インフォグラフィックスで“日本の未来”を切り開く「ツタグラ」プロジェクト
主役はクリエイター。未来を見据えたプロジェクト「ツタグラ」
複雑な情報をわかりやすく見える化する「インフォグラフィックス」の手法を用いて、専門家や国の持つ知識・データとクリエイターの「伝える」力を結びつけていくプロジェクト「ツタグラ[伝わるINFOGRAPHICS]」。2011年10月に発足して以来、その取り組みが話題を呼んで大きなムーヴメントへと成長しつつあります。
ロフトワークが担うのは、Web制作などのオンラインの場だけでなく、カンファレンスやワークショップなどオフラインの場も提供し、デザイナーをはじめ多くの人を巻き込んでいく“仕組み”を作ること。経済産業省の高木美香氏、ロフトワーク代表の林千晶、クリエイティブディレクターの長倉克枝によるクロストークから、プロジェクトの“育て方”が垣間見えてきました。
林(ロフトワーク) どういった背景から、「ツタグラ」の発想は生まれたのですか?
高木(経産省) ひとつのきっかけとなったのは、2011年3月11日に起きた震災です。震災直後、情報が錯そうしている中で、まっさきに客観的なデータを集約しようと動き始めたのは、企業よりもフットワークの軽い個人のデザイナーでした。避難所にある材料でつくれる応急措置グッズの作り方イラストを集めるサイトをつくったり、皆に知ってほしい情報をグラフィック化してインターネットで公開したり…私はもともとデザイン室に在籍していて、デザイナーとのやりとりが多かったのですが、彼らのポテンシャルとグラフィックの力を、そのとき改めて感じました。
林 グラフィックを使うと、単なる数字の羅列よりも、格段にわかりやすさが増して伝わるものなんだな、と。
高木 そうです。単にキレイなだけでなく、“情報を伝える”ことを主眼としたインフォグラフィックスですね。ただ、今まではどうしてもデザイナーというと、クライアントの意向を仕上げる“黒子”的なスタンスで、なかなか表面に出てきませんでした。それが震災という逼迫した状況の中で、issue(社会課題)と直接向き合って、自ら答えを出してきたわけです。大きな変革だったと思います。
さらにissueは、震災だけに留まらず、高齢者問題やライフスタイルの変化など多岐に及んでいます。これらに対しても同じように、グラフィックを駆使しながら“より良い未来のために知ってほしいこと”を伝えられるのではと思い、「情報×デザイン=コミュニケ―ション」をコンセプトにした「ツラグラ」プロジェクトが始動しました。基本的には「オープンガバメント(開かれた政策)」の一環ですが、同時にデザイナーの皆さんにとってもインフォグラフィックスが仕事の一分野になること、貴重なデータは持っているけれどそれをクリエイティブに表現するのが難しい学者や研究者にとってもメリットが生じることも、プロジェクトの目的に含まれています。
オンラインだけでは終わらない“人を巻き込む仕掛け”づくりに期待
林 その中で、なぜ私たちロフトワークだったんですか?
高木 ソーシャルな仕掛けづくりが上手いなと感じていたからです。オープンソースCMSも活用していますし、プロフェッショナルな方々も揃っている。Webサイトを国が委託する際は、往々にしてコストをかけて作り込んでしまうんです。そうすると予算が早々に底を打って、プロジェクトがお蔵入りになる…それは避けたいなと。立ち上げ時に大上段に構えるよりも、“小さく始めて大きく育てる”というイメージも、ロフトワークとは共有できていました。コストとベネフィットを測りつつ、人を巻き込む仕組みづくりを心得ている会社さんだと感じ、お願いしました。
林 いかにして人を巻き込むかという点は、今でも常に念頭に置いていますね。「ツタグラ」では、テーマを出してインフォグラフィックス作品を募るスタイルを基本軸に据えていますが、テーマひとつとっても、どのissueを扱うべきか、なおかつ参加しやすいものになっているか、常に吟味してきました。さらに投稿のモチベーションと、ツタグラそのものの価値を高めるために、有識者によるアドバイザリーボードを設置したことも大きかったと思います。
クリエイティブディレクターの福田敏也氏、無印良品くらしの良品研究所の土谷貞雄氏など幅広い人材をお招きし、作品をつくるクリエイターにも、見る人にも魅力的なものとなりました。また、ロフトワークには16000名ものクリエイターネットワークがすでにあるので、今回のプロジェクトの“主人公”ともいえる人々にすぐアプローチができるメリットも存分に活用しました。
高木 そうですね。今回のプロジェクトは、ロフトワークと私達の間で「ゴール」のイメージを共有できていた点が大きかった。見据えるゴールが一緒だから、逆に“過程”は、そのつど意見交換しながら決めていくスタイル。四角四面に決め過ぎなかったことで、いろいろな人が入ってきて意見を述べてくれる“余地”があったんだと思います。
教育現場でも活用が広がるインフォグラフィックスの魅力
林 今まで、「ツタグラ」ではいくつものテーマを掲げて、インフォグラフィックスを募ってきました。日本はこれから50年の間に総人口が3/4になるという予測を踏まえた「縮小する日本を表現してください」というテーマにはじまり、「これからの働き方を表現してください」「クリエイティブ産業を表現してください」など、世の中と将来の課題をテーマに据えてきたわけですが、寄せられた作品をご覧になって、どのように思われましたか?
