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岩沢 エリ 2020.11.27

モビリティ、ヘルステック、Fintech…今の法律が足かせになって事業化が進まない…なら「規制のサンドボックス制度」を使ってみては?
活用事例と実践方法7つのステップ紹介

市場ポテンシャルは大きいが、現行法が壁となり進まない事業。実現のためには、法改正が先か?事業の実証実験が先か?

構成・執筆・編集 岩沢エリ/執筆 野本纏花/イラスト 野中聡紀

近年の新ビジネスアイデアは、モビリティやヘルステック、FinTechに代表されるように、1つの業界の常識にとどまらず、複数の業界や場所、モノをまたいで繋ぐサービス提供型のビジネスが急増しています。しかし、事業アイデア実現の前に、現行の法規制の壁が立ちはだかり、事業化を一時停止させてしまうこともしばしば。

事業者側からすると、すぐにでも法改正してほしいところですが、法改正を担う規制当局側からすると「どのように法改正すべきかの検討を進めるには、検証データが必要」。そして、「検証データをつくるには、事業の実証実験が必要」ですが、現行法のままでは事業者側も実験ができない。まさに、にわとりが先か、たまごが先かといった状態です。

こうして日本発事業が足踏みしている間に、諸外国ではどんどん革新的なサービスが生まれ、市場を成長させています。このままでは日本の未来を潰してしまうのではないか。その強い危機意識から、日本政府の内閣官房が主導して立ち上げたのが、「規制のサンドボックス制度」です。

政府と一緒に“まずやってみる”のが「規制のサンドボックス制度」

規制のサンドボックス制度は、ひとことでいうと、政府と事業者が共同して「規制当局が法改正を検討できるデータ取得」と、「事業者の事業検証」を特定の条件下で同時に行う制度です。

「規制のサンドボックス制度」をつくることで、これまで厚生労働省や国土交通省と、規制の管轄が違った様々な領域の事業者がかかえる法規制の課題を1つの窓口に集約。相談事業の経済的価値が高く、将来的な法規制の緩和の検討材料にもなりうる場合、認定手続きを進めて実証実験を行います。

では、具体的にはどんな法規制が障壁となっている事業者が活用し、どのような成果につながるのか。3つの事例を紹介します。

現行法を読み解き、新事業が法律違反しないことのお墨付きをもらう

最初の2事例は、モビリティに関わる事業です。新しい乗り物や、既存の乗り物の新しい使い方の提案は、現行法律でなかなか区分けが難しいため、結果的に現行法がモビリティ領域の新事業創出の足かせになってしまいます。規制のサンドボックス制度を活用することで、どのように現行法の解釈から脱し、事業化へ進めるられるかのヒントとして以下紹介します。

Case1:キャンピングカーを動く空間として貸し出す事業と旅行業法(株式会社EXx)

株式会社DADAのモビリティ事業と株式会社mymeritの電動キックボード事業が合流して、2020年5月に設立されたモビリティスタートアップ株式会社EXx。「モビリティは、単なる移動手段ではなく、その空間と移動先の場所と掛け算することで、喫茶店や商業施設、ホテルなど、さまざまな役割をもてる可能性を秘めているのではないか」と代表取締役の青木大和さんは考えました。

そのアイデアを形にしたのが、バスを改造したキャンピングカー「BUSHOUSE」です。BUSHOUSEという“空間”を貸し出すシェアリングビジネスを展開したいと考えた青木さんは、BUSHOUSEそのものをレンタカーとして貸し出すのではなく、EXxが利用する場所までBUSHOUSEを運び、ユーザーによって移動ができない状態にした上で、鍵を渡して貸し出す方法を採用することにしました。

論点:キャンピングカー「BUSHOUSE」は、旅館業法で定義する「施設」に該当するか?

