デジタルクリエイティブを志す受験生の“第一志望”になる
大学選びの常識に一石を投じた、DHUコンセプトブック制作
日本国内に約800校あると言われる大学。少子化が進み、入試競争が激しくなるなか、あらゆる大学が「独自性」を打ち出すための施策を試みています。しかし、依然として偏差値を中心とした受験校選びのスタンダードは変わらず、大学広報において「大学らしさ」を魅力として機能させることは簡単ではありません。
特に、受験生とのコミュニケーション手段である、コンセプトブック(大学案内)やWEBサイトにおいては、単に見栄えやデザイン性が優れているだけでは片手落ちで、「ブランディング」の視点から見つめ直し、他大学にない個性や特長をいかに表現できるかが肝になっています。
デジタルハリウッド大学(以下、DHU)は、ロフトワークの支援のもと、コンセプトブックのリニューアルを通じて、大学として掲げ、積み上げてきた理念や教育実践、そして学生たちの等身大の姿を紙面へと表現することを目指しました。
本記事では、プロジェクトメンバーに、制作のプロセスや意義について話を聞きながら、プロジェクトの全体像に迫ります。語りのなかで浮かび上がってきたのは、大学受験の構造を更新しようとする、DHUの強い想いと、それを読み手の体験に落とし込むクリエイティブの力でした。
執筆:北埜 航太
聞き手・編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
撮影:澤 翔太郎(株式会社ロフトワーク), 堀江 塁好(TELLIER)
大学受験そのものの構造に問いを投げかけ、第一志望に選ばれる大学へ
プロジェクトが始まったきっかけは、2017年にロフトワークが手がけた立教大学のWebサイトをDHUの入試広報グループマネージャーである小勝健一さんが目にしたこと。
「これまでは『デジタル系の専門大学』という見られ方をすることが多かったのですが、これまでDHUに興味のなかった受験生にも大学の魅力を伝えられるようなリブランディングをしたかったんです」と、小勝さんは語ります。
DHUは、MITの客員研究員でもあったイノベーターの杉山知之氏により設立された、日本では珍しい株式会社立の大学であり、デジタルを活かした幅広い実力派クリエイターを育成する大学。エンターテインメント業界やクリエイティブ業界に多くの優秀な人材を輩出するだけでなく、大学発のベンチャー数も私大屈指です。
一方で、名前のユニークさから実態とずれたイメージを持たれたり、偏差値に偏った日本の大学受験の環境では、DHUの魅力が伝わりづらく、大手私大のクリエイティブ領域の学部や美大・芸大の「滑り止め」になりがちである、といった課題もありました。また近年では、新しい大学や新学部の創設などにより、競合も増加傾向にあります。
本プロジェクトでは、受験生へのコミュニケーションツールであるコンセプトブックの刷新、並びにWebサイトのリニューアルを通して、DHUのクリエイティブ大学としてのリブランディングを目指すことをミッションとしました。今回は、その中でもコンセプトブックの制作プロセスを紹介します。
Project scope
コンセプトブックリニューアルの課題・与件
- 大手大学の「滑り止め」として選択されがちな状況を脱し、受験生に正しく魅力を伝えるために、大学選びの体験そのものをアップデートを図る
- DHUの教育の特長である「クリエイティブ」や「デジタル」を再定義しながらツールに表現し、大学としてのリブランディングを目指す
- DHUの等身大の魅力が伝わるコンテンツを実装して、受験生の背中を押すようなツールへとコンセプトブックの機能を刷新する
脱プロモーション。「問い」と「物語」のある大学案内
コンセプトブックの制作を通じて、課題感を打破しリブランディングを目指す。その実現の鍵を握っていたのは、「受験生に、オルタナティブな選択肢を提示する」というアプローチでした。
では、いったいそれはどのようなものなのか? 実際にコンセプトブックをめくってみると、最初に飛び込んでくるのは、「『迷う』は、前進だ。」という力強い一文。
そして、進路選択に悩む受験生に語り掛けるようなメッセージが続いていきます。
「自分は、本当は何をやりたいんだろう?」
「これから先、どんな人生を送りたいんだろう?」
「迷った分だけ、きっと、あなたは強くなっていくから。」
一般的な大学案内といえば、キャンパス情報や学部の紹介など、特長や魅力を中心に紹介するような、プロモーション性が強いものが多いですが、このコンセプトブックでは、「迷う」をキーワードに、冒頭から見る人の心を掴むナラティブが紡がれています。
