現代のラグジュアリーとは?
「非効率」に宿る、関係性の価値を探る
現代のラグジュアリーとは?
テクノロジーの発達は私たちの生活、そしてものづくりの現場を変えています。設計段階から無駄を削減し、最適化や事前シミュレーションを実現する。効率性を追求した、合理的な「つくる環境」が整いつつある現代ではないでしょうか。
そんな中、つくられた「もの」に「ラグジュアリー」を感じる瞬間は、どこにあるのでしょうか。完成された製品の完璧さだけではなく、そこに至るまでのプロセスや、作り手の思考、素材の背景——そうした目に見えにくいものに、私たちは価値を見出し始めているのかもしれません。
「もの」を単なる消費の対象ではなく、関係性が生まれる場として捉え直すとき、あえて手間や時間をかけることに新たな価値を見出すことができるのではないか。個別の物語や手触りにこそ豊かさがあるのではないか。そう感じています。
プロジェクトスタジオなはれで、これまで身体や衣服との関係性について模索してきたロフトワーク クリエイティブディレクター加藤あんは、この仮説を言説ではなく、実践として検証したいと考えていました。
そこで「新しいラグジュアリーとは何か?」「作り手と使い手の関係性は変えられるか?」この問いを探求するために<TALK NONSENSE>をパートナーに迎え、リサーチ展示・手編みワークショップ・トークからなる共創プロジェクトを発足。
ニットをほどいて編み直すという「可逆性」の思想、作ることが社会的な問いになるという実践、そしてワークショップを通じた「共創の場」づくり。これらの活動は、私たちが模索する「新しいものづくり」のあり方に示唆を与えてくれました。ここでは、約2週間にわたるプロジェクトを通じて見えてきたものを記録します。
プロジェクトメンバー

TALK NONSENSE
東京を拠点に2024年設立。 衣服を単なる消費ではなく、関係性が生まれる場として捉え直すことで、世界におけ る多様なあり方を探求する。(Webサイト・Instagram)
ディレクター / 小梶真吾:1991年生まれ。 京都芸術大学卒、 渡仏後Académie Internationale de Coupe de Paris修了。2022年KKJ デザイン事務所設立。2024年から沖裕希とともに〈TALK NONSENSE>を立ち上げ。
デザイナー / 沖裕希:1994年生まれ。 文化服装学院ニットデザイン科卒。 国内老舗ニットメーカーやブランドでの経験を経て2024年 独立。現在は多くのブランドの製品企画に携わる。

加藤 あん(ロフトワーク クリエイティブディレクター)
愛知県出身。名古屋芸術大学芸術教養領域卒業。大学では「身体と衣服」をテーマに研究。また、展覧会の企画やキャンパスの改装計画にも携わる。2021年FabCafe Nagoyaでインターンを経験し、クリエイティブの力を体感。様々な分野とクリエイティブによって生み出される新たな価値の遭遇を求め、ロフトワークに入社。映画と生姜が好き。
「なはれ」について
株式会社ロフトワーク京都オフィス / FabCafe Kyotoから南へ徒歩2分。なはれは、2F建て、22㎡、逆L字型のプロジェクトスタジオです。ロフトワーク京都のディレクターを中心に構成される場所つき先端ユニット(準備室)であり、そこで得られた知識や経験を社会にひらいていくことがミッションです。 特長は1年ごとにテーマが設定されること。その領域について、外部の方たちと連携しながら、「つくる」「まぜる」「ためる」の活動を連続的に行っていきます。また、テーマと親和性の高いチームの方たちに、「ショップ・イン・ショップ」という形で入居いただき、販売、ワークショップ、展示、リサーチなどを共同で企画していきます。
本イベントは、なはれによる「ショップ・イン・ショップ」の枠組みで開催される展示/ワークショップ企画です。コラボレーターとテーマを共有し、 リサーチや実験を通じて新たな事業の可能性を探る「共創の場の運営」 を目指します。
関係性が立ち上がる場所
今回のプロジェクトは、展示、ワークショップ、トークセッションという3つの体験で構成しました。中心に据えたのは、TALK NONSENSEによるリサーチプロジェクト「Knits & Review(ニッツ・アンド・レビュー)」です。「Knits & Review」は、戦時下の編み図を現代に翻訳し、実践する試みです。
なはれの展示スペースでは、翻訳された8つの編み図の展示に加え、編み図をプリンターで印刷して持ち帰ることができる 「コピー室」を設けました。限られた材料と時間の中で、誰もが簡単に始められ、機能性も担保できる戦時中の編み図には、現代に通じる知恵が詰まっています。
展示初日には、1910年代にイギリスで編まれていた帽子とマフラーの奇妙なハイブリット「Cap Scarf」を実際に編んでみるワークショップを開催。参加者が実際に手を動かし制作したのは、展示されている編み図のひとつ「Cap Scarf」です。このワークショップには、ある仕掛けがありました。それは2時間では決して完成しない設計であるということ。
参加者はワークショップで0から1へ、つまり編み始めの基礎を学びます。そこから先、1から10へと進めていくのは、それぞれが自分のペースで。
ワーク後も参加者同士でやりとりが続き、編み方を教え合ったり、進捗を報告し合ったりする関係性が自然と生まれていました。横並びで編む時間は、初対面の人同士でも、手を動かしながら情報を共有し合う場になっていたのです。
なはれという場に、ニットを「つくる場」が立ち上がる。TALK NONSENSEがこのプロジェクトで示したのは、ニットという技術の特性です。ニットは電気も大きな設備も必要としない。編み針と糸さえあれば、どこでも生産現場を立ち上げられる、高いポータビリティを持った技術です。その特性が、見る・買うという一方向の関係を超えた、共創の場としての可能性を開きました。


