思考の増幅器としてのAI
「AI FIRST:AI時代の『共創』をアップデートする」イベントレポート
これまでさまざまな企業・自治体・クリエイターをつなぎ、外部へとひらく「共創」を設計してきたロフトワーク。AI時代に、そのアプローチをどう進化させるか──。
この計り知れない可能性を前に、私たちはAIを真の「共創」パートナーとしてどう使いこなすべきなのか。
そのヒントを探るべく、2025年7月24日にロフトワーク渋谷オフィスで開催されたのが、イベント「AI FIRST:AI時代の『共創』をアップデートする」です。そこで私たちが提示したのが、AIを「思考の増幅器」として捉え、人間が「ディレクション」を担うという新しい関わり方でした。
本記事では、ロフトワーク執行役員 / CPO(Chief Produce Officer)の棚橋弘季と、新規事業開発や都市開発の第一線で活躍する参加者たちとの議論から見えてきた、その「新しいAIとの関わり方」についてお届けします。
なぜ、いまAIと人間の協働なのか?

イベントの口火を切ったのは、棚橋による率直な「自己開示」からでした。ロフトワークのプロジェクトの根幹を支えてきたのは、地道で膨大なリサーチです。棚橋は、これまでのプロセスをこう振り返ります。
「ロフトワークでは、プロジェクトに関わるあらゆる要素をリサーチから洗い出し、本質的な課題を見つけることを重視してきました。具体的には、文献調査やフィールドワーク、インタビューにより収集した情報を整理・分類し、その構造を可視化する。そして、問題の本質を見極める。これら一連の作業をすべて人間の手作業で行ってきました」
AIの進化はこの「専門性」を揺るがしつつあります。
「生成AIの登場以降、リサーチの多くを代替することができるようになってきたんです」

AIは、大きな可能性を秘めた「期待」をもたらすと同時に、自らの専門性を更新する「機会」でもある──。棚橋は続けます。
「AIは、人間が時間と労力をかけて行ってきた調査分析を代替してくれるようになるでしょう。ロフトワークのような『リサーチ』や『知』を大切にする専門家にとって、AIと共にプロジェクトを推進する方法を探ることは重要な課題のひとつです」

AIと人間、それぞれの得意分野
棚橋によると、「AIを人間の想像力を膨らます『増幅器』として活用することで、これまでとは異なる価値創造が可能になる」と言います。
これまで人間が多大な労力を割いてきたリサーチにAIの力を活用することで、私たちはより創造的な対話や深い洞察に注力できるようになります。さらに、AIが得意とする大量の情報処理とパターン認識の特性を活かすなど、新たなリサーチ手法も生み出せるでしょう。これらは単に「アウトプット」の効率が上がるだけでなく、価値創造の「メソッド」そのものが更新されることを意味します。
この新しいメソッドを理解する上で補助線となるのが、AIと人間の得意分野の整理です。
| 🤖AIが得意なこと | 🏃♀️人間が得意なこと |
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AIは、既存の情報を高速で処理し、構造化することを得意とします。一方、人間は、まだ言葉になっていない情報を引き出し、現場の文脈を読み解き、さらに創造的な飛躍を生み出すことに長けています。この両者の強みを、どう組み合わせるか。棚橋は、その核心をこう説明します。
「AIには引き出せない情報を人間が対話を通じて収集し、それをAIに渡すことで、AIが使える情報に変換する。この協働プロセスが重要なんです」
AI時代の新手法:コレクティブ・ディスカバリー・メソッドとは?
こうした理念を具体化したのが、「コレクティブ・ディスカバリー・メソッド」と名付ける手法です。これは、AIの分析力に、人間が現場で得る「一次情報」を戦略的に掛け合わせる共創メソッドです。人間が「ディレクション」を担い、多様な対話から得た「生の情報」をAIに与えることで、AI単独では到達できない本質的な課題発見や、創造的な問いの創出を可能にする方法です。
コレクティブ・ディスカバリー・メソッドのプロセス
ここでは、プロセスの一例として、以下のような流れを紹介します。
この新メソッドはどのような場面で活躍するでしょうか。その例に棚橋が挙げたのが、見過ごされがちだった情報を知に変え、創造の種にするプロセスです。
公式なインタビューの音声記録は、今や多くの現場で当たり前に活用されています。しかし、このメソッドが光を当てるのは、ワークショップ中の本筋から外れた雑談や、移動中の何気ない会話です。こうした、かつては記録されることのなかった「すき間」の情報にこそ、クライアントが言葉にできない本音や、課題の本質を解き明かす鍵が眠っているのです(「2. 未来洞察ツールとしての可能性」にて後述)。
この例におけるコレクティブ・ディスカバリー・メソッドのワークフローをまとめたのが下記です。
- AIによる情報収集でたたき台を作成する
- 人間同士のやりとりの記録や調査を通じて、本質をつかむ
- 調査時の録音データを新たな情報資源として活用する
- AIの分析結果をもとに、さらなる対話を重ねて洞察を深める
AIと人間の協働で導く新メソッドにより、これまでの人間の手作業のリサーチで見出しにくかった、「生」の貴重な情報もプロジェクトにAIで活かすことができます。
人間が得意な関係づくりと「生」の情報をAIに供給し、現場の文脈を含んだ情報の整理、アイデアの展開、ビジュアルへの落とし込み、そしてプロジェクト結果に対する検証と改善のサイクルを回す──。
これら段階を踏んで具体と抽象、現実と理想のギャップを素早く埋め合わせ、社会的インパクトをもたらすための戦略へと練り上げていく。このAIとの協働プロセスが、棚橋の提唱するコレクティブ・ディスカバリー・メソッドの大きな特徴です。
まとめ
- コンセプト:AIの分析力に、人間が現場で得る「一次情報」を戦略的に掛け合わせる共創メソッドです。人間が「ディレクション」を担い、多様な対話から得た「生の情報」をAIに与えることで、AI単独では到達できない本質的な課題発見や、創造的な問いの創出を可能にする方法。
- プロセス:「問い→AIによる生成→対話→再定義」という短いサイクルを反復。
- 人間の役割:人間は完璧なインプットを用意する必要はなく、AIが生成した「叩き台」を囲んで対話することで、思考を停滞させずにダイナミズムを生み出せる。
実践例:暗黙知を形式知に「見える化」する
棚橋のプレゼンを受け、イベント参加者同士で現場の課題から未来志向の活用方法について議論が交わされました。まず議論のテーマとなったのが、「この新メソッドを使うと、プロジェクトはどう変わるか?」という問いです。特に、AIとの協働により、フィールドワーク中の雑談が貴重な情報源となったように、これまで捉えきれなかった「暗黙知」を「形式知」へと変換し、新たな組織資産へとつなげる可能性が模索されました。
暗黙知は、たとえば、従来の会議やワークショップでポストイットに書き出されず、議事録にも残らなかった何気ない会話に含まれます。本来こぼれ落ちてしまっていたはずの暗黙知を、AIによって「形式知」として蓄積できるようになりました。
しかし、これは同時に新たな問いも生み出します。貴重な情報源である音声データを、組織としてどう蓄積し、活用していくか。これからの資産管理のあり方が問われるかもしれません。

