クリエイティブの作り手として考える、ダイバーシティの視点
〜合田 文さん×ロフトワーク岩倉対談
クリエイティブの作り手には責任がともなう。だからこそ、対話を続けたい。
こんにちは。ロフトワーク Culture Executiveの岩沢エリです。
ロフトワークでは、個人発のチャレンジを後押しする勉強会「Culture Design Lab」を2022年から始めました。
「クリエイティブの力は、受け手にこの社会で生きていてよかったと、喜びや生きがいのようなきらめきを感じさせることも、ときには反対に絶望させることもできる」
この言葉は、株式会社TIEWA(タイワ)の合田文さんを講師にお招きして、クリエイティブとダイバーシティ&インクルージョンに関する勉強会を行うときに、発起人のロフトワーク ディレクターの岩倉慧が呼びかけた言葉です。
私は、この言葉を、ずっと心の中で反芻しています。クリエイティブをつくることは、それだけ責任のある仕事ともいえます。もちろん、社内勉強会を一つ実施したからといって、大きく私たちが変わるわけではないかもしれない。今回の勉強会で感じたことや学んだことを、記事にして同じ悩みを抱える誰かと共有したいと思い、この対談を企画しました。記事を通じて、ほんの一つでも、同じモヤモヤを抱えている人たちに役立つことができたら嬉しく感じます。
インタビュー・企画:岩沢エリ
執筆:新原なりか
編集:鈴木真理子
話した人
ロフトワーク クリエイティブディレクター 岩倉 慧
合田 文(株式会社TIEWA 代表取締役)
ロフトワーク Culture Executive 岩沢 エリ
(*肩書きは取材当時のものです)
自分たちの選択が、社会に対するメッセージになる
ロフトワーク岩沢エリ(以下、岩沢)慧ちゃんが今回の勉強会を開きたいと思ったきっかけは?
ロフトワーク岩倉慧(以下、岩倉)ダイバーシティの文脈で語られていることって、すごくいいことなのに、面倒だとか、なにかを制限されていると感じてしまう人がいるのはなぜだろうと考えたのが、初めのきっかけでした。例えば、ロフトワークでは今、イベントの登壇者の男女比率を半々にする取り組みを積極的に行っているのですが、それがただの規則として一方的に与えられている風になっている時もあるんです。
その理由のひとつとして、そうすることによって何がよいのか、どういう意義や意味があるのかを一人一人が語ったり、考える場があまりないことがあるのかなと思って。
私たちはディレクターとして、日々様々なプロジェクトに関わっていますが、どういうクリエイティブをつくるのか、イベントの時は登壇者は誰にお願いするのかなど、自分たちが行う選択は、すべて社会に対するメッセージであるはずなんです。その選択のイニシアチブを自分で取れていないのはもったいない。「やらないと怒られる」や「炎上したら困るから」ではなく、「こう思うから自分はこうする」、と一人一人が、自分の選択の軸を持てるようになるといいなと思ったんです。
岩沢 忙しく仕事をしていると一歩立ち止まって考える余裕もなかったり、難しいですよね。
岩倉 そうなんです。ロフトワークのメンバーはみんないい人たちなので、「人を傷つけてやる!」という気はもちろんないんですけど、急いでやらないといけない時には、自分のつくるクリエイティブが「意図しない捉われ方をされてしまわないか」を想像しきれないことがあるのかなと思っていて。
岩沢 それで、以前にも何度かお仕事でご一緒したことのある合田さんと勉強会を開催することになったんですね。合田さんはこういった勉強会を行うことが多いと思うのですが、株式会社TIEWAでは他にどんな事業を行っているんですか?
