このコラムは、産労総合研究所が発行する人事・労務の専門誌、人事実務(2019 No.1198)に掲載された弊社代表の諏訪 光洋への取材記事の転載です。特集「会社の枠を超えた人材活躍」の中で、多様な働き方と雇用管理の事例として、週4日勤務や副業など多様な働き方、人材採用や配置の考え方など、社員の創造性を大切に考えているロフトワークの取組みを代表みずから紹介しています。

楽しくて人が集まるオフィスにはたくさんの工夫

取材・執筆:大下明文

会社で週に4日働いて、他の日はライターの仕事をする、あるいは週に3日働いて、残りの日は農業に勤しむ。ロフトワークには、そんな働き方を選ぶ社員が何人もいる。そんな同社の事業とは、プロジェクトマネジメントの手法で、クライアント企業からの依頼をうけた新事業の開発や課題解決を図ること。そのベースとなる考え方にはデザイン思考があり、オープンコラボレーションを通じてWeb 、コンテンツ、コミュニケーション、空間などをデザインしている。

働き方そのものもユニークだが、東京・渋谷駅から道玄坂を上り切ったあたりに建つビル内のオフィスも独特なつくりだ。
オフィスに置かれた大テーブルは飛騨から取り寄せたもの。洋ナシを細長く伸ばしたような面白い形をしていて、フロアのシンボルにもなっている。窓側には立って仕事ができるテーブルが取り付けられ、パソコンを打ちやすいようにやや傾いている。
プロジェクトスペースは、これも飛騨から持ってきた太い大黒柱を仕切りの土台とし、切れ込みを入れてボードを立てている。ボードはブレンストーミングでよく使う付箋でいっぱいだ。ビルにはイベントフロアや自社で運営するカフェ、コワーキングスペースも併設されている。この日、コワーキングスペースでは社外のデザイナーや海外からインターン目的で日本に滞在している外国人たちが仕事をしていた。

「楽しいと人が集まってきます」

同社代表取締役社長の諏訪光洋氏はそんな言葉で、同社独自の働き方やオフィス設計の考え方を説明する。いかにも一般企業とは一線を画する仕事環境である。その狙いはどこにあって、どんな効果をもたらしているのだろうか。諏訪氏に細かく聞いていこう。

プロジェクトスペース

ネットでクリエーターを集める組織の限界を知る

ロフトワークが設立されたのは2000年。ちょうどインターネットが成長期に入ろうとしていたタイミングだ。最初に考えたのは、社外のデザイナーなど、クリエーターをネットワークして仮想のコミュニティを作り、大きなプロジェクトに挑もうという構想だ。組織的には当初から融通無碍な自由さがあった。スタートアップのころのスタッフには、異能の持ち主が多かったという。知り合いのつてで入ってきたアルバイトの人も諏訪社長の印象に強く残っている1人だ。

「外国人タレントのファンクラブを10以上作ったコミュニティづくりの達人でした。その人は毎日昼になるとどこかに出かけていって1時間半くらい戻ってきません。何をしているかと思ったら、クリエーターを募るカードを大量に作って蒔きに行っていたのです。まだネットだけでクリエーターを集められる時代ではありませんでした。その人はどこに行けばクリエーターがいるかが分かっていたのです。それでクリエーターの登録数が急増しました」 異能の“手の力”も借りながら、クリエーターをオンラインでつなぎ、プロジェクトを進めるビジネスのスタイルが確立した。 しかしすぐにオンラインの限界にぶつかる。