その意図について、本プロジェクトのクリエイティブ・ディレクションを担当した、ロフトワーク Creative Executive/シニアディレクターの山田麗音は、このように語ります。
「多くの受験生にとって、大学選びのよりどころとなるのは、偏差値であったり、周囲の大人や先輩からの推薦・評判などです。だから、彼らが本当の意味で「自分で大学を志望する」ということは簡単ではないし、そのような受験環境が彼らの選択肢や判断基準を狭めてしまっている。そして、その状況が続く限り、DHUは受験生にとって第一志望に上がりにくいのではないか、と思いました。
だからこそ、『うちに来て!』というプロモーション性の強い大学案内にはせずに、むしろ生徒の受験観に響くコンセプトブックにしていこうという思いのもと、ホワイトノートさんにコピーを作成していただき、このような導入になりました。」(山田)
そして、「迷うことを肯定する」という個性的なメッセージは、単に他大学の大学案内との差別化を図るためだけでなく、DHUが元々持っていたバリューを見つめた結果、見出されたものであると山田は付け加えます。
「DHUの特長として、1学部1学科制や、履修登録のクォーター制という独自のカリキュラム制度があります。これは、一つの学科のなかで様々な分野を学べる仕組みで、入学後に学生が自身の興味関心に沿って幅広いテーマを学んだり、各分野を組み合わせて専門性を磨いたりできるシステムです。既存の大学では学部学科が細分化されており、基本的に転入しなければ専攻分野を変更できませんが、DHUでは、学ぶ過程で迷い、自らの専門性を選択していける自由度が高い。これは、まさに迷いを肯定する仕組みそのものだと思いました。こうした実態を伴っているからこそ、このコピーには嘘がないんです。」(山田)
実態の裏付けがあるからこそ、飾ることなく、大学のコアバリューを端的に捉えて伝えることができる。だからこそ、「最適なキャッチコピーだったと思います」と小勝さんも振り返ります。
また、1学部1学科制度については、コピーだけでなく、誌面デザインで「わかりやすく伝える」ことを意識。特殊な制度ゆえに、受験生が理解しづらいというハードルを乗り越えるべく、ビジュアルを通じて直感的に理解しやすい構成になっています。
「プレーンなデザイン」で、学生たちのありのままの温度感を伝える
次に印象的なのは、コンセプトブックの中ほどにあるフォトギャラリーのページ。贅沢な余白を活かしながら、美しく写真がレイアウトされ、その一枚一枚から学生の生き生きとしたキャンパスライフが温度感とともに伝わってきます。
「ここは、卒業制作の準備日と当日の様子を撮影しているページですが、高校生の目に一番留まるのが、このパートなんです。それこそ、ここを何周もしてくれる方もいて。」(小勝さん)
飾りすぎない、自然体のフォトギャラリーにはどんな狙いがあったのか。
今回、コンセプトブックの全体のデザインを担当したのは、デザインスタジオ「 There There」。同スタジオのデザイナーである渡辺 和音さんいわく、「洗練されたデザインを作るということ以上に、プレーンであることを意識した」といいます。
「学生さんにお話を伺う中で、自分の意思で選択して入学しているからこそ、学校生活も本当に楽しんでいる人が多いなと感じました。だから、あまり僕らの意思を入れずに、学生の思いや熱量をそのまま表現できるような、なるべく飾らない写真を意識しました。学生が、大学生活に真剣に向き合い、楽しんでいる姿をそのまま伝えることで、結果として受験生が見た時に、そこに自分自身の大学生活も投影されて、自然と入学後のイメージが湧くのではないか、と。」
また、山田はもう一つのこだわりとして、紙だからこそできる「体験設計」を挙げました。
「コンセプトブックの前半でギュッと大学の特長をインプットしてもらった上で、中間となるパートでは、一度立ち止まって、今の自分と向き合ったり、入学後の自分を想像したりする内省の時間を取り入れたかったんです。一枚一枚ページをめくる、紙のコンセプトブックならではの体験デザインを意識しました。」
このパートでは、他のページと紙質もリッチに切り替えられ、読み手がゆっくりとした時間の感覚を味わえるような、読書体験がデザインされています。ただ情報を伝えるのではなく、読み手の体験からデザインする。こうした工夫により、受験生の価値観を揺さぶる装置として機能しています。
「DHUらしさ」を再発見し、デザインに落とし込むプロセス
受験体験や読書体験から再設計するようなナラティブとビジュアルによって、常識にとらわれずに、DHUの世界観を体現したコンセプトブック。では、こうした本質的なデザインはどのようなプロセスによって可能になったのでしょうか?
