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Christine Yeh 2020.07.22

身近な問題をきっかけに、世界のクリエイターとムーブメントを仕掛ける

FabCafe海外拠点をつなぎながら、ホットな企画を発信する―グローバルマーケター、クリスティーンに訊く

国や文化を超えたムーブメントを生み出すために、私たちはどんなことができるでしょうか。それぞれの国に異なる価値観や判断基準があり、日々移り変わるトレンドがあります。日本にいる私たちがそれらをキャッチアップすることは、World Wide Webを駆使しても容易ではありません。

世界がコロナ禍に見舞われた、2020年3月。世界10拠点にものづくりカフェとクリエイターコミュニティを展開するFabCafe Globalは、世界的なマスク不足をきっかけにデザインアワード「Mask Design Challenge 2020(MDC)」を開催。わずか3週間の間に行われたアワードは、またたく間に世界のクリエイターに広がり、24カ国から228のアイデアを集めました。

このキャンペーンを仕掛けたのは、ロフトワーク グローバル・マーケティングチームのChristine Yeh(クリスティーン・イェー)。海外メディアで活躍した経験を持つ彼女は、FabCafe Globalのメンバーと密に連携しながら、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどの社会情勢やトレンドをキャッチアップし、最も旬なトピックからオンラインキャンペーンやイベント、コンテンツなどを企画・発信しています。

クリスティーンは、いかにしてMDCを盛り上げ、ムーブメントを広げることができたのでしょうか。今回、クリスティーンにMDCの舞台裏と、そのポイントとウィズコロナ時代にFabCafe Globalとともに仕掛けている新しいプロジェクトについて訊きました。

執筆:中嶋 希実
メインビジュアル:AUD
編集:loftwork.com編集部

Christine Yeh / クリスティーン・イェー Loftwork Inc. Director of Global Marketing

アメリカ生まれ、台湾育ち。カリフォルニア大学サンディエゴ分校 経済学科卒業後、ビジネス情報を配信するネットメディア会社に就職。台湾に帰国後、その経験を活かしライフスタイルを発信するメディアや、P2Pの旅行体験予約サイトを立ち上げる。日本企業にスカウトされ、事業譲渡。それを機に日本での仕事をスタートさせる。活動していく中で、クリエティブとUXデザインに興味を持ち2019年ロフトワークに入社。グローバルマーケティング、ビジネス戦略を担当。
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スピーディーにローンチし、柔軟に軌道修正する

Mask Design Challenge で世界から集まった、新しいマスクのアイデア(一部)

『Sensing Mask』は複合解析データから呼気温度や咳の回数を検出し、健康状態を把握できるスマートマスク。本アワードではPichit賞、白鳩賞受賞。(クリエイター:小林竜太)

使いたい分だけテープのようにカットして作れる「マスクカッター」。不織布ロールの裏面両サイドには肌に優しい素材の粘着テープが付いていて、折り方によって肌とマスクを密着させた付け方と、密着させない付け方が選べる。本アワードでは大村賞を受賞。(クリエイター:児嶋ゆかり)

── MDCは企画からアイデア募集、授賞式までが2ヶ月と、グローバルアワードとしては非常にスピーディーでした。まずは始まった経緯を聞かせてもらえますか。

FabCafe Bangkokのファウンダー・Kalayaとのオンラインミーティングがきっかけです。Covid-19の感染が拡大した3月半ば頃、世界中でマスクが足りないと言われはじめた時期でした。「これからどんなマスクがあったらいいか、クリエイターからアイデアを集めるアワードを開催してみるのはどうだろう」という、何気ない会話でした。

そこから1週間でプランニングし、翌週に審査員にオファーをして。3週間後にローンチすることができました。

── 3週間で準備して、アイデアの募集期間も3週間。本当にスピーディーですよね。

私はもともとメディアを運営していたので、新しい情報は一秒でも早く発信するべきだと考えています。MDCも同じで、世界のホットトピックをいち早く企画としてリリースしたかったんです。今回のアワードは、クリエイターに遊び心を持ってアイデアを応募してもらうための企画だったので、募集期間は2週間でも十分だったと思います。

Mask Design Challengeのスケジュール

──24カ国から、228点ものアイデアが集まった要因はなんだったと思いますか?

