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林 千晶, 入谷 聡, 菊地 充, 服部 木綿子(もめ) 2020.12.16

#16 「プロジェクトマネジメント」の技術をどう伝える?
(ドーナツの穴 — 2020年代を生きるということ — )

2008年、私は共著で書籍をつくりました。『Webプロジェクトマネジメント標準』——世界標準のプロジェクトマネジメントの知識体系「PMBOK(ピンボック)」について解説した、「紫本」と呼ばれる一冊です。この本はPMBOKの知識や経験を体系化し、Webの制作現場で活用いただくことを想定してつくられました。今回はロフトワークの根幹にあるPMBOK、すなわちプロジェクトマネジメントのスキルについて、若いメンバーに継承していくためにどうしたらいいか、話し合ってみました。(林千晶)

「プロジェクトマネジメント」を身につけて何が変わった?

林千晶(以下、林):今日は、さまざまな形でプロジェクトマネジメントを実践している3人に集まってもらいました。まずはじめに聞いてみたいんだけど、プロジェクトマネジメントを身につける前と後で、自分自身にどんな変化があったと思う?

菊地 充(以下、菊地):良くも悪くも、まず前提に疑いをもつようになったと思います。新しいプロジェクトがはじまるとき、以前は知識がないぶん怖いものも知らず、一歩目を無防備に踏み出していました。でも今は、いい意味で警戒心が強くなって(笑)。リスクを踏まえたうえで、プロジェクトとしての前進を考えられるようになりました。

菊地 充(Mitsuru Kikuchi)/デザイナーを経て『Webプロジェクトマネジメント標準』との出会いから、2011年ロフトワークに入社。プロジェクトマネージャーとして、中小企業〜官公庁まで大規模で複雑な案件を中心に担当。>プロフィール

入谷 聡(以下、入谷):「疑い」という言葉、よく耳にしますね。クライアントから受け取ったRFP(提案依頼書)に書かれていることを鵜呑みにせず、プロジェクトマネジメントのさまざまな視点から確認し直すような立ち上げ方を、私も当たり前のようにしています。

PMBOKを通じてプロジェクトマネジメントをみっちり学んだことで、私はリスクマネジメントをはじめとする「転び方」を知ることができました。スキー合宿で「まずは転び方を教わってから雪山を滑りはじめる」のと似た感覚ですね。転び方を知っていれば、怖がらずにチャレンジできますから。

入谷 聡(Satoshi Iritani)/ITベンチャー企業等を経て、2012年よりロフトワーク京都に合流。学術・研究などの専門性の高い内容を解きほぐし、ユーザーの理解を促す企画・編集や、込み入ったステークホルダー間の調整が得意。PMI認定PMP®。>プロフィール

服部 木綿子(以下、服部):私はお二人と比べたら経験は浅いのですが、PMBOKを知ったことで、リスクをカバーできるいい保険会社に入ったみたいな感覚があるかもしれません。

:服部さんは今年2月に入社したばかりだけど、プロジェクトマネジメントについて「もしもゲストハウスの女将が、PMBOKに出会っていたら。」というコラムを書いてくれたんだよね。その内容も踏まえて、簡単に自己紹介してくれる?

服部:はい。私は結婚を機に岡山の田舎に引っ越して、10年ほど2人の子育てをしながら生活していました。当時のパートナーがとてもアクティブで、2人目の子どもが産まれた直後、たまたま廃業していた温泉施設を見つけて「俺たちで(経営を)やろう」と。

そこから“女将”として宿のディレクションを手探りではじめたのですが、なんとかオープンまではこぎつけたものの、運営フェーズに入って一年経った頃、ボロボロになってしまって。

宿の運営に身を捧げすぎて、生活にもまったく余白がなくなっていきました。結局、それでもさらに手を広げようとするパートナーについていけず、別れると決めて地元に帰ることにしたんです。その後、2年ほど野菜販売などを行う店のマネージャーとして働いてから、ロフトワークに入りました。

:ハードな人生を送ってきたようなんだけど、なぜロフトワークに入ろうと思ったの?

服部:ずっと右脳だけの感覚で現場に突撃していくようなタイプだったのですが、ロフトワークのことを知り、ロジカルな部分も大切にしている会社だと感じたんです。そろそろ現場の仕事だけではなく、これまでの経験を活かして、自分の想いをクリエイティブに発揮できる場所で働きたいと思い、思い切って応募して今日に至ります。

服部 木綿子(Yuko Hattori)/岡山県で農林業や狩猟がすぐそばにある田舎暮らしを約10年に渡り経験。2020年2月、ロフトワーク京都へ。感性を頼りに現場どっぷりで培ってきた経験値に、ロフトワーク流のロジカルな手法を掛け合わせたアウトプットが出来る日を目指している。
>プロフィール

右脳と左脳をつなぎ、クリエイティブを流通させる役割

:服部さんはまさに、プロジェクトマネジメントを知ってもらいたい典型的なタイプの人だよね。クリエイティブは右脳を使う仕事だけど、ビジネスの世界は基本的に左脳で動いているから。

右脳で考えられたことを左脳で考える人たちに伝えることが、ロフトワークのプロジェクトマネージャーの役割の一つだと思っていて。それがロフトワークの目指す「クリエイティブを流通させる」ことにもつながるんじゃないかな。

入谷:クライアントの組織内にクリエイティブの提案を通していくためにも、「左脳的な論理」は重要ですよね。最終的にはプロジェクトの根本的な目的=「経営課題への貢献」にどのようにつながっているか、というストーリーを描けるかどうか。

この点について、プロジェクト計画の最初に「統合マネジメント」という切り口で確認することになっていますが、経営者目線で話せるだけの知識と経験がなければ、経営陣に通せる言葉を生み出せない。つくづく、学ぶべきことの多い職種だなと感じます。

菊地:僕も服部さんと近いタイプで、もともとはデザイナーだったので、ロフトワークのプロジェクトで「左脳的な論理」がすごく鍛えられました。ロフトワークではプロジェクトマネージャーとクリエイティブディレクター、両方を名乗ることが多い。そういう意味では、求められるスキルセットはとても高いですよね。

OJTでは伝わらない? ノウハウを受け継ぐために何が必要か

:「難しさ」も含めて、菊地くんや入谷くんが実践してきたプロジェクトマネジメントの知恵やノウハウを、服部さんのように新しく加わったメンバーに伝えるにはどうしたらいいと思う? 

