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原 亮介, 小島 和人(ハモ), 浦野 奈美 2021.10.15

「市場を作りたければ、文化を作れ」
持続可能なビジネスを生み出す5つの秘訣

本記事でご紹介しているWebマガジン 「 POP UP SOCIETY」の公開は終了しております。

新規事業は答えのないもの。何を足がかりにして、どんなKPIを設定し、どうやって活動を広げ、継続していくべきか。担当者の悩みは尽きません。答えのない事業をデザインするということは、すなわち、新しい市場を作ることでもあります。新しい市場を作り、それらが持続可能なビジネスとして育っていくためには、どんな秘訣があるのでしょうか?

新規事業において、新たな市場を作り出すときにポイントとなるのは、文化(新しい価値観や行動様式、ライフスタイル)を生み出そうという視点です。

本記事で紹介する2つのプロジェクトは、持続可能なビジネスを生み出すために、自ら文化をつくることに挑戦しています。一見、遠回りにも思えるこのアプローチですが、その先には大きなメリットがあると言います。

この記事では、「文化をつくる」という視点で、新規事業をデザインしている2つのプロジェクトの担当者たちから、新たな市場を作り、持続可能なエコシステムを作るための5つのポイントをご紹介します。

執筆:野本 纏花 編集:浦野 奈美(loftwork.com編集部)

話す人

上田 桂司 氏(株式会社ASNOVA, 代表取締役社長)

主に建築現場で使用される足場のレンタル業を営む株式会社ASNOVAを経営。業界全体の人材不足を解消するために、ロフトワーク プロデューサーの小島 和人とともに「POP UP SOCIETY」というメディアを立ち上げた。「カセツ(仮設・仮説)」をテーマにメディアを運営する中で、異分野の人々を巻き込んださまざまなプロジェクトが立ち上がっている。

原 亮介(株式会社ロフトワーク, クリエイティブDiv. シニアディレクター)

XR(VR/AR/MR)のクリエイティブプラットフォーム「STYLY」の世界展開を目指し、Psychic VR Lab、パルコとともに、次世代アーティストを発掘・育成・発信するプロジェクト「NEWVIEW」を立ち上げる。アワードの開催、スクールの運営、異分野のアーティストとのコラボ作品制作、コミュニティの運営、と幅広い活動を行なっている。

小島 和人(株式会社ロフトワーク, プロデューサー)

2018年ロフトワークに参画し、新規事業創出や共創空間作り地域産業推進など幅広くプロデュースを担当。2020年からはSFプロトタイピングなどの手法を積極的に取り入れ、先行きが見えない社会の中で企業や団体がこの先で何をすべきか?を提案している。企業人としても作家としても「未来」に対する問いの設計に興味がある。あだ名は「ハモさん」。個人では美術作家「ハモニズム」として活動中。

秘訣1 既存ユーザー以外の人を対象にする

NEWVIEWの場合 ー ライフスタイルに踏み込む

—— 原さんはPsychic VR Labから、STYLYという新しいVRプラットフォームのユーザー市場を開拓したいという相談を受け、NEWVIEWというプロジェクトを4年にわたり進めていますが、新しい市場を作るというのはすごく難しいことです。着眼点はどこにおいたのですか?

クリエイティブディレクター 原亮介(以下、原) Psychic VR Labから「世界規模で急速にSTYLYのユーザーを増やしたい」と相談を受けたのが2017年のことです。誰もが世界中に映像を配信できるYouTubeのような世界的なクリエイティブプラットフォームを目指そうと考えました。

当時はXRの黎明期であり、プログラマーやエンジニアがつくった「ゲーム」や「アミューズメント」のコンテンツしかなかったんですね。だから我々は、未開拓の領域である“ファッション、アート、カルチャー”に着目して、アーティストやクリエイターが集うプラットフォームしようと思ったんです。

NEWVIEW AWRDS 2021の応募は2021年11月1日まで。テーマは、「ポストリアリティとノーノーマル」。審査員にDOMMUNEの宇川直宏氏やデイヴィッド・オライリー氏が決まり、今年もアツいアワードとなりそうだ。

—— すでにXRに接続していた層への訴求ではなく、それまで接していなかった層にポテンシャルを探したんですね。どんなアプローチをしたんですか?

