顔を上げ、対話することからはじめよう。
変化の時代。展示空間の「これから」をどうデザインするか
ディレクターの石井です。ロフトワーク入社前は美術教員や施工会社の社員として、個人的にキュレーターとしても、企業や行政と展覧会の企画・運営にさまざまな形で関わってきました。
コロナ禍を経て、これからの「展示空間」はどう変化していくのでしょうか。そのヒントを探る為に2020年7月から9月にかけて3回にわたり、トークイベントを実施しました。
「これから」を考えるために「これまで」を見つめ直す。
イベントは主にミュージアムと呼ばれる博物館・美術館や、地域・商業施設における空間の企画・運営・設計をしている方々をゲストに「触(ふ)れる」、「捉(とら)える」、「名付ける」をテーマに3回開催しました。
各回、ゲストの活動事例や感染症対策などの取り組みが紹介されました。ディスカッションを通して得られたのは、これからの展示空間は「顔を上げ、対話する場所」になるという気付きでした。この記事では、そこに至るまでの経緯をゲストのことばをヒントに3つに分けて紹介していきます。
- これまで_展示空間はどんな役割を持っていたのか。
- これから_具体的にどんな課題がどんな対策や工夫をしていくべき?
- このさき_どんな可能性な展示空間にはあるのか。
この記事は「展示空間」をテーマにしたものですが、「リアルなイベント全般」に関わる人に共通するTIPSもあるかと思います、ぜひ自分の活動に置き換えて読んでみてください。
なお、トークではVRや、「触覚(HAPTIC)」に基づく新たなデザイン領域、HAPTIC DESIGNの話など「オンラインの可能性」も話されましたが、今回のイベントでは既に建物があるような「直接行ける」展示空間をテーマにしていた為、レポートでは省略した部分もあります。気になる方はアーカイブリンクよりご覧ください。
※「展示空間」という言葉には大きく分けて2つのイメージがあります、企業向けの「展示会・見本市」と一般に開かれた「展覧会・博覧会」のうち、今回はより概念的な部分から考えるため、後者に焦点を当てました。
Photo:Shinichi KOTOKU
- トークイベントはVol.1とVol.2はオンラインで、Vol.3はオンラインとリアル両方での実施し、総計で約250名のイベント参加、Youtube再生約900回を記録しました。
アーカイブはこちらからご覧になれます。
vo.1 “触(ふ)れること”
アーカイブ動画
https://www.youtube.com/watch?v=CeoKp9qgdps&t=502s
イベント詳細
https://loftwork.com/jp/event/20200718_korekaranotenzikuukanvol1
登壇ゲスト
タイナカ_オフィス・代表:對中 剛大
日本科学未来館・キュレーター:宮原 裕美
vol.2 “捉(とら)えること”
アーカイブ動画
https://www.youtube.com/watch?v=jYkRpUUf_oY&t=347s
イベント詳細
https://loftwork.com/jp/event/20200903_talk-ex_2
登壇ゲスト
路上博物館・館長:森 健人
路上博物館・理事:齋藤 和輝
工房LEO・ 金工家、彫刻家:藤沢 レオ
vol.3 “名付けること”
アーカイブ動画
https://www.youtube.com/watch?v=wBstuH0v1nY&t=2s
イベント詳細
https://loftwork.com/jp/event/20200917_talk-ex_3
登壇ゲスト
アーティスト:髙橋 耕平
インディペンデントキュレーター:長谷川 新
kumagusuku, 代表、美術家:矢津 吉隆
学芸員 / キュレーター:渡辺 亜由美
「これまで」ー 演出、調整、保存…「装置」としての展示空間とは。
そもそも展示空間にはどんな役割があったのでしょうか。 そのヒントは、工房LEOを主宰する金属工芸家・彫刻家の藤沢さんによる「”どうしてそのルールができたのか”を調べる、相手の作った境界を一緒に考える」という話や、路上博物館さんの「”その空間が好きな人”で満たされている空間を壊さなければ新しい空間を作ることはできない」という言葉にありました。
カフェとギャラリーの空間を入れ替え、新しい場所の使い方を提案した藤沢さんの作品「場の彫刻VI」
まず、展示空間は大きく分けて出自の異なる2つものから、はじまっています。
ひとつめは元々は閉鎖的なものだった博物館。そこは研究や文化保存を目的に、王侯貴族がさまざまな収集品を貯蔵していた場所から生まれました。特定の職能を持った人や、研究者のみが閲覧し、触れることが可能資料をいかに安全に保管し、基礎・応用研究を行う研究機関と、その成果の発表場所でした。
