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林 千晶 2020.10.20

ものづくりが大好きだからこそ、つくる責任と向き合いたい | これからの話 #05

ロフトワークがデジタルものづくりカフェ「FabCafe」を立ち上げて間もない頃、一通のメールが送られてきた。「スタッフを募集してないなんて、ズルいです!」——それから3年半にわたり、スタッフとして初期FabCafeの運営を支えた、相樂園香(さがら そのか)さん。現在は活躍の場をさらに広げている彼女に、“これからの話”を聞いた。

新卒入社したロフトワークは「実家みたいなもの」

林千晶(以下、林):この卒業生インタビューではね、いつもみんなに「何でロフトワークを辞めたの?」って聞いてるの(笑)。でも園香ちゃんの場合、それがすごく自然な流れだったんだよね。自分の可能性をどんどん広げていった結果というか。ちなみに、どのくらいロフトワークにいたんだっけ?

相樂園香さん(以下、相樂):新卒で入社して、3年半くらいですね。2017年10月までお世話になりました。ただ、退職した後も1年はフリーランスとして企画をご一緒していましたし、FabCafeには今でもよく来てパフェを食べたり、スタッフと連絡を取ったりしています。だから、私にとってロフトワークは実家みたいな感じなんです。

(写真左)デザイナー・相樂園香さん

:その頃、ロフトワークでは新卒採用をしていなかったんだけど、園香ちゃんが熱いメールをくれて。

相樂:そうでしたね! 私は学生のときから、ものづくりとカフェが一体となった場づくりをしたいと思っていたんです。そんなときに、FacebookでFabCafeがオープンすることを知っていてもたってもいられなくなり、「私がすごくやりたいことなのに、スタッフを募集していないなんてズルい!」みたいなメールを送ったことを覚えています(笑)。

:FabCafe担当としてクリエイターの相談役になったり、いくつものプロジェクトを進めたり、海外のFabCafeで働いたり、本当に幅広く、いろんな仕事に関わってくれていたよね。

相樂:オープンしたばかりだったこともあって、自分にできることはどこまでも、何もかもやっていましたね。もちろん中には大変なこともありましたけど、当時は毎日がとにかく楽しかったです。学生時代に「やりたい!」とイメージしていたことを、あっという間に日々の経験が超えていっちゃいました。

フリマアプリ事業、メンタルヘルス——幅広いフィールドに挑戦

:2017年にロフトワークを辞めてから今まで、どんなことをしていたのか教えてくれる?

相樂:本当はすぐ留学しようと考えていたのですがそれが叶わず、1年ほどフリーランスとして働いた後に、メルカリに入社しました。研究開発組織である「mercari R4D」を経て、今年(2020年)7月に退職するまで、デザイナーとしてブランディングの仕事をしていました。

:どうしてメルカリに入社しようと思ったの?

相樂:一つの大きな理由は、メルカリのプロダクトを通じて、新しい技術が生活の中に定着していく可能性を感じたからです。2010年代にメイカームーブメント(デジタル技術を用いたものづくりの潮流)が起きましたが、それが人々の生活の中に根づくところまではまだ達していないな、と思っていたんですよね。

でもフリマアプリとしての「メルカリ」は、技術に詳しい人たちだけではなく、幅広い層の人たちの生活の中に広がっているな、と思っていて。そんな企業が作る「研究開発部署」に興味があって入社しました。入社後はブランディングの仕事を通してメルカリの目指す「循環型社会」そのものに共感しながら日々働いていました。

:一部の限られた人たちとものづくりをしていくというよりは、一般の生活者の人たちをみていて、その変化に興味があったのかな。

相樂:そうですね。それにもう一つ、ものづくりに関わる中で、“生む責任”について考えるようになったことも大きかったです。つくることはずっと変わらず好きなのですが、ものがあふれている今の社会では、何をつくるべきなのか、つくったものをどうケアしていくかを考えることも大事だな、と。そこから、循環型社会を実現するにはどうすればいいのか、メルカリの事業を通じて模索してみたいと思いました。

:そして今、メルカリを離れて、また次のフィールドにチャレンジしようとしているんだよね。

相樂:はい。次はご縁あって、また全く違う領域——メンタルヘルスの会社の設立を手伝っています。まさにこれから、デザインが必要とされる世界だと思っているんです。専門的な分野なので、今はまだいろいろなことを勉強している真っ最中ですね。

今の自分が、想像すらできない場所にいきたい

:ロフトワークやメルカリで「つくる」ことをずっと考えてきた園香ちゃんにとって、これから携わろうとしているメンタルヘルス領域の“ものづくり”は、「自分がつくってもいい」と思えるジャンルだったということかな。

相樂:そうですね。そもそも、私は人や社会が「ヘルシーであること」が大事だと思っているんです。自分自身もヘルシーでありたいし、社会全体もヘルシーであってほしい。それをどう叶えていくかを、テクノロジーやデザインを通じて考えているというか。