しかし、ここで問題になるのが、このBUSHOUSEは、旅館業法の定める「施設」に当たらないのか?という点です。もし旅館業法の定める「施設」だとみなされるのであれば、旅館業法施行令で定める構造設備基準を満たし、都道府県知事から営業許可をもらわなければなりません。

ところが「規制のサンドボックス制度」を活用して、早い段階から内閣官房の担当者に相談をしていたことで、この方法でキャンピングカーの貸出しを行う場合においては、旅館業法の定める許可を要しないことを証明するための実証実験を行うことができ、スムーズに事業をスタートすることができたのです。

シェアリングビジネスの形だけでなく、OEMとしてBUSHOUSEを納品させていただくケースが出てきたり、大手企業や自治体からお声がけいただいて、一緒に宿泊施設の開発を行ったりするなど、たった1年で大きな成長を遂げることができました。内閣官房のみなさまには、寄り添って伴走していただき、とても感謝しています(青木さん)

Case2:電動キックボードのシェア事業と道路交通法及び道路運送車両法(株式会社Luup)

革新的なビジネスを行う企業のリーガル面をサポートしている國峯法律事務所の國峯孝祐弁護士は、規制のサンドボックス制度で取り扱った「電動キックボードのシェアリング事業の実現に向けた実証実験について、紹介しました。

電動キックボードは、現行規制(道路交通法及び道路運送車両法)上、原動機付自転車として取り扱われているため、車道しか走ることができません。加えて、電動キックボードを公道で利用するためには、車体にバックミラーやナンバープレートを付けて、免許を携帯した上でヘルメットを着用するといった条件も満たさなければならず、現行規制のままで普及させるのは非常に困難であると言えます。

論点:電動キックボードは、原動機付自転車(原付)に含まれるのか?

電動キックボードの取り扱いに関して、諸外国で議論が進む中、日本でも議論を進める必要があることは確かなものの、制度改正のためには走行実証をしなければなりません。「とはいえ、ベンチャー企業が独自で走行実証をして政府に提示しても、なかなか相手にしてもらえないでしょうしかし、規制のサンドボックス制度を利用すると、まさに内閣官房の方々のお墨付きをもらえるし、各省庁の承認を得て、政府と一緒に走行実証を行うことができます」(國峯さん)

走行実証は、横浜国立大学と九州大学のキャンパス内にて行われました。2種類の電動キックボードにより実証し、車両の安全性、運転者の走行に対する安全性、GPS、IoTによる遠隔制御の的確性等の情報を収集・分析した結果をまとめ、報告書を提出。サンドボックス制度を使ったことをきっかけに、政府の人や政治家の先生にも興味を持ってもらえ、規制改革推進会議に業界団体が呼ばれたり、自民党の議員連盟の勉強会に呼んでいただいたりして、制度改正に向けた議論が進んできたと言います。

『規制のサンドボックス制度』を活用する意義は、『実証実験を政府と一緒にできる』『政府の関係部署とのコミュニケーション・ルートができる』『政府公認の実証実験ということでPR効果がある』と個人的には感じています(國峯さん)

挑戦するに値する事業に対しては、特例措置も実施してもらえる。

上記2事例のように法解釈の範囲だけでは実証実験の認証が難しい事案もあります。その場合は特例措置として、「規制のサンドボックス制度で認定した企業の事業が、現行の法規制に違反するとしても、特例的に違反とみなさない。」というお墨付きを制度を通じてもらうこともできます。これから紹介するP2P保険は特例措置を講じた例です。

Case3:日本初のP2P保険プラットホームサービス事業と保険業法(Frich株式会社)

Frichは、助け合い(相互扶助)のための共済グループをつくることができる、日本ではまだ珍しいP2P保険サービスです。「コロナ禍をきっかけに、ひとり親や派遣労働者など、弱い立場の人が追い詰められ、共助が機能していない現状が露見した」と話すのはFrich株式会社 代表取締役 富永源太郎さん。Frichは、そんな共通の悩みやリスクを持った人たちが、相互にお金を出し合って、有事に備えるための仕組みを提供するサービスなのです。

具体的には、オーナーと呼ばれる幹事がSNSでつながっている友達と一緒に、スマートフォン上でグループをつくります。入出金もすべてスマートフォンで行えるため、町内会のような旧態依然とした煩わしさはありません。

論点:少額短期保険事業者の再保険は保険業法で禁止されている。現行法上、少額短期保険事業者に該当するP2P保険の再保険引き受けは可能か?

