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広島県のDX事例から考える、イノベーションを生み出す
“私たち”主体のまちづくり[イベントレポート]

働き方や暮らし方が多様になり、政府もデジタル技術で地方活性化を目指そうと動き出しているものの、イノベーションの土壌となるまちにしていくには、人中心、“私たち”主体のDX戦略を描くことが大切です。

そこでロフトワークでは、「人中心でイノベーションを生み出す仕組みをデザインするには?〜イノベーション立県を目指す広島県が取り組むDX戦略とデザイン人材育成」と題し、イベントを開催しました。

「イノベーション立県」を標榜し、革新的な取り組みをすすめる広島県の事例を紹介するとともに、「いかに人中心のデジタル戦略を描くのか」、そして「いかにイノベーションを生み出す仕組みをデザインしていくのか」について、ゲストとともに議論していきます。

広島県の社会課題を解決するDXの実践とは

まずは、広島県 総務局 総括官(情報戦略) 兼 DX推進本部 副本部長を務める桑原義幸さんによるプレゼンテーションです。

10年前に広島県のCIOに着任し、「イノベーション立県」を掲げて活動を重ねてきた桑原さん。広島県の歴史や特徴から、「広島県人は『チャレンジ』『フロンティア』『ピース』が源となっている」と説き、イノベーション実践の取り組みの代表例として、「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps」「ひろしまデジタルイノベーションセンター」「ひろしまサンドボックス」の3つを挙げました。

中でも「ひろしまサンドボックス」は、県が主体となって3年間で約10億円を投資して、産学官が連携した10以上のプロジェクトが行われていると言います。

▲ひろしまサンドボックスのコンセプト。サンドボックスとは、文字どおり砂場の意味で、砂山を作ってはならすように、みんなが集まって、創作を繰り返す、何度も試行錯誤できるオープンな実証実験の場として2018年に立ち上げられた。(画像引用元:HIROSHIMA SANDBOX IMPLEMENTATION REPORTS 2021)

たとえば、かつて「黄金の島」と呼ばれた大崎下島で行われているIoTを活用したレモン栽培。レモンは急斜面の山で栽培するため、農家の負担が大きく、人口減と高齢化により、農家が減少している課題を抱えていました。そこで、センサーで園地の気温・湿度・土壌濃度・日照率などを収集したり、レモンの苗木1本1本にQRコードを付与して収穫量を管理したり。発育状況はドローンで空中から確認し、ロボットで収穫したレモンをトロッコで運搬する実証実験を行いました。

「後継者不足の問題を解消するためにも、最新技術を使っておいしいレモンをつくることで、『農業って意外とカッコいいじゃん!』というメッセージを出したかったんです」(桑原さん)

次に紹介するのは、牡蠣の養殖に関する取り組みです。高水温で身入りが悪い年が続いたり、漁師の経験と勘に頼った養殖が行われていたりするなど、安定的に生産するのが難しいという課題がありました。そこで、23のセンサーと2つのICTブイから30分おきに水温や塩分濃度などの情報を収集し、専用アプリを使って漁師が遠隔で海中の状態を確認できるようにしたのです。産卵タイミングと潮流から採苗場所を予測して採苗の効率化を図ったり、データから食害生物を識別してただちに確認できるようにしたりすることで、牡蠣の生産率向上に寄与できることが見えてきました。

「広島県を代表する牡蠣の養殖技術を絶やさずに継承していくことは、我々行政の大きなミッションのひとつ。さまざまなプレイヤーとコラボレーションしながら、イノベーティブなことを起こしていこうという想いでやっています」(桑原さん)

続いて、ロフトワークの菊地充より、広島県で行なった「HIROSHIMA DESIGN CHALLENGE 2021」のケーススタディを紹介しました。広島県内の事業者が、全国のデザインパートナーとともに、まちなかの空間や設置物の開発に挑戦したプロジェクトです。詳細はこちらの記事をご参照ください。