 ユーザーに継続利用してもらうためには、単に新規ユーザーの獲得施策を行うだけでなく、ユーザーのライフスタイルを変えていくところまで踏み込む必要があります。たとえば、レガシーなカメラの世界に「アクションカメラ」という新しいカテゴリー/カルチャー/ライフスタイルを創造した「GoPro」のように、3次元空間の表現を実践&共有し合う創作文化をつくろうとしました。その時に思い出したのが、動物行動学者のリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」。この書籍の中で、脳内に保存され、他の脳に複製可能な情報の単位を文化の遺伝子と説明していて、服が流行したり、メロディやキャッチフレーズが語られることで、習慣や技能などが育まれていくという考え方です。そこで、このプロジェクトでも、文化の遺伝子を作ろうと考えました。その視点で考えてみた時に、既存のXR業界に対して「なんか違うな」と感じていた人々が見えてきたんです。そこで、既存のシーンやカルチャーへのカウンター(反抗)として伝染させ、アイデンティティを確立していくというアプローチにました。プロジェクト名もNEWVIEWという、VRとかXRという言葉は敢えて避けていますし、「使命・好機・危機」という要素をメッセージに入れ、それまで興味を示さなかったクリエイターに伝染させる仕掛けを作っていきました。

新しいユーザー市場を開拓するために、NEWVIEWチームが考えたアプローチ

—— NEWVIEWプロジェクトには、既存市場へのカウンターという発想があったんですね。結果的に、それまでXRにアクセスできなかったクリエイターから新しい表現が生まれたり、新たな表現手段によって新たな仕事を得たクリエイターも現れているようです。

2020年にスタートしたNEWVIEW CYPHERは、あらゆるジャンルのクリエイティブ表現をフリースタイルにXR表現し合うコミュニティ活動。アイデアの発想から作品制作、作品披露までを1ヶ月の短いサイクル=1シーズンで実施。 2021年は3シーズンの開催を予定されており、7月に開催されたシーズン1では、ミュージック・ファッション・グラフィックの3つのジャンルから総勢11名の次世代アーティストが参加した。詳細はこちら

POPUP SOCIETYの場合 ー 無意識に排除されてきた人を巻き込む

——さて、一方で、POPUP SOCIETYは、「仮設」をテーマにリサーチを重ね、さまざまな記事コンテンツを制作・キュレーションしたWebマガジンですが、建設足場業界の人材不足に対してアクションを起こしたプロジェクトです。こちらも、既存の人材市場ではないところにアプローチしようとしていますね。

株式会社ASNOVA, 代表取締役社長 上田 桂司さん(以下、上田) 最初にロフトワークから「カセツ」をテーマにメディアを立ち上げようと言われたときは、正直なところねらいがよくわかりませんでした(笑)。しかし、事業を長く継続して利益を出し続けていくためには、「事業活動」と「環境や社会」がリンクしていなければならないと考えていたことから、人材不足という業界全体の課題に本気で取り組もうと腹を括り、長期的に取り組もうと決めました。

プロデューサー 小島和人(以下、小島) カセツをテーマにした「POP UP SOCIETY」を立ち上げることにしたのは、その前段で行ったリサーチ結果があったからです。「足場」という言葉を出した瞬間に、「自分とは関係のない話だ」と無意識に排除されることがわかっていたので、まずはギリギリまで「足場」という言葉を出さずに、別の角度から興味・関心を持ってもらう必要がありました

そこで「足場」を別の言葉で置き換えるなら、どんな言葉がいいだろう?と模索して辿り着いたのが、「カセツ」という言葉だったのです。“仮設物”である「足場」の本質を捉えているだけでなく、“仮説”とも置き換えられる高い拡張性も兼ね備えている。

仮設性をテーマに、若手人材と建設仮設業界をつなぐメディアとして2020年3月にオープン。ゾンビ、仏教、火星、モビリティ、、、と、一見建築足場とは関係のなさそうなコンテンツが並ぶ。しかし、すべて「仮設性」を拡張したテーマでひとつひとつリサーチと取材をした上でコンテンツが作られている。さまざまなWebデザインの参考サイトで紹介された。

小島 「POP UP SOCIETY」を始めて気づいたのが、“カセツセイ”は今、世界が目指すサステナブルな社会にもマッチする文脈であるということです。この不確実な時代に、いきなり大成功を収めるのは難しい。カセツ的に物事を進めることの重要性に、関わる人達が気づき始めています。

そんな社会の潮流ともうまく結びつけられたことで、「POP UP SOCIETY」はメディアから、ムーブメントになろうとしています。足場材を使ってパルクールのコースをみんなでつくって楽しむアスレチックイベントには、10代〜20代の若者層やファミリー層を中心に、約350名が来場してくれました。

2021年4月3日にFabCafe Nagoyaで開催された仮設足場×パルクールイベント。各種メディアにも報じられ、当日は親子連れなど300人以上の人が訪れた。詳細はこちら

