独立行政法人都市再生機構(UR都市機構) PROJECT

まちと向き合う4つの視点をインプット
大阪城東部地区セッション&フィールドワーク

大阪城の東側に広がる森之宮エリア。大阪公立大学の新キャンパスや駅・アリーナ建設など、都市と暮らしが交差する開発が進む中、「暮らしのイノベーション」を軸に未来のストーリーを探るセッション「大阪城東部地区セッション Vol.3」を開催しました。文化・都市・科学・デザインの四つの視点からゲストを迎え、森之宮の多面性を掘り下げ、地域とともに描く未来像を考えました。

取材・文:小倉ちあき
写真:松本陵
映像:坊内文彦(TRANSIT FIELD)
編集:浦野奈美

2025年7月19日に開催されたセッション&フィールドワークの様子

関わりから始まる暮らしのイノベーション

大阪城東側の森之宮エリアでは、2028年春の「まちびらき」に向け、新しい街の姿を描く大規模な活動が進行中です。「大学とともに成長するイノベーションフィールドシティ」を掲げ、約五十ヘクタールにわたる再開発では、住宅・教育・水辺空間を一体的に捉える試みが行われています。

大阪公立大学を先導役に、観光や健康医療、人材育成、居住機能などを集積させることで、多世代・多様な人が集い交流する国際色豊かな街をめざしている森之宮。立地や歴史といった地域の背景に、資源や課題、新たなアイデアを掛け合わせることで生まれるイノベーションとは、大きな開発の枠組みではなく、一人ひとりの日々の営みから芽生える「暮らしのイノベーション」だと考えられます。

ロフトワークは、この背景をふまえて「AQUA GROVE構想」を掲げ、多様な人々がまちの生態系に関わりながら新たな暮らしを実現する都市像を描こうとしています。拠点となるのは、UR森之宮ビルを活用した暮らしと学びの実験フィールド「ほとりで」です。ここでは住民・学生・企業・クリエイターなどが交わる実験の場として活用されていく予定で、ロフトワークは、ここで3年間にわたり伴走します。初年度となる2025年度は活動のコンセプトづくりを進めています。

今回のセッションは、その第一歩として企画されました。森之宮の多面性をどう捉え直し、未来の団地の景色を地域と共につくるのか。文化・都市・科学・デザインの視点を持った四名のゲストによるナレッジシェアやフィールドワーク、参加者を交えた議論を通じて、次なる展開に向けた手がかりを探りました。

森之宮を見つめ直す4つのアプローチ

まちの記憶を読み解く|陸奥賢さん(まち歩きプロデューサー)

最初の登壇者は、まち歩きプロデューサーの陸奥賢さんです。陸奥さんは十七年以上にわたり大阪のまちを歩き、地域の歴史や文化を掘り起こして住民と共有してきました。観光ではなく、地域の人が自分のまちを知り、語り、愛着を育む「コミュニティツーリズム」を実践してきた専門家です。

陸奥さんの魅力は、有名な歴史ではなく人々の生活や記憶に耳を澄ませ、それを地域の物語として受け止め、誇りに変えていく姿勢にあります。森之宮においても、地域に住む人々が外部から価値を押し付けるのではなく、そこにある暮らしを慈しみ、誇りを持てるようにすることです。そのための視点を、陸奥さんの活動から学ぶため、お招きしました。

記憶の地層を未来へ

プレゼンでは、森之宮が古代の信仰の場、近代の軍事施設、戦後の町工場、そして文化・スポーツ拠点へと変遷してきた歴史が紹介されました。古代には信仰の場として、都の人々が訪れ祈りを捧げた地域でした。近代には軍事施設が立地し、まちの景観や人々の暮らしに大きな影響を与えました。さらに戦後には町工場が集積し、地域の産業を支える力となり、やがて大規模な公共施設やスポーツ・文化の拠点へと姿を変えていきます。こうした歴史の積層を丁寧にひもとくことで、「森之宮」という場所が単なる都市開発のキャンバスではなく、人々の営みが折り重なった「記憶の地層」であることが見えてきます。

さらに陸奥さんは、知識として語るだけでなく、まち歩きやワークショップで人々と共に体感し、語り合うことを重視。地域の人が「自分の暮らしが物語をつくっている」と実感することが、シビックプライドを育み、まちとの関係を持続させる原動力だと語りました。その上、未来の森之宮の姿も、外から与えられるのではなく、住む人々が足もとを見つめ直し、自ら新しい物語を紡いでいくことにこそあると示しています。

水辺と都市をつなぐ|杉本容子さん(ワイキューブ・ラボ代表)

