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林 千晶, 諏訪 光洋 2022.04.06

ロフトワーク退任によせて
林千晶×諏訪光洋 対談

2022年4月1日から新体制がスタートしたロフトワーク。体制移行に伴い、創業者の1人であり会長の林千晶は、会長職を退きました。創業以来、ロフトワークのオープンな文化を牽引してきた林が、次に取り組もうとしていることはどういったものでしょうか。もう1人の創業者で代表取締役社長の諏訪光洋とともに、退任する理由や起業時のエピソード、そして「アクティブフルムーン」構想について、存分に語り合います。

執筆:清水康介
撮影:村上 大輔
編集: 鈴木真理子(株式会社ロフトワーク)

退任する理由はなに?

林 「なんで退任するのか?」って、絶対これから多くの人に尋ねられるでしょ。だから諏訪くんの言葉も借りて、退任する理由を言語化しておきたいって思うんだよね。

諏訪 僕も「なんで林さん辞めちゃうんですか?」って聞かれるけど、うまく答えられないから「うーん、まあ、わがまま?」みたいに答えてる(笑)。

林 まず、ロフトワークを嫌になったから辞めるのではない。それは本当に。でもロフトワークのことを考えると、自然と「辞めなくちゃいけない」と思ったんだよね。「創業者の会社」というものから、次のステップに行ってほしい。その気持ちだけなんだ。だからといって、諏訪くんと私で作ったロフトワークから、2人とも一気に抜けたら立ち行かなくなる(笑)。

諏訪 ロフトワークという組織のデザインという点では、僕もずっと前から考えていたことだよ。ここ4年くらいで個人のSNSでの発信は止めたし、外向けの講演もほとんど受けなくなった。昔は、トップとしてそういうことが大事で、自分みたいな苦手な人間でもちゃんと決めてやれば外向けのプレゼンスは作れるということを示す必要があったけど、今は緩やかにリーダーシップを移譲して分散していっている。ただ僕はそういうことができるけど、君の場合はプレゼンスがあまりに大きい上に、それがコアコンピタンスになっているから難しいかもね。

 諏訪くんこそ、担っているものが会社全体のロジックだから、それこそ完全に引き継ぐのは何年もかかるかもね(笑)。私が担っていたプレゼンスの部分では、今回新たに導入するのが「エグゼクティブ制度」だよね。3人のエグゼクティブが社外的なプレゼンスを高めていくわけだけど、それは3人だけではなくて会社全体のプレゼンスを高めることにもつながる。そのメンタリングは、「執行からは手を引く」と決めた私だったけど、すごくやりがいを感じた。だから、社外の立場からエグゼクティブの動き方をアドバイスできたらと思っている。

諏訪 執行というのは、会社の舵取りということだよね。正直に言うとすごく寂しくはあるけど、大きくは変わらない気もする。一番あるあるなのは、会社の売上が悪くなって「創業者が戻ってきました!」みたいなパターンで、それはないと良いよね(笑)。

 それはないよ! 会社を評価する数字なんて、大して分からなかったし。ただ、ロフトワークは今後まだまだ伸びる企業だと思ってる。だから辞めるの(笑)。

ロフトワークを始めたころ

 ロフトワークを始めたとき、諏訪くんのお母さんが「千晶さん、ごめんなさいね。息子のわがままに付き合ってもらって。もしお金に困ることがあったら息子じゃなくて私に言ってね」って、社判も作ってもらって(笑)。お互い、家族を巻き込んだ起業だったよね。

諏訪 今の世代は軽やかに起業するよね。でもロフトワークのときも「会社やろうぜ!」みたいな感じではなくって、プロジェクトやサービスがベースにあって、「こういう世の中になったら良いよね」みたいな感じだった。君が立ち上げて育てた100BANCHに来ている人たちを見ていると、ロフトワークを始めたときと似てるなって感じるんだよね。

