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堤 大樹, Tim Wong 2023.05.15

FabCafe Taipeiが(もう一度)できるまで
Vol.1 居場所を失うということ、そして新たな場所探しについて

2021年からコロナ禍の影響により一時閉店していたFabCafe Taipeiが、5月中旬、台北市の西門エリアに移転して活動を再開します。
そこで、FabCafe Taipei(と、運営を行うロフトワーク台湾)がもう一度場所を得るまでの道のりを全4回の連載でお届けします。2022年にロフトワーク京都から台湾に異動した、シニアディレクター・堤大樹が、リアルな葛藤や悲喜こもごもと一緒に、複数のメンバーの視点を交えて語ります。

今回の登場人物

堤大樹
ロフトワーク台湾・シニアディレクター

2016年ロフトワーク京都に入社、2022年に台湾支社へ異動。ロフトワークでの仕事の傍ら10年近くANTENNAというカルチャーメディアを編集者として運営。2020年には自らの会社Eat, Play, Sleep inc.も立ち上げた。

Tim Wong
ロフトワーク台湾・代表取締役

香港出身。アメリカのデベロッパーで世界中の都市デザインに携わった後に、2013年にFabCafe Taipei、ロフトワーク台湾を立ち上げた。近年はARやXRなどの拡張現実をテーマとしたテクノロジーに強い関心を持つ。

 

#0 FabCafe台北が(もう一度)できるまでのプロセスや苦悩、そして喜びをシェアすることで、これからの時代の「場」のあり方を考える

FabCafe Taipeiでのイベントの様子

2022年に自分が台湾チームに異動となったとき、パンデミックの影響に加え、いくつかの事情が重なり気がつけばFabCafe Taipeiも、ロフトワーク台湾のオフィスもなくなっていた。このニュースレターはそこから私たちが「どのように新しい物件を見つけ」、そして「どのような意図を持って場を再生していくのか」という実際に「場」をオープンさせるまでのプロセスや、その思考回路を開示するための連載企画である。

この連載では「リアルな場の重要性」について、改めて語るようなことはしない。パンデミックを経験した私たちにとって、場が大切なものであることは自明のことだし、場があることによって生み出される豊かな関係性や、都市や産業に与えるポジティブな影響に関しても共通の理解となったからだ。

しかし、翻って今、「場」を持つことにどのようなハードルがあり、また「場」を作り上げることにどのような喜びを見出せばいいのか。そんなことを考えていた時に、パンデミックというゲームチェンジャーの影響が色濃い、都市の有様を見て、「場づくり」に関するなんらかのヒントを求めている人も多いのではないかと感じた。

そこで、FabCafe Taipeiが(そして、ロフトワーク台湾のオフィスが)もう一度出来上がるまでのプロセスを複数の関係者の視点を交えながらシェアすることで、私たち自身が新しい「場」にどのような意義を見出せそうなのか、主観と客観を行き来しながらその輪郭を提示することができればと思う。

#1 どのように私たちは、居場所を失ったのか?

パンデミックの真っ最中、7日間の隔離期間を経て台北に入境した

2022年に16年も住んだ京都という街を離れて台北に移住することになった。ロフトワーク京都から、台湾チームへの異動が決定したからだ。恥ずかしながら、その時、台湾のチーム状況は芳しくなかった。諸々の条件が重なってチームメンバーの大多数が離脱し、また自分たちのオフィス、そしてFabCafe台北といったリアルな拠点を2つとも失うといった状況にあった。

FabCafe Taipeiは世界で2番目のFabCafeとして誕生し、〈華山1914文化創意產業園區〉にあった。そこは台湾の文化省にあたる組織が管理・運営を行う日本統治時代の酒造工場をリノベーションした文化施設で、台湾政府が掲げる「文創(古いものを生かして、新しい文化をつくるという意図の文化創意産業の略)」の最前線。土日ともなれば毎週のようにイベントが開催され、台北屈指の活況なエリアと言って差し支えない。長らく、少し離れたシェアオフィスに間借りしていたオフィスも、FabCafe Taipeiとのより親密な連携を考えて、2020年にこの場所に居を移したばかりだった。

2020年5月に移転した華山オフィスの様子

にも関わらず、2021年の11月にオフィスを解体する発端となったのは、事前に施設の使い方について申請・確認をしていたにも関わらず、リノベーションのあり方にカドがたったというもの。そこにCOVID-19のパンデミックのタイミングが重なり、あわせてFabCafeも手放すこととなった。

オフィスがどのようなものであったかというと、歴史あるレンガ造りの建物の壁面を傷つけないように、単管足場を使って内部を2,3階建の構造に作り変えるユニークなアプローチ。日本のLWのクライアント兼パートナーである、単管足場のレンタル事業者ASNOVAとの海を越えたコラボレーションを生かした、満を持しての自社オフィスだけに、この場を離れなければならないことの痛手は(自分はその場にいなかったものの)想像にかたくない。

#2 決め手がないまま、議論を重ねる時間を過ごす

自分が台湾に異動が決定した2021年の9月以降、具体的には2022年の1月頃からロフトワーク台湾のリーダーであるTimともオンラインMTGを開始した。彼はもう一度場所を持つことに強い意欲を見せていたものの、エリアや物件選びに難航しているようだった。

何度かミーティングを重ねる中で、Timや台湾のメンバーがリサーチしたエリアや、参考となる施設を見せてもらったものの、旅行で何度も訪れたことがあるとはいえ、日本に住んでいる僕にとってはなかなかリアリティのわかない話だった。

