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岩沢 エリ, 棚橋 弘季, 松井 創 2024.09.18

複雑な社会課題を紐解き、世代や領域を超えた共創を実現する
「変革のデザイン2024」イベントレポート(後編)

2024年6月6日に第2回目の開催を迎えた、ロフトワーク・SHIBUYA QWS共催のイベント「変革のデザイン」。本年度は「企業・組織が自らを変革し、ゲームチェンジャーになる」をテーマに、丸1日をかけて4つのトークセッションと2つのワークショップからなるイベントを開催しました。

イベントレポートの前編では、株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんに前橋市でのまちづくりの実践についてお話しいただいた「KEYNOTE」と、一般社団法人渋谷未来デザインとJR東日本が主催するWaaS共創コンソーシアムの活動から共創が生まれる仕組みについて語り合った「FUTURE TALK」の様子をご紹介。後編となる本記事では、複雑な課題を捉える「システム思考」と、日産自動車が挑んだ「次世代との共創」をテーマとする、後半の2つのトークセッションの内容についてご紹介します。

企画:岩沢 エリ(株式会社ロフトワーク)
執筆・編集:堀合 俊博
編集:後閑 裕太朗(株式会社ロフトワーク)

複雑な社会問題に多様な視点で取り組む、システミックデザインのアプローチ

イベントの後半は、「社会変革を促す、システミックデザイン – 国内外の実践事例紹介」と題した「INPUT TALK01」からスタート。相模女子大学学芸学部大学院社会起業研究科教授の依田真美さんと、株式会社ロフトワークの棚橋弘季が登壇し、日本でも徐々に注目されるようになってきているシステミックデザインについて、研究者と実践者の立場からそれぞれ解説しました。

システミックデザインが誕生した背景には、社会におけるデザインの役割が再検討されている状況があります。地球環境への悪影響の懸念や、ものを売るためのツールとして捉えられてしまっているデザインへの危機感から、デザイン思考の問題点やアップデートの必要性が指摘されるようになりました。

依田真美 相模女子大学学芸学部 大学院社会起業研究科 教授 

こうした背景を踏まえて、依田さんはシステミックデザインを「デザイン思考とシステム思考が重なるところ」と定義します。デザイン思考がユーザーや人間といった「部分」にフォーカスするのに対し、システム思考は俯瞰した視点で「全体」とその関係にフォーカスする考え方。

この両視点を踏まえ、社会課題を生み出しているシステムの一部としての人間に向き合いながら、システム全体を俯瞰し、関係性やつながりを明らかにしていくのがシステミックデザインの手法です。

Jones & Van Ael(2023)を参考に、依田さんが「デザイン思考とシステム思考が重なるところ」と定義するシステミックデザインの考え方をまとめた図。

「社会問題は相互に影響し合う複雑なシステムによって生み出されているため、それぞれを分解して解決することはできません。『群盲象を撫でる』という言葉があるように、わたしたちがシステムについて知っていることはほんの一部分です。システミックデザインでは、複雑な社会課題の解決に必要な多様な視点を取り入れながら、分野横断的な共創に取り組んでいきます」

トーク後半では、ロフトワークが近年実践してきたプロジェクトについて、棚橋が紹介しました。社会課題の解決をミッションに掲げる組織とのプロジェクトにシステム思考を取り入れてきた棚橋は、システミックデザインを実践するための2つのアプローチを解説。

ひとつ目は、システム思考において用いられる「ループ図」を使い、企業が取り組む社会課題の領域の複雑さを紐解き、理解したうえで解決のための戦略・具体的なアクションを明らかにするアプローチ。そしてもうひとつは、複雑な課題に立ち向かうための座組/コレクティブをつくり、実践を進めるアプローチです。

棚橋弘季 株式会社ロフトワーク イノベーションメーカー 

前者の実践事例のひとつに、総合地球環境学研究所と取り組んだ「窒素問題のアウトリーチ施策検討」のプロジェクトがあります。環境に悪影響を及ぼす、複雑な窒素問題を紐解くためのループ図をつくり、対話を重ねながら精緻化していきました。全3回ワークショップと対話を経たことで、プロジェクトメンバー内で複雑な課題に対する共通認識が形成され、具体的な戦略に落とし込んでいくための議論につなげることができました。

