の作りかた

富士吉田市から、都市と地域の関係をアップデートする

新しい生活様式が定着しリモートワークが加速する今、働く環境や生活する場所について考える機会が増えています。自分にフィットした働き方を見つけるきっかけのひとつが、普段とは違う場所に滞在しながら働くワーケーション。

2020年11月、ロフトワークは山梨県富士吉田市、SARUYA HOSTELとともにワーケーションプログラム「SHIGOTABI」を実施することとなりました。日常とは違う土地で過ごしながら地域の人と出会ったり、この場所ならではのイベントに参加することで、滞在者自身の可能性を広げることができる本プログラム。どんな体験が待っているのか、SHIGOTABIの発起人であるSARUYA HOSTELの八木毅さんにお話を伺いました。

聞き手となるのは、岐阜県飛騨市でFabCafe Hidaの運営やクリエイティブによる林業復興の取り組みを行う、株式会社飛騨の森でクマは踊る(以降、ヒダクマ)の井上彩。彼女もまた、以前は小豆島、今は飛騨古川で地域内外の人々を繋げる取り組みを続けています。対談したのは、折しも八木さんがFabCafe Hidaでワーケーション滞在をしている最中。二人は、SHIGOTABIのワーケーションプログラムについて、そして富士吉田にかける思いについて語りました。

執筆:中嶋 稀実
編集:loftwork.com 編集部

八木 毅 /SARUYA HOSTEL、株式会社DOSO 代表(写真右)
静岡県出身。グラフィックデザイナー。名古屋芸術大学芸術学部絵画科卒業。L’École Nationale Supérieure d’art de Dijon大学院卒業。2009年、帰国後に都内でグラフィックデザイナーとして活動。2015年より富士吉田にてSARUYA HOSTELを創業。SARUYAアーティストインレジデンスを運営するhttps://www.saruya-hostel.com/   http://saruya-air.com/

井上 彩 / 飛騨の森でクマは踊る マーケティング(左)
大阪府出身。島根大学教育学部、武蔵野美術大学彫刻学科卒。瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト「観光から関係へ」(2013年)、「小豆島町未来プロジェクト」(2016年)の運営に携わる。2018年ヒダクマ入社。公式サイトからの情報発信やメールマガジン、合宿事業を担当。森と人との接点をつくることに楽しさを感じながら活動中https://hidakuma.com/

アーティストから、地域の風景をつくる仕事へ

ヒダクマ 井上(以下、井上) 八木さんは、元々アーティストとして活動されていたんですよね。富士吉田との出会いから聞かせてください。

SARUYA HOSTEL 八木さん(以下、八木) 僕は、フランスの美術大学でアートを学んでいました。大学院を卒業した後に帰国し、東京でデザイナーとして働いていたんです。そんな折に、アーティストの友人から「山梨県のプロジェクトでデザインをお願いしたい」と誘われ、おもしろそうだから彼に会いに行ってみたんです。

そうしたら、なぜか会社面接みたいになって。それからトントン拍子に話が進み、その友人と「富士吉田みんなの貯金箱財団(以下、みんなの貯金箱財団)」の代表(当時)と3人で会社をつくろうということに。でも、いろいろあって結局は会社は作らずに、みんなの貯金箱財団で2年間デザイナーとして働きました。

井上 仕事の依頼を受けるはずが、そのまま移住されたんですね。 そこまで富士吉田に惹かれたのはなぜですか?

