株式会社福井弥平商店 PROJECT

新しい味の言語化で価値を生み出す
日本酒開発ワークショップ

2018年9月、「萩乃露」で全国に名を知られる滋賀の老舗酒蔵「株式会社福井弥平商店」から新酒が発売されました。その名も「双子座のスピカ」。実はこの日本酒がまだ試験醸造中だった2017年6月〜7月にかけて、ロフトワークでは「未知の味にことばを与える – 日本酒の『美味しい』を再発見する」と題して、ワークショップを開催していました。

なぜロフトワークが日本酒の企画・開発に関わることになったのか?今回、ワークショップ開催に至った経緯から「双子座のスピカ」発売後までを、「株式会社福井弥平商店」代表取締役社長の福井毅さん、クリエイティブディレクターとして商品開発に関わったHulynique Designの九里法生さん、そしてロフトワークの木下浩佑の3者の鼎談形式でお届けします。

テキスト=北川由依
写真=木村華子

プロジェクト概要

  • 支援内容
    イベント企画・運営
    – 1回目:2017年6月30日
    – 2回目:2017年7月7日
  • プロジェクト期間
    2017年5月〜7月
  • プロジェクト体制
    クライアント:株式会社福井弥平商店 / Hulynique Design
    ロフトワーク MTRL KYOTOマネージャー:木下浩佑
左から、Hulynique Designの九里法生さん、株式会社福井弥平商店代表取締役社長の福井毅さん、ロフトワークの木下浩佑

おいしくはない。だけど可能性を感じる日本酒

木下 2018年9月にロフトワークが製造開発に協力させていただいた「双子座のスピカ」が発売となりました。発売を祝うとともに僕たちの出会いまで遡り、MTRL KYOTOがワークショップ開催に関わるようになった理由についてお伺いできればと思います。初めてお会いしたのは、いつ頃でしたでしょうか。

九里 2016年ですね。友人に「おもしろい場所がある」と誘われてMTRL KYOTOに来て、木下さんにお会いしました。デザイナーとして手がけてきたポートフォリオを見せながら話す中で、「Fab Meetup Kyoto vol.9」(2016年9月開催)に出てもらえないか、という流れになって。「日頃どのように思考してデザインに落とし込んでいるか知りたい」とご希望だったので、僕が関わった日本酒がどのように生まれたのかクライアントと一緒に喋ったらおもしろいんじゃないかと提案しました。そこでご紹介したのが、福井さんです。

九里 法生(Hulynique Design)
クリエイティブディレクター、中小企業診断士、グラフィックデザイナー、J.S.A.認定ソムリエ。Hulynique Design(ヒュリニークデザイン)名義で、多業種多領域のデザインや商品・サービス開発を手掛ける。 https://www.hulynique.com/

福井 九里さんとは「燗酒コンテスト(プレミアム燗酒部門)」で金賞を受賞した「雨垂れ石を穿つ」という日本酒のデザインはじめ何度もお仕事を一緒にしていました。九里さんにお話を聞いて「ぜひやりましょう」と即答しましたね。

福井 毅(福井弥平商店)
清酒萩乃露の醸造元、福井弥平商店代表取締役社長。情景の見える酒造りをめざし、日本酒の多様な喜びや驚きを飲み手に提供。地域に根差した酒造りに取り組んでいる。 http://www.haginotsuyu.co.jp/

九里 Fab Meetup Kyoto vol.9」を終えた後、また一緒に何かしたいねという話になりましたよね。しばらくしたある日、福井さんが「何も言わへんから、1回飲んでみて」と試験醸造中の日本酒を差し出したんですね。もうね、初めて口にした時「これ、どうしよ」って思いました。日本酒として美味しいと言えるものではないのですが、組み合わせる食べ物を変えると味が変わりそうなお酒で、困惑すると同時に可能性も感じるお酒。それがのちに「双子座のスピカ」となるお酒でした。

日本酒を飲まない人との出会い。ワークショップで見えたこと

木下 ロフトワークに出会う前から九里さんと福井さんはすでにお仕事をされて、「雨垂れ石を穿つ」などのヒット商品を出されてきました。お2人で製品開発は可能であるにも関わらず、ご相談いただいたのはなぜでしょうか?