「窒素問題のアウトリーチ施策検討」プロジェクトのワークショップの様子

産学官民一体プロジェクトとして実施した「Deasy」では、「排泄ケア」の問題を改善する社会システムのデザインを構想するために、国土交通省、おむつメーカー、トイレメーカー、住宅・建築メーカーといった多様な領域のステークホルダーが参加する勉強会・カンファレンスを開催。

紙おむつ当事者の作業負担・心理負担を減らす社会の実現には、ステークホルダーの共創が生まれる座組/コレクティブを形成する必要があり、ロフトワークは排泄ケアの知識をアップデートしながらアイデアを交換する場のデザイン・運営を行いました。多様な人たちが参加する座組のなかでデザインリサーチや複数回の勉強会を通じて、最終的には、問題解決のために各プレイヤーが何を行うことで全体としての問題解決につながるのか、そのヒントを掴むことにつながりました。

「排泄の未来」をデザインするためのステークホルダーをまとめた図。たとえば「トイレに流せる紙おむつ」の社会実装には、おむつメーカーによる商品開発だけではなく、紙おむつを流してもつまらない配管や下水道といったインフラの見直しなど、ステークホルダー全体の協働が必要です。

トーク終盤で依田さんは「春日台センターセンター」と「VALUE BOOKS」を例に、日本におけるシステミックデザインの兆しへの期待を語りました。システミックデザインの歴史はまだはじまったばかりですが、社会課題を生み出している複雑なシステムの存在に気づき、多様な視点を取り入れながら解決に臨む上で、システミックデザインのアプローチは大きな可能性を秘めています。

Z世代との共創を通じて生まれた、組織変革の「種」

トークセッションのラストを締めくくる「INPUT TALK02」では、日産自動車株式会社の吉井誠さんと柿沼朋子さんが登壇。モデレーターをロフトワークの松井創が務め、ロフトワークが企画・プロデュースとして伴走した「DRIVE MYSELF PROJECT」を振り返りました。

Z世代の若者たちとともに移動体験=モビリティの未来を思い描く共創プロジェクトとして実施された「DRIVE MYSELF PROJECT」。未来の担い手であるZ世代との、未来のモビリティやライフスタイルを探索する活動を通じて、彼らの創造性をサポートしつつ、共感を呼ぶブランドコミュニケーションの実現を目指しました。

吉井さんは、ポイントとして以前自身が担当していた「CSR(社会的責任)」としての活動から、日産のビジネスやブランドイメージと紐づき、ステークホルダーと新しい価値を共創する「CSV(共有価値の創造)」への変化について言及。一方的な発信ではなく、価値共創に取り組んだ背景を説明しました。

一般的に、CSRの活動は企業の社会的責任を明確にし、それを果たすための活動を指します。一方で「CSV」は、事業と接続した活動そのものから社会的価値を創出し、社会やステークホルダーの便益を生み出していくことを目指す考え方です。

プロジェクトで実施した3つの施策のうち、トークでは主に建築コレクティブ集団「SAMPO」とともに取り組んだ「暮らし方のプロトタイピング」について紹介。住む場所に捉われない「モビリティ×ライフスタイル」の可能性を探究してきたSAMPOと、日産自動車でイノベーションの創出に取り組んできたエンジニアが何度もディスカッションを重ね、移動しながら暮らすことができる独創的なモバイルハウスを制作しました。

「暮らし方のプロトタイピング」制作現場にて

これまでR&D部門とマーケティングの橋渡しとなる役割を担ってきた柿沼さんは、徐々に熱気を帯びていったコラボレーションのプロセスを振り返りました。共創がグルーヴした鍵は、日産自動車のエンジニアと次世代クリエイターが共に抱えていたサステナブルな社会の実現にかける思いへの共感だったといいます。

柿沼朋子 日産自動車株式会社 グローバルブランドストラテジー&マーケティングエンゲージメント本部 グローバルブランドエクスペリエンス部 シニアスペシャリスト

「プロジェクト当初は議論が難航することもありましたが、社内のエンジニアが熱い思いをぶつけたことで、親子ほどの歳の差がありながら、同世代のように盛り上がることができたんです。同じ価値観への共感が生まれることで、立場の違いを超えた共創が実現できるという気づきが得られました」