八木 富士吉田は古い建物が多く、昭和の雰囲気が漂っている場所なんです。僕らのようなクリエイターにとってはそれが落ち着くというか、想像力を掻き立てられるようなところがあるんですよね。

それに、古い建物が多くて空き家率が高い地域でもあります。僕たちは空き家をリノベーションしてアーティストたちが作業できる広いアトリエを作り、その場所でアーティスト・イン・レジデンスを始めました。

井上 デザインを仕事にしながら、アーティスト・イン・レジデンスも運営。さらに、ゲストハウスの運営もされています。

八木 まちの仕事に関わるなかで、関係人口を増やしていく大切さを感じるようになったんです。もっと地域の外から人を受け入れるために宿が必要だと考えて、仲間と二人でSARUYA HOSTELをつくりました。ちょうど富士吉田市とみんなの貯金箱財団が創業支援を行っていた時期だったので、たくさんの人に支えていただきながら始めることができました。

SARUYA HOSTELを作ったのは古い商店街の中で、そこからは大きな富士山が見えるんです。この美しさを伝えていきたい、まちの風景を少しずつ変えていきたいというのが最初のコンセプトでした。

SARUYA HOSTELの空間づくりと体験づくり

井上 移住から起業、ゲストハウスの立ち上げまで、すごくスムーズに話が進んだように聞こえます。

八木 親が商売をしていたからか、起業することにも、宿を立ち上げることにもあまり気構えはなかったんですよね。ただ、宿を始めた最初の1ヶ月はお客さんがゼロで、給料もゼロ。個人でデザインの仕事を続けながら、試行錯誤の日々でしたよ。

井上 私たちもFabCafe Hidaで宿泊事業をしていますが、八木さんがたったひとりでゲストハウスを運営していた時期があったと聞いたとき、すごく驚いたんです。

先日、社員総出で行ったヒダクマの合宿ではじめてSARUYA HOSTELに滞在しましたが、すごく気持ちのいい空間でした。掃除も行き届いていて、空間やそこにあるものが整っていて。あたり前かもしれないけれど、その状態を継続するのはすごく大変なこと。八木さんやスタッフのみなさんがSARUYAの空間や場所をとても大切にしていることが伝わってきました。

八木 合宿では、宿で使っているリネンのシーツをつくっている機屋工場も見学してもらいましたね。

井上 はい。普通の旅行ではできない体験だったと思います。一緒に滞在したヒダクマの岩岡は、SARUYAのスタッフの方がシーツを干す風景が特に印象的だったと話していました。中庭の木の枝に紐を通して、そこに真っ白なリネンを掛けて干すんですね。その様子がすごく美しくて。ああ、これは昨日会った機屋さんが作っていたシーツと同じものなんだなと思うと、感慨深かったです。

また別のヒダクマのスタッフから、「ここは風通しがいいよね」という言葉が出たんです。それは、SARUYA HOSTELの空間はもちろん、八木さんやスタッフの雰囲気、あとはまちとの心地良い距離感から感じられたような気がしています。まちの風景をつくる話といい、八木さんにとって宿の運営やまちづくりは、創作活動の一つのようです。体験という作品をつくっているんじゃないかと。

八木 確かにそうかもしれません。アート作品という意識はないんですけど、すごく楽しいし、作品制作と同じようなエネルギーを向けることができています。ずっと続けられる活動という感覚で、仕事というより、作品をつくっているときと近いものがあると思います。

出会いが、滞在者と地域の変化につながる

 井上  11月から始まるワーケーションプログラム「SHIGOTABI」では、SARUYA HOSTELやほかの宿を起点として、滞在者が富士吉田で新しい出会いを見つけたり、関係をつくっていけるようなプログラムを提供するんですよね。

八木 富士吉田に滞在しながらさまざまな体験をしていただけるように用意しています。食から地域を知るイベントもあれば、芸術に関わる人が滞在するプログラムもあったり。せっかくなのでここでしかできない体験をしながら、まちの人と関わってもらいたいですね。

井上 個人的には、富士の森で体験する「富士の森・星空ツアー」が気になりました。 

八木 富士吉田に登山ガイドをしている方がいらっしゃるんです。森の星空ツアーでは、その方と一緒に夜の森を歩きます。

夜の森ではムササビが飛んでいたり、鹿が鳴いていたりします。暗い森を歩いていって、開けた場所に出ると視界がひらけて夜空が広がる。星がすごくきれいなんですよ。富士山の森ならではの体験だと思います。