なにより、決め手がないのだ。それは例えば、若者が多い街でお店をスタートさせられれば成功できるか、といったことがそのままYesとならないことと同じであり、事業とのシナジーや、コミュニティそのものの醸成をしたい状況にあって、ただ人が来ればいいというわけではない。その時点では僕たちに明確な場のイメージがない以上、「なにが成功であるのか」といった回答を誰も持ち得ていなかった。

そして、「やりたいことやアイデアはいくらでもわいてくる」のであって、そもそも「どうしてもこの場所、この地域で」という強い意志もない以上は、優先順位などつけられない。完全にニワトリとタマゴの関係ではあるのだが、そうなると結局「物件次第」となる。そうしたモヤモヤとしたミーティングを当時何度も重ねていた。「なんでもできる、なんでも選べる」はプロジェクトを進めることに寄与しない。推進力を得るには可能性を捨てることから始める必要がある、そういったことをこれまでのクライアントワークで繰り返しお客さんに説明してきていたのに、自分たちのこととなると簡単にその状態に陥った。

#3 内覧、内覧、また内覧

南港エリアのA / Bの候補物件

その後、話が進まないまま僕が台湾へ移住する日を迎えた。その到着を待ってくれていたTimは、よさそうな3つの候補物件をリストアップしてくれていて、スケジュールをあわせて内覧をすることになった。

候補物件としては以下だ。

A:ベンチャーやクリエイティブカンパニー向けの公共に近い施設の広めのグランドフロア(南港)
B:同施設のシェアオフィス(南港)
C:繁華街近く、知人が借りているクリエイティブオフィスの地下スペース(金華街)

結論からいえば、一長一短ではあるもののどこも悪くはない。どこを借りても、なんらかは形にすることができたように思う。ただ、どこかピンとこなかったのはTimも同じであることは、一通り物件を見て回ったあとにお茶をしている中でも感じることができた。

Cのエリアは台北屈指の繁華街の近くでもあり、ご飯には困らなさそうだ

Timとは、この時にまでそんなに多くの物事を共有してきたわけではないが、なんとなく「いい場のあり方」に関するイメージを言葉にできないまでも共通して持っていたように思う。それは、「ある種の猥雑さや、カオスさを合わせ持ったもの」であり、よくも悪くも、内覧を行った物件でそれを生み出せるような自信があまりなかった。

結局、煮え切らない感じのまま、僕とTimは互いに言いたいことを言いっぱなしにして帰った。このプロセスは今思い返すととても重要で、「いい」や「譲れないこと」といった感覚を実際に物件を見る中で、優先度をつけていく作業となっていた。

#4 決断はいつも急に

そんなこんなで、プロジェクトに追われて過ごしていたある日、Timから「新しい物件を見つけた」との連絡があった。それは賃貸サイトに載っていないもので、たまたま近くを車で通りがかって見つけたものだという。

その物件は、西門という若者の集う日本で言えば渋谷や原宿のような街の外れにある、4階建ての建物で、元々は家具屋だったらしい。台北はどこもそうだが、なかなか年季の入った建物ではあるものの、比較的状態がよく、またリノベーションも自由に行っていいと大家からの許可も出ていた。

早速、物件の内覧に訪れたのだが、各フロアはけして広くはないものの、カフェをやるにも、オフィスとしてテーブルを並べるにもスペースとしては十分であるように感じた。なにより、西門という人通りが多い場所に立地していながらも、一本裏路地にあり、落ち着いた佇まいであることは魅力的だった。そして、各フロアは2面が大きなガラス窓になっていて、採光がよく、抜けがいい空間になっていることは非常にポジティブに感じられた。そして、レンタルのフィーも他の候補に比べて安かったのだ。

新しいオフィスの外観、内観は次回のコラムで紹介する

これだけを書いていると、即決できたように感じるかもしれないがそんなことはない。やっぱり、フロアの狭さは気にはなっていたし、立地も100点かと言われると、今でもそうだとは言えない。さらにいえば、条件的に飲食店の営業はNGとのことで、このことが最も不安な要素ではあった。

ただ結果として、僕たちはこの物件に決めた。

台湾の賃貸業者や、大家はとにかく決断を急ぐ傾向にある。なにより、これ以上粘っても、もっといい物件に必ず出会えるわけではないし、他の物件をみてきたこともあって「総合的に評価すれば、これまでに見た他のどの物件よりもよく思えた」からである。出会えるかわからない100点満点のものではなく、今ある最善を選ぶ。あとは後悔しないように、このエリアごと好きになれるように、僕たちが腹をくくるだけ。そうして、僕たちはようやく「なにがしたいか」ではなく、「なにができるのか」という具体的な話ができるようになっていったのだった。

そう、今までのシェアオフィスの周辺環境を気に入っていったように
堤 大樹

Author堤 大樹(シニアディレクター)

「関西にこんなメディアがあればいいのに」という想いで2013年にWebマガジンANTENNAをスタート。2016年に4年半勤めた呉服問屋の営業を退職し、ロフトワークに入社。個人での仕事の依頼が増えたことを受け、2020年に文化にまつわる制作会社Eat, Play, Sleep inc.を設立とほぼ同時に、ANTENNAの編集長を後進に託し、「旅と文化」をテーマとしたメディアPORTLAを立ち上げ編集長に就任した。持ち味はエゴの強さで、好きなことは企画・編集業務。関係者各位に助けられ、発見と失敗の多い毎日を謳歌中。現在は台湾に異動。

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