「そのころはweb制作などの仕事が多かったのですが、それがうまくいかないのです。仕事の品質が悪い、納期が遅い、価格が高いの三拍子そろって失敗してしまったのです。競合の制作会社は社員7~8人で、社内に3~4人のデザイナーを抱え、私たちよりも品質や納期が優れていました」 納期一つとっても制作会社に勝てなかった。プロジェクトのために集めたクリエーターはオンライン上のつながりだ。明日仕上げなくてはならないプロジェクトがあっても、「徹夜でも頑張って」とは言えない。社内で時間・空間を共にしているからこそ、「何としてでも明日までに仕上げよう」という頑張りが効くのだ。そうした反省があって、プロジェクマネジメントの重要性に気づいた。そして同社ではクリエイティブ・ディレクターと呼ぶプロジェクトマネジャーを社員として採用するようになった。また、そこに集まって知恵を出し合い、一緒にプロジェクトを進めるオフィスを作る試みが始まったのだ。

社員の半分は プロジェクトマネジャー クリエーターは外部人材

現在、ロフトワークは大企業から新規事業開発や様々な課題解決を求められている。

「最近は課題を見つけるところから入ることもあります」 たとえば小売店の売り場に配置する案内係のサービス向上のための体験シミュレーションづくりや、教育事業者の新規顧客獲得で、今までとはまったく新しい接点づくりなど、一つとして同じプロジェクトはない。成果物を映像やweb、本などの目に見える形で提出するのがロフトワークの一番の特色だ。同じ新規事業プラン、課題解決プランであっても、コンサルティング会社であれば、パワーポイントでまとめられたレポートということになるだろう。

「こうしたデザイン思考の成果物はクライアント企業の社内だけでは作れないので、私たちのところに依頼があるのです」 そうしたクライアントの依頼に対して、ロフトワークは国内約120人、海外約30人の約150人態勢で対応している。社員の半分がプロジェクトマネジャーだ。そのほかにプロデューサー部門とマーケティング・広報部門にそれぞれ10人前後が配置されている。プロデューサーはクライアントと折衝し、おおまかなプロジェクトの形を決める役割だ。デザイナーなどのクリエーターはすべて外部の人材である。会社の規模に比してマーケティング・広報の担当者が多いのも特徴だ。

「私たちが何であるか、何をしているかを知ってもらうために、社外に発信する人材を多く配置しているのです。社員の個人名を出して、その人がどんなプロジェクトに関わっているかも明確、詳細に発信しています。クライアントからみても、そのほうが相談しやすいのです。ロフトワークのノウハウをそんなにさらして大丈夫かと心配してくれる人もいますが(笑)」 ノウハウも開示するし、どの社員がどんなスキルを持っていて、どんなキャリアを積んでいるかも一目瞭然だ。詳細な「経歴書」ともいえる。実際にそれを見たところからの引き抜きもあるそうだ。それでも、自分たちのことをしっかりと外部に伝えることのほうが重要だと諏訪氏は言い切る。

「人はアイデンティティが揺らぐと、それがストレスになります。たとえば○○さんの奥さん、旦那さんと言われたり、○○さんのお母さん、お父さんと言われたりして、自分の名前を呼んでもらえないのは、ちょっとストレスになりませんか。一人ひとりの仕事内容を、個人名できちんと出していきたいと思うのです。それに、当社の社員が厚遇で引き抜かれるのは悪いことではありません。もちろん、当社に居続けたいと思ってもらえるような会社の魅力づくりは必要です」 個々の社員のスキルが社外にもわかるようにしているということもあり、ロフトワークのほうが「仕事が面白い」「働いていて楽しい」と思われる会社作りは、諏訪氏の重要な役割になるのだという。これも面白い点だが、プロジェクト進行の核となるプロジェクトマネジャーの採用は、あえて大学を卒業したばかりの新卒は選ばない。

「1つのプロジェクトは4~6カ月かかり、どれも難しいものばかりです。プロジェクトマネジャーは通常2つのプロジェクトを同時に回します。多くても年に6社のクライアントしか持てません。新卒で入ってきてこの数では、お客さんと接する経験が少なすぎますし、ビジネスマナーも向上しません」 たくさんのお客さんを相手にする経験やビジネスマナーは他の会社で身に付けてもらい、そのうえでロフトワークのプロジェクトマネジャーに就いてもらうのだ。