この仕組みを実現する上で、もしメンバーから集めた金額よりも、支払う共済金が多くなった場合に備え、オーナーは少額短期保険事業者が提供するカバー保険に入る必要があります。しかし、現行の保険業法では、少額短期保険事業者が再保険を引き受けることは禁止されています。

そこで富永さんは、「規制のサンドボックス制度」を活用して関係省庁の協力を仰ぎ、一定の条件のもと、少額短期保険事業者による再保険の引き受けが可能となる、特例措置を受けられることになったのです。

公的な使命のある保険業界にベンチャーとして参入した以上、公的な部門との住み分けをしっかりと行っていくことが大切だと考えています。『規制のサンドボックス制度』を通じて、内閣官房や金融庁の方々と、きちんとお話しすることができました。このように法的に担保された状態でビジネスをしているということは、ユーザーに対する信頼につながるものだと思っています(富永さん)

早速、「規制のサンドボックス制度」の活用方法を知りたい!

これまでの事例や概要を読んで「使ってみたい!」と思われた方もいるのではないでしょうか。前半に紹介した、規制のサンドボックス制度の活用プロセスを以下にまとめてみました。ぜひ実践の参考にしてみてください。

規制のサンドボックス制度、実践7つのステップ

  1. [問合せ] まずは「規制のサンドボックス制度」の公式Webから問合せしてみよう。
  2. [事務局と相談 /実証プロジェクトを詰める] 内閣官房の担当者と面会します。内閣官房の担当者のサポートを受けながら、実証計画の内容を詰めていきます。まずは既存の規制を受けずに実証できそうな環境づくりを目指します。必要があれば、事例3で紹介したような特例措置を求めることも可能です。
  3. [主務大臣に申請] 実証計画を主務大臣(実証内容によって、経産省や国土交通省と主務大臣は変わります)へ申請します。ここまでも、一貫して内閣官房の担当者がサポートしてくださるそうです。(手厚い!)
  4. [認定] 主務大臣は、実証計画が既存の規制法令に違反しないか確認し、認定を受けます。主務大臣の見解は、サンドボックス評価委員も審議します。
  5. [実証実験] 晴れて認定を受けたら、実証実験開始!指定された条件下で実施します。このとき、データ取得も行います。
  6. [データの検証] 実験が終わりましたら報告します。
  7. [規制緩和へ / 事業のスタート] 報告データや実証報告を元に、規制所管省庁は必要な規制の撤廃や緩和に動いていきます。事業者は実際の事業化に向けて動き出していきます。

本当にイノベーションを起こすには、事業者だけでなく行政や法律もまた、一緒に社会を更新していく必要があるのではないか。

「イノベーションの本来の意味は、発明そのものではなく、発明を実用化し、その結果として社会を変えることだとされている。」という一文が『「デザイン経営」宣言』の中で紹介されています。これまでは発明と聞くと、技術革新がほぼ同義という理解が大半だったかもしれませんが、今回紹介した3事例のように、日常の中に潜んでいた生活者の困り事や、社会課題を解決するために、既知の技術やモノや場所を組み合わせ実用化するための事業が生まれ、その事業が日常になるためにこれまでの社会ルールや法律を更新していく。そういった社会システム全体が書き換えられていくことが、イノベーションが起きたということなのではないでしょうか。

つまり本当にイノベーションが起きたという結果を得るには、生活者や事業者だけでなく、行政や法律に属する人たちもまた、共に社会が変わるために協働していくこと。全員がつくり手マインドを持ち、一緒に社会をつくることが必要なのかもしれません。

岩沢 エリ

Author岩沢 エリ(Culture Executive/マーケティング リーダー)

東京都出身、千葉市在住。大学でコミュニケーション論を学んだ後、マーケティングリサーチ会社、不動産管理会社の新規事業・経営企画室を経て、2015年ロフトワークに入社。マーケティングチームのリーダーとして、ロフトワークのコミュニケーションデザイン・マーケティング戦略設計、チームマネジメントを担う。2022年4月からCulture Executiveを兼任し、未来探索と多様性を創造力に変えるカルチャー醸成に取り組む。最近では、「分解可能性都市」をテーマに、生産・消費に加えて分解活動が当たり前となる都市生活へシステムチェンジするためのデザインアプローチを探究している。1児の母。

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