AI時代の「共創」の未来:3つの新活用法とは?
暗黙知を形式知に変換する──この新メソッドの効果は、私たちの働き方や価値創造のあり方を変えていく可能性を秘めています。イベントでの議論からは、特に3つの新たな活用の方向性が見えてきました。
1. 場・空間そのものの情報の活用へ
一つ目は、私たちが集う「場」や「空間」の価値の再定義です。オンラインとオフラインを組み合わせたハイブリッドワークが定着する中で、「物理的に集まることの意味」は常に問い直されています。
AIによる音声・対話分析は、その答えのヒントを与えてくれます。会議の議事録だけでなく、「参加者がどの話題で最も盛り上がったか、どんな言葉に反応したか」といった、その場の熱量や感情の機微までもがデータとして可視化できるようになるからです。また、同じテーマを共有するコミュニティや共創施設などの対話のデータが蓄積されれば、そこから潜在的なニーズや暗黙知などのインサイトも数多く得られます。これからは、あらゆる対話、場の雰囲気、感情の変化といった「プロセス」そのものが、次の創造性を生む資産となるのです。
そうなれば、人間同士が直接会う対話は、より創造的で感情的な交流に特化していくかもしれません。そして将来的には、録音のしやすさやAIとの協働を前提とした、新しい空間デザインが求められるようになるでしょう。

