気象と社会の「対話」をデザインする
大阪・関西万博「豪雨制御プロジェクト」展示企画制作
Outline
気象を制御する──。それは雨乞いから始まり、形を変えながらも人類が長らく願い続けてきたテーマのひとつです。2025年大阪・関西万博における「豪雨制御プロジェクト」の展示企画を通じ、私たちロフトワークが向き合ったのは、この技術的にも倫理的にも複雑で壮大なテーマを、いかにして社会一般の人々に「自分ごと」として捉えてもらうか、というコミュニケーションの課題でした。
本プロジェクトでは、研究と社会をクリエイティブで橋渡しするためのリサーチから出発し、小説やアニメーションを用いた「物語」への翻訳、そして問いを投げかける空間設計までを一貫してプロデュースしました。「未来のてるてる坊主ってどんなカタチ?」という素朴な問いから始まったこの展示は、気象と人間社会の新しい関係性を共に考え、未来の合意形成を促すための社会実験の場となりました。
先端技術を「問い」として社会にひらく
大阪・関西万博の展示企画「ムーンショットパーク」 は、内閣府が主導する破壊的イノベーションの創出を目指す「ムーンショット型研究開発制度」において、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)が推進する目標(目標1、2、3、6、8、9、10)の体験型展示です。2050年の未来社会に向けた研究成果が集結する「ムーンショットパーク」には、技術のスペックを披露するだけでなく、その技術が実装された社会で「私たちはいかに生きるのか」という、来場者との対話を生み出す役割が期待されていました。
「ムーンショットパーク」の総合企画プロデュースの詳細は、下記のリンク先をご覧ください。
その中でも、テーマの性質上、慎重な社会との対話が不可欠だったのが、京都大学防災研究所の山口弘誠教授らが挑む「豪雨制御プロジェクト」です。2050年までに、激甚化する台風や豪雨被害を「制御」によって軽減することを目指すこの研究は、多くの人命を救う可能性を秘める一方で、「自然への人為的介入」という倫理的課題や、法的・社会的な合意形成(ELSI)という複雑な課題を持つ最先端研究です。
豪雨制御プロジェクトの公式サイトと、大阪・関西万博の特設ページはそれぞれ下記リンクからご覧いただけます。
豪雨と共に生きる気象制御|ムーンショット目標8コア研究 公式サイト 豪雨制御プロジェクト × EXPO 2025 特設ページ
研究者の「想い」を、一過性の展示で終わらせない
プロジェクト開始当初、研究チームから示されたのは「この展示を一回限りの万博で終わらせたくない」という切実な意志でした。「気象を操作する」という行為は、誰かの利益が誰かの不利益になる可能性も孕んでいます。だからこそ、研究室の中だけではなく、広く社会に開かれた対話のきっかけを作る仕掛けが必要だったのです。
私たちに課されたミッションは、この展示を「技術のショーケース」以上に、社会との継続的な関係性を築くための「はじまりの場」として再定義することでした。

Approach
研究者の「想い」を社会につなぐ二段階のプロセス
気象制御のような、技術的にも倫理的にも未踏の領域にあるテーマを扱う際、ただ見栄えの良いクリエイティブを作るだけでは、本質的な議論は生まれません。私たちは、研究者の内なる「想い」を社会に届く「カタチ」へと翻訳するため、プロセスを企画フェーズと制作フェーズの二段階に分けて進行しました。
- 企画フェーズ:この段階では、プロジェクトの根幹になるコンセプトとクリエイティブ制作の方針を練り上げるため、豪雨制御プロジェクトチーム、クリエイター、そして市民の方々と語り合う場を設けました。
- 制作フェーズ:企画フェーズで策定したコンセプトを、展示会場にて来場者が五感で感じ取れる「体験」へと具現化することを目指しました。小説やアニメーションといった「物語」の要素を取り入れ、来場者の感情移入を促すアプローチを採用しました。
プロジェクトの土台を形作ったのが、研究者らの「想い」や社会の「課題」を洗い出した企画フェーズです。この土台により、小説やアニメーション、そして展示体験を通じ、その先にある「気象と人間社会の関係」を来場者と共に考える、腰を据えた「対話」の場が生まれました。
Workshop
対話からコンセプトを編み出す
企画フェーズの核となったのが、多様なステークホルダーとの共創を促すワークショップでした。このワークショップは、異なる視点を持つ人々とプロジェクトの共有ビジョンを編み出すために不可欠なプロセスです。この議論を段階的に深めるため、私たちは全3回のワークショップを構成しました。
Workshop 1(プロジェクトメンバーとの対話)
豪雨制御の技術が実装された未来社会を来場者と共に想像するためのコアコンセプトを編み出しました。それが、人間と気象の「対話」を促す仲介者としてのあり方を示した「Weather Interpreter(気象を解釈/仲介/通訳する者)」です。
