独立行政法人都市再生機構(UR都市機構) PROJECT

生態系と共存する都市デザインとは
大阪城東部地区フィールドワーク

現在、大阪城の麓、大阪城東部地区(JR/大阪メトロ森ノ宮駅周辺)において、2028年春のまちびらきを目処にまちづくりの検討が進んでいます。大阪公立大学森之宮キャンパス開設や新駅開業もひかえ、地域や大学と共に進める街づくりが目指されています。そうした中、この地区にUR賃貸住宅と旧支社建物を所有するUR都市機構では、旧支社建物の1階部分を活用し、UR賃貸住宅や地域の“あたらしい関係性”から“あたらしい価値”を創出する取組をはじめようとしています。

今回この取組の先行トライアルとして、伽藍堂となったままの旧支社建物の1階部分において、森之宮エリアにおける都市と自然の関わり方や土地の魅力の引き出し方を考えるべく、2023年12月21日(木)、UR都市機構とSPCSの共催で、大阪城東部地区のまちづくりに関わる企業や自治体、大学の方々とともに森之宮でフィールドワークを実施しました。ゲストには、生態学に基づく都市建築の実践者であるブライアン・マクグラス氏とダナイ・タイタクー氏、そして大阪大学の文化人類学者の森田敦郎氏をお呼びするとともに、フィールドワークは、世界各地で“都市”をフィールドにした活動を展開するFor Citiesの杉田真理子氏とともに設計しました。

近年、ゲリラ豪雨の増加や都市の気温上昇などの気候変動を背景に、都市デザインや建築の分野において、世界中で環境や生態系と共存する形を模索する動きが高まっています。森之宮から世界にも発信できるような新たな取り組みができないか。フィールドワークから得られた、これからのまちづくりの視点とヒントを紹介します。

取材・文:小倉ちあき
撮影:松本 陵
編集:浦野奈美(SPCS)

開発が始まろうとしている、森之宮・水辺エリアとは

まちづくりが始まろうとしている森之宮・水辺エリアは、大阪市内の南北都心に位置し、東側には生駒山があり、西側には木津川と安治川、北側には淀川が流れています。西には大阪城公園があり、緑や水など多くの資源に囲まれている地域。ちなみに、森之宮という地名の由来は、聖徳太子が建立した「かささぎもりのみや(森之宮神社)」にあります。カササギが献上され、森に飼われていたことから、カササギのいる森、森之宮と呼ばれるようになったといいます。

そんな歴史も残る森之宮。2025年には大阪公立大学の森之宮キャンパスも開設予定で、新駅の構想など具体的な開発も定まり、まちづくりが具体化され始めています。関西万博会場や東部大阪中枢地域の学研都市とも大阪メトロ中央線等の交通網でつながっており、まさに街がこれから一気に変わっていく、BEFORE状態が今だといえるでしょう。

大阪城東部地区の土地利用計画と今回のフィールドワークの開催エリア

ここで少し、森之宮のこれまでを振り返ります。約7000〜6000年前は、森之宮周りは海でしたが、長い年月を経て砂浜が広がり、5世紀以降に大阪平野が生まれました。そう、大阪はもともと海だったのです。今の大阪城のある場所やその東側の地区は、上町台地の上にあり、森が広がっていた地域でした。

森之宮に限らず、大阪は水資源が豊富で水に弱い地形。大阪城を築城するにあたって、都市の汚水や排水を処理するために水路を整備したため、街の中に水路があることは大阪ではあたり前の光景でした。そんな歴史からも、大阪は昔から水の環境には、密接に関係があるといえるでしょう。

古代の大阪において、陸地だった森之宮エリア。森之宮神社や大阪城が建てられ、その周りには鎮守の森や河川が広がっていた。

近代になると、森之宮は練兵場や砲兵工場として土地利用されるようになりました。工場の集積により、産業発展の原動力となった地域で、今でいう多くのイノベーションがこの地で生まれています。現代に近づくと、国有地が払い下げになり、鉄道用地やUR団地など、土地利用が変わってきました。現在では、第二寝屋川沿いにある中浜下水処理場には、汚水を綺麗な水に変える超高度処理(MBR)が導入され、治水と環境への取り組みも進んでいます。

