中川政七商店と特許庁がつくる組織と文化とは?
「デザイン経営の解剖学」イベントレポート
経済産業省特許庁は、2018年5月に『「デザイン経営」宣言』を発表し、日本の産業界の再活性化に向けて、さまざまな取り組みを進めています。
デザイン経営とは、表面上の視覚的なデザインではなく、フラットで柔軟な組織体制や人材育成、部署を横断してアイデアを形にするプロセス、事業を加速させる場づくりの設計など、企業文化の根本に働きかける経営のあり方です。2月14日、ロフトワーク京都では、「組織のデザイン」からデザイン経営を考えるカンファレンス「デザイン経営の解剖学 〜ユニークな組織と文化のつくりかた〜」を開催しました。当日の様子をレポートします。
「労働」ではなく「活動」ができる組織
オープニングトークを担当したのは、ロフトワークのプロデューサー、篠田 栞。イベントを開催するにあたって、ロフトワークが「デザイン経営」という考え方をどう捉え、取り組んでいるのかを紹介しました。
「デザインとは、組織が大切にしている価値を伝わる形に変換し、組織内外に浸透させるため行われるあらゆる表現・施策ととらえています」と篠田は切り出します。たとえば、課題を見つけるためのリサーチや、会議の設計もデザイン。ロフトワークは、企業や組織の”良さ”を発見し、新しい価値をユーザーの視点に変換して言語化・発信することを支援するプロジェクトマネジメント集団だと説明しました。
「ロフトワークが大切にしているのは、古い固定観念にとらわれない仕組みをつくることです」と篠田は続けます。ロフトワークでは、内部でクリエイターを抱えず、プロジェクト毎に外部から最適なコラボレーターを見つけ、チームをつくります。それは、一定のアウトプットに縛られず、様々な人と関わりながら、日々更新されていく価値観や手法をプロジェクトや組織に流し入れていこうとしているからだと説明しました。
そのうえで、個人の集合として会社を捉え、ひとりひとりのモチベーションを引き出すことで、組織の中でそれぞれのプレイヤーが「労働」ではなく「活動」ができるような文化づくりが組織デザインにおいて大切なのではないかと続けます。人々が「活動」する組織では、さまざま立場から多様な価値観が混じり合い、活発なコミュニティが醸成され、さまざまなプロジェクトが生まれる土壌になっていくのだと伝えました。
関連プロジェクト: SAKAE Creative Meeting
オープニングトークの中で篠田が紹介したSAKAE Creative Meetingは、中部地区にある技術、素材、場、人、経済的支援などのリソースを出し合い、松坂屋とロフトワークがシリーズで開催しているオープンミーティング。さまざまなプロジェクトの種が生まれています。異なる領域のプレーヤーが有機的に繋がるコミュニティ醸成活動もロフトワークが実践するデザイン経営のかたちのひとつです。
デザイン経営を、企業の組織づくりに応用する
デザイン経営の先進事例を学ぶゲストトークでは、株式会社中川政七商店 代表取締役社長・千石あや氏と、特許庁デザイン経営プロジェクトチーム・外山雅暁氏が登壇。中川政七商店はビジョンを社内に浸透させ、社員ひとりひとりが自律的に活動するための仕組みを、特許庁はボトムアップでデザイン経営を実践できる人材を育てるための取り組みを紹介しました。
全てはビジョンから始まる。構想なきデザインは存在しえない。
「1716年に麻織物の商いで始まった中川政七商店は、時代の変化の中でさまざまなピンチに直面しながらも、必要以上にとらわれずに改革をし続けることで、現在まで商いをつなげてきました」と語るのは、株式会社中川政七商店 代表取締役社長・千石あや氏。日本の工芸をベースにした生活雑貨の企画・製造・小売を展開する中川政七商店の14代として、2018年に社長に就任しました。家系外から社長が選ばれるのは、中川政七商店の長い歴史のなかでも初めてのことだと言います。
「13代目の中川政七が入社してから、卸が7割という経営体制を見直し、直営店へのシフトを行いました。卸先で商品の「物売り」ばかりしていてはブランドがつくれない、ということに気づいたんです。”もの作り”から”ブランド作り”への転換期となりました」と千石氏。2007年、それまで家訓や社是がなかった中川政七商店に初めて「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが生まれました。