高木 私達が想定していなかった斬新な表現がいくつも寄せられて、インフォグラフィックスの底力を改めて感じましたね。各デザイナーによって、フォーカスしたい着眼点が異なるところも興味深かったです。単に発注された仕事をこなすのではなく、それぞれのテーマが日本の将来、つまりは「自分事」だからこそ、皆さんに真剣に取り組んでいただけたのかなと感じています。
長倉 オンラインで作品を募って発表するだけでなく、オフラインの場でもさまざまな取り組みを行ってきた点も、このプロジェクトには欠かせなかったなと感じています。東海大学や早稲田大学など、大学の講義でインフォグラフィックスを取り入れたり、紹介されることも増えてきました。学校教育の場で取り上げられると、学生にもインフォグラフィックスが浸透して裾野が広がっていくと思います。あとは、本来もっともインフォグラフィックスを駆使する立場にあるマスコミ業界でも、共同通信社の全国加盟社大会でツタグラの紹介・講演を行ったり、「日経デザイン」「AXIS」「ウェブデザイニング」といったデザイン系メディアからも協力いただいています。
高木 私たちの元にも、「子どもの教育で活用できないだろうか」と問い合わせがきたり、首相官邸の広報からも連絡が届きました。じつは私達の他の部署でも、ツタグラのFacebookで「いいね!」の数が3000に到達したとき、「こんなプロジェクトがあったんだ」と話題になったんですよ。
林 まさに“小さく始めて大きく育てる”ことが功を奏したひとつの例ですね。
長倉 先日、日本を代表するデザイナーの原研哉氏を特別審査員にお迎えして、投稿作品の中から「2011年度ツタグラ賞」を決めたのですが、授賞したグラフィックデザイナーの徳間貴志さんの作品「日本の人口推移<1959~2050>」は、Facebookの「いいね!」の数が2万を超えました。
高木 2万という数字には驚きましたね。数字で反響が現れると嬉しいですが、ツタグラというプロジェクトは、なかなか数字では推し量れないところがあるとも思っています。いま評価されている理由は、未来の日本を良くするために、みんなに知っておいてほしいことをグラフィックで表現するというコンセプトそのものにあると思っています。
そのことは今回のプロジェクトにかかわっているすべての人が感じていることだと思います。目指すべきゴールのイメージを皆で共有できて、そこから柔軟な発想でオンライン/オフライン問わず多彩な仕掛けをかたちづくってくれるという意味で、ロフトワークにお願いしてよかったです。取り上げてくれるメディアも次第に増えて、発足当初より「インフォグラフィックス」という言葉の認知度も確実に上がったと実感しています。
林 ありがとうございます。私達にとっても大切なミッションのひとつと捉えて、今後も地道に取り組んでいきたいと思っています。
高木 まさに“続ける”ことが大事ですよね。欧米諸国などでは政府発行のデータにインフォグラフィックスが使われることが一般的になっていますが、このようにオープンガバメントの取り組みにつなげていく他、メディアや研究者、企業のレポートなどでの活用も増えていくことを願っています。インフォグラフィックスといえば「ツタグラ」と言われるような、日本一のプロジェクトに育てていきたいと思います。
※内容やお客様情報、担当ディレクター情報は本記事公開時点のものです。現在は異なる可能性があります。