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浦野 奈美 2022.11.24

庭師はアート&サイエンスの実践者
美意識と秩序を更新する「手入れ」とは

みなさんは日本庭園といったら何を思い浮かべますか?草一本ない苔むした地面や、綺麗に掃き取られた落ち葉、整然と剪定された木々を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。今回紹介する渉成園(しょうせいえん)に足を踏み入れると、草は生えているし、落ち葉も落ちています。あれ、手入れが行き届いていないのでは?と思うなかれ。そこには、庭師の方々による日々の血の滲む試行錯誤がありました。

生物多様性に配慮した庭

渉成園は、JR京都駅から徒歩10分ほどの場所にある、東本願寺の庭園です。1653年に、東本願寺の御門主の隠居先として作られました。庭園管理を手がける植彌加藤造園は、365年の歴史を経て変化する利用形態に合わせた手入れの方法を実践しています。そのテーマが「生物多様性に配慮した庭」。それをリードしてきた庭師が、太田陽介さんです。

植彌加藤造園の庭師、太田陽介さん。「自然界にあるものは「とりあえず何でも食べてみる」主義。」らしい。

太田陽介さん(以下、太田) 大学時代生物学を専攻していた頃、大学の池の水を抜いてブルーギルを除去するというプロジェクトがありました。でも、水を抜いてもブルーギルはすぐには死なず、2-3カ月かかってやっと撲滅できたんです。この経験から、外来種をいくら殺しても駆逐は難しいと感じました。庭園管理でも「外来種は除去する」というのが定説ですが、利用せず命だけ奪うという行為に疑問を感じていました。同時に、東本願寺の敷地は広大です。1箇所草刈りして次の場所に行って戻ってくるとまた草がボーボーになっている。自分の人生は草刈りで終わってしまうんじゃないか?という不安にもかられましたね。

その時、東本願寺のスローガンが指針になりました。東本願寺は命を大切にというメッセージを出しています。特に1998年に出された「ばらばらでいっしょ」というスローガンがずっと頭に残っていて、自然生態系もばらばらでいっしょだなと気づいたんです。自然生態系を中心に管理したら、東本願寺の教えを反映させた庭になるのではないかと。そこで、自然生態系を中心に庭を管理していこうと決めました。農薬に依存した管理を見直し始めて7年、特に殺虫剤や除草剤に頼る必要がなくなりました。

渉成園では、枯れた木をシンボルツリーとして大切に残し、生と死の両方を感じられる場所を目指しているそうだ。365年前に植えられたビャクシンは二本とも立ち枯れてしまっている。太田さんいわく、枯れてから100年立っているというのは広葉樹ではありえないらしく、通常は3年で腐って倒木になってしまう。一方で、ビャクシンは針葉樹なので、樹脂を出しており、バクテリアの菌害を受けにくいとのこと。

自然をコントロールすることをやめる ーチャドクガと椿ー

では生物多様性に配慮した庭とは具体的にどんな取り組みなのか?具体的なエピソードとしてチャドクガの大量発生だったそうです。

太田 渉成園には茶室がいくつもあります。茶室の周りには茶の木、椿、サザンカがたくさん植えられますが、これらにはチャドクガが発生します。30匹くらいのコロニーで葉から葉へ移動する毛虫で、ガラス質の毛が体に刺さると痒く、掻くと毛が折れてさらに痒くなるという厄介な毛虫です。大量発生した時、椿の葉をすべて食べ尽くし、最後には土壁のところに集まって餓死するという異様な光景でした。殺虫剤をふんだんに使ってなんとか対処しようとしていましたが、薬を変えたり濃度を濃くしても2週間で元の状態に戻るんです。そのうちに薬害で植物に限界が来て、葉に茶色の斑点が出て枯れかける事態になりました。