私から“私たち”へ。未来を考える妄想族になろう

そしてイベント後半のクロストークでは、「“私たち”主体でイノベーションを生み出す、都市の仕組みをデザインする」をテーマに議論しました。登壇者は、都市デザイナー/株式会社リ・パブリック/YET 代表 内田友紀さん、広島県の桑原義幸さん、ロフトワーク MTRLプロデューサー/FabCafe Nagoya 取締役 井田 幸希、モデレーターはロフトワークの岩沢 エリが務めます。

岩沢:今回、「顔の見えない誰かじゃなくて、私たち自身が主体的にまちと関わることで、新しいイノベーションを生み出せるのではないか」という仮説のもと、都市デザイナーとしてさまざまな地域と取り組みをされている内田さんをお招きしました。まずは内田さんの自己紹介をお願いできますか。

内田さん(以下、敬称略):私は建築や都市計画をバックグラウンドに、自律的で創造的な都市・地域について考えてきました。また、今年で創業9年目となるリ・パブリックでは、広島県などの自治体や省庁、大学や研究機関、企業など、さまざまなパートナーとともに、持続的にイノベーションが起こる生態系を研究・実践しています。

岩沢:桑原さんはリ・パブリックとも取り組みをされているそうですが、行政の立場から見て、イノベーションが起こる生態系をつくる上で大切なことは何だと思いますか?

桑原さん(以下、敬称略):まさに今回のテーマでもある“私たち”主体にするということですね。その前提として、我々行政が今まで以上に、自分ごと化して考えられるようにならないと、イノベーションは絶対に起きません。私という“個”が1人であがいてもダメなんです。主体的に考えられる人を少しでも増やし、その人たちが共創することで新しい何かが生まれてくるのではないかと考えています。

岩沢:なるほど。とはいえ行政では、これまでも県の未来を考えて来られているんですよね?

桑原:そうですね。当然、広島県の10年後20年後は考えながら日々の業務をしています。しかし、未来からのバックキャスティングで「じゃあ今どこから手をつけようか」と考える習慣や文化は、あまりなかったと思います。別の言い方をすれば、未来を考えるというのは「妄想すること」です。みんなで未来を妄想しないと、何も始まらない。みんなで「妄想族」になるのがスタートだと思うので、行政のみならず民間企業や若い学生の方々にも広く浸透するよう、旗を振っていかなければならないと考えています。

内田:私は福井を舞台に、「XSCHOOL」という、地域の文化風土や産業を探索し、社会の動きを洞察しながらプロジェクトを創出するプログラムに、5年前から取り組んでいます。例えば1500年前からこの地にある繊維産業を起点に、その歴史風土の背景から、いま繊維産業をとりまく環境問題や先端技術など、さまざまな視点から考察しプロジェクトを構想してゆきます。そこでは、立場が異なる人たちが一緒に未来を描く「共視:Co-envision」を大切にしているので、桑原さんの取り組みにも共感しました。ちなみに「妄想族になりましょう」と県のみなさんに言ったときの反応は、どのようなものでしたか?

▲XSCHOOLの風景。全国各地からデザイン・編集・金融・保育など専門性の異なる、各期20名ほどのメンバーが福井に通い、文化や風土を紐解き、 社会の動きを洞察しながら、約120日間かけてプロジェクトを創出してきた。(画像引用元:RE:PUBLIC INC.)

桑原:最初は「また桑原がしょうもないことを言っているな」という感じでしたね。とはいえ、“言うだけ番長”ではダメなので、態度や行動で示していくのが大事です。「桑原があのときに言っていたことは、こういうことだったのか」と少しずつ理解してもらえるような努力はし続けていると思います。

井田:「私から“私たち”主体へ」というのは、すごく響くメッセージですね。ロフトワークがご一緒させていただいた「HIROSIMA DESIGN CHALLENGE 2021」でも感じたことなのですが、これまで行政は“いろいろお膳立てをして補助金をくれる人”という扱いをされていたかと思うんですね。でも、そうではなく“私たちを支える存在”であり“私たちをリードする存在”となって、活動の主体を“私たち”にする。行政にやってもらうんじゃなくて、行政と一緒にやる。行政の方たちも“私たち”を構成する1人として、みんなでまちをつくっていければ、イノベーションを起こす土壌になり得るのではないでしょうか。

