誰もがクリエイティブになれば、もっとサステナブルな未来が待っている。
ケルシー・スチュワートが考える、現実を変えるための独創性
「クリエイティブ」や「クリエイティビティ」といった言葉が本質的に抱えているものとはなんだろう? なんらかのモノをつくる仕事をする人であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。本連載「Loftwork is…」では、ロフトワークのリーダーたちに、各々の考える「クリエイティビティとは何か」を尋ね、その多様な解釈を探索していきます。
今回、お話を聞いたのは、2022年4月からSustainability Executiveに就任したケルシー・スチュワートさん。
ケルシーは、SDGsをテーマにしたデザインスプリント「Global Goals Jam」やサーキュラリティ・コミュニティ・イベント「In the Loop」、サーキュラーデザインの実践や構想を集めて評価する「crQlr Awards」など、サステナビリティやサーキュラーデザインをテーマにした活動を積極的に企画・運営しています。
これらの活動を通じて、ケルシーはどのような未来を描いているのでしょう? サステナブルな未来に向けたアクションにおいて、「クリエイティビティ」がどのように作用しているのか、お話を聞きました。
執筆:杉田 真理子
撮影:中込 涼
編集:小山内 彩希
企画・取材・編集:くいしん
“誰かのため”から始まるクリエイティビティ
── ケルシーは、どのような経緯でロフトワークに入社したのでしょうか?
私はもともと、フロリダ大学で知覚心理学を専攻していて、主に味覚と嗅覚について研究していました。その後、同大学の大学院で現代の日本における宗教と社会の関わりについて研究を行っていました。
当時は、スペシャリティコーヒーのお店でバリスタのトレーナーとしても働いていて。サードウェーブコーヒーが日本に入り始めた時期です。コーヒーの分野で、サプライチェーンの視点からサステナビリティというトピックに触れ始めていました。
ロフトワークやFabCafeを知ったきっかけは、実はコーヒーからだったんです。
—— ズバリ聞きますが、ケルシーにとってのクリエイティビティとはどんなものですか?
大学時代から、プラグマティズムという考え方が自分のベースにありました。物事の真理を理念や信念ではなく行動の結果で判断するものという概念ですが、そういうふうに実際の世界にインパクトをもたらすことが、クリエイティビティの根幹にあるように思います。だから、私にとってクリエイティビティは、今の現実を、どうよりサステナブルで、より美しく、より良いものにできるか。それに関わる独創性です。
いつも思い出すエピソードがあります。米国の医師であったウィリアム・スチュワート・ハルステッドが発明した、使い捨てゴム手袋の話です。
19世紀末頃、手術は素手で行われており、感染症を防ぐために、手術前に医師の手を殺菌する必要がありました。強力な消毒薬に手を浸して殺菌するのですが、皮膚炎に悩む医療者が続出したんです。外科医としてジョン・ホプキン病院に努めていたウィリアム氏には、キャロラインという意中の助手がいて。その助手も、皮膚炎に耐えられなくなり、手術室看護師の職を辞する決断を迫るほどでした。
そこでウィリアム氏は、彼女に仕事を辞めてほしくないばかりに、ゴム手袋を開発したのです。空気入りタイヤが実用化されて間もない1890年、ウィリアムはグッドイヤー社に薄いゴム製の手袋の制作を依頼しました。キャロラインに辞めて欲しくなかったからこそ発明したゴム手袋。ふたりはやがて結婚します。
私にとってクリエイティビティとは、そういうこと。誰かのために何かを工夫してつくることであり、そのためには、その時代の「普通」を覆す独創性が必要なのです。
当たり前を疑い、再編成する
—— 昨今はビジネスシーンにおいてもクリエイティビティの必要が高まっているという印象がありますが、これについてはどう思いますか?
クリエイティビティをなんと定義するかですが、クリエイティビティなしにはどんなビジネスも存在しないというのが、私の考えです。産業革命も、資本主義もそうですし、人間の歴史そのものが、クリエイティビティなしには考えられません。
一方で、現在はリニアからサーキュラーへ、そしてリジェネラティブに考えを転換していく必要があります。システムをきちんと理解したうえでの、意図のあるビジョンが必要なのです。
私がいつも尊敬しているアメリカの心理学者、ウィリアム・ジェームズは、「多くの人は自分が“思考している”と思っているが、それは単に偏見を組み立て直しているに過ぎない」と言っていました。クリエイティビティとは、当たり前を再編成すること。従来の仕事と同じことをしていることが当たり前だと思っていたら、クリエイティビティは生まれません。リニアからサーキュラーへの転換は、この当たり前を疑うことから始まります。
—— ケルシーは、Sustainability Executiveとして、Global Goals Jam、crQlr Awardsなど多くのプロジェクトを手掛けられています。これらのクリエイティビティに対する考え方を、自身の携わるプロジェクトにどう活かしていますか?