杉本容子さんは、大阪の水辺を舞台に、市民とパブリックスペースを結びつけてきた都市デザインの実践者です。現在も進行中の「東横堀川プロジェクト」をはじめ、川や橋を起点にした活動を重ね、行政や民間との連携を育てながら都市の文化を再生してきました。そのアプローチは「共に構想し、共に育てる」という問いに実践的な答えを示しています。森之宮にも第二寝屋川という大きな河川や平野川という住民の生活に密着した河川があります。川辺がただの風景ではなく、人々の営みがどう関わりうるか、また、行政/地域/企業がどのように関与しながら活動をデザインしうるか、知見を伺いました。

水辺を文化に変える

杉本さんはまず、大阪の川の歴史を振り返りました。かつては市民が自ら橋を架け、維持管理も担った「浪速八百八橋」の文化がありましたが、戦後の都市化で川は汚れ、暗渠化され、「近づいてはいけない場所」へと遠ざけられていきました。その状況に挑んだのが杉本さんです。

最初は一艘の船を置くだけの小さな試みでしたが、橋の上での活動や川辺での実験を積み重ね、市民が自然に関わるムーブメントを広げていきました。その積み重ねは行政との議論を生み、公民連携へと発展し、制度にまで影響を与えました。その成果の一つが「β本町橋」です。「水陸両用公民館」と呼ばれるこの拠点は、市民が自由に川辺を使い、焚き火や子どもの遊び場、芸人の初舞台まで、声を取り込んで活動を進化させる場となりました。

さらに「水上バシャバシャテラス」のように、実際に川に浸かる体験で「汚い川」という思い込みを取り払い、水辺を身体感覚で取り戻す実験も紹介しました。これは、人々の生活に川を再び引き戻し、都市に新しい文化をつくり出すきっかけとなっています。

また杉本さんは、研究者としても「ふるさと意識」の調査を行ってきました。大阪の古集落・中浜村を例に、祭りへの主体的な関与が地域への帰属意識や生活環境の評価に大きな影響を与えることを明らかにしています。つまり、自らの関与がまちを変えるという実感が、人の意識や行動を変えていくのです。

こうした知見は、森之宮の未来を考えるうえで大きな示唆を与えます。それは例えば、水辺を外からの開発対象ではなく、暮らす人が誇りを持ち物語を重ねる舞台と捉え直すことや、小さな行動から関与を広げ、地域のプライドを醸成し、公民連携へと発展させること。杉本さんの経験は、「川と人」「市民と都市」をどう結び直すかを考える出発点となるでしょう。

人と自然をつなぐ科学|伊勢武史さん(京都大学准教授)

伊勢さんは、森林生態系のシミュレーションを専門に、人工知能と生態学を融合させて研究を進める科学者。都市環境の中で自然と人間がどのように影響を与え合い、調和や共存をいかに実現できるのか。その多層的な視点を森之宮という土地に重ねることを期待してお招きしました。

徳島県の米農家兼釣り具屋の家庭に生まれ育ち、幼い頃から自然と深く関わってきた伊勢さん。高校卒業後は魚市場で働いていましたが、「自然を学びたい」と25歳で進学を決意したという背景を持っています。環境科学・生態学を軸に、市民と科学をつなぐ活動や苔の分類や脳波・表情の解析など、情報科学と生態学をつなぐ先駆的な実践で自然研究の可能性を広げています。

伊勢さんが問い続けるのは「なぜ人は自然を好きなのか」ということです。公園や観葉植物に象徴されるように、人は時間とお金をかけて自然と関わります。進化心理学の視点では、人間の美的感覚や自然への興味は生存や繁殖に有利だったため備わったと考えられています。果物を「美しい」と感じるのは人や猿に共通する進化的背景であり、逆にハゲタカは腐肉を美と捉えます。

美の基準そのものが暮らし方に左右されることを軽妙に語りました。また、人の性質は「遺伝と環境が半分ずつ」で形成されることや、偽陽性・偽陰性といった認知エラーが人間の行動や宗教の起源にも関わる可能性があると指摘しました。

なぜ人は自然を好きなのか?

伊勢さんは研究室にとどまらず、市民を巻き込んだユニークな活動も展開しています。外来種の植物を摘み取り、生け花として作品に仕立てるワークショップでは「駆除対象を美として愛でる」という矛盾を体験させ、自然への新たなまなざしを促しました。岡山ではGPS付き桃型フロートを流す「どんぶらこリサーチ」を実施し、用水路から海へと流れるゴミの行方を市民とともに調査しました。こうした取り組みは、科学を暮らしや感性とつなぐ試みとして大きな反響を呼んでいます。

「自然との関わりがあれば人は幸せになる」という信念を持ち、研究と社会実践の両面から問いを投げかける伊勢さん。科学的知見をベースにしつつも、ユーモアを交えながら私たちの“自然を求める心”の正体に迫るお話は、森之宮での「暮らしのイノベーション」を考えるうえでも、根本的な示唆を与えてくれることでしょう。

素材から都市を読み解く|狩野佑真さん(Creative Director / Designer)