「必ずしもプロジェクトマネジメントの実務経験がなくてもいいのです。クリエイティブが好きで、地頭がよくて素直な人なら歓迎です」 プロジェクトマネジメントの経験がなくてもよいとはいえ、当初は集めるのに苦労したという経緯もある。まず、候補者の絶対数が少ない。システム会社の中にプロジェクトマネジャーはいたが、「デザインなんて分からない」と斜に構える人も多かった。08年~14年頃は雑誌の廃刊ラッシュで出版界の外に出た雑誌編集者を雇用し、プロジェクトマネジャーの力をいかんなく発揮してもらったという時期もあった。最近は大学院でデザイン思考を学べる研究室も増え、採りたいと思う人材も増えているようである。

プロジェクトの概要の例

副業での経験も 会社の仕事に活きる

人が集まりたくなる楽しい会社、一つとして同じプロジェクトがない事業特性、クリエイティブ志向の異能の集団。そんな話を聞いてくると週4日勤務、週3日勤務もそれほど無理なく受け入れる風土があるのだろうと思える。諏訪氏に、いつから副業を認めているのかと尋ねると「昔から」と答えるほどでの自然さがある。明確に制度化したのは2013年。副業をする人が増えてきたからだという。冒頭の2人も副業のために時短勤務を選んでいる社員だ。

週に4日勤務し、そのほかの日はライターやブロガーの活動をしている社員の場合、会社での仕事は広報関係なので仕事の親和性は高いし、個人的な活動で培ったノウハウや人間関係は会社の仕事でも使える。 週に3日間だけ勤務し、勤務日以外は農業に従事する社員のロフトワークでの仕事は、web制作などで技術的な知見をプロジェクトマネジャーに提供して支援したり、クライアントのシステム部門の担当者とコミュニケーションをとったりする業務だ。結婚した相手の実家がたまたま代々農業を営んできた家で、それを残したいという思いから最初はロフトワークを退職して農業の専業になろうと考えた。会社から週4日の時短勤務を提案されが、それでは平日は1日しか畑に出られず十分な農作業ができない。そこで週3日勤務を逆に提案して受け入れられた。週3日勤務というと会社のウェートが低いようにも感じる。うまく仕事は進むのだろうか。

「たしかに週3日と週4日の間に分水嶺があって、週4日勤務だと他のメンバーとのシンクロ率も高く、まったく問題がありません。ただし週3日勤務でも長年経験を積んできた社員なら可能です」

週3日勤務でもキャリアが十分なら問題がないし、副業での経験が同社のプロジェクトにとって必要不可欠な経験となるケースもある。実際にあったケースでは、農業分野に先端技術を応用するプロジェクト。そのプロジェクトに参画するとき、農業のことを熟知し、あるいは農学の専門家を知っている社員が存在することは大きな利点だ。もっとわかりやすいメリットもある。

「先日、イベントスペースで、その社員が収穫した野菜を使った料理で食事会を開き、みんなで楽しみました」 農業をすることが、仕事にもコミュニティづくりにも一役買っているのだ。ライター活動や農業のほかに、動画やDJを副業にしている社員もいる。 「クリエーター属性のある社員が多いので、何かしら作っていたいのでしょうね」

副業目的でなく、育児のために時短勤務を使うケースもある。 勤務日が3日、4日に減ると給与もそれに応じて少なくなる。副業目的で週4日勤務を願い出たものの、半年たって「給料が減って大変だった」と勤務日を通常の週5日勤務に戻す社員もいるそうだ。あまり頻繁に変更するのは労務管理上手間が多くなるが、出来る限り本人の希望に沿おうとするのが同社のスタンスである。

