FINDING
服部 木綿子(もめ) 2020.06.17

もしもゲストハウスの女将が、
PMBOK®︎に出会っていたら。

「計画は机上の空論」と吐き捨てていた、あの頃の私へ

みなさん、こんにちは。ロフトワークディレクターの服部(通称:もめ)です。ロフトワークでは新入り。それまでは、いろんな経験をしてきましたが、田舎でゲストハウスを2軒立ち上げて女将を務めたことは、人生において大きな経験として残っております。

とにかく「行動と気合が大切」だというのが当時の信念で、現場でひらめいたことを、感情のまま行動していきました。引っ越してきたばかりの村で、廃業していた温泉宿を1年以内に再開。廃業宿は、村所有。私たちが運営するかも?というのは、当時の夫(今もこの宿を運営する会社の代表をしております)と村長が村のソフトボール大会で交わした口約束が頼り。指定管理者になるための議会が通っているわけでもありません。お金の出どころも、いくらかかるのかもわかっていません。当然スタッフもいません。(元)夫と、2才の子と5ヶ月の子と、産後まもない体の私だけ…。だけど1年後にはオープン出来ました。火事場の馬鹿力と、数々のミラクルのおかげで…。

ゲストハウスを立ち上げた頃の私。我が子を背負いながら張り切る日々でした。

ロフトワークに入社したのは、こんな現場経験を生かしつつも、ロジカルな手法を身に付けたいという目的がありました。入社して早速、ロフトワークにとって基本中の基本の知識体系、PMBOK®︎(A Guide to Project Management Body Of Knowledge/PMBOKと読みます)に出会い、目から鱗がポロポロと落ちていきました。落ちた鱗を一枚ずつ拾い集め、みなさんに共有したいと思います。

手始めに読んだのは、表紙の色に擬えて「紫本」と呼んでいる一冊。「Webプロジェクトマネジメント標準」と書かれていますが、PMBOK®︎のエッセンスを下敷きにしてあるため、基礎を理解するために有効です。店の立ち上げというプロジェクトを進行していた、あの時の私が、もしPMBOK®︎を知っていたら…そんな想いを重ねつつ、ご紹介します。

こちらが「紫本」。
服部 木綿子(もめ)

Author服部 木綿子(もめ)(クリエイティブディレクター)

神戸生まれ神戸育ち。岡山で農林業や狩猟がすぐそばにある田舎暮らしを約10年に渡り経験。その中で2軒の遊休施設をゲストハウス(岡山県西粟倉村/香川県豊島)として再生し、自らも運営の第一線に立った。その後、神戸の農産物などを販売するショップで、マネージャーとして店舗の運営に携るなど、ローカルのコミュニティ拠点づくりに関わってきた。プロジェクトを通じて出会ったクライアントやクリエイター、ロフトワークのメンバーが、一個人として楽しく、持っている能力をシェアし合える「ええ空気」なプロジェクト設計が得意。社会が面白くなるのは、専門分野やバックグラウンドの異なる個人が肩書きを忘れてつながる瞬間だと信じていて、公私の境界線を往来しながら、さまざまな場づくりを行っている。

Profile

特に知っておきたかった5つのポイント

1.「思いつき」を垂れ流す回数を減らす(p.151)

当時、自分のテンションをあげるために「女将」と名乗ることにしたのですが、立ち上げフェーズにおいての私の役割は、振り返ってみるとプロジェクトマネージャーだったんだと思います。当時、その役割の名称さえ知りませんでしたけど。私がまず面食らったのは、「思いつき」と「ひらめき」は違うという事実。「ひらめき」は、普段から真剣に考えて悩んだ過程を経て、ふとした瞬間に出てきたヒントを言葉で具現化したものなので、論理的に説明できます。「思いつき」は、普段何も考えていなくて、最初に出てきたアイディアを発しただけの個人の主観。この区別ができていなかったので、本文冒頭に書いた「ひらめき」の中には、いくつもの「思いつき」が入り混じっていて、プロジェクトメンバーを疲弊させていたに違いないです。

2.記録とTodoリストの重要性(p.148)

続いて知ったのは、記録の重要性。ロフトワークに入社してから、誰かと打ち合わせる時は、必ず記録を残すようになりました。いつ/どこで/誰が/どんな経緯で/どう合意したのかをステークホルダー間で明確にしていくことは、プロジェクトを進行していく上で、指針となっていきます。相手が言った、言わないは、もとより、自分自身の言ったことすら、簡単に忘れてしまうものですから。そして、最も大事なのはTodo。誰が/いつまでに/何をやる、というリストは、プロジェクトを進めるために欠かせません。ロフトワークでは、Asanaというプロジェクト管理ツールを使い、日々のTodoをプロジェクトメンバー間で確認し、進行しています。