まず、「Global Goals Jam(以下、GGJ)」とは、デザイナー、プログラマー、エンジニア、研究者など様々なバックグラウンドの人が、デザイン手法を使った2日間のワークショップを通じて、SDGsに取り組むという内容です。私にとって、GGJでのクリエイティビティの発揮のしどころは、ファシリテーターのキュレーションです。GGJの肝は、共通の目標に向かってファシリテーターたちがチームをまとめ上げ、一緒に取り組むこと。これはクリエイティビティが成せる技です。
また、世界各国のサーキュラーデザイン実践者たちが立場や地域、国を超えて連携を重ねながら、「未来のつくり手」に必要な新しいクリエイティビティやビジョンを提示することを目的としたコンソーシアム「crQlr(サーキュラー)」を設立しました。このプロジェクトでは、アートキュレーターやシェフ、建築家など、サーキュラーエコノミーの専門家に限らない多様な分野の人たちを審査員に呼ぶことで、クリエイティビティを発揮できたと思います。
もうひとつは、「In the Loop」。循環型デザインや持続可能性を追求したアイデア、製品、サービスを創っていくためのポップアップコミュニティです。その地域や国内外で活動する人々、クリエイター、スタートアップ、企業などが、共通の意識と熱意を共有しながら、新しいことに挑戦し、つながりをつくるための場です。ここでは、ポップアップのためにさまざまなプロデューサーをキュレーションする必要がありました。
例えば、3回目のIn the Loopに参加してもらったLOVEGの今井慎治さん、TOKYO VEG LIFEのNatsukiさんには、大豆ミートやヴィーガンチーズなど植物性の素材を使ったフードメニューを提供してもらいました。どれも美味しく、ヴィーガンフードが初めての人でもトライできるきっかけを提供できました。ポップアップに参加してくれるプロデューサーの皆さんとお客さんの双方が共有できるコンセプトがあることで、コミュニティの中にグッドバイブスが生まれるのだと思います。
すべてのプロジェクトが相互に影響しあうエコシステムをつくる
—— これらのプロジェクトをやるうえで、どういうところを大切にしているのでしょう?
私にとって、すべてのプロジェクトはエコシステムとしてながっていて、相互に価値を生み出せる関係である必要があります。
GGJでは、チームづくりから始めて、ゼロイチで新しいアイデアを生み出していきました。In the Loopは、アイデアを形にし社会実装する、1 to 99まで実験ができる場所です。サーキュラーなプロジェクトを実践するコンソーシアムは、具体的な取り組みの計画や成果を次のレベルへ、国内外の人々にリーチする場です。このように、すべてのプロジェクトにおいて“連続性”にこだわっています。
GGJをはじめて5年経ちましたが、次のステージは?と聞かれることが増えてきました。アイデアはできたけれど、その次のステップをどうデザインするのか。ではFabCafeを使ってもらおう、というところから自然発生的にIn the Loopが生まれました。これをさらにグローバルに展開するために生まれたのが、サーキュラーなプロジェクトを実践するコンソーシアムです。
—— クリエイティビティを意識し始めたきっかけはありますか? 今のキャリアに至るまでの原体験などはあるのでしょうか?
クリエイティビティに興味を持ち始めたのは、本当に好奇心からですね。FabCafeでデジタルファブリケーションとコーヒー業界の新しい連携を見て、私自身も何かできるのではと考えワクワクしました。ここでの経験を通して、クリエイティビティの力を感じ、コミュニティの存在を意識し始めました。
修士課程では宗教について学んでいたのですが、宗教には、ひとつの定義はありません。クリエイティビティに関してもひとつの定義はなく、一人ひとりによって違うもの。だからさまざまなクリエイティビティを探求するこのインタビューシリーズは、いつも面白いなと思っています!
周りの人に背中を押してもらったからこそ見つけられた、”私ならではの”クリエイティビティ
—— そもそも私はクリエイティブじゃない、と感じている人もいると思います。そんな人たちに、どんなことを伝えたいですか?
まずは挑戦してみること、そして、自分のクリエイティビティを信じることからだと思います。
私自身はアーティストでもクリエイターでもありませんが、イベントや体験設計などをすることが、私なりのクリエイティビティのあり方です。私がクリエイティブでいられるのは、周りの人たちに背中を押してもらったからです。
—— みんなが自分自身のクリエイティビティを発見していくと、人や社会はどう変化していくのでしょう? ケルシーにとっての理想的な変化や未来像があれば、教えて頂きたいです。
私がみんなに支えられて何かを生み出そうと思えたように、多くの人に、そんな機会が与えられたら良いなと思います。
今、私たちの世界の選択肢は限られています。世界中ですべての人がクリエイティビティを発揮できたら、選択肢が広がり、よりサステナブルで、公平で、エシカルで、レジリアンスのある世界になるでしょう。そんな未来をつくるためには、イノベーティブな考え方が必要です。
メタバースなど、デジタルの世界でも、クリエイティビティを発揮できる機会があるといいですよね。
おわりに
アメリカから単身日本に渡り、ロフトワークでキャリアを積んできたケルシー。言葉も文化も違う環境のなかで、ポジティブな笑顔を絶やさずに活動を続けるケルシーの姿には、こちらも背筋が伸びるような力強さとしなやかさがあります。
ケルシーにとってクリエイティビティとは、誰かのために、創意工夫をして、現実を変えること。であれば、アーティストやクリエイターでなくとも、誰もが日常的にクリエイティビティを発揮できるのではないでしょうか。
サステナブルな未来に向けて、より多くの人のアクションが必要となりつつある現在。誰もがクリエイティビティを積極的に発揮することで、ケルシーの目指すより良い未来が描けるはずです。
【連載】リーダーインタビューシリーズ「Loftwork is... 」
「クリエイティブ」や「クリエイティビティ」といった言葉が本質的に抱えているものとはなんだろう? なんらかのモノをつくる仕事をする人であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。本連載「Loftwork is…」では、ロフトワークのリーダーたちに、各々の考える「クリエイティビティとは何か」を尋ね、その多様な解釈を探索していきます。
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- #05 誰もがクリエイティブになれば、もっとサステナブルな未来が待っている。ケルシー・スチュワートが考える、現実を変えるための独創性(Sustainability Executive ケルシー・スチュワート)
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