さらにプロジェクトマネジメントの知見を、日本やアジア、ひいては世界のクリエイティブ業界に広めることができるのかも含めて、意見を聞かせてほしいです。

入谷:今後、個別の知見を「組織知」としていくうえでカギを握っているのは、ロフトワーク社内で「プロジェクトマネジメント計画書」と呼んでいる、最重要の計画文書と、社内でのレビュープロセスだと思います。

私も他のメンバーが書いたプロジェクトマネジメント計画書を参考にしながら、毎回少しずつ手を入れています。この文書については、Web業界の勉強会などでもときどき紹介するのですが、誰にとっても使いやすい雛形ではないでしょうか。

菊地:すべてのノウハウを伝えるのは難しいかもしれませんが、自分が工夫した結果をドキュメントとしてアーカイブして置いておくことが大事なんじゃないかな、と。

入谷:他のメンバーが得た「教訓」も含めて、データベースのような形でみんなが参照できると理想的ですよね。

菊地:ロフトワークって、既存のルールやフレームワークに囚われないカルチャーがありますよね。だからこそメンバーもそれぞれ自由な解釈ができて、その結果、ユニークなプロジェクトを生み出すことにつながってきたんだと思っていて。

自分たちが取り組んできたことをドキュメントとしてアーカイブし、例えば5年後に入ってきたロフトワーカーがその内容を見て、自分なりに解釈してまた新しいものを作ってくれるのではないかと、勝手に信じています。

入谷:新しく入社してくるメンバーも、みんなキャリアや経験はバラバラでスタート地点が全然違いますからね。

:そうすると、プロジェクトマネジメントについては基本OJTで学び、これまでのアーカイブはドキュメントで残されている状態になる。でも、何を学ぶか、学ぶ順番などは決まっていない——服部さん、新しく入ってきた立場としてどう思う?

服部:実際にプロジェクトを手掛けてみるまでわからないなとは思います。ただOJTのみだと、先輩たちが忙しそうなときにあれこれ質問しにくいケースもありますよね。入社後まずは共通の動画講義などで、ロフトワークの基本思想みたいなものをひと通り受けられたらいいかもしれないと思いました。

:そうだよね。私もOJTメインの状況は改善したいと思っていて。これからアジアや世界を見すえようとするなら、動画の活用などを組み合わせるなど、最適化していくことが早いかもしれないなと感じています。

入谷:そういえば私もPMP資格維持のために、海外の先輩PMがスライドを見せながら講演する1時間くらいのウェビナーをいくつか観たことがあります。何人かのメンバー向けに話しているのを録画してYouTubeに上げるだけでも、基礎レクチャーとしては噛み応えがあるでしょうね。

PMBOKの再定義が、これからのチャレンジになる?

:長年にわたって、菊地くんと入谷くんはさまざまなプロジェクトに携わってきたと思うんだけど、最後にこれから目指すこと、挑戦したいことを聞いてみたいです。

菊地:プロジェクトマネジメントのスキルをさらに磨いて、どうしても散漫になりがちな目的から余分なものを削ぎ落し、フォーカスすべき本質的な目的へと昇華できるようになりたいですね。どんなプロジェクトでも、うまくスケールしないときは目的そのものや、チームへの伝え方に課題があると思っているので。

入谷:それはありますね。プロジェクトマネジメント計画書の時点で、目的の有無がわかるじゃないですか。クライアントからの依頼時点では「意義あるプロジェクト」になっているケースは、実はそれほど多くないというか。

だから私たちは、目の前の情報だけを見て判断せずに、まずゼロの状態から話を聞いて、リサーチを重ねる。そのプロジェクトを通して、何がどのように実現できるのかをクリアにすることが、大事な初期プロセスですよね。そこが明確になれば、クリエイティブプロジェクトを通じて経営課題に貢献できるかどうか判断できるようになります。

やっぱり「どれだけクライアントの経営課題に貢献できるか」を追求したいですよね。クリエイティブを生業とするチームとして力を発揮し、コンスタントに成果を出していくことで。

:経営とデザイン、プロジェクトマネジメントを結びつけて考えることができるメンバーは、まだ決して多くないと思う。だからこそ、新たな学びの体系をつくっていきたいよね。

「凡人は自分の失敗から学ぶ。優れた人は他者の失敗から学ぶ」という言葉があるんだけど、プロジェクトマネジメントの本質は、まさにそれだと思う。他者の失敗から得られる知恵があって、同じ道を通らないですむようにPMBOKがある。

ただ、PMBOKの本(紫本)を出版したのが、もう11年前なんだよね。だからこれからの時代に合わせて、ロフトワークらしいプロジェクトマネジメントを再定義し、内容を最適化していく必要があるかもしれない。ぜひとも新しいメンバーの力で、刷新されていくことを期待しています!

撮影:進士三紗

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