当時、中川政七商店が取引をしていた小さなメーカーの廃業が相次ぎました。ものづくりを一緒にする人々がいなくなることに危機感を感じ、「自分たちのビジネスだけがうまくいけばいいのだろうか。工芸全体を背負うべきではないか?」という思いを抱いたと、千石氏は説明します。
「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを見つけてからは、業界特化型の経営コンサルティングを始めるなど、自分たちの培ったノウハウを活かした活動も積極的に始めました。千石氏は「当社にとってビジョンは利益の上位概念である」と語ります。会社が行う全てのことは、ビジョンに向かっている必要があるのです。
「会社の力は、競争戦略と組織能力に分解できます。ただ、これだけでは足りない。そもそも、会社はなんのために存在するのか?どのようにそれを達成するのか?こうした問いに答え続ける必要があります。その問いに答えるためにも、ビジョンが必要なのです」と千石氏は説明します。
社長に就任してから、先代の中川氏の言葉だけではなく、自分の言葉としてもビジョンを語れるようになりたいと、千石氏は考えました。「当時業績はよかったのですが、なぜか危機感がどこかにありました。そこで、クリエイティブディレクターの水野学さんに、相談をしに行きました、結果、ブランド価値が少し低下しているのでは、という指摘を受けて。『エッジが溶けているんじゃない?』と言われたのを、今でも思えています。」
核になる価値観、ビジョンをもっと自分に引き寄せ、それを自分の言葉で喋れるようになりたい。そんな想いで悩み続けた千石さんが最終的にたどり着いたのは、「残したいものづくりがある」という価値観でした。「今、日本の工芸がどんどん衰退化していくなかで、なくなったら惜しいものがある。「私たちが残したいものづくり」というものが、私たちの核であることに気づきました。」
「どういう思いで、何をよしとして作っているのか、それが相手に伝わらなければ、選ばれることもない」と千石氏。だからこそ、ビジョンをきちんと言語化すること、そして、それを社員をはじめ、世の中に伝えるためのコミュニケーションを大切にしていると言います。「このために必要なのは、経営とクリエイティブの力。デザインリテラシーを持った経営者と、経営を意識したデザインが大切です」と、千石氏は参加者に語りかけます。
デザイン経営を、文化として広めていきたい
続いて登壇した特許庁デザイン経営プロジェクトチーム外山雅暁氏は、デザイン経営を組織内に導入するための今までの道のりや、今後の課題などをご紹介頂きました。デザイン経営宣言に伴い、特許庁では、デザイン経営を組織の文化として浸透させるための、さまざまな取り組みを進めています。
「デザイン経営は、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営のこと。ブランド構築に資するデザインと、イノベーションに資するデザインの、2つの役割があります」と外山氏は説明します。
特許庁では、特許庁の課題発見と解決を行うため、ダブルダイヤモンド・モデルの活用や、デザイン思考の特許庁内研修、プロジェクトルームの設置、部署横断のプロジェクトチームの設置などを行なってきました。テーマの異なる6つのチーム2018年8月に発足させ、それぞれがデザイン経営のアプローチで課題に取り組みました。
結果として、新しいアイデアの着想と実行のスピードが向上したと、外山氏は説明します。
「デザイン経営宣言を通して、特許庁内でもデザイン経営を実践しようという機運が高まりました。組織内のデザインのリテラシーを高めるため、各部署から若手に集まってもらい研修を行なったのですが、研修後、若手が当時の幹部に向かってはっきりと意見を述べ、質問を投げかけたことに幹部は感動していました。このような人材を育てるための土壌をつくりたいと、特許庁内で気持ちが高まったんです。」
デザイン活用の取り組みにおける今後の課題は、きちんと継続させ、組織内で文化として確立させること。そのために次のステップとして、特許庁内でもビジョンの言語化を進めていると、外山氏は語ります。
特許庁では、現在、企業におけるデザイン経営の具体的な取り組みに関する調査も行っています。顧客の潜在ニーズの発見やデザイン人材の採用・育成などが行われるなど、企業内でも具体的な取り組みがなされるなか、課題として、専門人材の不足や経営にデザイン思考を用いることに対する役員・幹部の理解不足などがあることが分かりました。また、デザイン責任者の経営への参加に関しては、その重要性を多くの企業が認識している一方で、具体的な実施までには至っていない企業が多いことが調査から見えてきたと、外山氏は説明します。