Workshop 2(クリエイターとの対話)
次に、抽象的なコンセプトを具体的な世界観や物語、キャラクターに落とし込むため、クリエイターを交えたワークショップを実施しました。2050年という遠い未来を、人々にとって身近な表現へと具体化し、来場者の心に響くストーリーラインを追求しました。
Workshop 3(市民との対話)
最後に、展示のターゲット世代である高校生や大学生を招き、研究者によるレクチャーとSF作家の導きのもと、「気象制御が実装された2050年のショートショート」を創作するワークショップを行いました。
未来の社会を担う彼らが、技術をどう捉え、どのような「ありたい社会」を望むのか。彼らが紡いだ物語を通して、次世代の切実な願いや倫理観をプロジェクトへと逆輸入する、私たちにとっての学びの場となりました。
コンセプト:Weather Interpreter 気象を解釈/仲介/通訳する者
ワークショップを通じて編み出された「Weather Interpreter」という言葉には、気象と技術の関係の変容とともに、一人ひとりが自然と人間社会の持続可能な未来を共に創造する、という「気象コモンズ」の思想が込められています。
このコンセプトは、空間デザインや展示作品の制作にも反映されています。たとえば、豪雨制御により「人命を救う」というとヒロイックな物語が想像されるかもしれませんが、そうではなく、「2050年の世界で、この技術と共に生きる人々のリアルな日常や葛藤」を描くという、より繊細で思索的な方向性への舵取りにつながりました。
「Weather Interpreter」は、その後の小説、アニメーション、そして展示空間全体のデザインに至るまで、すべてのクリエイティブをまとめあげる指針となりました。
Output
物語で描く2050年の世界
2050年の未来を、日常生活の延長上にあるリアルな感覚として展示来場者に受け止めてもらえるよう、私たちが借りたのが物語の力です。未来を生きつつも、今も昔も変わらない人間の葛藤を描く物語を通じて、気象制御のある未来を追体験してもらうことを狙いました。
小説:
物語の舞台は、治雲(チューン)と呼ばれる気象制御技術が導入された2050年の神戸です。物語は、主人公の女子高生・晴陽(はるひ)が治雲調整員(チューナー)への参加に戸惑いを覚えるところから始まります。他にも、雨水活用建築に半生を捧げた建築家・直樹は、新たな技術に嫉妬を抱きつつ、過去の豪雨災害で弟を亡くした青年・祥太との対話の間で揺れ動くなど、気象との関わりで生まれるさまざまな人物の葛藤を描いています。
「雨の自由を守りたい」と願う晴陽や、「雨は人間だけのものではない」という建築家の葛藤、「空には心がある」と感じるアーティスト・夏の直感的な感性。こうした多様な視点を通じて描かれるのは、技術の是非以前にある、人間と自然の関わり方の根本的な問い直しです。この小説が、その後のアニメーション制作における豊かな世界観の土台となりました。
アニメーション『TUNE(治雲)― 2050年の豪雨制御』:
本展示のメインコンテンツとして制作されたのが、この短編アニメーション作品です。小説の作品舞台を、より鮮明に描く工夫が随所でなされています。たとえば、展示企画のキービジュアルとして採用したのが、大雨の中で雨雲スーツを着てバイクを走らせる登場人物(夏)の姿です。
他にも、豪雨制御プロジェクトが研究開発する、凧(たこ)で吊るされた巨大なカーテンを広げ、海から流入する豪雨への水蒸気を含んだ気流を抑制させる「洋上カーテン」の細部を美麗な映像で表現しています。「Weather Interpreter」のコンセプトを最も凝縮した形で視覚化し、来場者を思索の旅へと誘います。
ドキュメンタリー『空に願う 〜 豪雨制御研究の現在地』:
未来の物語と対をなすものとして、制作したのが研究者たちの「現在」の想いを伝えるドキュメンタリー映像です。この映像は、ヒアリングとワークショップを経て、「研究に伴う倫理的課題や意図、プロセスが十分に伝わっていない」という課題を再確認し、私たちから制作方針を提案したものでした。私たちが目指したのが、プロジェクトの細やかな意図や、技術の根底にある「ヒューマニティ」の要素を丁寧に紐解く映像の制作です。
映像は、山口教授が研究の原点として語る2008年の都賀川水難事故の記憶から始まります。「人間活動が雨を強めていたのかもしれない。少しでも豪雨の発生や強度を抑えてあげることで、今後はそういった人が亡くなることを防ぎたい」。最先端技術の根底にある人間的な動機と、研究者たちの微細な心情のニュアンスまでを捉えた本映像は、展示全体に倫理的な深みを与えるコンテンツとして、研究者の方々から好評をいただくことができました。
Exhibition
4つのゾーンで構成された展示空間と体験デザイン
