三越日本橋本店が売上UPに繋げた接客改革プロジェクト。
カギは「おもてなし」の更新と従業員の自分ごと化
2018年10月、三越日本橋本店が30年ぶりにリニューアルオープンしました。リニューアルの中核的な存在となったのが、「おもてなし」を中核に据えた接客改革プロジェクト。老舗百貨店として常に念頭に置いてきたはずの「おもてなし」にあえて焦点を当て、サービスデザインの手法を取り入れて接客改革に臨む取り組みには、当時懐疑的、批判的な声がなかったとは言えません。しかしオープンから約1年半。今や三越日本橋本店ではその新たな価値が顧客にも受け入れられ、売上寄与はもちろんのこと、新たなお買物体験を楽しまれる方が日々増えています。
彼らが追求した「顧客体験」と「従業員体験」とは何なのか。「体験」を見直すことが売上増につながったのはなぜなのか?2020年4月16日にロフトワークで開催されるイベント「徹底した顧客目線のサービスデザインに不可欠な、ユーザー体験と従業員体験のつくりかた」を前に、登壇予定の株式会社三越伊勢丹の加藤雅洋さんにお話を伺いました。
インタビュー・執筆:吉澤瑠美
編集:岩沢エリ(loftwork.com編集部)
百貨店があえて取り組む「おもてなし」の刷新とは?
ーー今回のイベントでキーワードとなっている「顧客体験」に力を入れられるようになったのはいつからですか?
加藤 リモデル(三越伊勢丹ではリニューアルを「リモデル」と称する)に向けて動き出した2015年頃からです。百貨店が大きなリモデルをする際には、ブランドや商品を新たに開発・導入したり、環境をきれいにして魅力的に見せたりと、常にモノが主役でした。しかし、すでにモノが溢れ返っている昨今では新鮮な驚きが得られません。「私たちが本当に大切にしていることは何だろう」と改めて考えた時に、三越日本橋本店リモデルのキーコンセプトとして挙がったのが「おもてなし」でした。
私たち百貨店は、これまで「おもてなし」を当たり前のこととして提供してきたので、「今までと何が違うのか」「結局モノが売れなければ収益につながらない」という批判も社内から上がりました。しかし当たり前と考えていたからこそ、その当たり前を見直すことで人と人との関係やコミュニケーションを刷新できるんじゃないかと考えたんです。
ーー「おもてなし」の見直しとは、具体的にはどんなことに取り組まれたのでしょうか?
加藤 これまでの「おもてなし」は、百貨店側からの一方的なものに過ぎませんでした。お客さまが本当に求めているものとは何なのか。お客さまのことをもっと深く知るために、ロフトワークに相談して、サービスデザインのアプローチを取り入れた接客改革プロジェクトを始めました。
三越日本橋本店 接客改革プロジェクト
三越日本橋本店の2018年リモデルオープンに向けて、その柱の一つである接客改革の一貫として2015年に実施したプロジェクト。サービスデザインの手法を用いて顧客体験を軸に「おもてなし」のアップデートを図る。
調査では、基礎調査に加えて顧客インタビューを実施。顧客心理にみる潜在的欲求(インサイト)を発見し、5つの顧客像(ペルソナ)を抽出。顧客像に向けた体験アイデアから6つの接客体験コンセプトに落とし込んだ。ロフトワークは本プロジェクトの企画〜実施までを担当。プロジェクト全容をPlaybookに取りまとめて納品した。 (詳細については4/16開催のイベント内で紹介予定)
ーーそこで生まれたのが「コンシェルジュ」と呼ばれる方々ですね。
加藤 はい。百貨店の店頭に立つ販売員の約9割はテナントから派遣される方々で、百貨店雇用の従業員ではありません。お客さまはいろいろな商品をワンストップで買いたくて百貨店に来ても、結局はそれぞれのショップで毎回要望を伝え毎回試着することを繰り返しています。これではショッピングモールや有名なファッションストリートとお買物体験は変わりません。