林 売上のこととか考えてなかったもんね。「こんなサービスがあったら、こんなコミュニティがあったら良いよね」って気持ちだけで。今日受けたインタビューで「起業に失敗は付きものと考えますか?」って聞かれたんだけど、失敗するのは誰しも嫌だと思うし「どっちでもない」って答えたの。そもそも、失敗も成功もないものだと思うし。それより「そのために自分の人生を本当に捧げたいか?」ということだと思う。もちろん売上が思うように伸びないこともあるけど、売上は目的じゃないし、伸びなかったら、次の施策をうてばいい。売上が伸びても、やっぱりそれを生かして次の施策をうつ。ロフトワークも、どんどん次の施策をやり続けて現在に至る。私は本当に楽しかっただけ。

諏訪 売上はあくまでKPIだもんね。僕の解釈では、君がフローで僕がストックで、バランスが良かった。毎年毎年ゼロからのスタートじゃなくて、ちょっとずつでも事業がどうやったら積み上がっていくか、というところは僕が得意だった。ストックのデザインはある程度システムだし。でも、みんなが何を作りたいんだろうかとか、どこを目指したいんだろうかというところは、やっぱり君がすごく得意で、それはロフトワークが大きくなればなるほど多様なフロー、強いエネルギーがあって誰にでもできるものではない。というのが僕の解釈なんだけど、僕の解釈って基本的に面白くないんだよね(笑)。

GDPからQOLの時代

林 ここ数年は政府の会議にも呼ばれることがあるんだけれど、そういう売上を目指していない私が、政府の有識者として「なぜ日本にGoogleやAmazonみたいな大企業が生まれないのか」みたいな会議に参加しているのを、内心ちょっと申し訳なく思っていたんだ。だって、Googleはすごい会社だと思うし、Apple製品も好きだけど、ロフトワークはそこを目指していないし、そもそもなれない。GDP(国内総生産)で言ったらロフトワークなんて砂一粒みたいなもの。でも、働く人が幸せだと感じられる組織とか、より楽しい仕事のあり方とか、そういうことはロフトワークが考えてきたことだから、GDPからQOL(生活の質)の時代になって、その点では有識者として貢献できたかなって今になって思える。

諏訪 QOLという言葉にも幅があるよね。空気がきれいなところに住みたい、みたいな単純に生活環境みたいなことに使われがちだけど、「どういうことに取り組むのか」という自分が考える哲学や未来に関わる言葉として、もっと使われても良い。

林 生活環境でも、一昔前は大企業に勤めて都心に家を買って、みたいな。個人とか、家族のことだったよね。もちろんそれは物質的にも不十分な時代だったから、単純に可処分所得が増えることで幸せになるところがあるし、過去を否定する気持ちはないんだけど。でも、そういう物質的な充足を求めた高度経済成長期に、地縁や血縁からの束縛を逃れようとして都心に人口が流れ続けてきた。そして何が起きてるかって、究極的には「独り」になるということ。じゃあ孤独死って幸せですか?って思うんだよね。地縁でも血縁でもなく「何が好きか」というような「知縁」でもう1回つながる。今がそういう時代のクロスポイントだとして、そういうことを多世代で実践してみたいの。

諏訪 君はその方面でも政府の有識者になるかもね(笑)。もともとそういう才能に秀でていたとか、うまく時代に合致したという部分もあるけど、それだけじゃなくて君自身がずっと考えてきたことでもあるよね。先駆的だし実践的だと思う。

林 どれだけ物質的に豊かになっても自分一人だと意味がなくて、だからといって血や土地のつながりだけでもなくて。「私たち、それぞれ得意なことが違っていて楽しいね!」みたいなコミュニティをどうやって作っていくか……私の祖母が90歳くらいになって、私のことも名前すら分からない状態になってしまった。それでも孫を連れて行くと「可愛いねえ」って無条件に喜んでくれたの。そのとき、人間の本質って、次の世代に繋げていくこと、つまり「利他」しかないんじゃないかなって思ったんだよね。

