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浦野 奈美 2022.05.24

藤原さと氏に聞く、PBLから企業人が学べることとは?

ロフトワークは、これまで多くの企業から新規事業開発のご相談を受けて並走してきましたが、昨今、増えているのが「立ち上がった事業をスケールできる人材を育成したい」、あるいは「未知の領域においてプロジェクトを創り出す人材が社内にいない」といったお悩みです。

VUCAの時代に入り、定常業務で解決できないビジネス課題が表出するようになってきた中で、「既存の方法に縛られずに一次情報を自ら取りに行く力」、そして「常に外に働きかけながら、当事者や他の領域の人々を巻き込んで、自ら手を動かし続けられる力」が求められているのではないかという仮説に至り、今、教育業界で注目されているPBL(Project Based Learningのこと。探究学習や課題解決型学習などとも言われ、考え方やメソッドは諸説あるが、「自ら問題を発見し解決していく能力を身につけていくことに本質をもとめる」学習のことを指す(Wikipedia))からヒントを探りたいと考えました。

そこで、『「探究」する学びをつくる』(平凡社)の著者であり、一般社団法人こたえのない学校の代表理事である藤原さとさんに、「不確実性の高いプロジェクトを成功へ導く人材になるために、PBLから学べること」をテーマに、お話を伺いました。

執筆:野本 纏花
企画・編集:浦野 奈美(loftwork.com編集部)

話す人

藤原 さと(一般社団法人「こたえのない学校」, 代表理事)
日本政策金融公庫にて中小企業・新規事業融資に従事後、米国留学中に国際労働機関(ILO)のマイクロファイナンス部門で少額融資のスキームを調査。帰国後、ソニー(株)本社経営企画管理・戦略部門で、海外企業との共同開発、技術・資本提携等のプロジェクトに携わる。
長女出産後ヘルスケアコンサルタントとして医療機関再生、地域包括ケアシステムの構築サポート、ミャンマー保健省と協働した現地乳がん検診事業立ち上げのリード等を行う。2012年度都内区立保育園父母会長。2014年に「こたえのない学校」を設立。2014年から2017年までアメリカ在住。2018年経産省 「未来の教室」事業で世界屈指のプロジェクト型学習を行う米ハイ・テック・ハイの教育プログラムを日本に導入。慶應義塾大学法学部政治学科卒・米国コーネル大学大学院公共政策学修士(M.P.A.)著書に『探究する学びをつくる-社会とつながるプロジェクト型学習』(平凡社)、『ラクガキのススメ(共同執筆)』(あいり出版)

「探究学習」は新しい考え方ではない

ーーこれまで、ファイナンス・テクノロジー・メディカル・エデュケーションと、幅広い領域でキャリアを積んで来られた藤原さん。現在は、「良質な探究学習の一般普及(Inquiry for ALL)」をミッションに掲げる「こたえのない学校」で、学校教育に携わる教師と学校外で教育に携わる多様な大人が出会い、チームで探究プロジェクトを実施する「Learning Creator’s Lab」、特別支援「Fox Project」を主宰。また、経済産業省「未来の教室」の採択事業として、米国で世界屈指のプロジェクト型学習を行う「High Tech High」の教育研究プログラムの日本導入にも携わっておられます。

そもそも“探究学習”とは何なのでしょうか?「この疑問に答える前に、まずは学びの歴史を振り返りたい」と語る藤原さんは、次のように話を進めました。

藤原さとさん(以下、藤原) 哲学のなかでも“学び”は一つの大きなテーマであり、これまでの歴史において人々の認識が変わるいくつかのポイントがありました。中世の頃の学びとは、正しいとされる教義を“伝達”することでした。しかし、その後1900年から30年までの間に、世界的に新教育運動というムーブメントが起こり、「学びとは誰かから教えてもらうだけではなく、自分たちの中に学びの種があるし、自ら学ぶ力もある。経験によって、自ら意味合いを更新することもできるのだ」とガラッと変わっていきました。