そうした視点に立って考えてみると、FabCafeの取り組みも、メルカリで目指した循環型社会も、メンタルヘルスの領域も、すべてに共通点があるんじゃないかな、と感じています。

例えばFabCafeの理念である「自分が欲しいものを、自分でつくる」というのは、決して「ものづくりってカッコいい、イェイ!」ということだけではないですよね。ないものは自分でつくる、それは人が生きる力を得ること、ヘルシーに生きていくことに通じるよなぁ、と。そしてメルカリが目指しているのは、そうしてつくられたものを再び循環させていく社会の仕組みづくりです。

これから携わろうとしているメンタルヘルスの領域はまさに「心の健康」で、ヘルシーに生きるために必要なこと。これから先、どんなことにつながっていくかはまだわからないですが、一度チャレンジしてみようかな、と。

:何か明確に、この道をいきたい、というわけではないんだね。

相樂:今の自分が、想像もし得ないようなところに行きたいんですよね。全然予想もつかない場所。FabCafeでの経験がそうだったみたいに。

:話を聞いているとね、私も園香ちゃんと似ているところがある気がする。新卒で入社した会社を3年半で辞めたのも同じなんだけど、実は来年、ロフトワークの代表を退任しようと思っているんだよね。

相樂:えっ、そうなんですか?

:そう。でも次、何をやるかまだ決めていないの(笑)。園香ちゃんと同じで、新しい領域のことをいろいろ勉強してはいるんだけど、それがこの先何につながっていくのかは未知数で。でも「まだ決まっていない」という感覚を、楽しんでもいるんだ。

相樂:私、入社して2年目のときに、「一つの領域を極めて専門家になりたいです」と千晶さんに相談したことがあって。そのときに「これからの時代はいろいろなことができる人を“つなぐ人”の存在がすごく大事になるから、たくさんの領域について知っていることが価値になるよ」と言われたのをすごく覚えているんです。それが、今でも自分にとって大事なスタンスになっています。だから、もっともっと冒険していきたいですね。

:そういうところが、私たちの共通点かもしれないね。

目指したい「ヘルシーな社会」って何だろう?

:キーワードとして何度か出てきたけれど、園香ちゃんが考える「ヘルシー」って、具体的にはどういうことなんだろうね? 抽象的な言葉だから、具体的に聞いてみたい。

相樂:ヘルシーさとはどういうことか。そうですね……一つはもちろん、心や身体の健康を大事にすること。それがあれば、人はいろいろなことにチャレンジできると思っています。もう一つは、ものづくりで例えるなら「いいものを長く使った方がヘルシー」みたいなことですね。社会にとってのヘルシーさというか——これはまだ、自分でもうまく言葉にできないかもしれません。

:園香ちゃんにとって、「ヘルシー」というのが一番しっくりくる言葉なんだろうな、というのは話していて伝わってくるんだよね。でもそれは他の人とシェアしにくい言葉でもあると思う。

これはあくまで私の希望なんだけど、ただやさしいだけの世界じゃなくて、たくましく痛みを伴うヘルシーさもあってほしいな。今の社会では「ストレス」って悪いものとして扱われるけれど、適正なストレスは自分の想定を超えて、人の可能性を高めてくれると思う。もちろん超えすぎちゃったらダメなんだけど、自分が「無理!」と思ったとしても、それを越えたところに手ごたえがあるんじゃないかな、と。

相樂:確かに! 植物も同じですよね。野菜を育てるにしても、あまり過保護な環境にしすぎるとおいしくできないとか、盆栽を美しくするために負荷をかけるとか、ありますよね。雨や肥料も適正な分量にする、というのが大事なんでしょうね。なんだか、すごくヒントをいただいた気がします。メンタルヘルスの領域で自分が何にどう取り組んでいくかずっと考えていたんですけど、何だか、頑張ってみようと思いました。

:1年後にまた集まって話したいね(笑)。そしてお互いに近況報告しよう!

相樂:そうですね、ぜひお願いします!

2020年9月1日、FabCafe Tokyoにて。

取材を終えて(林千晶)

一年前にはじまったこの企画。ロフトワークを飛び出した人に、私が「なぜ辞めちゃったの?」という未練たっぷりの感情と、「これから何を目指しているの?」という期待とをぶつけてみる、とてもリアルな取材だ。

でも蓋を開けてみると、FabCafeからメルカリ、そしてヘルスケアベンチャーと、どんどん羽ばたいていく園香ちゃんのように、取材した誰もが、ちゃんと地に足をつけ、地域の人たちや、サービスを使っている人たちの声に耳を傾けていた。そうか、ロフトワークは、例え一人でも、その声に耳を傾けるというのが、基本理念だったのかもしれない。それを改めて教わった気がした。

みんな、がんばっているんだね!

卒業生への取材は一旦、終わりにしようと思うけど、彼・彼女たちといつまでも対等に、笑って話ができるように、私もがんばらないと。そう思った卒業生インタビューだった。

(撮影:西田香織)

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いま、デザインリサーチに求められる「切実さ」を問い直す