そこで、三越日本橋本店では「コンシェルジュ」というスタッフを配置しました。これはお客さまが要望を伝えた時に、各ショップに縛られずに全体を通して最適なものをコーディネートしてご提案できる新しい役割です。
とはいえ、百貨店の取り扱う商品は多岐にわたるので、1人のコンシェルジュがすべてのカテゴリーでお客さまの要望を叶えるということはなかなかできません。食品なら食品、ファッションならファッションとカテゴリ単位でお客さま一人ひとりのコーディネートをコンシェルジュに担ってもらい、バックグラウンドをデジタル化することにしました。
百貨店の価値は人にあり。現場スタッフとの対話を重ね推進した「デジタル化」
ーー「デジタル化」についてもう少し教えてください。
加藤 お洋服を買った後で食料品も買って帰りたいと思っても、今までは「食品は地下1階でございます」以上、おしまいだった訳です。各フロアのコンシェルジュが「このお客さまはご旅行に行かれるのでこんなお洋服を買われた、こういう手土産を探されている」と情報共有できていれば、そのお客さまは、また地下で説明する必要がありません。「お土産にこの商品はいかがですか」とご提案できれば、もっと体験がシンプルで気持ちの良いものになります。裏側を情報共有システムでつなぐことで、ストレスなく買い回りができる体制を作ろう、というのが私たちのデジタル化戦略です。
ーーデジタル化、システム導入というと、人を介さなくとも用件が事足りる状況を連想しがちです。事実、そういった無人サービスをレジなどに導入する小売店も増えてきています。それでも接客面で「人と人」という姿勢を崩さないのはなぜですか?
加藤 あくまでもおもてなしという精神に立つと、お客さまの表情やちょっとした仕草ひとつで提案は変わります。でも現状のテクノロジーではそこまで読み取ることはできません。私たちは仕草や表情から思いを探りながら提案できることこそが人の価値、百貨店の価値なのではないかと思っています。
ーーシステムの導入が、人と人とのコミュニケーションで生む百貨店の価値向上を陰で支えているのですね。ただ、軌道に乗るまでは苦労や葛藤も少なからずあったと聞いています。
加藤 プランを組み立てるにあたり、現場に立つスタッフとはかなり話をしましたね。お客さまに提供したい体験や、自分たちの求める働き方について、すべての部門に話を聞きに行きました。食品、婦人服、紳士服、リビング、美術、呉服……全部で8営業部あったので、1週間に20〜30時間ぐらいは費やしたと思います。
今、百貨店も変わらなければいけない状況に来ています。テナント化して、不動産事業にシフトしつつある百貨店もありますし、また欧米の百貨店はもう30%近くがECの売上になっていて、人の価値がどんどん薄らいでいるのは事実です。その中で、実際に店頭でお客さまと相対しているスタッフが、「こういう働き方をすれば、絶対にお客様は喜んでくれる」と自信を持って言えるものを追求しました。
最初は少ない人数でプランを作っていましたが、各部門と話をするうちに現場全体に伝わっていき、上長にもその温度がじわじわと伝わっていきました。時間はかかりましたが、現場の声があったから軌道に乗せられたのだと思います。
評価指標を明確化し従業員の納得度を高める「従業員体験」
ーー今回のイベントでは「従業員体験」というキーワードも挙がっています。顧客体験を見直し満足度を上げることは売上の向上にもつながりそうですが、従業員体験は売上に直結するものではないように感じられます。従業員体験とは、どのようなものなのでしょうか?
加藤 どんなに良い顧客体験を描いても、従業員が納得していなかったり、彼らに大きな負荷がかかっていると、なかなか実現しないものです。顧客体験ももちろん重要ですが、従業員体験も同じレベルで重要なものと考えています。
ーー各部署の方々と毎日のように2時間ずつお話をされていたと伺いましたが、従業員の方々の体験や気持ちに寄り添う施策は他にどんなものがあったでしょうか?