本プロジェクトで、プロジェクトマネジメントのサポートやクリエイティブディレクションを担当した、クリエイティブディレクターの飯島拓郎は、このように語ります。
「プロジェクトの前半で行った、学生へのインタビューや、大学関係者へのヒアリングによるリサーチがとても大事だったと思います。例えば在学生へのインタビューでは、それぞれ違うバックグラウンドがある中で、最終的に大学を自分の頭で悩み、選択している点や、その一方で偏差値を気にする親や先生の価値観など、周囲との摩擦に苦しんでもいた点が共通していました。」
インタビューリサーチを通じてターゲットが持つ深いインサイトを捉えられたことで、迷いを肯定するメッセージや、クリエイティブ方針の素地となりました。また、DHUの小勝さんはロフトワークのプロジェクトマネジメントが印象的だったといいます。
「非常に緻密なクリエイティブコンパスがあって、進行管理のためのガントチャートも緻密で、日々のコミュニケーションから、細かいながらも適切な粒度で制作進行が行われていたことが印象的でした。」
今回のプロジェクトでは、関係者へのインタビューを踏まえた示唆を整理し、リニューアルの方向性やコンセプト、クリエイティブのトンマナをまとめた、50Pにものぼる「クリエイティブコンパス(方針策定書)」と「リニューアル方針策定書」を作成。
入念なドキュメンテーションと進行管理で細かな認識のすり合わせを行ったことで、アウトプットのイメージがブレたり、ズレることなく、納得感を持って進めることができたといいます。
オルタナティブかつ、デジタルクリエイティブ教育の先駆けとして。大学のありたい姿を伝えるツール
コンセプトブックには、創設者である杉山学長のメッセージも掲載されています。今回のリニューアルのために書き下ろされた4,000字にも及ぶメッセージは、当初は800文字程度の想定でしたが、学長から届いた魂のこもった原稿を受けて、デザインを調整してでも、全文掲載することを決めたといいます。
原稿には、インターネットやAIをはじめとしたデジタルテクノロジーとその表現が約半世紀のなかでどのように発展し、これからどこに向かおうとしているのかを概観した、壮大なストーリーが描かれていました。このメッセージには、DHUが大事にしてきた「デジタル×クリエイティブ」への想いや教育実践の積み重ねが凝縮されており、リブランディングの根幹を成すものだと言えます。
「DHUは、2025年に開学20周年を迎えます。オルタナティブな存在であるけれども、学長の想いを組織全体で引き継ぎながら、デジタルクリエイティブの領域では、常に先をいく学校でありたいという想いはあります。」(小勝さん)
小勝さんが語る、DHUのありたい姿。それを体現するような本コンセプトブックは、単に大学の魅力を紹介するためだけのものではなく、もともとDHUが持っている価値や原点を深堀りし、ユーザー体験へと落とし込む本質的なブランディングツールとなりました。
オルタナティブな大学として。そして、デジタルクリエイティブ教育の先駆者として。DHUは “Re-Designing The Future” の精神の体現に向けて、ロフトワークをパートナーに、中長期の変化を見据えた更なるブランディング施策を続けていきます。
Output
概要
- クライアント:デジタルハリウッド株式会社
- プロジェクト期間:2022年11月〜2023年5月
<体制>
- プロジェクトマネジメント:佐々木 ゆりか
- クリエイティブディレクション:山田 麗音, 飯島 拓郎, 橋本 明音
- テクニカルディレクション:伊藤 友美
- プロデュース:高井 雄基
- プロジェクトサポート:寺井 翔茉、渡邉 多恵子(以上、株式会社ロフトワーク)
- アートディレクション:There There(渡辺和音, 手塚朋子)
- コピーライティング:ホワイトノート株式会社(宗像誠也, 藤岡優希)
- 撮影:ともまつりか、TELLIER
- 校正:ことのは舎、原口さとみ
DHU公式noteにて、座談会記事を公開中
デジタルハリウッド大学公式noteにて、本プロジェクトについて振り返る座談会記事が公開中。コンセプトブック制作の裏側や、プロジェクトメンバーなどの想いを取り上げていただいています。
>>詳細はこちら(デジタルハリウッド大学公式note)