FINDING
岩沢 エリ 2022.12.14

なぜ企業が社会変革の担い手になるべきなのか?
新たな市場を創り出すために求められる「インパクト」の描き方

東大FoundXディレクター馬田隆明さんが、変化の時代におけるイノベーションの起こし方を解説

長らくイノベーションの必要性が叫ばれ続けている日本。国の技術力を裏付ける一つの指標である特許数は世界3位を誇り、イノベーションを生み出す源泉となるテクノロジーには強みもあります。その一方で、実際に新しい技術を活かしてイノベーションを起こすまでの道筋は見えづらいというのが課題ではないでしょうか。

さらに近年は、気候危機などの影響もあってサステナビリティ社会へのトランジション(移行)の必要性も高まり、社会をより良くするインパクトを持った社会的イノベーションが求められています。

ロフトワークでは「ありたい未来の景色」を様々なゲストと共に想像し、創造していくためのカンファレンス&ワークショップ「変革のデザイン」を11月18日に開催。本記事では、カンファレンスのオープニングにあたるキーノートセッション「次の時代への変遷をデザインするには」の様子をお伝えします。

セッション前半は、東京大学 FoundX ディレクターで『未来を実装する』著者の馬田隆明さんより、アカデミックな視点から、イノベーションを生み出すための方法論や視点をお話しいただき、後半は馬田さんとロフトワークCulture Executive/マーケティングリーダーの岩沢エリによる対談セッションが行われました。

執筆:北埜 航太
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
カバー写真撮影:川島 彩水

プロフィール

馬田 隆明

Author馬田 隆明(東京大学産学協創推進本部 FoundXディレクター)

University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトを経て、2016年から現職。東京大学では本郷テックガレージの立ち上げと運営、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップ支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。著書に『未来を実装する』(英治出版、2021年)、『解像度を上げる』(英治出版、2022年)

https://takaumada.com/

岩沢 エリ

Author岩沢 エリ(Culture Executive/マーケティング リーダー)

東京都出身、千葉市在住。大学でコミュニケーション論を学んだ後、マーケティングリサーチ会社、不動産管理会社の新規事業・経営企画室を経て、2015年ロフトワークに入社。マーケティングチームのリーダーとして、ロフトワークのコミュニケーションデザイン・マーケティング戦略設計、チームマネジメントを担う。2022年4月からCulture Executiveを兼任し、未来探索と多様性を創造力に変えるカルチャー醸成に取り組む。最近では、「分解可能性都市」をテーマに、生産・消費に加えて分解活動が当たり前となる都市生活へシステムチェンジするためのデザインアプローチを探究している。1児の母。

Profile

「テクノロジーがあるからイノベーションが生まれる」という誤解

「日本でイノベーションというと、テクノロジーによるイノベーション、言い換えればインベンション(発明)とほぼ同義だと捉えられがちです。しかし、そもそも新しいテクノロジーが受け入れられるための社会や仕組みづくりへの目線が抜けがちではないでしょうか?」

プレゼンの冒頭、こんな問いを投げかけてくれた、馬田さん。

馬田さんは、どうすればAIやIoT、自動運転といった新しい技術が社会に普及していくのか成功・失敗要因を分析。その結果、テクノロジーによるイノベーションだけでなく、例えば制度や組織、仕事のやり方などといったテクノロジーを受け取る社会側の変革、いわゆる補完的イノベーションを起こさなければ、新たな技術が社会に実装されないという結論に至ったといいます。(詳細は書籍『未来を実装する』をご覧ください)

「ここ数百年の歴史を踏まえてみても、機械化や自動化といった新しいテクノロジーが求められるのは、テクノロジーが発明された時点ではなく、労働者の希少性が高まるなど社会側のデマンドが高まった場合であるという事実が指摘されています。」

そして、優れた起業家やスタートアップは、このデマンドを生み出す力に優れていると馬田さんはいいます。

「デマンドは課題から生まれてきます。そして課題とは、理想と現状のギャップを指します。社会起業家やスタートアップは、あるべき社会の理想像を提示することで世の中に課題を提起し、そこから生まれたデマンドに対して、自社のテクノロジーやソリューションを提供しているのです。」

馬田さんは、「理想の未来像」を「インパクト」と言い換え、現代のような成熟してデマンドが少ない社会において、企業はこのインパクトの実現に向けた問題提起をしていくことで、デマンドを生み出す、あるいは顕在化していく必要があるのではないかと言います。

デマンドに対する解決策を提示していくことで新しい価値が生まれることから、企業が事業を生み出す際には「インパクトからはじめよ」という考え方が、これからますます重要になってくると説明しました。

「インパクト」とは?