仕事が可視化されると 人も組織も健康に

多様な背景を持つ人たちや、様々な働き方をしている人たちが一緒に働くうえで、同社が重要視している仕組み・仕掛けが2つある。1つは仕事の「可視化」で、もう1つは「人が集まりたくなるオフィス作り」である。 プロジェクトマネジャーは大きな裁量を任されて、予算管理も行う。それだけに仕事が俗人化し、進捗状況が分からなくなると、会社はプロジェクトが上手くいっているかいないかの判断がつかず、明らかになったときにはプロジェクトが火を噴くというリスクがある。そこで社員はどの仕事に何時間かけていて、その仕事がどこまで進んでいるかの記録を毎日残し、それをみんながパソコンで見えるようにして情報共有を図っている。こうしておけばプロジェクトの進捗が悪いとき、その原因を探ったり、必要なら早めにサポートを入れてリカバリーしたりすることも可能だ。 諏訪氏は記録を取るのは、社員の管理のためではないという。

「この仕組みは自分のためものです。サポートが必要になったときに支援するには、記録がないと適切なタイミングが計れません」 記録は自分を助けてくれる。また、記録を見ると、2つのプロジェクトに使う時間に大きな偏りがあるのが明確になり、それは一方は自分の好きなプロジェクトであるからだと気付くケースもある。そのまま放っておくと、あまり好きではないもう1つのプロジェクトが遅延することは必然だ。記録は仕事を自己管理するためにも必要である。

知の場を活かすには 人間関係がカギ

人が集まりたくなるオフィス作りも、背景や働き方の違う人たちがプロジェクトを進めるうえで重要だ。冒頭で説明したようにオフィスにはかなり工夫が施されている。

「新事業開発や課題解決といった難しいプロジェクトでは、過去の知見を融通し合う必要があります。こういうプロジェクトには暗黙知が多く関わっているものです。オフラインの場も重要になってくるわけです。もちろん自分で一から調べてもいいのですが、分からないことも多いですし、知見を持つ人に話を聞けば理解がずっと早い。情報密度が高く、もっと詳しく知るためには誰に聞けばいいかも教えてくれます。多様な専門性を持った人たちが集まる場があると、知のトランスファーが進み、社員の成長も促されます」 新しいプロジェクトを成功に導くためには、知の交換の場が必要だ。それがロフトワークのユニークなオフィス作りにつながっている。たとえば、机の高さにも工夫が凝らされており、座って仕事をしている社員に立ったままで話しかけやすい高さになっている。

また、知を交換する場を最高に活かすためには、気軽に聞き合える人間関係をつくっておくことも必須だ。先の食事会のような場はフランクな人間関係をつくれるいい機会を提供してくれる。同社が導入しているオンラインコミュニケーションツールも少なからず役立っているようだ。 「たとえばオフィスに出張のお土産のおまんじゅうが置いてあっても、誰からのおまんじゅうか分からないことがあります。そんなときオンライン上で『お土産買ってきたよ。食べてね』と書き込めば、食べた人が『ありがとう。美味しかったよ』と返せます」

日ごろのちょっとしたやり取りが社内コミュニケーションを活性化し、仕事の上で「支え」「支えられる」関係に発展する。ロフトワークは知的に新しい挑戦を尊び、働くのが楽しい人たちが集まってくる。ただし、そういう働き方が万人向けとはいえない。

「常に新しいことへのチャレンジを求められるので、いちいち勉強しなければいけません。『疲れました』と辞める人もたまにいます」

しかし万人向けでないからこそ、ロフトワークの存在意義があり、そこに集まりたくなる人もいる。ロフトワークの事例から、近未来的な会社の在り方や働き方がほの見えるようである。

諏訪 光洋

Author諏訪 光洋(代表取締役社長)

1971年米国サンディエゴ生まれ。慶應大学総合政策学部を卒業後、Japan Timesが設立したFMラジオ局「InterFM」立ち上げに参画。同局最初のクリエイティブディレクターへ就任。1997年渡米School of Visual Arts Digital Arts専攻を経て、NYでデザイナーとして活動。2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間200件を超える。 グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材に向き合うクリエイティブ・ラウンジ「MTRL」、クリエイターとの共創を促進するプラットフォーム「AWRD」などを運営。

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