桑原:そうですね。行政も変わらなければいけない時代だと思います。少子高齢化など、日本には全国で共通する課題がたくさんある中で、その解消に向けて各都道府県で個別に取り組んでも無駄が生じるじゃないですか。だから広島県で成功したことは、他の都道府県に展開すればいい。そのために「ベストプラクティスを目指してフロントランナーになろう」といつも話してます。ベストプラクティスって、全然行政っぽくない言葉なんですよ。行政にはまったく馴染みのない発想だった。でも今では普通に浸透しています。年々、予算が厳しくなる中であっても、ベストプラクティスを目指せる意気込みと内容には、お金を出そうと。こうしたやり方や「ひろしまサンドボックス」のような取り組みは、“広島流”としてどんどん横に広がっていけばいいし、その結果として日本全国が元気になればいいなと考えています。

スモールスタートで小さな成功体験を積み重ねる大切さ

内田:デザインの領域が、モノだけでなくサービスや仕組み、サステナビリティまで拡張している中で、その取り組みが本来的に浸透するには、たくさんの人が「あっ、自分たちのまちが変わった!」と気付けることが重要だと思うんですね。だからこそ「HIROSIMA DESIGN CHALLENGE 2021」では、まず、フェンスとか椅子のような、公共空間に置くものが採択されたのかなと感じたのですが、いかがですか?この短期間で公共空間への設置を実現するには、多くのスタークホルダーの調整が必要で、難易度が高い取り組みだったのではないかと感じました。

HIROSIMA DESIGN CHALLENGE 2021で開発された「woonelf fense(ボンエルフ フェンス)」。横断防止策に凹凸を設けることで人の滞留を促すデザインを試みた。広島県立びんご運動公園に設置されている。

桑原:まさにその通り。やはり、まちをデザインするからには、一部の方に受け入れられるだけではダメだと思うんです。住んでいる人はもちろんのこと、今はコロナ禍で外から来る人は激減していますが、将来的には多くの観光客の方々にも楽しんでもらいたい。そのためには幅広い方々に気付いてもらって、「これが新しい広島、広島美じゃ!」という印象を持っていただけるものにしたかったんです。

内田:そこに関わった事業者やデザイナーの人たちから、小さい成功体験を積み上げていくことでしか、変化は起きませんよね。ボストンでも「Beta Blocks」という取り組みがあって、「ここの道路が壊れているよ」とか「ここに違法駐車された車がある」といったことを市民が投稿し、行政の担当部署と連携して問題を解消していくそうです。このような自分が関与した小さな体験を積み重ねることで、最終的には一緒に政策を考えていけるところを目指してゆけたら理想だなと思います。

桑原:そう。いきなりドラスティックに変えるのは無理なので、スモールスタートで始めていくというやり方は、これからも変わらないと思います。

岩沢:スモールスタートとはいえ、あれだけのプロダクトを実際まちなかに設置するのは、ものすごく大変だったと思います。視聴者の方から、「『HIROSIMA DESIGN CHALLENGE 2021』で実装まで全員一丸となって走り切る人間中心デザインのようなマインドセットの重要性を感じました。その反面、マインドセットからアクションに移す際には、お金の問題や人的なリソースの問題などが足枷となってしまいます。何か工夫や仕掛けはありますか?」とご質問いただいているのですが、ご回答いただけますか?