個人への影響を超えた社会や制度などの変化や、長期的で広範に及ぶ変化のこと。
これを企業の視点から解釈すると、事業の先にある理想の社会像と言い換えできます。また、企業が掲げるビジョンやミッションにも含まれる概念と言えます。

解像度の高いインパクト、あるべき社会像を提示することは、技術の進歩を牽引する際にも強い効果を発揮します。

例えば、アメリカのケネディ大統領が掲げた「ムーンショット計画」。この計画により、アメリカでは数多くのイノベーションが実現しました。

また最近の事例でいえば、テスラは脱炭素の重要性が叫ばれる前からEV車の開発を進め、近年の世界的なゼロカーボンの時流にうまく乗る形で、わずか10年で株価の時価総額を200倍にも引き上げています。

インパクトを絵に描いた餅で終わらせないためのフレームワーク「ロジックモデル」

一方で、理想の未来(インパクト)を描くだけではなく、いかにそれを実現できるかという現実的な視点も必要です。

インパクトの実現可能性を高めるために、馬田さんは3つのステップ「1. 理想の未来を描く」「2. 道筋を描く」「3. 巻き込む」を提示します。この3つのステップをより具体的にした方法論として、ソーシャルセクターの社会課題解決のためのフレームワークの一つである「ロジックモデル」を紹介。

「海外では、ソーシャルセクターの組織が、政府系のプログラムや助成金の申請をする際、『ロジックモデル』を使った事業計画がしばしば求められるそうです。」

ロジックモデルとは、目指すべき社会的インパクトと、そこに至る道のりを細分化した事業計画のようなもので、以下のプロセスから構成されています。

もしこれから事業計画を作るなら、ポイントはまず最初に、一番右側の社会的インパクトをバックキャスティングで描くこと。

その上で、右から左の順番で項目を埋めていきます。

つまり、インパクトを達成するために必要な、顧客や社会にとっての成果をイメージし(アウトカム)、そういったアウトカムを生み出す商品やサービスとは何かを考え(アウトプット)、そのような商品やサービスを開発するための作業プロセスを想定し(アクティビティ)、最後に商品やサービスを開発するための必要な人やお金などを可視化する(リソース)といった順番です。

多くの社会課題は一社のみで解決できるものではなく、他社や行政といった様々なプレーヤーを巻き込む必要があります。ロジックモデルを使ってインパクトを実現するまでのプロセスとアウトカムを可視化することで、実現可能性を高められるのはもちろん、組織外の関係者を巻き込みやすくなります。

「一方で、インパクトは共感を得られるもので、かつ理屈もないと関係者を巻き込む力を持たないので注意が必要」とも馬田さんは付け加えました。

ロジックモデルは、インパクトからアウトカム、アウトプット、アクティビティを逆算し、そのために必要なリソースやお金を明らかにするフレームワーク。書かれていることはあくまで仮説なので、修正を繰り返しながらより良い形にしていきます。

ルールメイキングで新たな市場を作り出すEU

インパクトを描く上で、もう一つ重要な視点として、馬田さんは「ガバナンス」を挙げます。

「ガバナンスとは社会を治めるためのプロセスのことであり、より具体的には社会を形作っている法律や社会規範のこと。社会を変えるビジョンを実現するためには、人々の既存の価値観や法律がハードルとなる場合もあります。そういったルールそのものを変革することで、新しい市場をつくったり、新たなデマンドを生み出すことができます」

例えば、EUでは持続可能な経済活動という社会的インパクトを実現するために、「EU タクソノミー」という新たなルールを施行。気候変動対策などへの貢献という新しい企業評価の指標をつくることで、グリーンな投資を促すという新たなデマンドを創出しています。

こういったルールメイキングは必ずしも政府にだけ任せていれば進むものでもないので、民間からも積極的に働きかけを行っていくことで、インパクトの実現に近づいていくことができます。

とはいっても、社会の価値観やルールを変えていくには、多くの人にとって納得感があり、社会にとって望ましく有益な理想像を提示しなければ実現が難しいのも事実。

「最初の結論に戻りますが、やはり全てのコアとなるビジョン、良いインパクトをいかに解像度高く描けるか。最終的にはそこに尽きると思います」

プレゼンテーションの最後、馬田さんは過去30年間の企業活動の変遷を概観しながら、以下のように締め括りました。

「1990年代まではいかに良い商品やサービスを生みだせるかが企業経営の肝でしたが、この30年は資本政策が経営においても重要になり、さらに今日では公共へのインパクトを実現できる事業に投資が流れつつあります。企業戦略と公共政策とのシナジーがこれまで以上に重視されており、民間企業には政策の方向性すら変えうる、優れたインパクトを提起していく政策起業家的な能力が、ますます求められていくのではないでしょうか。

「宇宙視点」と「自分視点」の循環が良いビジョンをつくる

第二部は馬田さんとロフトワークCulture Executive/マーケティングリーダーの岩沢エリの2人によるトークセッションが行われました。

岩沢 お話を伺っていて、理想の未来(インパクト)をどのように描いていけば良いんだろう、というところがやはり一番難しいところだと思いました。

馬田 実は、私たち日本人ってビジョンを描くことが苦手だというデータもあって。組織の中でビジョン型リーダーが他国に比べても少ないんです。とはいえ、それってビジョンを描くことが教育や社会の中であまり求められてこなかったからだとも思っていて。

岩沢 良いビジョンを描くためのヒントはありますか?