九里 時に阿吽の呼吸で、仕事が進むこともあります。でも同調するのは良くないなと。僕は福井さんと一緒に走る立場ではありますが、消費者とクライアントどちらかに一方に偏ったらダメだと思います。日本酒の市場や文化を知るほど、クライアントに寄りすぎているのではと不安に思うこともあって。MTRL KYOTOに集まるおもしろい人たちは、福井さんが「おいしくない」というお酒を飲んでどう感じるのだろうと気になりました。

木下 浩佑(MTRL KYOTO マネージャー)
カフェ/ギャラリーのマネージャーや廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」での経験を経て、2015年からMTRL KYOTOのマネージャーを務める。「オープンでリアルな場づくり」をモットーに、地域や専門領域を超えて交流や創発を促す「媒介」となるべく精力的に活動中。

木下 そこで今回僕がやったのは、予定調和に陥らず価値観を広げることを目的にしたワークショップのデザインです。普段お2人がお酒を作る際に関わらなそうな、新たな気づきをくれる多様で面白い方々をいかに呼ぶか、というのが企画のポイントでした。いわゆる「お酒好き」の人をあえて引き寄せない設計にしたんです(笑)なぜなら、お酒好きの方々だけが集まると、既存のお酒の価値観から外れることが難しいから。

ワークショップの募集文では「既存の基準だと “美味しくない”味…でも、なにか可能性を感じる味」として表現し、一緒に可能性を見つけたい人々を募集しました。全2回で開催したワークショップには、ドリンクディレクターとして京都で活躍する方やわざわざ東京から足を運んでくれた方、日本酒を飲めない方もいて多様でしたね。

2017年6月30日・7月7日の2日間に渡って開催したワークショップの様子。 詳細は開催レポートをご覧ください。

参加者のみなさんの宿題シート

福井 このワークショップで得られたことは、日本酒を飲まない方の声を聞けたことです。僕らは普段、日本酒を飲む方々としか接していません。でも実は、日本酒を飲む人は日本のたった数パーセントなんですよね。彼らからすると未知かもしれないけれど、飲まない人からすると違和感のない存在として市場に受け入れてもらえると気づけたのは、ワークショップをしたからこその感覚です。今まで「美味しい」として受け入れられると思っていた味は、ごく一部の味だということに気づきました。

木下 つまりまだまだ「美味しい」を見つけられる余白があり、新しい市場を広げられる可能性があるということですよね。

九里 日本酒を飲めない方の感想も印象的でした。「日本人としての誇りを取り戻しました」と。彼は「海外の友人に日本酒について聞かれても、答えられないことがコンプレックスだった」と言いました。それほど大ごとなのかと驚く一方で、日本酒という物の価値を改めて考える機会になりました。

木下 日本酒のレンジはもっと広いということをお2人が確信として持てて、そこに向けてボールを投げられたのだとしたら、僕としてはワークショップは成功かなと思います。

チャレンジの根底にあるのは「日本酒をおもしろしたい」という願い

木下 そもそも、蔵元が自分が作ったお酒について「美味しくない」と言うことはリスクでもありますよね。売れなくなってしまう可能性もある。どうしてそこまで思い切れたんですか?

福井 根本にあるのは「日本酒をもっと新しくしていかないといけない」ということです。理由は2つあります。ひとつは2014年に、うちの蔵の醸造責任者が世代交代したこと。新しい代の担当者はまだ経験値が少ない。失敗しやすい環境で酒造りを試してもらえるよう、試験醸造に力を入れ始めました。

もうひとつは2010年代に入って起こった、日本酒ブームへのアンチテーゼです。日本酒が注目されるのは嬉しい反面、似たような日本酒ばかりになりおもしろくなくなってきていると感じていました。

九里 寿命も短いし、同じ銘柄を2回と扱ってくれない飲食店も増えましたよね。その環境を脱するために、新しいことにチャレンジし続けていらっしゃるんですか?