ふたつめは、逆に開放的だったエジプトのバザールから始まったとされる商業的な空間。「売買交渉」「潜在顧客とのきっかけ作り」「業界の情報収集」「漠然とした新たなビジネスチャンス発見」などを目的に、産業革命を通してテクノロジーや文化交流の場でもある「博覧会」、BtoBの商談として「見本市」など、商品のテストマーケティング・広報を目的にしてきました。
この2つの出自から、展示空間はその場にある「価値や意味」を保管や流通といった過程を通して壊し、変化させてきました。
この「もの」を「ひと」に置き換えた時、「展示空間」は来場者にとって、さまざまな文化やその時代の出来事に対する受け止め方や、考え方を知ることができる場所となり、自分自身の固定概念を壊し新しいものを生み出すための「チューニングの場」であったと言えます。
さらに「展示空間」は毎日行くような場所ではなく、日常とは異なる「変化」を求めて訪れる場所でした。教養、エンターテインメント、理由はそれぞれにありますが、普段見ているものとは違うものを得るために訪れる場所であり、偶然同じタイミングで訪れた他の来場者とチューニングをしあう「その場限りのコミュニティ」を生み出す場でもあったと言えます。
「これから」ー 展示空間が日常に ”やってくる" ことで得られる体験。
トークでは今後「たまたま展示を見る」機会が減っていくことや「展示を見に行くハードルが上がる」ことが語られましたが、とはいえ「こうすれば100%感染しない」というものは未だにありません。
「予約制にする」、「行動したルートを記録」、「検温する」といった実直な対策が多くの施設やイベントでとられていましたが、特にこれからの指針となるのは、その場に多くの来場者が訪れ、実践的な対策や、実際にどんな結果が得られたのかといった情報です。
常設展示に加えて多くのイベントが実施される「日本科学未来館」の宮原さんからは、コロナを受け、いち早く感染対策に取り組まれた「risk≠0(リスクはゼロではない)」の事例紹介や、日本科学未来館による感染対策のガイドラインが紹介されました。
ガイドラインで特徴的だったのは「展示空間での体験をどうやって日常に紐づけていくのか」ということばで、これは「科学がわかる、世界がかわる」をテーマに、来場者が自ら考えるための企画や展示をしていた日本未来科学館ならではの視点でした。
日本科学未来館:自らが思考し立案・実施するための再開館に向けた COVID-19 対策ガイドラインVer.3 ※イベント時はVer.2をご紹介いただきました。
また、これまでの展示空間は「行く」ものでしたが、展示空間自体が鑑賞者の傍に「来る」ことで日常と繋がる試みもされています。
博物館や美術館の展示品は膨大な収蔵物のほんの一部でしかありません。収蔵庫には日頃一般には公開されていない大規模なコレクションがあります。
「博物館の標本にアクセスするために気がついたら博士課程にまで進学してしまっていた」と話す一般社団法人路上博物館の森さんは、誰もが博士課程まで行かずとも分け隔てなく博物館標本にアクセスできる未来を目指し、まずは人々と標本との距離を縮めるための取り組みとして「路上博物館」をはじめました。標本をスキャンしたデータから3Dプリンターを使ってレプリカを作り博物館の外(路上)に持ち出すことで「どこでも展示空間」を実現します。
一般社団法人路上博物館さんのクラウドファウンディング
滋賀県立近代美術館の学芸員/キュレーターである渡辺さんからも、美術館に収蔵された作品の詳細情報にWebサイトを通して自宅からアクセスできる取り組みや、「学芸員と作品が出張」することで、普段美術館に行かない人が作品だけでなく、美術館に行っても会えない学芸員の仕事や役割を伝える「滋賀近美よもやま講座 月刊学芸員」が紹介されました。
滋賀近代美術館による企画:学芸員がさまざまな場所に出張講義をする「月間学芸員」
そして宿泊型アートスペース「kumagusuku」代表の矢津さんのように生活とアートを分断せずに「展示空間」と一緒に過ごすことや、アーティストの作品ができる過程で生まれる「副産物」を自由にパックに詰めて購入できる「副産物産店」も「体験のハードルを下げ、身近なものにしていく」試みのひとつです。
商業施設や街中でアーティストの「副産物」を購入できる「副産物産店」
このさきの展示空間 ー 「つくりかた」の先にある「つかいかた」
これまで展示空間は「箱」としてスペースの使い方や、作品や商品などの「もの」をどうに見せるか、といった「どういう体験を与えるのか?」という視点で考えられてきました。
それも大事な要素ですが、能動的に「来場者同士のコミュニケーション」を考えることがこれからの展示空間を考える上で重要です。これらは言い換えると「つくりかた」と「つかいかた」に出会う場所を作る、ということなのかもしれません。