上田 このプロジェクトによって、某大手家電メーカーさんなど、今まで接点のなかった方から声がけがありました。また、100BANCHで活動しているREPIPEというプロジェクトチームから、お声がけいただき、「再利用可能な場所づくり」をテーマとした展示エリアに足場を提供しました。

——「NEWVIEW」は文化をつくろうと意図的に進めたパターンでしたが、「POP UP SOCIETY」は活動の熱量によって惹きつけられた人たちによって文化が生まれようとしているのですね。けれども、いずれのプロジェクトも共通しているのは、それまで無意識に排除してしまっていた人々に目を向けさせるために、社会的なイシューやライフスタイルといった要素を切り口を探した点。結果的に、それまでアプローチできなかった層に活動を広げています。

ASNOVAとの新規事業プロジェクトはBtoCのプロダクト開発にも進んでいる。3組のクリエイターと制作したプロトタイプの検証を目的として開催されたエキシビジョンが2021年9月、FabCafe Nagoyaで開催された。

秘訣2: エコシステムができるかどうかは、序盤の手の掛け方次第

——「NEWVIEW」ではコミュニティを大切にされているそうですが、それはなぜですか?

原 先ほど話した文化の遺伝子をつくり、自然と伝染させていくためには、「ユーザーにどう関わってもらうか」がとても重要だと思うからです。文化というものは、消費からは生まれません。ファン化したユーザーと共同労働することで、文化はつくられていくんじゃないでしょうか。たとえば、僕たちは「STYLY」のファンを優遇します。仲間に迎え入れて、ともに作品をつくったり、運営メンバーになってもらったりすることで、共同労働の環境をつくっています。そして定期的にユーザーミーティングを開き、みなさんの意見を丁寧に傾聴する。

当然ながら、コミュニティ運営のマーケティングコストは、初めのうちは膨大にかかります。人も、時間も、お金も。しかし、序盤で手をかければかけるほどユーザーのエンゲージメントは高まり、僕たちがさほど手をかけなくても自走するようになっていきます。広告宣伝費をまったくかけなくても、ユーザーがユーザーを呼び込んでくれるエコシステムができあがってくるのです。

NEWVIEWプロジェクトにおいて、かかったリソースとユーザー数の関係

秘訣3:新規事業には非財務指標を定めるべし

—— 文化をつくり、浸透させていくという事業のアプローチは、一朝一夕でできることではありませんし、成果を測るのも容易ではないと思います。おふたりはKPIをどのように設定されていますか?

原 NEWVIEW AWARDS 2020、2021の審査員長になっていただいている現在美術家の宇川直宏さんとの会話から生まれた「ファミリー構想」をもとに設定しています。“ファミリー”とは、コミュニティでゆるくつながっている人たちのこと。宇川さんから「優秀なクリエイターを社員として雇って囲い込むやり方は、君たちの組織には合わないだろう」と言われて。「プロジェクトが生まれたら、声をかけて参加してもらえる仲間を、世界中に増やしていくのがいいのではないか」と。まさに、そうだなと思ったんですね。そんなふうに仲間を増やして、共同労働をしていきたい。そこでKPIとして“ファミリーの数”を掲げることにしました

—— こたえのない命題に対して取り組み、継続していくために、たとえば、「1年後にいくらの売り上げを上げなければいけない」といった目標が定められていたら担当者の方もかなりのストレスになるのではないかなと思うのですが(笑)、どうされていますか?

上田 はい、いわゆる財務的なKPIは設定していません。その代わりに、たとえば“共鳴してくれるパートナーの数”や“プロジェクトのスタート時期”、あるいは“メディアで取り上げられた数”といったものをもとに評価しています。同時に、新規事業だから野放しにするのではなく、みんなと同じように評価されていると他の社員に伝わることが大事だと思うんですね。並行して、ロフトワークさんと人事制度の見直しを進めているところでもあります。

2019年からは、これまでにない体験をデザインする「総合芸術としてのxR」を学ぶ、あたらしい表現の学校として、NEWVIEW SCHOOLが各地で開催されている。共に手を動かしながら新たなxR表現を探究するクリエイターが毎年参加している。
初年度の東京会場の様子。
初年度の京都会場の様子。2021年は国内だけでなく、台北とロンドンでも開催された。

秘訣4:スモールサイクルを回し続ける

—— 新規事業では社内で理解を得るのが難しいという話を、よく耳にします。目標管理のほかに、ASNOVAさんで工夫されていることはありますか?