2. 未来洞察ツールとしての可能性
二つ目は、未来洞察のあり方をアップデートする可能性です。実は議論が深まる中、企業の未来洞察を専門とする参加者から、従来の手法の限界について問題提起がありました。「既存の文献やレポートに頼ったAIによるアプローチでは、結局はどこかで見たような一般的な情報の組み合わせになりがちで、本当に新しい未来像を描くのは困難だ」というのです。
この突破口として棚橋が示したのが、AIと一次情報を組み合わせ、課題発見をゴールではなく、未来を構想するための「創造的な問い」の出発点へと転換するアプローチです。
棚橋は、ある地域の事例を挙げて説明します。「表面的には『高齢化』が問題とされていた地域で、住民の生々しい会話データをAIで分析したところ、『世代間のコミュニケーション不足』という本質的な課題が浮かび上がりました。この発見を元に、『もし、この地域で世代間の対話が全く新しい形で生まれたら、どんな未来が考えられるだろう? どんな未来のまちなら世代を超えたコミュニケーションが自然に起こるだろう?』と、想像的な飛躍を促す問いを立てることができるのです」
現場の空気感や人々の感情といった一次情報に根差しているからこそ、そこから描かれる未来像は、机上の空論ではない解像度とリアリティを帯び始めます。AIとの協働は、ありきたりな未来予測を超えるための、新たな発想のメソッドとなりえるのです。
もちろん、このAIとの協働の前提には多様な人が集い、対話する場があることです。それこそ、ロフトワークが得意とするところです。
3. 個人・企業の「らしさ」を代替・浸透するツールに?
三つ目は、AIが組織の「らしさ」、つまりは企業文化や理念の体現をサポートする存在になるという可能性です。
「AIは使う人の特性に依存し、バイアスが反映されやすい」という指摘がよく挙げられます。しかし、これを逆手に取り、組織独自の哲学を意図的にAIに学習させたらどうなるでしょうか。
ある参加者からは、企業理念とAIを統合して設計する考え方について、詳しく紹介されました。たとえば、カメラメーカーが「創造性」や「美的感覚」を重視する哲学をAIに学習させれば、AIを媒介にしてその会社らしい提案や分析が期待できるというのです。
その共有を受けて、棚橋も、実は「『コレクティブ・ディスカバリー・メソッド』という名称もAIに付けてもらったものなんです。これまでのロフトワークの方法や事例をAIと共有していたこともあり、私たちロフトワークの価値観を理解した上での提案だと感じた」という裏話を明かしました。
AIが、組織の「記憶」や「学習」の仕組みそのものとしてより深く組み込まれていく。もしそうなれば、経営理念やパーパスを起点に助言や判断軸を提示するようなAIが登場してもおかしくないのかもしれません。
AIを利活用するために必要なディレクション
しかし、こうしたAIがもたらす未来予想を現実にするためには、乗り越えるべき課題も数多くあります。そのひとつが、AIの活用効果を左右する、情報収集の「多様性」と「バイアス」の問題です。
たとえば、AIに「地域活性化」に向けたアイデアを考えてとお願いしても、返ってくるのは「観光振興」や「特産品開発」といった、予測可能で平凡なアイデアになりがちです。このように、ただ「問い」を投げかけるだけでは、新しい価値は生み出せません。
この「AIが普通のことしか言わない」傾向を乗り越えるために不可欠なのが、人間の「ディレクション」です 。ロフトワークがクリエイターと協働して骨に感じるのは、適切なディレクションができるかどうかが、成果の質を決定的に左右するということ。加えて、誰とやるか、どういう座組でやるかも大事です。AIも同じで、どのような目的で、どのような質の情報をどのような順序でAIと対話するのが最適か、考える必要があります。ディレクション能力は、AIの利活用にも欠かせないものです。
重要なのは、AIに「何を入れるか、誰と話をするか」という入力の設計です。自分だけの知識や、同質な人々の意見ばかりを入力すれば、生まれるアウトプットも偏ったものになってしまいます。
意図的に異なる立場や専門性を持つ人々を巻き込み、一般論に埋もれない独自の体験や一次情報を入力として与える。そして、出てきた結果を元に対話を重ね、AIの回答を洗練させていく。この一連のプロセスを設計し、舵取りを行うことこそ、人間に求められる最も重要な役割なのです。
想像と思考を増幅するAI
約2時間にわたるイベントの議論を通じて見えてきたのは、AIを単なる作業効率化ツールではなく、私たちの「思考の増幅器」として捉え直す方法でした。
情報収集や分析といった作業をAIに委ねることで、人間は、より創造的な対話や本質的な問いの探求に集中できるようになります。
そのためには、AIと人間の得意分野を理解し、協働すること。そして何より、AIから非凡なアイデアを引き出すための、人間による適切な「ディレクション」が不可欠です。「増幅器」であるからこそ、どの方向に増幅するかの判断に人間の力の見せどころがあります。
「対話を中心とした反復プロセス」「多様な視点の統合」「独自の情報と体験の投入」──これらの要素を組み合わせ、AIとの共創をデザインしていくことこそ、AI時代に求められる新たな創造性なのかもしれません。
「AI時代の『共創』は、まさに始まったばかりなのです」。棚橋の言葉が示唆するように、私たちは、この新しい冒険の一歩を踏み出したばかりです。
本レポートは、ロフトワークが主催する「AI時代の共創力アップデート」をテーマとした第1回目のディスカッションイベントを紹介したものです。今後も様々なテーマで参加者とディスカッションができるイベントの開催を予定しています。ご期待ください。
企画・執筆:棚橋 弘季
撮影:山口 謙之介
編集サポート:青山 俊之
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