完成したモバイルハウスは「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」でも展示され、先端技術が際立つ展示が並ぶ会場内でひときわ異彩を放ち、多くの来場者の視線を集めたといいます。なかでも吉井さんは、会場に訪れた日産自動車の若手社員からの反響を通してプロジェクトの成功を実感したようです。

吉井誠  日産自動車株式会社 グローバルブランドストラテジー&マーケティングエンゲージメント本部 グローバルブランドエンゲージメント部 シニアマネージャー

「展示を見た若手社員からは、『自分の会社が、イノベーティブな展示を通してCSV活動を推進していることに誇りを持つことができた』という言葉をもらいました。これはなにより、本プロジェクトがエンプロイーエンゲージメントの向上とインナーブランディングにつながった証拠だと思います」

「ジャパンモビリティショウ2023」出展時の様子。日産自動車の若手社員のほかにも、会場に訪れた高校生からも盛んに質問され、これまでアプローチできていなかった層へのブランドコミュニケーションの成功が実感できたそうです。

トークの締めくくりに松井は、日産自動車における変革の兆しを生んだプロジェクトを総括。

「完成品を展示するのではなく、プロセス全体を通して変革のデザインを実践できたことが、このプロジェクトで達成したことではないかと考えています。午前中のトーク(※前編を参照)で、ジンズホールティングスの田中さんは、前橋のまちづくりを活発化させた『めぶく。』というビジョンについてお話しされていましたが、吉井さんと柿沼さんは日産自動車の中にある『種』がめぶくきっかけをつくった、まさに変革のデザイナーだと思います」と話し、プロジェクトを通じた挑戦を振り返りました。

松井創 株式会社ロフトワーク Layout CLO(Chief Layout Officer) QWSエクゼクティブディレクター

変革の「兆し」を集め、あらたな未来を思い描くために

ロフトワークはこれまで、企業・自治体・行政といったクライアントと伴走しながら、クリエイティブを切り口に、社会課題の解決や共創にフォーカスしたさまざまなプロジェクトの企画・運営をおこなってきました。しかしながら、今後はさらに長期的な視点から価値創出や課題解決につながるアプローチを探っていく必要性を感じ、挑戦を広げています。

イベントで出てきたキーワードはいずれも、これからのプロジェクトデザインに必要になる視点です。なかでも、複雑な課題を俯瞰的に捉えつつ個別のユーザー視点を考える「システミックデザイン」と、企業が自分たちの事業・ブランドと接続しながら課題解決を図っていく「CSV」の視点は、これからの社会変革をデザインしていく上で、欠かせない視点であると言えるでしょう。

システミックデザインとCSV、これらの考え方に共通しているのは、領域を超えた多様なステークホルダーとの共創です。単独の企業・組織だけでは解決の糸口が見つけられないほど、社会は複雑に入り込み、問題の全体像を掴むことが困難になってきています。その時、さまざまな領域のプレーヤーが手を取り合い、それぞれの視点を交換し合う「共創の座組み」をいかにデザインできるのかが鍵になります。その道のりは決して簡単ではありませんが、先駆者たちの知見に学び、手を動かし続けることが重要になるはずです。

トークセッションの終了後は、2つのグループに分かれてワークショップを実施。WORKSHOP 01「社会課題をシステミックに捉えて解決の道筋を探る、共創のデザインチャレンジワークショップ」では、「なぜ社会的分断はなくならないのか」をテーマに、実際にループ図を制作しながら複雑なシステムの構造について参加者同士で語り合いました。

WORKSHOP 02「ビジョンの解像度を上げ、イノベーション創発へつなげる。アイデア・人・技術を集める「コレクティブ型アワード」企画にチャレンジ」では、「DRIVE M YSELF PROJECT」においても実践した「コレクティブ型アワード」について紹介しながら、参加者の課題感に基づくテーマを設定したアワード企画を体験しました。

ロフトワークは、「変革のデザイン」をはじめとするさまざまな議論と共有の機会や、日々のプロジェクト実践を通じて、変革を仕掛けたいと考える皆さんと共に、ゲームチェンジを可能にする新たな共創の座組みの創出を目指していきます。

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