クリエイターとの共創で、読書体験をリデザインする
新サービスプロトタイプ開発プロジェクト「文喫の実験室」
Outline
私たちの人生や社会に豊かな時間と価値をもたらす「読書」。しかし、文部科学省の調査によれば、全国の21歳のうち約6割が、過去1ヶ月で1冊も本を読まなかったと回答するなど、SNSや動画コンテンツが普及した現代社会では、読書することのハードルが高くなっているのも事実です。
東京・六本木に店舗を構える「文化を喫する、入場料のある本屋」文喫は、店舗体験やイベント、法人向けの共創サービスを通じて、本や読書行為における「新しい魅力」を社会に提案してきました。文喫の運営を行う株式会社ひらくは、読書体験の裾野を広げ、店舗という枠を超えて文喫の世界観をより多くの生活者に届けるために、「文喫の実験室」と題した新規サービス開発プロジェクトを始動。選定された3組のクリエイターたちとの共創により、「読書」という行為を超え、「本の魅力・価値」を体験できる、3つのサービスのプロトタイプを開発しました。
さらに、プロトタイプのユーザー検証と文化としての価値の広がりを探るため、コミュニティイベント「『文喫の実験室』公開大研究会」を開催。有識者や文喫の既存ファンにその価値や可能性をオープンに投げかけることで、多くの反響を得ることに成功しました。
ロフトワークは本プロジェクトのパートナーとして、新規サービスの開発を総合的に支援。株式会社ひらくとともに、「未来の読書体験」を開拓するサービスアイデアを実装しました。
執筆:中嶋 希美
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
カバーイラスト:WAKICO
プロジェクト概要
クライアント:株式会社ひらく
プロジェクト期間:2023年3月〜2023年9月
<体制>
プロジェクトマネジメント:室 諭志
クリエイティブディレクション:北島 識子, 橋本 明音
プロデュース:柏木 鉄也, 澤 翔太郎 (以上、株式会社ロフトワーク)
プロトタイプ制作:くろやなぎてっぺい, Studio Playfool, 木原 共
プロトタイプシナリオ制作:河方 創
アートディレクション・デザイン:PLANT 植木 駿
イラスト:WAKICO
Prototype
本プロジェクトでは、以下の3つのプロトタイプを制作しました。
日常に物語を「かさねて」街の魅力を再発見する
リトラベルパッケージサービス「ものがたりトラベル」
ものがたり視点で日常を再発見するリトラベルパッケージサービス「ものがたりトラベル」では、多様な物語に備わる「ジャンル」というフィルターで、街の体験をスイッチします。同じ街の風景でも、「SF」のフィルターと「ホラー」のフィルターで見るのでは、見えかたや感じ方は大きく異なるはず。日常に文学の世界観や物語を重ね合わせることで、新しいトラベル体験を提案します。
プロトタイプでは、六本木を舞台にしたホラーシナリオを通して、普段と違う街の一面を体験するツアープログラムを制作し、テストツアーを実施。音声コンテンツによるガイドや街の魅力をキュレーションしたマップを活用したり、参加者どうしの感想の共有を促したりすることで、街の新たな一面を見出しました。(制作クリエイター:くろやなぎてっぺい)
プロトタイプのポイント
- ねらい:ユーザーの興味・関心軸に合わせつつ、「読書」から「ツアー」へと体験形式を変化させることで、物語コンテンツの魅力を伝える
- コンセプト:読書×トラベル体験
- 想定されるユーザー:文化的体験へのニーズはあるが、読書行為が苦手な人
複数人で書き込み、時間と体験を「わかちあう」
共同読書補助サービス「Bookmark Club」
「Book Mark Club」は、複数人で本を“読み合う”、共同読書サービスです。本は一人で読むものという常識を覆し、一冊の本を分かち合い、互いに書き込みながら読むことで生まれる新しい読書体験を提案します。
プロトタイプでは、本をオンラインで共有し、お互いにメモや落書きを書き込み、参照しあいながら読み進める、共同読書補助ツールを制作しました。自分とは異なる解釈や着眼点に触れることで新しい視点に気づけること、あるいは本がコミュニケーションツールとして機能することをねらいとしています。ページの余白に雑談や落書きをしたり、隣の人と話しながら読み進めていたら、難しいと感じていた本もいつの間にか読み終えているかもしれません。(制作クリエイター:Studio Playfool)
プロトタイプのポイント
- ねらい:教育やスキルアップのために本を「読まなければいけない状況」に対して、複数人での共有を促し、ポジティブに読書を支援するツールを提供する
- コンセプト:読書×シェアリング
- 想定されるユーザー:学習場面で本を読むことに苦手意識がある人
時代を超えた名作に「わたし」が「はいりこむ」
ストーリー生成サービス「むかしむかしあるところにいた私」
「むかしむかし あるところにいた私」は、時代を超えた名作に「わたし」が登場できるストーリー生成サービスです。誰もが知る童話に「自分」が登場し、参加者自身の性格や考え方を反映した振る舞いをすることで、新しい物語体験を提案します。