そこで思ったのが、そもそも椿の木が多すぎるんじゃないか?ということ。椿は本来、山の藪の中の大きな木の下でひっそりと花を咲かせる木なので、そんなに日光はいりません。でも、人間の欲望で「ここにほしい」と植えた場所が椿にとって適当な場所ではなかったのではないか。椿は日光を浴びすぎると焼けてしまうので、幹を守るために葉をたくさん出してボーボーにします(ちなみにこの現象は多くの民家で起きています)。結果、葉が多すぎて餌が増えて毛虫が増えてしまうという悪循環に気づいたんです。

そこで、増えすぎた枝葉を剪定しつつ、無理な場所にいる椿を除去し、本来の樹形に近づけてみました。結果的にチャドクガは劇的に減り、この5年間大量発生はしていません。チャドクガのコロニーも5匹くらいの小さなものになりました。よく見ると蜘蛛などチャドクガにとっての天敵も増えていました。当然ですが、除草剤/殺虫剤を撒くと益虫も死にます。でも、椿に一番最初に戻ってくるのはチャドクガ。益虫の発生は少し遅れるので、そういう意味でも過剰な殺虫剤が悪循環を生む可能性が高まるのではないかという仮説も得られました

人間中心で作られたシステムや秩序が自然に無理を強いてしまうことはよくあることですが、その2つは必ずしも対立するものではありません。太田さんたちの実践は、無理がかかっている場所の元凶を突き止め、バランスを整えることで、結果的に、それまで必然だと思われていたリソース消費を根本から解消したのだと思います。

すす病の被害にあっているクロガネモチ。ルビーロウカイガラムシの出す甘露がかびて葉が真っ黒になってしまうというもの。この貝殻虫に寄生する蜂がいて、その飛来を待っているが、渉成園は陸の孤島のようになっているので、なかなかこない。蜂を人為的に放つこともできるが、人為的に放つ場合、害虫を駆逐した後に益虫も死んでしまうので、命のロスが大きすぎる。太田さんの精神的安全も確保しながら、100-200年のスパンの仕事として捉えているので、気長に待っているという。

変わる自然環境に合わせて積極的に美意識も更新していく

ー 伝統的な技術や文化に付き纏う「伝統を守る」というミッション。同時に変化する時代や環境に合わせて技術や文化も最適化していく必要があります。

太田 時代が変わる中で、庭園に訪れる人もその目的も変わっていますから、それにあわせて庭園だって変わっていくべきだと考えています。たとえば、育ちすぎた木だということで、大木を切り倒したことがありますが、それに合わせて、他の生態系に影響が出たことがあります。ひとつは、もみじの木が主木になってしまったこと。本来もみじは谷間の大きな木の下で枝を横に伸ばしていきます。もみじは主木がなくなったことで、枝を上に伸ばし、先に話した椿のように、幹を守るために葉を大量に出して、もみじらしい樹形ではなくなってしまいました。幹の一部は夏場の強い直射日光で焼けてしまって枯れてしまい、痛々しいことになってしまいました。

ふたつめの変化は、直射日光が地面にたくさん当たることで草が増えてしまったこと。でも逆にいうと、直射日光が当たる地域で草がないのはおかしいんです。この新しい環境では草があるのが自然だと思うので、草をあえて残すという手入れができないか、試行錯誤しています。

光が入ったことで草の増えた南大島の手入れをしている様子

ー 自然環境も人間の価値観も変わり続ける中で、太田さんたちは、守るべき伝統の価値軸を柔軟に解釈しながら、自然への介入のバランスを試行錯誤しています。その時に「人間の美意識を更新する」ということにも挑戦しているようです。

太田 南大島にはメリケンカルカヤという外来種の草がたくさん生えていて、通常なら除去対象です。でも、「命を大切に」という教えを受けつつ、人間だって外国人をあたたかく受け入れているのに、植物はそうできないのはおかしいと思いました。そこで、外来種であっても残し方を工夫すれば在来種と調和できるし、美しいのではないか?という仮説のもと、今、他の生態系に影響の少ない南大島にだけ、共存できる方法がないか試行錯誤しています。。メリケンカルカヤも、寒い時期になってきて風の中で茶色に揺れる様子はどこか暖かい感じがするんですよね。