TIEWA代表取締役 合田 文さん(以下、合田) 事業のひとつとして、ダイバーシティやジェンダー平等などに関するコンテンツを配信する「Palettalk」(パレットーク)というマンガメディアを運営しています。勉強っぽくなりすぎないように、「自分もそういうところあるな」と身近に感じられるような内容を意識してマンガをつくっています。
あとは、コンサルティング事業も行っています。Palettalkで発信を続けているうちに気づいたことを基軸に、クライアントさんと一緒に課題に取り組んでいます。ソーシャルグッドなブランディングやPRのお手伝いをすることも多いですね。勉強会を行う時も考え方はコンサルティングと通底していて、パッケージをそのまま提供するのではなく、クライアントがどういう状態になりたいのかというところから考えて毎回手作りしています。
「なんかダメ」で終わらせず、言語化してノウハウに
岩倉 勉強会のタイトルは「賛否両論のクリエイティブ」とし、2日間に分けて実施しました。まずDAY1では、合田さんにインプットトークをしていただいた後、2つの広告を見ました。それぞれに「世の中ではどんな声が上がったと思いますか?」「自分は率直にどう思いましたか?」という2つを参加者に書き出してもらって、シェアしてもらいました。
岩沢 その2つを書き出してもらった意図はどこにあるのでしょう?
合田 「なんかこれダメだよね」ということを感じられるアンテナは、なんとなくみんな張れてきていると思うんですが、ものづくりのプロとしては、それを言語化して再現性を持ったノウハウとして使えるようにすることが必須だと思っていて。言語化の練習をしたいと思って最初の質問を立てました。「なんとなく不快」で終わらせずに、「こういう立場の人が、こういう状況があるのに、こういうものを見せられたらこう感じるんじゃないか」と言葉にして考えることは、よくないものにストップをかけられるかどうかという意味ですごく重要だと思うので。
岩倉 「自分は率直にどう思いましたか?」という質問をしたのは、炎上した広告を一方的にディスるだけの会にしたくないという思いからです。配慮にかけてしまし批判にさらされたクリエイティブには必ず理由があります。そして、クリエイティブって良いか悪いかが100%じゃなくて、「こういうところはよくないけど、ここはいいよね」という部分がきっと含まれていると思うんです。
そういったさまざまな要素を細分化し、「ここは良かったのに」とか「伝えたいことはわかるけど、それだったらこういう手法もありえたんじゃないか」などの言語化をしていくことが大切だと思いました。良いか悪いかを無理に白黒はっきりさせるのではなく、どっちも含まれているよねという前提で話せるといいなと思ったんです。もちろん誰かを傷つけるクリエイティブを増やさないようにはしていきたいですが、それぞれのクリエイティブに対して、率直に自分が感じた良いポイント、良くないポイントについて話せる場にしようと工夫しました。
ロールプレイングで体感した「見る側」と「つくる側」の違い
岩倉 DAY2では、DAY1の後の参加者の感想を踏まえて、合田さんとお話をして急遽内容を変えたんです。より実践的な内容にしようということで、前回と同じワークを行った後に、ロールプレイングを入れました。これが私たちが日々行なっているクライアントワークとも共通する設定で、面白かったです。
まず、実際に過去に賛否両論を巻き起こした3つの広告ポスターから、各チーム1枚を選んでもらいました。そしてチームごとに、そのポスターの「いいと思うところ」「よくないと思うところ」を話し合ってもらいました。その後、私たちと一緒にクリエイティブを作ってくれるクリエイターが、ディレクターである自分にそのポスターを自分に提案してきたら……? と仮定して、合田さんが演じるクリエイターに、何をどう伝えるのかをロールプレイングで行ってみました。
そのクリエイティブだとどんな懸念点があるのか、問題があるのかを、ただ言語化するだけでなく、それを相手に伝えなければいけないというのが難しいところでしたね。
合田 「あなたとはもう仕事しません」って言っちゃうのは簡単だけれど、さまざまな都合で、そう簡単にはいかないことが多い方もいるはずです。ロールプレイングを通じて、クリエイターと一緒により良い方向に持っていくにはを考えてもらうワークでした。なので、参加者はディレクターとしてちゃんとそのクリエイターに伝えて、「だったらこの表現はやめましょう」と腑に落ちさせることをゴールにしました。そこで、クリエイター役をやった私は、わざとなかなか納得しない鈍い人の演技をして(笑)。
そうしたら、みなさんどんどん言語化してくれるんですね。「これはダメです」っていうような言い方ではなく、「これはこういう人を落胆させてしまう表現なので、出すのは難しいです」「この広告ではこういう方向を目指していると思うから、こうした方がより目指すところに近づけると思います」というような、建設的な意見を出すのが上手な方がすごく多くて、私も勉強になりました。
さらに、「ここは私から言うから、ここはあなたが」みたいな、チームワークも高まっていったりして。実際にこのロールプレイングのような状況になった時って、ひとりで戦わなくていいと思えることはすごく勇気になると思うので、その練習にもなってよかったなと思います。
岩倉 参加者の中でも、このロールプレイがいちばんよかったと言ってくれる人が多かったです。誰かがつくったアウトプットを見て「これは違うね」って言うのは簡単だけれど、やっぱり見る側とつくる側の違いってすごくたくさんあって。
いわゆる炎上しているクリエイティブを見ると、「これ出す前に誰か止める人いなかったの?」という声がありますが、実際にロールプレイングを通じて体験してみると、いろんな人がたくさんのプロセスで関わっているなかで、そこでスパッと止めるとか、違う案に切り替えようとするとかというのが難しいことがよくわかりました。
多様な意見を持つ人を集めてチームをつくることの大切さを、言葉だけじゃなくて実感として、みんなが掴んでいくことができたのはすごくいい体験だったと思います。
新しいことを話すからこそ、今まで使ってきた言葉で
岩沢 勉強会をやってみて、手応えを感じたことや、やってよかったなと思ったことはありましたか?