プロトタイプでは、AIを活用し、ユーザーのパーソナリティをヒアリング。内容に応じて可変するストーリーが生成されます。パーソナライズすることで、より没入感の高い物語の体験を生み出すことができるのか、そして、AIとの物語共創が、本と読者との関係性をどう変えるのかを実験しています。(制作クリエイター:木原 共)
プロトタイプのポイント
- ねらい:自分自身が登場するオリジナルストーリーの生成により、「読書体験」自体をユーザーの好奇心を刺激するアプローチに昇華させる
- コンセプト:読書×パーソナライズ
- 想定されるユーザー:本以外のエンタメやメディア体験に時間を使う人
Challenge
「読書」の枠組みを超えたサービスを立案する
ライフスタイルの変容やメディア体験の多様化により、「読書」や「本」が生活者にとって遠い存在となりつつあるなかで、どうすれば本が持つ独自の魅力や文化的価値を伝えられるのでしょうか。「文喫の実験室」では、本という媒体の形そのものや、「読む・聞く」という行為の枠組みを超えた体験を提案。現代人のライフスタイルや興味関心にマッチしつつ、読書の「文化的経験」の価値を伝えるサービスの立案に挑みました。
これらのサービスは、結果として本に対して苦手意識がある人や、動画など他のメディア体験に関心が高い人など、「これまで読書サービスのターゲットになりえなかった人々」に対しても訴求可能なものとなっています。
クリエイターの発想力と実装力を生かし、複数アイデアを検証
今回のプロセスでは、不確実性が高く、ユーザーの価値観が激しく移り変わる社会に対応するため、複数アイデアを並行して開発し、迅速な価値検証を行いました。
また、プロトタイプの開発にあたっては、固定概念にとらわれない自由な発想力と、素早く形にする実装力を持つ3組のクリエイターと共創。各クリエイターの専門性と粘り強いコミットメントにより、新たな読書体験サービスが提案されました。
プロトタイプを共創したクリエイター
Process
Approach
多様なクリエイター・有識者の知見から磨かれるプロトタイプ
ロフトワークのなかでも、アーティスト・クリエイターとともに、エモーショナルな社会・文化の創造を目指すチーム「MVMNT unit」では、定期的なイベントとして、クリエイターを巻き込んだ、製品アイデアを考えるワークショップやSFプロトタイピングイベントを開催しています。
今回のプロジェクトでは、これらの活動から生まれたつながりも活用。多様かつ革新的なアウトプットを生み出すため、新規性や時代性、コミュニティとの関わり方、ユニークさなど、さまざまな観点をもとに3組のクリエイターをアサインしました。
クリエイターとプロジェクトメンバーによるアイディエーションワークショップでは、文喫のこれまでの活動や考え方も踏まえながら、アイデアの発散・統合を繰り返し、サービスアイデアの軸を探りました。
また、有識者へのヒアリングでは、サービスプランナーや起業家、SF作家などからフィードバックを収集。多様な視点を生かし、プロトタイプの改善点や可能性を整理し、サービスをブラッシュアップしました。
プロトタイプの可能性を社会にひらく、コミュニティイベント
ローンチイベント「『文喫の実験室』公開大研究会」では、クリエイターと制作したプロトタイプのお披露目だけでなく、それぞれの可能性を深掘りし、文化・社会的背景と接続するトークセッションも実施。「旅と物語」、「AIと物語のパーソナライズ」、「ナラティブとコミュニティ」というテーマで、3名の有識者と文喫ブックディレクターの有地和毅さんが語り合いました。
プロトタイプを社会に広く周知するとともに、既存のファン層に向けて、文喫の新たな挑戦を共有。アイデアをオープンにすることで、文喫のブランドにも磨きをかけながら、多くのユーザーからのフィードバックを得る機会にもなりました。
本イベントのゲスト、平林和樹さんがプロデューサーを務める、地域コミュニティメディア「 LOCAL LETTER」にて、「ものがたりトラベル」を起点としたトークセッションの様子がレポートされています。
Member
メンバーズボイス
“私たちひらくは文化の価値と生活者とを仲立ちする仕事をしています。本や読書体験、文化という価値の源泉を、どう変換して、どんな道すじをつくって、誰に届けるか。既存のパッケージにとらわれず、ステークホルダーとの関係を編み直して、新しい価値を提供する。そんなことを常日頃考えていますが、自分たちだけではなかなか箱の外へは出られません。
「文喫の実験室」では、3組のクリエイターと膝を突き合わせるワークショップにはじまる全体のプロセスを通じて、自分たちが動かせない前提だと思い込んでいた制限からのジャンプを試みました。できあがった3つのプロトタイプは今後のビジネスの種として、本格的な実装の機会を狙っています。また、目に見える成果物以上に、プロトタイピングのためのマインドセットを自分たちに宿すことができたのが大きな収穫だと感じています。”
株式会社ひらく 文喫事業チーム チーフブックディレクター
有地 和毅さま
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