馬田 こればかりは調査しても出てきませんでした。でも、ビジョンって登山のプロセスに似ていると思っていて、最初は目指すべき頂上ってなかなか見えてこないと思うんですが、登っていくうちに段々と見えてきますよね。同じように、起業家の皆さんを見ていても、登りながらビジョンを描いていっている。どんどんと更新していきながら、より良いビジョンを描いていくことが重要かなと思います。

岩沢 たしかに、そうやってビジョンを描きながら走り続けていくことで、より良いビジョンに近づけるだけでなく、そのビジョンを信じてくれたり、共感してくれる仲間も増えていきますよね。

一方で、まだそれほど切迫感を感じられない状況下にある企業も多く、未来への理想を描くのは難しいという場合もありそうです。どうすればいいでしょうか?

馬田 視座を大きく変える、という方法があると思います。例えば、インディアンは将来世代に何を残すべきかという視点で、どんな未来を目指せば良いか考えていたそうです。現時点からの視座で考えると理想って描きづらいんですけれども、時間軸を変えて、200年先の将来世代の目線から見たときにどうあるべきかを考えてみるのはどうでしょうか

あるいは、あるべき未来ってどうしても自分視点に偏って、独りよがりになる可能性もあります。そこで起業家の方におすすめしているのは、思い切って宇宙視点から考えてみるという視座の切り替え方です。人類や、地球をどうするのかといった視点で考えてみることで、全く新しいインパクトやグローバルレベルで人々を巻き込めるビジョンが描けるかもしれません。

岩沢 私はビジョンを描く際に当事者性というものも欠かせないと思うんです。実際にありたい未来に向かう上で、パッションを持ち続けられるビジョンかどうかもとても重要だと思っていて。

馬田 その点で言うと、宇宙視点で考えると課題はいくつも見つかると思います。その時に、どの課題に取り組むのかといった絞り込みの段階では、やはり自分が当事者性を持てたり、共感できる課題を選ぶことが大事ですね。

岩沢 なるほど。視座をあげる中で見つかってくる無数の課題と、自分自身の関心。この2つを行き来する中で、ちょうど良い間を見つけていくことがインパクトのあるビジョンにつながるんでしょうか。

馬田 そうですね。具体と抽象の行き来が解像度の高い良いビジョンをつくると思っています。

会社員である前に1人の市民として、つくりたい未来は何か?

岩沢 良いビジョンを描く上では、会社員という立場だけでは描くのはなかなか難しいのかなとも思うんです。というのも、今までの日本では働くことと暮らすことにすごく距離があって、市民としての自分の思いがビジョンに反映されず、会社員としてのビジョンに偏っていたんじゃないかと。

馬田 それはあると思いますね。やはり私たち日本人の中には、メンバーシップ型の長期雇用の影響もあって、市民である前に社員である、自分の所属する居場所は社会ではなく会社のほうにある、という価値観が形成されてきていることが大きいと思います。でも、市民としての思いがないと、社会のガバナンスも変わっていかない。市民として自分たちの社会や生活をより良くしていくという視点が今後重要になっていきますね。

岩沢 もしかすると、ビジネスの作り方そのものが変わろうとしているんでしょうか。会社員としてどんな新規事業を立ち上げよう、ではなくて、一市民として自分が暮らす中で見つかった課題を、どのように解決しようかというプロセスの中で新たなサービスが生まれたり、仲間が増えていったりというような。

馬田 ソーシャルインパクトボンドのように、ビジネスに対してではなく、社会課題に対してお金をつけていく動きもあります。社会的に良いことをする中で、お金がついてビジネス化されていくというプロセスの転換の流れはあると思いますね。

岩沢 会場から、『まずは個人としての妄想から発想してビジョンを考えていくのも良いのか?』という質問もいただきました。

馬田 良いと思います。ビジョンはあくまで仮説なので、妄想から始めて動きながら、絶えず検証・修正していけば良いのではないでしょうか。

岩沢 お話を伺っていると、これまで切り離されてきた会社員や市民、母親といった役割を統合していくことで、私が本当に欲しい未来、インパクトのあるビジョンを描くことができるのかなと思いました。

馬田 そう思います。社会って行動していけば案外変わっていくと思うので、まずは「これを変えていきたい」という思いを持つ人が増えていってほしいですね。

変革のデザイン ーサステナブルな未来を共創する準備をしよう

「変革のデザイン(transition Design)」をコンセプトに2日間のカンファレンス&ワークショップを2022年111825日に開催。「HOMEHUMANITYETHICAL」の3テーマから、サステナブルな未来を想像するための補助線を、実践者・研究者との対話を通じて可視化していきました。

共催:株式会社ロフトワーク、 SHIBUYA QWS(渋谷キューズ) 
協力:英治出版、IDEAS FOR GOOD

Keywords

Next Contents

街の緑、食品ざんさ……都市の「分解」を可視化する。
「分解可能性都市」展示レポート