岩倉 アンケートで、「このロールプレイングを経て、一緒に仕事をする人との間の心理的安全性がなぜ大事かわかりました」と書いてくれた人が何人もいたのが手応えでした。
私たちは最初から「心理的安全性について考えてもらおう」と思ってワークを設計したわけではなくて、話したわけでもなかったのに、副産物としてそこに気づいてもらえたのはすごくよかったなと思います。チームの一員として仕事をする時に、周りがどう思うかを気にせず、まず自分の意見を言ってみてもいいんだと思える関係づくりっていうのがすごく大事なんだなと。
合田 私も、副産物としてそれが生まれたのは、いちばん心に残っていることですね。やってよかったなと思いました。
岩倉 「チームでよいアウトプットを出すためには心理的安全性が大事だよ」って人から言われるのと、実際に体験して、自分で大事だって実感するのとでは大きく違うと思います。
岩沢 今回の勉強会を踏まえて、これからの課題はみえましたか?
合田 ロールプレイングのお題のひとつとして出した3つのポスターの中に、ルーツによる身体的特徴を揶揄しているようにも取れるものがありましたが、それを題材に選んだチームがひとつもなかったんですね。私としては、けっこうツッコみやすいお題だと思っていたので意外でした。
その背景としては、自分がその同じルーツを持っている当事者じゃないから指摘しづらい、「自分が言ってもいいのかな」とためらってしまうことがあるのかなと思いました。これって、たとえば自分はLGBTQ+じゃないからその権利を主張するのはおかしいんじゃないかとか、男性がフェミニズムについて語るのはいけないんじゃないかという意見と似ていますよね。でも、そんなことはないはずです。
岩倉 「関わっちゃいけないんじゃないか」と思ってしまったり、どこから知っていけばいいのか、自分の中で何を正としたらいいのかがわからなかったり。それでしっくりこなくて何も言えないということはあるんだろうなと思います。
合田 私は、自分に当事者性が低い問題に関しても向き合うこと、話すことはとても大切だと思いますし、少し抽象化すると自分の言葉で話しやすくなることもあると思っていて、これからはそういったことも進んでいけばいいなと思いました。
岩沢 ダイバーシティ&インクルージョンの観点から、自社はどう変わっていけばいいんだろうと悩んでいる方はたくさんいると思います。その方へのメッセージはありますか?
合田 その会社さんらしいやり方でスタートするということが、いちばん大事なんじゃないかと思います。今回の勉強会も、ロフトワークさんらしいやり方でできたのが本当によかった。新しいことを話すからこそ、今まで使ってきた言葉で話すというのは大事だなと思います。
岩倉 「これが炎上を防ぐための5つのルールです!」みたいに一方的に教えられて、それを覚えるみたいなやり方よりは、やっぱり今回のように体験して学ぶ方がいいんだろうなと思います。その方が、それぞれが自分の判断軸を持つことにつながりやすいと思うので。自分の中から出てきた言葉で理解するというプロセスが大事だと思います。
岩沢 お二人とも、今日はありがとうございました。
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