アクティブフルムーン構想

林 私が次に何をするのかという話をするとね、数年前に高齢者のライフスタイルのモデルとして「アクティブフルムーン」という構想を立てているの。たとえば弁護士でもマーケターでも、普通の人がキャリアと呼んでいるものは、お月様の全体から見たら三日月の部分でしかない。でも「人の話を聞くことができる」とか「笑顔で挨拶ができる」とか、「子供とかけっこができる」「励ますのが上手」みたいな、ものすごく色々なできることが人にはそれぞれあって。そういうのを含め、人が生きる上でのキャリアなんじゃないかと私は思っているの。極端な例だと、大企業で高い立場にいた男性ほど定年後に働かない。「自分は取締役をやっていたから、次のキャリアでも取締役をやるべきだ」って思うけど、若い世代からしたらそんなおじさん別にいらないじゃん。だから働かないし、働けない。逆に女の人の方が、色々なことをやってみる人が多かったんだよね。

「アクティブフルムーン」について

ロフトワークが行ったデザインリサーチの報告書「HIDDEN ABILITIES(見えざる可能性) – ビンテージ社会における、高齢者の『働き方』調査報告書(2017)」で提唱されたアイデア。「超高齢社会における働き方」をテーマに、鶴岡・所沢・川崎の3都市で実施したリサーチ結果をまとめた。

人の能力の中で「キャリア」や「スキル」と認識されているものは、その一部にすぎない。 例えば「聞き上手」であることは、組織や団体においては、有機的な繋がりを生みだす貴重な存在となる。

人の能力を断片的に捉えるのではなく「満月」のように捉えたとき、他者から発見される力は、太陽の光を反射して輝く月面のようになる。人とのさまざまな交わりの中で違う角度から光を受け、自分では思いもよらなかった能力が見つかり、それが新しい価値になっていく。(林による関連記事はこちら

諏訪 たしかに女性の方が断然上手だよね。その差は一体何なんだろう、それが豊かさの本質のような気もする。さっきの男性の話を聞いていると、自分自身もどうなるんだろうって思う。FabCafeでアルバイトしようかな、でも意外と嫌がられそうだな、とかね(笑)。そういうキャリアを自分自身でデザインできるようになる、その一つの実践モデルを「アクティブフルムーン」で作れるようになればすごく良いだろうね。

林 三日月のキャリアじゃなくて、フルムーンで捉えて「子供に自転車の乗り方を教える」とかね。さらにそれを無料じゃなくて、500円でも5000円でも、あるいは非貨幣価値の仕事としてやっていく。自分の仕事がバリューだとしたら、今まではその多くがお金として返ってきたけど、これからは経済価値だけじゃなく社会的価値も含めて、もう少し長期的なスパンのものになるんじゃないか。ハンナ・アレントが、人間の営みについて「労働(Labor)」「仕事(Work)」「活動(Action)」という区別を言っているんだけど、私はその中でも「活動」に力を入れていきたい。そして活動の定義の一つが、「一人ではできない」、つまり他人と一緒につくるということ。色々な人間が集合体となって起こすことを活動、すなわちアクションと呼んでいるわけ。だから、どれだけ魅力的なアクションを作れるかということを試してみたい。そのとき、フィールドが都心だけじゃなくなって、地方も含めて面白い取り組みを生み出していけたらいいな。

それでね、そのプロジェクトには諏訪くんも誘うつもり(笑)。ヒダクマ(​​飛騨の森でクマは踊るのときもそうだけど、事業戦略は諏訪くんの役目だからね。お金がなくて「諏訪くん、助けて!」となるか、お金が増えすぎて「諏訪くん、どうしよう?」なのか分からないけど。だから早くロフトワークを引き継げるように頑張ってね(笑)。

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「同一化への恐怖が僕の原点」
ロフトワークの“異分子”原亮介のクリエイティブ論