上田 そもそも新規事業に取り組む際には、社内に理解者はいなくて当たり前なんです。なぜなら、理解されるのは結果が出た時だから。まったく儲かるかどうか見えない状態でスタートしているわけですし。だから最初から理解を得ようなんて大それたことは考えずに、とにかく経営者が腹を決めて、ヒトやカネを投資するしかない。そして担当者には裁量を与えて、自分ゴトとして真剣に取り組ませる。スモールスタートでいいんです。新規事業なんて、失敗して当たり前だから。小さいうちに失敗することが大切なので、ちょっと失敗したからといって安易にやめてはいけません。

うちも「POP UP SOCIETY」をきっかけにこれまで5本以上のプロジェクトに取り組んできましたが、そのうちの1本でそろそろ結果が出そうなんです。こうした兆しが見えてくると、周りの理解はどんどん進んでいきますよ。

­­­­­—— 担当者の方は孤独ですね。

小島 まぁ社内ではいろいろなしがらみもありますから、本音で話すのは難しいですよね。だから本音で話せる外部のパートナーを見つけておくことは大事かもしれません。私もASNOVAの担当者の方と「どうやったら社内で理解を得られるんでしょうね?」といったことを一緒に悩みながら進めてきました。

上田 小島さんなんて、私がすぐに儲け話をしようとすると、遠慮なく否定してきますからね(笑)だいたいクライアントの言いなりになるものなのに。

小島 それが本音だったんでしょうね…(笑)

上田 おかげで社員が業界全体の課題を意識する良いきっかけになりました。少しずつですが、小さいうちに失敗することを厭わない組織風土も醸成されてきたように思います。

ASNOVAのパルクールイベントにて。パルクールアーティストがASNOVAの作業服を着てパフォーマンスを行い、ASNOVA社員と共に子供向けのワークショップを実施した。

秘訣5:実験も悩みも、どこまでもオープンにする

—— 先ほど「NEWVIEW」では定期的にユーザーの声に耳を傾けているという話もありましたが、文化をつくる上でオープンであることは重要だとお考えですか?

原 そうですね。僕はアーティストではないので、聞いたり観察したりしなければ、ユーザーの考えていることはわかりません。宇川さんと「ファミリー構想」の話が出たのも、もとはといえば「『NEWVIEW』はどうしたら世界的なプレイヤーになれるかな?」と相談しに行ったのがきっかけです。

そうしたら、宇川さんが「君と近しいことを考えている。タッグを組んで、うちが持っているメディアで番組をつくろうよ」と言ってくれて、KDDI協力のもと、月1のXR実験番組「NEWVIEW DOMMUNE」が始まりました。意見を聞きに行ったはずが、新たなプロジェクトが生まれちゃった。オープンにしてアクションすることの大切さに改めて気付かされました。

DOMMUNEで不定期で開催されている番組、NEWVIEW DOMMUNE。宇川さんが聞き手となってXRの最新カルチャーを紹介・ディスカッションしている。
番組では、宇川さん(左)とともに、原(右)も出演し、アーティストの紹介やトークを繰り広げている
NEWVIEW DOMMUNEでは、XRを交えたアーティストのライブも開催するなど、新たな表現方法を番組から発信しつづけている。

小島 ASNOVAのプロジェクトも、最近ではユーザーの話を聞きながら考えていく開発手法にシフトしていますよね。とにかくオープンにするのは、とても大事。

原 オープンという意味では、「NEWVIEW」はグローバルで展開しているプロジェクトなので、世界中の人たちに「NEWVIEW」の存在を理解してもらうためのガイドラインを用意しています。

上田 今の時代、オープンに進めて共感を得られなければ、お客様をはじめとするステークホルダーとの関係に傷がつくと思うんですね。だからこそ環境や社会とビジネスの両立を図ることが重要なわけで。持続可能なビジネスをしていきたいと考えるのであれば、オープンマインドを持つことは新規事業の必須要件だと言えるのではないでしょうか。

—— 多様なバックグラウンドを持った人々を巻き込んで、本当に共創を進めていこうと思うのであれば、格好良いところだけアピールしていてもだめだし、アジャイルで進めていくことが大事だというのは、誰しも納得できる部分はあるでしょう。現実は、外部に出せる情報が限られていたり、プロセスやメンバーを柔軟に変更できず、思うように人を巻き込めないことは多くあると思います。しかし、市場を作るためのプロセスは、コントロールしきれるわけがありません。課題のレイヤーを上げることで共感者を増やし、かつ、議論だけではなく、共に手を動かしながらムーブメントを起こしていく。それが次第にひとつの文化となり、市場を生み出していくのでしょう。

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いま、デザインリサーチに求められる「切実さ」を問い直す