戦前は練兵場や砲兵工場として活用され、戦後はJRやメトロの鉄道用地や団地として活用される。地図を見ると、森之宮とその周辺の住宅地の土地利用の違いがよく分かる。

大阪城築城時から治水の機能も請け負ってきた森之宮。現在も、超高度処理設備の導入など取り組みを行っている。

生態学に基づく都市デザインという考え方

生態学的に豊かな歴史を持つ森之宮。これからまちづくりを進めるのであれば、土地の必然性や歴史を踏まえたうえで、新たな文化を紡ぐべきではないか。そこで、生態学に基づいた都市デザインを実践する3名の専門家をお呼びし、彼らの取り組みを紹介するとともに、森之宮を一緒に歩きながら可能性を探りました。

森田敦郎氏(大阪大学、人間科学研究科教授/Ethnography Lab Osaka 代表)

ゲストセッションでまず登場した、森田敦郎氏(大阪大学、人間科学研究科教授/Ethnography Lab Osaka 代表)は、テクノロジー・社会・環境の関係に関するエスノグラフィの手法による研究が専門分野。もともとタイでフィールドワークしていたことから、土木や水文学の研究者とも共同して、バンコクを洪水から守る洪水防御性システムについても研究していました。現在は、これら他分野の研究者とともに環境、インフラ、生活の有機的な関係に基づく都市デザインを研究中です。

都市は単に建築の集まりではなく、いまや大気循環や植生を含めた生態系であると考えられます。主に水の流れを介して、建物などの人工物や人間の活動は植生などの生態系と相互作用しています。都市のデザインに生態学者が果たす役割は重要になっており、建築家から生態学者へと都市設計のバトンの受け渡しが起こっているとも言われている」と森田氏。グリーンインフラなどを事例に、都市を生態系として見る視点について語りました。

ブライアン・マクグラス氏(Brian McGrath、 パーソンズ美術大学 都市デザイン学部 教授)

続いては、建築家として都市デザインと環境、社会正義の関係に長年取り組んでいる、ブライアン・マクグラス氏(Brian McGrath、 パーソンズ美術大学 都市デザイン学部 教授)が登壇。マクグラス氏は、生態学の知見から都市を研究した最初の研究プログラムの一つである「Baltimore Ecosystem Study(バルティモア研究)」で唯一の建築家として研究主任を務めています。都市において、植生、建築、道路、など、人工的なものも含む要素を異なるパッチと捉え、それらの生態学的な相互作用を分析することで、可視化されていない環境問題や社会問題の解決を導こうという活動です。

マクグラス氏は、森之宮の緑と水の豊かさについて賞賛する一方で、そうした場所へのアクセスがあまりにも限られていると指摘。生態系が多孔質であるが故に生物の出入りを許容しているのと同じように、都市開発においても、森ノ宮の多孔性を構築することで、すでに存在する緑や水にもっとアクセスできるよう勧めました。

さらに、マクグラス氏は、都市全体を流域と捉える Waterscape Urbanim(流域都市)という考え方も紹介。「水は水辺だけでなくあらゆる場所にある」という前提を踏まえたうえで、水の動きを捉えることで、都市の営みを生態学的・社会学的に分析し、デザインすることができると伝えました。

ダナイ・タイタクー氏(Danai Thaitakoo、モンクット王工科大学トンブリ校のランドスケープアーキテクト兼ランドスケープエコロジスト)

最後に登壇した、ダナイ・タイタクー氏(Danai Thaitakoo)は、モンクット王工科大学トンブリ校のランドスケープアーキテクト兼ランドスケープエコロジストであり、チュラロンコン大学造園学科の元ランドスケープアーキテクトでもあります。彼は長年ランドスケープアーキテクチャーの分野で、タイの伝統的な水辺中心の都市景観と近代化によるその変化について研究してきました。乾季と雨季が繰り返され、洪水の多いバンコクは、大洪水によって作られてきたとダナイ氏は話します。ダナイ氏は、伝統的なタイの灌漑システムや水管理についての人類学的・地理学的および環境学的研究に基づいて、タイの伝統的な建築と都市計画の環境との関係について研究を重ねてきました。