クリエイターにも時間的な余裕があり、参加しやすい時期だったのだと思います。海外にいるクリエイターの友人たちとやりとりしながら、彼らの多くが仕事をキャンセルされ、自宅で時間を持て余していることを知っていました。 アメリカでも同様に、アイデアを集めるチャレンジが数多く開催されていたんです。

もうひとつ成功の要因となったのは、ビジュアルです。もともと別の企画で一緒に動いていたタイのクリエイター、Gongkanがつくってくれた、印象的なイラストを採用しました。Gongkan自身、日頃から社会問題を題材としたアートワークを制作しているので、つくるイメージに説得力があるんです。アワードのビジュアルはたくさんの人の目に触れるもので、これに魅力を感じて応募してくれる人たちも多いんです。

AWRDのプラットフォームは、もともとクリエイターの作品を広く紹介するためのポートフォリオサイトでした。AWRDのビジュアルは優れたクリエイターを紹介するショーケースでもあるので、その品質にこだわることは私たちのミッションにも通じています。

アーティストのGongkanによるイラストが印象的なビジュアル

FabCafe Global「ならでは」のつながりが生み出す価値

── 世界のFabCafeの拠点と連携できたことも、たくさんのアイデアが集まった理由ですね。

各国のFabCafeでは、日頃からクリエイターに向けたイベントを開催しており、成熟したクリエイティブコミュニティを形成しています。

これまでも香港やバンコク、バルセロナなどにいるFabCafeのメンバーと会議をしたり、各拠点の間でのコラボレーションを進めてきましたが、今回ほど短い期間に1つのプロジェクトで連携したのは初めてです。今回は各国が共通の問題意識を持っていたので、息を合わせて開催することができました。

── アワードの審査員は香港、バンコク、台北、東京から、多様なバックグラウンドを持った方たちが協力してくださいました。どういう経緯で彼らに依頼することになったんですか。

 

MDCの審査員を務めた、鄺士山博士(香港中文大学元講師)、Pichit Virankabutra氏(TCDCディレクター)、Maibelle Lin氏(Pinkoi共同設立社、CPO)、大村卓氏(プロダクトデザイナー)

FabCafe Hongkongからは化学者の鄺士山博士に審査をお願いしました。現地では“マスクマスター”として有名な方です。昨年から続いている政府への抗議デモに関連して、FabCafe Hongkongで催涙ガスを防ぐためのマスクをつくる企画をしていたことから、博士とつながりがありました。

ほかの審査員のみなさんも、もともとFabCafeを通じて知り合った方々です。スポンサーになってくださったマスクメーカーの白鳩さんも、今年9月にオープン予定のFabCafe Nagoyaを設立する経緯で出会い、アワードに協力してくださいました。

── なるほど。このMDCそのものが、FabCafeを通じて出会った人たちとのセレンディピティによって成り立っているんですね。

そうですね。FabCafeのクリエイティブネットワークがとても貴重なものだと実感しました。ミッションを強く掲げていれば、おもしろい人たちとつながることができる。「いま目の前にいるのは、いつかコラボレーションできる相手かもしれない」という気持ちを持つことが大事ですね。

── このチャレンジの後、バンコク、バルセロナのFabCafeでフェイスシールドやウイルス検査用のブースなど、医療現場で不足していた器具をつくる取り組みも始まりましたね。

FabCafe Bangkokではタイの病院から依頼されて、クリエイターが3Dプリンターやレーザーカッターを使い、フェイスシールドや安全にウィルス検査をするためのスワブ(綿棒)シールド、検査ブースをつくりました。FabCafe Barcelonaでは、3Dプリンターで人工呼吸器用のY型スプリッターを製造しました。MDCを皮切りに、世界のFabCafeでクリエイターたちがCovid-19に対して「なにか挑戦しよう」という流れが生まれたのが、すごくおもしろいと思います。

FabCafe Bangkokで制作された、医療従事者を保護するための検査ブースとフェイスシールド

クリエイターと世界をリデザインする

── 企業や組織が、グローバルアワードを開催するメリットはなんだと思いますか?