加藤 コンシェルジュとお客さまの関係づくりについてはかなり意識をしました。例えば、2016年にはリモデルに先行して、毎年春に開催する花々祭というイベントで店内を巡る「謎解きツアー」を企画し、各フロアに立つコンシェルジュと会話が生まれるアトラクションを盛り込みました。お客さまからすると、コンシェルジュも通常の店舗スタッフも同じように映ってしまいがちです。コンシェルジュは我々のお店にしかいない、特別な人たちだということを伝えるために、彼らの存在と役割を可視化することには相当注力しました。
もうひとつ、可視化したのはコンシェルジュの業務フローです。何に時間を掛けていて、どのように動けば働きやすくなるのか。すべて可視化しました。お客さま一人あたりの接客時間が2時間とすると、昼休憩を除いて最大でも3人までしか接客できません。準備の時間や考える時間を加味すると2人です。日に2人しか接客できなくても生産性が高い状態を作るにはどうすればいいのか。売上だけではなく、他者と連携した数、ご賞詞(お客さまから頂いた感謝のメールや電話)の数や、お客様の満足度といった売上以外の指標を設けて成果を見ています。
「つなぐ」という行為自体を定量化して、私たちはコンシェルジュの他に「ガイド」というチームを作りました。多くのお店にインフォメーションカウンターがありますが、彼らはその場を離れられないので「何階のどこにあります」というご案内しかできません。ガイドはその方を目的地までお連れしつつ、移動の間に「今日はどういうご用件でそちらへ行かれるのですか?」といったお話を聞きます。ご案内した先にそれを伝えることで、お客さまは目的地に着くとスムーズに買い回りを始められます。そのときにどういうつなぎ方をしたのかを評価すれば、ガイドの価値も見えてきますよね。
体験の向上で売上増、秘訣は「一人ひとりが自分ごととして体験を考える」こと
加藤 従業員一人ひとりの役割や価値を見えるようにして、納得度を上げていく。そうすると、「そんな人たちを配置しても意味がない」と言っていたチームも「10人配置してみよう」と言ってくれるようになって、現在は全営業部にコンシェルジュがいます。当初80名だったのが、今は伊勢丹新宿本店と三越銀座店にも広がって250名以上になりました。
ーーすごい!3倍ですね。売上も上がっていると伺いましたが、どうですか?
加藤 三越日本橋本店だけでも、2018年度から約1.5倍に拡大しています。
ーーモノにこだわることも大事ですが、体験に着目してアクションを起こしたのが功を奏しましたね。
加藤 カスタマージャーニーやインサイトは、結局「自分自身の体験」でもあるわけです。このプロジェクトには8つの営業部と毎週30時間近く話をして、従業員約1500人のうち500人以上の方がプランニングから関わってくれました。お客さまに喜んでもらうため、あるいは自分がこのお店に来て楽しい体験をするために何が必要か、一人ひとり考えたことが我々の財産になっています。
特にこのカスタマージャーニーは、ロフトワークとのサービスデザインプロジェクトが一段落した後、各営業部がそれぞれの部署でまたアイデア出しをしています。最初は「なんでこんなことをしなきゃいけないんだ」と言われましたが(笑)、地道に半年ぐらいかけて全営業部にやってもらいました。おかげでみんな自分ごととして捉えられていると思います。
ーー自分ごとに落とし込めると、その目的や意義も行動に反映できそうですね。
加藤 よくあるのが「計画している人たちが勝手に何かを作って、その計画を深く知らない現場の人たちがアサインされる」というケース。プロジェクトの一環で店内にコンシェルジュの拠点となるパーソナルショッピングデスクという場を新設したんですが、平米効率を日々計算するような百貨店の世界において、物を置かない場所というのはセオリーとしてありえません。企画と現場が分断されていたらうまくいかなかったと思いますが、コンシェルジュ自身が顧客体験や自分たちの働き方を考えて作った場なので、みんな意志を持って立ってくれています。最初に与えられたのはほんの一区画でしたが、2020年3月には日本橋のデスクが拡大オープンしました。今後も更なる従業員体験の向上に向けて、会社としてもスペシャリスト人材のキャリアプラン設計などを計画していく流れが作れています。
人と人とのコミュニケーションを考えるからこそ、デジタルの力が効いてくる。顧客体験を考えるからこそ、従業員体験を丁寧に設計する。表裏一体となって成果を挙げる三越日本橋本店の体験設計については、4月16日開催の「徹底した顧客目線のサービスデザインに不可欠な、ユーザー体験と従業員体験のつくりかた」で詳しく伺います。当日は現在進行形の取り組みや今後の展望、また他社の体験設計事例もご紹介しますのでぜひご注目ください。
イベントは現在申し込み受付中。事前申し込みが必要ですので、下記リンクより詳細をご確認のうえお申し込みください。