タイナカ_オフィス代表の對中さんからは「展示空間」を「ランドスケープデザイン」から考えることで、空間の中での「来場者が見る」だけではなく、その空間を過ごしている様子を他の来場者に「見られる」ことや、説明文に書かれた通りの捉え方ではなく、こどもが率直に声に出した作品への感想や、空間の使い方といった「ハプニング」を「視点や考えの広がり」として捉える、学びの場としての展示空間の作り方が紹介されました。
對中さんによる「ランドスケープデザイン」から考える空間の作り方・使い方
「つかいかた」を考えていく上で、展示空間における「関連イベント」は単体で成立し、別の価値を生み出すものかもしれないというアーティストの髙橋さんとインディペンデントキュレーターの長谷川さんによる仮説からは、「”関連イベント”と呼んでいたものにに新しい名前をつける」ことで、これまに無かった価値を生み出せる可能性を示唆しています。
そうやって多くの視点から生まれた「名付けられたもの」は、ひとつの分野に限らず、多くの分野につながるものになっていくのではないでしょうか。
例えば「3匹の熊」の童話からできた「ゴルディロックスの原理」はさまざまな分野においても、”ちょうどよい程度”を示す言葉として使われていますが、「ちょうどいい」を見つけるにはにさまざまな要素が視点が同じ場所にあることが重要です。
「人」、「もの」、「空間」そのすべてが複雑に入り交じるからこそ、それぞれの”ちょうどよい・心地よい”が見つかる場所が「展示空間」なのかもしれません。
※ゴルディロックスの原理=『三匹の熊』の童話の喩えを借りて名付けられたもので、物語の中に「ゴルディロックス」という名前の少女が登場し、三種のお粥を味見したところ、熱すぎるのも冷たすぎるのも嫌で、”ちょうどよい温度”のものを選ぶ。この童話が世界中でよく知られていることから、この名前を使うことで“ちょうどよい程度”という概念の理解が容易になり、発達心理学や生物学、 経済学、工学など、他の幅広い領域にも適応されるようになった。
「まとめ」ー 顔を上げて、五感で対話していきましょう!
展示空間が「その場限りのコミュニティ」だからこそ、そこに居る人々にとって、自分にとっての心地よい空間を追求していった先に、それぞれのニーズが満たされた空間が生まれるのではないでしょうか。
展示空間にはさまざまな体験がありますが、予想もつかないような場面に出くわした時は、五感すべてで感じとり、目の前に起きていることを理解していくための「対話」が必要です。
自分が目の前にあるものをどう捉えているのかは、スマホを検索して出てくるものでもなく自分にしかわからないものです。まずは顔を上げて、目の前のもの、人、空間と対話してみることで自分の進むべきビジョンを見つけていくことが「これからの展示空間」を作る上で一番重要なポイントではないでしょうか。
トークでも紹介された多くのクリエイターや研究者と「展示空間」を作り出した海遊館の「海に住んでる夢を見る~魚と私のふしぎなおうち~」プロジェクト
ロフトワークのプロジェクトでは、企業や行政とこれまで出会ったことも無い様々な分野のクリエイターや研究者が出会うことでアクティビティを触発する空間が生まれています。
実際にメンバーたちもそれぞれが能動的に何かを始め、挑戦しており、私が所属している京都オフィスでも「COUNTER POINT」というプロジェクトインレジデンスのプログラムが始まるなど、外部との新しい関わり方、共創のありかたを実験し続けています。
この変化の時代で、何を残し、伝えていきたいのか。言葉にできないモヤモヤは顔を上げて「対話」を通してワクワクするものに変えていきましょう!
私もさまざまな方との対話を通して引き続き「展示空間」のあり方を研究していきます! イベントにご登壇いただいたゲストのみなさま、ご視聴・ご来場いただいたみなさまありがとうございました!
ゲスト紹介
vo.1 “触(ふ)れること”
對中 剛大
タイナカ_オフィス
代表 / 山のテーブル 代表・シェフ [ ランドスケープデザイナー、ピクニックコーディネーター、ディレクター、料理家 ]
宮原 裕美
日本科学未来館
キュレーター
vol.2 “捉(とら)えること”
藤沢 レオ
工房LEO / NPO法人樽前arty+
金工家・彫刻家 / ディレクター
森 健人
路上博物館
館長/代表理事
齋藤 和輝
路上博物館
理事
vol.3 “名付けること”
髙橋 耕平
アーティスト
長谷川 新
インディペンデントキュレーター
矢津 吉隆
kumagusuku
代表、美術家
渡辺 亜由美
学芸員 / キュレーター
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