福井 もちろんそうしたミッション感はあります。しかしそれよりも、新しい日本酒を作りたいというワクワク感が大きいですね。

木下 ワクワクですか!

福井 酒造りは11月〜3月にかけた冬期間のワンシーズンしかありません。僕は40代ですから、あと20期もしたら次の世代にバトンタッチです。と考えると、作る機会は意外と少ない。せっかく蔵元として生きるなら、色々と試したい。日本酒をおもしろくしたいという願いは、作り手としての欲求でもあるんです。

木下 福井さんは既存の枠組みの中でいかにおいしくするかではなく、違う文脈を作ろうとされていますよね。古式の製法に現代の技術や知見を掛け合わせて、新しい味を作るチャレンジをされている。僕はそこにグッときました。

イノベーションのためには既存の文脈の外に価値をつくることが重要です。MTRL KYOTOでも、素材がすでに持っている方法で勝負するのではなく、異分野との融合により、新たな活用法や市場を作ることを目指しています。なぜなら、既存の方法に縛られると、新しいものを生み出しくいから。その点で、福井さんが挑戦されていることにすごく共感するんです。

ワークショップから生まれたコミュニティ

木下 2018年9月、ワークショップで扱った試験醸造酒が「双子座のスピカ」として発売になりました。評判はいかがでしょうか。

福井 新しいタイプのお酒なので苦戦するかと思いましたが、予想外に好評です。日本酒好きな方には賛否両論ですが、白ワインやカクテル、チューハイなどが好きな方には大好評ですね。

九里 デザインを褒めていただくこともありますが、それ以上にネーミングに反応してくださる方が多いです。「双子座のスピカ」は、気楽に飲んでもらえる爽やかなお酒。意味を考えなくても「なんか楽しそう」と思ってもらえるような名にしました。もちろん意味もあって、「萩乃露の伝統と革新は別々のものではなく、両輪(双子座)として、手つかずの「未知」(Virginis)への尖端(スピカ)となる」と願いを込めています。まさに福井さんの姿勢を表したお酒です。これはワークショップに挑戦しなければ、出てこなかったと思います。

福井 ワークショップでは、未知なる味を表現する言葉を大人は持ち合わせていないのではないかという話題もありましたよね。それがきっかけで、現在参加者を中心に、子どもに味を考えてもらうワークショップの企画が進んでいます。この企画もMTRL KYOTOで集まって企画ミーティングをしていましたね。他にも日本酒の情報交換をするなどして、盛り上がっています。

木下 コミュニティとして機能し始めているということですね。

九里 まさにそうです。ワークショップをきっかけに、福井さんも言っていた「子どもと味を考える」グループをはじめ、今10くらいのワークグループができています。それぞれのグループに多様性があり、情熱があり、新しい日本酒の形を模索しているんです。実際、それらのグループから新商品のヒントがたくさん生まれています。

木下 良いコミュニティができると、化学反応が連鎖して、新しいものがどんどん生まれていきますよね。でも、そのためには綿密な設計が必要。ロフトワークが関わることで、創造性を加速させるコミュニティが生まれ、日本酒マーケットを切り開く新しい一歩が踏み出せたなら何よりです!また何かご一緒できたらいいですね。

多様性のあるコミュニティ戦略で価値を言語化

多様な視点を取り入れることで、それまで気づかなかった価値を発見したり、既存のサービスを検証したり、価値を言語化することが可能です。別の視点を取り入れることによる価値の発見や言語化にご興味のある方は、ぜひロフトワークへご相談ください。

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