アワードによってデザインを集めることで、1つの企業や組織では持ち得ない多くのアイデアや視点が集まり、できることの幅がぐっと広がります。

さらに、グローバルアワードは集まったアイデアから各国の傾向―どんな思考をしている人が多い国なのか、どんなものが好まれるのかなど―をリサーチすることにもつながります。近年、海外に滞在しながら、デザイン・リサーチによって新しい機会領域を探るプロジェクトのニーズは増えていましたが、コロナウィルスの影響下でいかに現地に行かずにリサーチを実施できるかが求められています。クリエイターの視点を通じて、現地のニーズや共通言語を探ることができるグローバルアワードは、その有効な選択肢の一つとなるでしょう。企業やプロジェクトがAWRDやFabCafeのグローバルネットワークを活用することで、海外とつながるいいきっかけをつくることができるんじゃないかと思います。

── 日本にいながら海外のクリエイターや組織とコラボレーションするのに、現地の事情や判断基準がわからず、なかなか進まないことは少なくないと思います。いつも多様な価値観のなかでコミュニケーションしているChristineとFabCafe Globalだからこそ、チャレンジできることがたくさんありそうですね。

そうですね。私自身アメリカや台湾、タイに住んでいた経験があるので、いろいろな国の視点からものごとを見ることが得意だと思います。これからもっとFabCafeのネットワークを活用して、世界のクリエイターと日本の企業をつないでいきたいです。

MDCを経て、今はFutureCityというプロジェクトに取り組んでいます。Covid-19によって変化する世界の可能性を探るために、企業やクリエイターと一緒にモビリティや教育、アーバンファーミングなどのテーマを取り上げ、革新的なアクションや過去のシステムをアップデートする方法について考えていきます。

── FutureCityでは、どんなことにチャレンジしたいですか?

Covid-19の影響によって変化した日常生活が完全に元通りになることは、ほぼないでしょう。働き方や生活様式が強制的に変わり、新しいルールや常識のなかで過ごさざるを得ない。そんな今だからこそ生まれる新しいサービスやプロダクトを、クリエイターたちと一緒に形にして発信していきたいです。

具体的なアクションとして、すでに「教育」をテーマにしたアワードやイベントを開催しました。

── なるほど。日本の学校教育のオンライン化やリモートワークについては、技術は存在していたけれど実現するには10年以上かかるだろうという意見もありました。それが、この状況でどんどん進んでいます。

リモートワークは日本の多くの企業では難しいと考えられてきたようですが、やってみたら案外すぐに実現できました。きっと、このまま取り入れていく企業も多いですよね。台湾や香港では、リモートワークは以前から行われていました。なかなか変われなかった日本だからこそ、これからおもしろいことがどんどん起こっていくと思います。

また、こうした状況のなかで、私の周りで以前より意見を主張するようになった日本人が増えたように感じています。こうしたちょっとした変化が、私にとってはすごく興味深いんです。

──みんなが初めて経験する急速な変化だからこそ、だれもがフラットに意見を言える空気が生まれつつあるのかもしれません。

フィジカルは不自由ですが、マインドが自由になっているのでしょうね。マインドが自由になると、よりクリエイティブになることができます。

世界をリデザインするような変化が起きている今が、すごくエキサイティングだと感じています。不自由なこともたくさんあるけれど、これまでできなかったことができるようにもなる。新しいニーズがどんどん生まれるなかで、世界中のクリエイターと日本の企業をつなぎながら一緒に新しいライフスタイルを提案していきたいです。

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