関係性の境界を横断し、曖昧にすること
展示最終日には、京都服飾文化研究財団アシスタント・キュレーターの五十棲亘さんをお招きして、TALK NONSENSE ディレクター小梶真吾さんとトークセッションを開催しました。テーマは「着飾る欲望から、つくる欲望へ」。『LOVE ファッション─私を着がえるとき』展の企画に携わった五十棲さんの視点から、ファッション史における「着飾る欲望」と、今回のプロジェクトが照らし出す「つくる欲望」との関係性を探求する場です。
対話の中で印象的だったのは、TALK NONSENSEが意図的に境界を曖昧にしている、という点でした。プロが作ったセーター、ワークショップ参加者が編み始めたキャップスカーフ、そして今まさに誰かが編んでいる途中のもの——それらを優劣や完成度で区別するのではなく、横並びに存在させる。「自分で作る」「誰かが作ったものを見る」「作り方を学ぶ」という体験が、同じ空間で、同時に起きている状態を肯定する姿勢です。
小梶さんは語ります。
“これまで長くラグジュアリーと呼ばれてきた領域では、特別な才能が“魔法”のように価値を生み出すという物語が信じられてきました。でも実際には魔法などなく、地道な計算と方法がある。それを言語化し、プロセスをひらくことで、新しい関わり方が生まれるんじゃないかと。つくり手だけが握っていた「仕組み」を開示することで、使い手は消費者という役割から離れ、ともに考え、ともに手を動かす主体として立ち戻るのだと思う。”
五十棲さんは、ワークショップという方法論の本質を指摘します。
“2時間で作って終わりではなく、関係性の連続性こそが重要だと感じます。その場で生まれた関係がどう続いていくかを設計することが、ワークショップの価値を決めるのでは”
実際、ワークショップ参加者からは後日「ここまで編めました」という報告が届き、小さなコミュニティが形成されつつありました。この継続性もまた、一度限りの「体験」で終わらせない、境界を超えた関係性の現れなのかもしれません。
さらに興味深いのは、TALK NONSENSE自身が「何者なのか」を定義していない点です。ファッションブランドなのか、リサーチ機関なのか、ワークショップ団体なのか。既存のカテゴリーに収まらず、流動的であり続けることを選んでいる。この姿勢こそが、作り手と使い手という境界を曖昧にする実践を可能にしているのかもしれません。
手間や時間をかけ、プロセスを共有し、関係性を育む。完成したものと未完成のもの、プロとアマチュア、教える人と学ぶ人。その境界を横断しながら、ともに何かをつくっていく。それこそが、私たちが探していた「新しいラグジュアリー」の姿だったのではないでしょうか。
問い続けることの価値
今回のTALK NONSENSEとの協働を通じて、私たちが見出したのは、明確な「答え」ではなく、新しい「問い」だったのかもしれません。
ラグジュアリーとは、完成された製品を所有することだけではない。プロセスを共有し、手を動かし、時間をかけて関係性を育むこと。作り手と使い手という境界を曖昧にし、ともに考え、ともにつくる場をひらくこと。そうした体験の中にこそ、新しい豊かさがあるのではないか——この仮説は、ワークショップという実践を通じて、確かな手応えを得ました。
しかし同時に、新たな問いも生まれています。このような小さなコミュニティは、どう持続していくのか。技術が民主化される中で、専門性やプロフェッショナルの役割はどう変化するのか。境界を曖昧にすることと、それぞれの固有性を尊重することは、どう両立するのか。
TALK NONSENSEが「何者なのか」を定義しないように、なはれもまた、固定された場所であることを拒みたいと考えています。展示する場、販売する場、制作する場、学ぶ場、対話する場——その境界を横断しながら、訪れる人とともに、その都度、場のあり方を問い直していく。
ニットをほどいて、また編むことができるように。不確実な未来に向けて、柔軟に形を変えられるように。ものづくりと関わり方を、これからも探求し続けたいと思います。
問いに対する完全な答えは、まだ見えていません。けれど、問い続けること、実践を重ねること、そして対話を続けることの中にこそ、新しい価値が生まれるのだと信じています。
執筆:加藤あん(ロフトワーク)