ダナイ氏は、水を遠ざけるのではなく、逆に水を近づけることで水害を抑制できるランドスケープを作ろうと提案しました。ダナイ氏が手がけたバンコクのチュラロンコン大学の広場と駐車場のリニューアルプロジェクト「From Gray to Green」では、コンクリートを止めバンコクの地形、環境、生態系、そして伝統的な知恵などをふまえて、水が自然に排水されるデザインを設計しています。そうすることで乾燥時は庭やコミュニティスペースに、雨天では池にと、季節や激しい天候変化に合わせて変容する都市デザインが完成したのです。

For Citiesによる、約1時間の森ノ宮フィールドワーク

後半は、実際に大阪城東部地区に出てフィールドワークを実施。フィールドワークキットは、For Citiesの杉田真理子氏によるオリジナルセットが用意されました。For Citiesは、世界各地でフィールドワークを行い、都市の形をリサーチする都市体験のデザインスタジオで、市民の体験や日常の体験などのソフト面から、都市デザインを探究する活動を展開しています。

For Cities共同設立者の杉田真理子氏

今回用意された「CITY SURVEY SET」には、8枚の異なるワークシートが入っていました。参加者は8枚の中から任意のカードを数枚選び、フィールドワーク中に見つけたマテリアルやリソース、通り過ぎた人の振る舞い、人間以外の属性観察、匂いや香り、音の記録などを歩きながらメモをして、五感を使って街を体感していきました。

3つのチームに分かれて街に飛び出した参加者たち。車両置き場、川沿い、橋、下水処理場、大型貯水槽、UR団地など、街の説明を受けて歩きながら、各々見つけたものを書き込んでいきます。

たとえば、金網のテクスチャーをプロッタージュ(街中の凹凸のあるものの上に紙を置き、鉛筆でこすってその形状を写し取る技法)して都市のデザインを発見する人や、川にいる鳥の種類や下水処理場の側を通った際の匂いを観察する人など、普段だと意識せずに見過ごしてしまう風景も、フィールドワークを通して感じることで、改めて発見・再確認することができたようです。

参加メンバーは、CITY SURVEY SETの8枚の中から思い思いのカードを選び、街の要素を拾った。この方が選んだのはテクスチャーのプロッタージュ。素材のテクスチャーや凹凸を鉛筆で写しとっている。
フィールドワークではそれぞれCITY SURVEY SETを手に、1時間程度対象エリアを歩き回った
第二寝屋川の南側(画面左側)がまちづくりの対象エリア。JRや大阪メトロの車両基地と廃棄物処理場跡が見える。奥に見えるのが大阪城。
大阪公立大学森之宮キャンパスが建設中
UR森之宮団地
もまちづくり対象エリアの第二寝屋川の水辺
UR森之宮団地前の広場にて
大手薬品工場や医療研究機関など、医療系施設も多い
大阪市高速電気軌道株式会社(大阪メトロ)の検車場の一部は現在はイベントスペースなどに活用されている

Sense of Placeという感覚

フィールドワークを通じて感じたことは十人十色。なかには、大通りは車が行き交う移動空間になっており、滞留空間が全くないという発見も。それぞれの目線が発見となり、共有されて刺激しあい、街へのインスピレーションが膨らんでいきました。

「道が広すぎて移動するだけの場所になっているので、滞留できる空間が必要かも知れない。都市計画は、鳥の目で俯瞰してパズルのように作っていきがちだけれど、身体レベルに戻していくことが、これからは大切なのではないでしょうか。マクロよりも、人々の営みなどのボトムアップから土地の設計ができたら良い。自分たちの暮らしぶりが変わるだけでも、エコロジーに配慮した場所ができるのではないかと感じた」という意見もありました。

フィールドワークのあとは、それぞれが見つけてきた森之宮の要素をシェアした
大阪各所でまちづくりに関わる、大阪公立大学大学院 農学研究科緑地環境科学専攻 准教授の武田重昭さん。都市政策において身体レベルのデザインの重要さを指摘した。