桑原:それは私たちの中でも日々起きている問題ですね。いきなり私が「10億円あるからサンドボックスやるで!」と言ったところで、「はーい!やります!」とは誰も言いませんよ(笑)何年もかけて、「これからの時代はこうなっていくよ」「デジタルネイティブの子どもたちが社会に出てきたら、どんなことが起こるかな?」といった議論を重ね、話して、話して、「これだったら10億円の価値があるね」と賛同者が増えていき、ようやく“Ready to go!”ですよ。準備段階の活動がとても大事だし、そこにはデザイン思考が必要だと思います。

井田:行政の中の話に限らず、マインドセットからアクションまでの階段の一段って、本当に大きいんですよね。DXにせよデザイン経営にせよ、いいのはわかるけど、その一歩がなかなか踏み出せない。そんな方々が一歩踏み出しやすい環境としてプラットフォームをコーディネートすることが、これからの行政に求められているのではないかと思います。

内田:本当にさまざまなアプローチを続けて行った結果として、人が変わり、組織風土が変わり、イノベーションにつながっていくのが実情だと思います。「スマートシティ推進」のような組織が各自治体内にできたとしても、その人たちが他部署と連携するには、また困難がつきまといますし。それによって未来がどう変わるのかイメージを共有し、具体的に相手に起きるメリットを伝えることにも技が必要ですよね。また、新しい部署の人が孤独にならないための、組織を超えた学び合いや励まし合いも大切だと思います。現在Code for Japanとして取り組んでいるスマートシティ推進の取り組みでも、自治体を超えた学び合いを重視しています。

岩沢:では最後に、一言ずつ感想やメッセージをお願いします。

井田:今回は、プレイヤーとしての行政にフォーカスした場づくりの話をしてきましたが、私たち企業や市民もそれぞれプログラムや仕組みのような場を持っていると思います。これまで点在していたそれらの活動をつなぐプラットフォームや場ができていくことで網目となり面となり、都市やエリアといった大きな規模でイノベーションが生まれる土壌となっていくんだろうなと感じました。

桑原:今日のテーマである「人中心でイノベーションを生み出す」という観点で、広島県の教育に関する取り組みを、最後にぜひご紹介したいと思います。そのひとつが、広島県立広島叡智学園という中高一貫の国際バカロレア認定校です。「広島からグローバルリーダーを輩出しよう」という狙いでつくったのですが、ここを卒業すると海外のどの大学も受験できるようになります。さらに、もうひとつが、叡啓大学という県立大学です。社会を前向きに変えるチェンジ・メーカーを育てるということで、イノベーティブなことをどんどん生み出していけるような、デザイン思考やアート思考を持った新しい人材の輩出を目指しています。我々行政に求められてくるのは、今できることややらなきゃいけないことだけでなく、先を見据えた“人に対する投資”だと思うので、これからも継続して力を入れていきたいと考えています。

内田:私たちは今、大きな転機にいると思います。将来世代にとってのGood ancester(よき祖先)になって、「あの時代の人たちがこうしてくれていたから、今こんなに暮らしやすくなっているんだね」と思ってもらうためにも、草の根から企業・行政機関までさまざまなパートナーと伴走して、一つひとつの困難を乗り越えながら、知恵を出し合っていきたいと思っています。

岩沢:今日はみなさん、ありがとうございました。

2022年2月末まで!イベントアーカイブ配信視聴できます

2021年12月に開催したイベント「人中心でイノベーションを生み出す仕組みをデザインするには? 〜イノベーション立県を目指す広島県が取り組むDX戦略とデザイン人材育成」現在2022年2月27日までアーカイブ配信しています。興味ある方ぜひご視聴ください!

配信期間:2022年2月27日まで
ゲスト:
・広島県 総務局総括官(情報戦略)兼DX推進本部副本部長 桑原 義幸
・Urban designer / Re:public Inc.シニアディレクター、 YET代表 内田 友紀
・株式会社ロフトワーク FabCafe Nagoya 取締役 / MTRLプロデューサー 井田 幸希
・株式会社ロフトワーク クリエイティブDiv. シニアディレクター 菊地 充
・株式会社ロフトワーク マーケティング  リーダー 岩沢 エリ
内容詳細:こちら
視聴方法フォームでお申し込みください

変化のための準備室つくりに伴走します
どうしたら、組織の枠を超えたサステナビリティトランスフォーメーション準備室、デジタルトランスフォーメーション準備室を立上げられるのか。ロフトワークの中でも、特に継続的に伴走しながらビジネス・トランスフォーメーションを支援するID unit(アイディユニット)がお手伝いいたします。

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