プロジェクト管理ツールAsanaは、毎朝必ずチェックし、更新しています。

3.WBSで作業を割りふる(p.49)

WBSとは、ワーク・ブレークダウン・ストラクチャーのことで、プロジェクト全体の作業を、細かく階層的に分解していったものです。プロジェクト終結までに行なうべき作業内容が把握でき、それぞれの作業をプロジェクトメンバーに割り振ることができます。WBSは、リスク、品質、スケジュールなどのベースとなるものなので、プロジェクト進行の要。例えば、ゲストハウス立ち上げプロジェクトだと、「メニューを決める」ではなく「宿泊者の朝ご飯の値段を決める」「器を購入する」などの粒度で作業を洗い出すことで、どのくらいの作業量があり、誰がどう動くか、をメンバー全員で可視化しながら、決めることができそうです。

4.段階的詳細化(p.40)

これです。私が計画というものに抱いていた、壮大な勘違い。計画とは、「一度立ててその通りに行動すること」だと思っていました。計画は、最初から事細かに決められるわけもなければ、その通りに進行できるわけもないですよね。じゃあ計画ってっ一体何なの?と、分からなくなっていたのですが、私が腹落ちしたきっかけは、「段階的詳細化」という概念を知ったこと。計画とは、まずプロジェクトの全体像が見えることが重要で、内容は粗くても良いのです。徐々に細部を整えていくことを「段階的詳細化」と言います。このことを、女将だった私に教えてあげたい…。タイムマシンに乗って…。

5.RACIチャート(p.106)

RACI(レーシー)チャートとは、各メンバーを「Responsible(実行責任)」、「Accountable(説明責任)」「Consulted(相談対応)」「Informed(情報責任)」の4種類の責任に分類すること。私が女将だった時、プロジェクトの超序盤は家族だけでスタートしたのですが、途中からスタッフが加わりました。関わるメンバーが増えるほど、役割を明確にするというのは超重要だと思います。プロジェクトの生産性を上げ、メンバーのモチベーションを継続させる上で「自分の存在は意味あるの?」って疑問が出てくることは、プロジェクトにとって危機。夫婦で始めるプロジェクトは、この辺りを曖昧に進行しがちかもしれません。

プロジェクトマネジメントは人生そのもの

自分の原則を持とう

紫本の理解と並行しながら、社内で実施されているPMBOK®︎の連続勉強会にも参加しました。勉強会の野村隆昌先生(プロジェクトマネジメントに関する50以上の講座を開発されています)からは、プロジェクトを進行する上で大切な、人としての在り方を学びました。優秀なプロジェクトマネージャーは、知識があるだけでなく原則(持論、ルール、考え方の基準)を持っていると言います。先生の場合「全ての人を無条件で信頼しよう」「あらゆるリスクと変更を楽しもう」などのいくつもの原則を持ってます。これらは、先生自身がこれまで多くのプロジェクトに関わり、失敗も繰り返した上で、経験から培ってきたものです。

勉強会ではオンラインホワイトボードサービスmiroを使って、ワークも行いました。各自の「原則」を発表していき、大盛り上がり。

人生の苦労は、優秀なプロジェクトマネージャーへの糧となる

またプロジェクトマネージャーの精神状態は、中庸(極端ではないこと/偏っていないこと)であり、全体を見渡している必要があるようです。私は、女将時代に、自分のこだわりに執着し、喜びも怒りも含めた感情を燃料として、プロジェクトをドライブしてきました。結果、周囲も自分自身も振り回して、その後、燃え尽きてしまいました…。「こだわり(執着)」や「感情」は、程よく持てば、プロジェクトにうまく作用します。それらに飲まれず、コントロールが出来るのがプロの証。私の場合、女将を退いた後、怒りや執着を手放す道を探るため、2週間のヴィパッサナー瞑想(インドの最も古い瞑想法。「ヴィパッサナー」とは、ものごとをありのままに見るという意味)に行きましたが、勉強会の先生も感情と上手に付き合うためのヒントを探してお遍路の旅に出たと言います…。一回大きな苦労をしてからの方が、中庸の道に導かれ、良いプロジェクトマネージャーに近づけるのかもしれません…。タイムマシンに乗って女将にPMBOK®︎を届けることは出来ないけど、あの日々は今に繋がっているんです。

 

プロジェクトマネジメントは、人生そのもの。そう知ると、PMBOK®︎を改めて味わい深く受け止められるようになりました。(もう少し時が立ったら、PMBOK®︎ Guideにもチャレンジしたい…)

「紫本」は、自己流でプロジェクトを進行中の方、お役に立つと思います。ぜひご覧ください。

Keywords

Next Contents

多元な世界を実現したいなら、僕らはみんな自律的になる必要がある