このような調査で明らかになった課題と解決策に関しては、特許庁でビジネスパーソンにデザイン活用の気付きを得ていただくための「ハンドブック」と、すでにデザイン経営に取り組んでいる企業がどのような工夫をし、推進しているかを紹介する「デザイン経営の課題と解決事例」をまとめ、3月23日に公開する予定です。
関連リンク:2020年3月23日に以下の資料が掲載予定
・デザインにぴんとこないビジネスパーソンのための「デザイン経営」ハンドブック
・「デザイン経営」の課題と解決事例
組織づくりにデザインをインストールする
ゲストトークの後は、ゲスト全員によるクロストークが行われました。参加者からも、デザイン経営を取り入れるにあたっての評価の仕方や保守的なメンバーをどう説得したら良いかなど、多くの質問や悩みが寄せられ、ディスカッションされました。
目標達成のKPIはビジョンとは別に設定する
参加者からの懸念としてまずあげられたのは、デザインとビジネスの両立について。これに対し、「目標達成のKPIはビジョンとは別に設定している」と千石氏は答えます。採用の段階からビジョンが共有できていれば、ビジネスに関する目標設定も、自然と行いやすいとのこと。数値目標が付けにくい内容に関しても、ビジョンさえきちんと伝わっていれば、課題達成の難易度を考慮して評価をするなど、信頼関係をもとにビジネスの目標達成を行えます。
トップダウン体質を変え、取り組みを継続する
デザイン経営への転換における難しさも議論されました。千石氏は、トップダウン体質であった経営体制をまずは脱出し、”トップダウンからチームワークへ”をテーマに、課題発見の取り組みを進めていると話します。「チームワークの体制に転換してから、自分たちには細分化されたタスクを遂行する力はあっても、課題(=あるべき姿と現状の認識の違い)を発見することには慣れてないと気づいたんです。ビジョンは会社に根付いたかもしれませんが、良い企業文化は、これからも積極的に作っていく必要性があると思っています」と千石氏。
また、外山氏は、トップダウンだと、組織が考えなくなると話します。今回のデザイン経営プロジェクトを経て、「『考える』ことの重要性に気付かされると共に、今まで『考える』ことが足りていなかった」ことに気付き、効率的にタスクを遂行するだけではなく、自律的に発想し、行動する力の重要性に気づきました。また、職員が定期的に異動するなか、こうしたデザイン経営の取り組みを文化としていけるよう、現在方策を作っていると言います。
保守的な組織を変える共創の使いかた
組織内の保守的な意見に対し、どのように新しい考え方をインストールするのか?という問いにゲストの2人は、外部からの評価の重要性を説きます。「まずは行動してみて自ら結果を出すことが前提ですが、時には外部から評価してもらうことも大切です」と千石氏。中川政七商店でも、最初はビジョンに対して社内理解があまり得られませんでしたが、コンサルティングの成果を社員が本や雑誌で読んだり、商品がグッドデザイン賞を取るなど、外部からの評価が功を奏し、徐々に社内へ浸透していきました。
また、最初は外部の専門家を呼んでノウハウを学びつつも、次回からは社内でファシリテーションを実行できるようにするなど、徐々にステップアップできるよう組織を運営していくことも大切だと言います。「ビジョンを浸透させ、社員が自律的に活動するためには、自分たち同士でとことん話し合い、自分の言葉で語れる人を増やしていく必要があります。これは社外にアウトソースできないことだと思うんです」と千石氏。課題の見つけ方やブランディング、コミュニケーションなども、できるだけ自分たちで行っていると言います。特許庁でも、公募により自主性を持った人に、デザイン経営チームの活動に実際に参加してもらうこと、そして、ボトムアップでもビジョンを作ることを大切にしていると、外山氏は説明します。
理論としてだけでは理解することが難しい、デザイン経営。フラットな関係性のなかでビジョンを共有し、アイデアを素早く形にしていくための組織の風土づくりについて、最新事例を聞き、議論することで、ヒントが得られたのではと思います。
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