そもそも梅や大山木も元々は中国から来た外来種です。あまりに昔に入ってきたから外来種だと思っていないが、最近入ってきたものだけ毛嫌いするというのも変な話ですよね。だからこの庭園では、外来種であっても生きる場所を与えていきたいと思っています。草を景色に取り入れると面白いのは、毎年出る場所が変わるので、毎年ダイナミックに景色が変わっていくということですね。来るたびに違う景色になるので、皆さんにも見て欲しいです。

南大島のメリケンカルカヤを手入れしている様子

バクテリアコントロールと景色のデザイン

太田さんの元の専門はバイオテクノロジー。動植物の環境をバクテリアレベルで整えながら、新たな「美しい景色」を創り出すことにチャレンジしています。そのひとつが「敷松葉」。

太田 渉成園には池があり、その浜辺に黒松が植えられています。一般的に海辺の防風林として植えられる木なので、渉成園でも海辺の景色を作るために植えられていたと考えられます。この松林の除草もこれまでの仕事のひとつでしたが、ここでも「草を抜かずに済む方法」を考えました。

この黒松、冬場の手入れで、茶色くなる前の葉をむしるというものがあります。そして、むしった地面に落ちた松葉は基本的にすべて除去しなければいけないというのが、一般的でした。でも黒松は弱酸性。苔は弱酸性が好きなので、松葉を敷いておくと、苔や菌に適した場所になる。けれども、松葉をすべて片付けてしまうと、土壌は中性になるので、草とバクテリアが好きな環境になってしまいます。結果的に草がたくさん生えてしまうのではないか。

そこで、実験的に、むしった松葉をそのまま床に敷いたままにしてみました。すると、1年を通じてここでは大がかりな除草作業が不要になったんです。さらに、青い松葉を落とすと真冬に地面が真緑になり、光が当たると鏡のように反射して、かつ木のシルエットもはっきり映って景色が美しいんです。一方で暖かい季節に緑色の草地は茶色になるので、地面の色もダイナミックに変わっていき、面白い景色になりました。

松葉をむしる太田さん
敷松葉した黒松の土壌
松葉の間からはたくさんの苔が見える
松林の写真(太田さん撮影)

人材や資金不足を、環境最適化から考える

話を聞いていると、太田さんたちの作業の多くは除草との戦いです。そもそも、いつから日本庭園は徹底して除草するようになったのでしょうか。

太田 おそらく、高度成長期頃から加速したのではないかと思います。庭師も仕事ですから、除草剤をまいたら仕事としてお金が入りますし、草を刈ったらお金が入ります。わかりやすい労働とお金が結びつくと、極端な言い方をすると、生態系なんて考えなくなるわけです。だから、肥料や薬を使わずに庭園を管理する方法もあったはずなのに廃れてしまったんだと思います。僕もわからないんです。だから試行錯誤しています。

同時に、庭師も減ってきています。高度経済成長期のような莫大な資金もない時に、草刈りに人的/金銭的リソースをひたすら投下するというのも現実的ではありません。いかに自然のシステムを使ってローメンテナンス、ノンメンテナンスでいけるかというチャレンジが必要だと思っています。そのためには、生物にも人間にとっても美しいとは何か?ということを常に問いながら、どこまで手を入れるか試行錯誤している、という感じです。

人手不足や資金不足は多くの業界で起きていること。必要だと思っている作業は本当に必要なのか。人間だけでなんとかしようと思っていないか。他の種族と共創して解決できることがあるのではないか。太田さんたちの挑戦は、私たちに多くの示唆をくれます。

9月に開催された渉成園ツアーにて。

関連企画:「野生と手入れ」

植彌加藤造園の太田さんを講師に、実際に渉成園の冬の手入れを体験しながら、自然への介入や美意識の更新に挑戦するワークショップを開催。京都の名勝庭園の造園に関わるなかで生まれた、10の作品を茶会として披露しました。

生物多様性の課題に美意識で向き合う  30人が追体験した庭師による野生と手入れの駆け引き

SPCS|Season2「野生と手入れ」

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