大阪・関西万博の展示「ムーンショットパーク」への来場者が未来を想像するために、展示空間は4つのゾーンで構成されています。それぞれ順に「Prologue」「Technology」「Future」「Reflection」と名付けられ、来場者を「問いの提示 → 技術的理解 → 未来への想像/創造 → 来場者への問いかけ」へと誘うように展示体験をデザインしました。

1. Prologue:
最初のゾーンは、来場者と展示テーマとの間に感情的なつながりを築く役割です。100人が撮影した空の写真を展示し、「空とはなしができたら?」というシンプルな問いを投げかけることで、来場者一人ひとりが持つ空への個人的な想いと情景を喚起します。
2. Technology:
次に、プロジェクトが研究開発を進める具体的な技術に触れるゾーンです。ここには、4つの主要技術の内の1つである「洋上カーテン」の効果をシミュレーションする風洞実験装置を設置しました。メッシュ構造のプレートが、穴の空いていないプレートよりも効果的に風を和らげる様子を来場者が実際に体験することができます。日常生活の中では想像しにくい技術的な効果を具体的な理解へと落とし込む体験の場として用意しました。
3. Future:
展示の物語的なクライマックスを飾るこのゾーンでは、アニメーション作品『TUNE』を上映します。これまでの体験を通じて得た感情や知識を想像の補助線とし、来場者を2050年の未来社会へと没入させます。ここで描かれる物語は、技術の是非を問うのではなく、来場者自身が「未来でどう生きたいか」を自問するきっかけを提供するものです。
4. Reflection:
未来の社会を想像した来場者が、最後に立ち返るのがこのゾーンです。ここでは、研究者たちの想いを伝えるドキュメンタリー『空に願う』を上映しました。来場者には、2050年の世界を体験した後に、あえてプロジェクトの原点である「人命を守りたい」という願いに触れていただきます。未来から現在へと視点を引き戻し、「では、ここから私たちは何を始めるのか?」という新たな問いを来場者の胸に残し、未来から現在への行動変容を促すことを目指しました。
Outcome
未踏の課題に向き合う研究者/研究機関のパートナーとして
本プロジェクトを含む「ムーンショットパーク」の総合企画プロデュースを通して、私たちは「気象制御」というELSI(倫理的・法的・社会的課題)を含む難解なテーマを、約38,000人の来場者が「自分ごと」として捉えうる体験へとデザインしました。
科学技術が高度化し、社会への影響力が増す現代において、研究成果の社会実装には「ELSIへの配慮」と「社会的な受容性の醸成」がますます重要になってきました。しかし、それを研究者だけで担うことは容易ではありません。
ロフトワークは、クリエイティブの力を用いて、複雑な研究内容を社会にひらかれた「問い」へと変換し、未来のステークホルダーとの建設的な対話の場を生み出します。
プロジェクトの研究者はもちろん、ムーンショットパークの関係者や来場者も含め、多様なクリエイターの「想い」を掘り起こし、社会との合意形成(コンセンサス)をデザインすること。あるいは、技術の進歩と社会変容がもたらす、人々にとって身近な「未来の日常」と「葛藤」を届けるための創意工夫をすること。これらが、未踏の課題に挑むプロジェクトにおいて私たちが提供できる最大の価値なのかもしれません。
2025年8月下旬、豪雨制御プロジェクトをはじめ「ムーンショットパーク」のロフトワーク マーケティング部の青山が取材した体験記事がこちらです。
展示空間と技術・作品展示の体験設計の妙をたどりながら、その隙間で見つけた「祈り」と「喪」の二面とは? 豪雨制御プロジェクトをきっかけに、万博の「意味」を問い直すレポートです。
Credit
プロジェクト概要
クライアント名:京都大学防災研究所 豪雨制御プロジェクト
プロジェクト期間:2024年11月〜2025年8月
体制
- ロフトワーク
- プロジェクトマネジメント:村上 航、䂖井 誠(企画フェーズ)
- クリエイティブディレクション:加藤 あん、宇佐美 良
- プロデュース:藤原里美、中塚 大貴(企画フェーズ)
- 外部パートナー
- アニメーション『TUNE(治雲)― 2050年の豪雨制御』
- 原作:津久井五月
- 企画:豪雨制御プロジェクト、株式会社ロフトワーク
- 監督・制作:崎村宙央
- 脚本・絵コンテ:崎村宙央
- キャラクターデザイン:Kero
- アニメーター:崎村宙央、Kero、深田美晴
- 美術:Kero
- 3Dアーティスト:Kero、奥大智
- コンポジター:崎村宙央
- タイトルデザイン:山﨑涼光
- 音楽・音響:荻田朔
- 声の出演:髙井優作、小野智弘
- ドキュメンタリー『空に願う 〜 豪雨制御研究の現在地』
- 企画:豪雨制御プロジェクト、株式会社ロフトワーク
- 撮影・編集:Mada(Shuma Jan、⼋杉和興)
- 展示空間構成・設計・施工、グラフィックデザイン、模型制作:NEW DOMAIN
- アニメーション『TUNE(治雲)― 2050年の豪雨制御』
執筆・編集:青山 俊之
撮影:Wataru Sato、村上 航