井上 地元の方にとっての「あたり前」から「特別なもの」を見つけ出し、体験として提供するイメージですね。こうして地域の中に潜んでいる「特別な体験」に輪郭を描くことができるのは、八木さんのアーティストとしての感性が生かされているように思います。

八木 近くにある河口湖町はいわゆる観光地だけど、富士吉田は市民の生活を感じるまち。観光消費のためだけに施設やイベントをつくるのではなくて、そこにずっとあるものや、そこに住んでいる人がつくったものを「いいね」と感じてもらえるきっかけを作りたいと思っています。

いろいろな体感をしてもらうには2泊くらい、できれば1週間くらい、住んでみるように旅してもらえるといいなと思います。ここで仕事しながら住民のようになっていくことで、人間関係も広がってくると思うんです。旅から第二の故郷みたいなものが生まれるかもしれない。それがワーケーションの醍醐味だと思っています。

地元の人たちにとっても、イベントがきっかけで音楽家と出会ったり、普段は都会でバリバリ働く人が近所のおじちゃんと話すようになったり。そのなかで個々に化学反応が起きて、1年後、また富士吉田で再会するかもしれない。 誰かと誰かが出会ったとき、フィーリングが合えばその後の関係性もつながっていく。まずはきっかけをつくるのが、今の僕の役割だと思っているんです。

 井上 来た人も楽しい、地域の人も楽しい。そのことは、まちが変化していくことにつながっていきそうです。まちの風景が変わっていくということは、そこで暮らす人の生活が変わっていくということ。楽しい対話や関係が生まれると素敵ですよね。可能性を感じる場所だと思います。

八木 コロナ禍ということもあってか、最近移住に関する問い合わせも増えています。せっかく仲間が増えるチャンスなので、空き家の整備にも力を入れていきたいという話も出ているところです。

井上 八木さんは、これから仲間を増やしていくタイミングなんだと思います。きっと、地域の中でやりたいことがもっと出てくるはずで。そんなときに仲間がたくさん集まれば、想いを持った人同志で協力してまちができていく。ワーケーションのプログラムを通じてそういう人にも出会えるといいですね。私たちヒダクマも、その一助になりたいです。

八木 お互いに、ですね。僕も、飛騨に来る度にいろいろなアイデアやヒントをもらえます。

井上 私も八木さんからたくさん刺激をもらっています。今度は、宿やカフェスタッフの間で交換留学的なことができたらいいですね。

八木 おもしろそうですね。バケーションではなくて、ワーケーションだからこそ仕事も交換できる。働く場所や時間を共有することで、お互いに刺激を受け取ったり、そこから生まれるものもある気がします。これからもよろしくお願いします。

富士吉田市のワーケーションプログラム「SHIGOTABI」について

SHIGOTABI 概要

株式会社ロフトワークは、富士吉田市、SARUYA HOSTELとの共同プロジェクトとして、都市と地域との関係づくりを促進するワーケーションプログラム「SHIGOTABI」を2020年11月〜2021年3月まで開催します。

本プログラムはワーケーション滞在者に向けて、富士の森での星空ツアー、野生動物観測といった富士吉田「ならでは」の地域体験を提供するほか、映画音楽家・世武裕子氏やD&DEPARTMENT PROJECTが運営する「d47食堂」をゲストに迎えた特別プログラムを実施。富士山麓の豊かな自然のなかで仕事へのモチベーションや生産性を高めるのはもちろん、滞在者にとって新しい発見や学び、そして富士吉田地域の深い魅力を体感できるプログラムを提供します。

> SHIGOTABI 公式サイト 

> ニュース:富士山の麓で、旅するように働こう。富士吉田市のワーケーションプログラム「SHIGOTABI」、11月よりスタート

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