マクグラス氏はメンタルマッピングに注目。これは、実際の地図ではなく、自分の意識や感覚を元に地図に落とし込んでいくという1960年代にアメリカで誕生した手法のこと。

「生活感のない、ただの大通り沿いを歩いている時は、歩いていても長く感じた。しかし大阪城が見える橋を越えてUR団地のある生活圏に入ってから、センスオブプレイス=自分がどこにいるか、が分かるようになった。歩く道順も、街に対する影響に通じると思います」と感想を述べました。そして、「現在は開発企画フェーズだけれど、その先に進んでホテルやショッピングモールの建設など資金や具体的な話が始まった時にこそ、今のシンプルな考えを忘れずに、主張できるようにしてください」と続けました。メンタルマッピングのような、人間の抱く感情を都市デザインに落とし込むことも必要かも知れません。

自然を抑制しようとすると脅威になる?

ダナイ氏は、川と生活圏を隔てていた壁について言及。「たとえば、壁をシフト出来るようにしたらどうだろう?高い塀をもっと内陸に移して川との連結スペースを確保し、季節によって水位を変えれば、景観も良くなるし、夏にはビーチエリアができるかもしれない。いまこそ、水(川)と人の関係を考え直すべきだと思います。川はもともとは災害を軽減する機能を持っていたのに、今では川自体が脅威になってしまっていませんか? いつしか川と人を遮る壁を作り、川と人が遠のいてしまったことで、どんどん脅威が増している気がします。隔離されすぎてしまうことによって、人が対応できなくなってしまうことが怖い。Free The River! =(川を開放せよ!)だよ」とコメント。

そして、「昔と違って、今は災害や防災の知識も増えているので、私たち自身も水害の原因を理解しています。水(川)と人を区切るのではなく、もっと近づけること。もう一度水(川)に関わる都市設計をすることで、脅威や怖さはなくなるのではないでしょうか」と締めくくりました。

街の中で見つけたさまざまな自然の営み、歴史的な背景のある水辺の風景……。これらをどう生かして新しいまちづくりを行っていけるか期待は高まるばかりです。ダナイ氏が言われていた、水ともっと関わることで、水害を抑制できる新しいランドスケープが作れるのではないかという提案は、まさに治水と環境への取り組みに力を入れているこの地域に適した良いヒントでしょう。もし今後、川(水)と人が近いまちづくりが出来れば、未来のエコロジカルな都市の先見事例となりえるかもしれません。

森之宮にしかない土地の力を生態学的視点から炙り出す

マクグラス氏やダナイ氏も、土地の生態学的な特徴を紐解くと、そこに生まれてきた文化や経済も紐解かれていくといいます。さらに、生態学的な特徴を踏まえた上で、小規模の取り組みをコミュニティで実践していけるかどうかがキーポイントになると伝えました。

大阪の多くのエリアが海や湿地だった中で、元々鎮守の森であり、治水の歴史を持ち、豊かな自然を擁していた森之宮。長い歴史を経て、今、地域の人々とともに、眠っていた土地そのものの魅力を引き出していくことができたら、災害に強くなるのはもちろん、世界のどこにもない都市のあり方を提案できるのではないでしょうか。

これからも、領域を超えた活動を通して、新たな都市の生態系を実験・発信していきたいと思います。この活動に参加したい方は、いつでも我々までご連絡ください。

フィールドワークには、大阪城東部地区のまちづくりに関わる民間企業や鉄道会社、森之宮にキャンパスを開設する大阪公立大学、さらに、関西を拠点に活動するクリエイターなどが参加。このエリアの活動は始まったばかり。興味のある方はご連絡ください。

参考文献

SPCSについて

SPCS(スピーシーズ)は、プロトタイピングしながら、生態系のメカニズムを探究し、自然をコントロールしないデザインや、人間以外の種との創造的な共創関係を探究するコミュニティです。

自然科学、デザイン、アート、エンジニアリング、文化などが複合的に混ざり合った活動を領域横断で取り組むことで、技術や知識を開き、価値観や手法をアップデートすべく、活動しています。

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