東京を拠点に活動するデザイナー、狩野佑真氏は、自身のスタジオ「NOU」を主宰し、マテリアルリサーチャーとして人間や人間以外の活動の痕跡をデザインへと昇華してきました。サビや下水汚泥といった「一見厄介な素材」にも向き合い、実験やリサーチを通じて背景の物語を編み込みながら価値へと変換しています。森之宮エリアは2000年以上前から開発が行われてきた場所、つまり、さまざまな人間の営みの痕跡が残っている場所です。そこで、狩野さんからは、清濁を併せ持つ都市の姿を物質性との対話から探るアプローチを紹介いただきました。

厄介なものを価値に変える

代表的なプロジェクトが「Rust Harvest(サビの収穫)」です。造船所で鉄屑が転がる環境からサビの造形美を見出し、鉄板や銅板を自然環境にさらして「育て」「収穫」し、樹脂に転写しました。自然現象と人間の営みを掛け合わせたこの姿勢は、単なる素材開発を超え「都市と自然のセッション」として展開されました。

「Forestbank」では、これまで活用されにくかった間伐材や曲がり木をそのまま素材化し、家具や建材に昇華しました。枝や節などの不均質性を活かして人工石のように固めることで、森林資源を独自の質感に変換しました。

さらに「Poop to Tile」では、下水処理後の汚泥灰を100%原料にタイル化しました。処理場ごとの成分が模様や色彩を形づくり、人間活動そのものがデザインに刻まれることを明らかにしました。「その土地の下水から生まれたタイルを、その土地のトイレに設置する」という循環性と物語性を兼ね備えた提案は、廃棄物を資源化するだけでなく都市の新しい文化的風景を示しています。

これらに共通するのは、素材と向き合い、観察や実験を重ねてプロダクトへ結実させる「探求のプロセス」を重視する姿勢です。背景や土地のストーリーと結びつけ、新たな価値を提示する狩野氏の活動は、森之宮に潜む「見過ごされてきた素材や営み」をどう未来へつなげるかを考える強いヒントを与えてくれます。

狩野さんは、実物を会場に持参して実際に触らせてくれた

まちを歩き、気づきを重ねる

セッション後半は、ゲストと参加者が4チームに分かれて森之宮周辺を歩き、土地を五感で捉え直すフィールドワークが行われました。

現代に紛れる過去の物語を探す

鵲森宮(かささぎもりのみや。通称、森之宮神社)を訪れた陸奥さんのチームは、隣のビルが本社であり、見上げると神社が屋上にもあることを発見しました。近隣の商業施設の敷地内に設置されている日生球場の石碑など、日常に紛れている過去のかけらを見つけるたびに、積み重ねられた歴史を感じ取ることができました。

屋上に移動した神社

人と植物がハックされあってる状態を探す

伊勢さんのチームは、広場の奥に置かれた彫刻を飲み込む木の根に「人間が自然に負ける瞬間」を見出しました。人間が意図的に計画することと、生物や植物がそれを飲み込む(ハックする)状態について、活発に会話がなされていました。

水辺への関わりしろを探す

杉本さんのチームは、下水処理場を訪れました。処理水が流れている川で漂う香りは藻の香りに例えられ、「匂いと言葉の限界」についても議論が交わされました。そこから、水辺や既存インフラを資源として再評価しようとする視点も共有されました。

森之宮エリアの東を縦に流れる平野川
森之宮エリアの北部に位置する中浜下水処理場を案内いただいた。写真は処理水が流れる敷地内の池。

痕跡が作り出すデザインを探す

狩野さんのチームは、街の中に、人の活動や環境との相互作用による痕跡を探しました。経年、場所の特性、素材、設計の特徴など、さまざまな要因で生まれたデザインを見つけ、その要因をディスカッションしました。

重なり合う視点が描く、これから

フィールドワークの後は、参加者それぞれの発見を写真と共に発表。専門性の異なるメンバーで街を歩いたことで、具体的な活動の切り口や仮説、重要なキーワードとなりそうな要素が見えてくる時間となりました。

今回のセッションは、歴史・都市・科学・デザインという異なる視点を交差し、森之宮を多角的に見直そうとする試みでした。日常に埋もれた小さな断片をすくい上げる瞬間もあれば、都市計画やインフラを大胆に読み替える視点が広がる場面もありました。そして自然や暮らしの記憶が折り重なったとき、この土地が持つ多層的な姿が立ち上がり、参加者一人ひとりの中に鮮やかに浮かび上がってきたようです。

生活者の物語、水辺に根づく文化、人と自然の共生のあり方、素材が持つ価値の再発見——それぞれの視点はこれからにつながる新しいアイデアの種となりそうです。そこには一つの答えよりも、いくつもの問いが連なり、これから先の想像を広げていく余白が感じられます。

「ほとりで」というフィールドで、どんな暮らしのイノベーションが芽吹き、どんな人のつながりが育まれていくのか。私たちは、これから、サイエンスや文化、デザインの視点を入れながら、実験を積み重ね、これからの都市の住まいのあり方をを発信していきます。

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