これにともない、学習者に対する考え方も変わっていきます。永続主義や本質主義の頃は、「教えないと知らない」という否定的見解だったところから、進歩主義になると「絶対に学ぶ力はある」という肯定的見解に変わり、その後、実存主義になると、「一人ひとりの人間は、それぞれがヒーローとして旅を紡いでいる」と捉えるようになる。さらに社会改造主義になると、「一人ひとりはチェンジメーカー足り得るのだ」と考えられるようになりました。

学びをどういう位置付けとして捉えるかは、歴史の中で社会背景と影響しあいながら大きく変わってきている。私たちの時代の学びの背景にあるのはどんな価値観や社会構造なのだろうか。

実は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの時代の学びは、探究的でした。その後、中世に入って教え込まれる伝達の時代に入ったのですが、ルソーが1762年に、“近代教育の古典”と言われる『エミール』(1762)を出版して、「人がどのような条件下で学び、成長していくかを研究するにあたって、とりわけ子どもにとってその条件を観察し、研究することが重要だ」と指摘したことで、再び流れは変わります。そして新教育運動が始まると、シュタイナー教育、モンテッソーリ教育など、世界中で同時多発的に“新しい学びのかたち”が試行されていきました。

一方、“探究”という言葉が、教育の文脈で使われ始めたのはアメリカです。その背景には、現代の国際バカロレアやこども哲学に強い影響を与えている「プラグマティズム」という思想があり、チャールズ・パースやウィリアム・ジェイムズがPBLの基礎をつくっていきました。そんなパースやジェイムズの思想のよいところを巧みに組み合わせるかたちで、プラグマティズムを弾力に富んだ、広い範囲に応用可能な思想へと仕上げたのがジョン・デューイです。

学びの歴史と系譜。藤原さんは、最近よく言われる探究学習も決して新しいものではない、と話す。

ーーソクラテスやプラトンの時代から探究的だったとは、驚きです。探究学習は、最近になって突然出てきたものではないということですね?

藤原 そうです。探究には歴史と系譜があります。ある意味、繰り返されているといってもいい。

では、どうやって自ら探究的に学べばいいのでしょうか。「ビジョン思考」「デザイン思考」「戦略思考」「カイゼン思考」など、ビジネスでも使われるモデルがいろいろあると思うのですが、どれも“くるくる回るように学ぶ”という共通点があります。

なかでも私がいいなと思うのが、ジョン・デューイの探究の定義です。デューイは、探究とは、問いや仮説、モヤモヤといった自分の中にある“なんとかしたい”を起点に、スパイラルを描きながら学びを深めていくことだ、と捉えています。彼は、「不確定的状況→問題的状況→提案と計画→確定的状況」がひとつのサイクルだと定義しました。この定義のいいところは、スタート地点である不確定的状況に「曖昧・心配・混乱・矛盾・不明瞭など」が入っているところです。

藤原さんは、「探究は不安から安定へ移行するサイクル」と説明したジョン・デューイの考え方に最も共感するという。

探検できる広場をつくろう

ーー新規事業開発に携わる人に求められるのが創造性です。探究のサイクルを実践しながら創造性を開発するためには、どんな方法があるのでしょうか?

藤原 私が創造性について考えるときにいつも思い出すのが、KJ法で有名な川喜田二郎さんです。文化人類学者として東京工業大学教授でもあった川喜田さんは、著書『ひろばの創造』(1977年)の中で「このままでは大学ではほんものの研究も教育もだめになる」と述べており、その根本原因は次の3つの公害にあると結論づけました。

三つの公害

1. 公害(環境汚染・社会と環境の不調和)
2. 精神公害(人の心が荒廃する)
3. 組織公害(組織で人が人間らしさを失う)

そして、三つの公害と戦うための解決策として提示されたのが“移動大学”です。この移動大学を通じて人間性を回復することで、結果として創造性が開発されると考えたのです。

移動大学の8つのスローガン

1. 創造性開発と人間性解放
2. 相互研鑽
3. 教育即研究 研究即教育
4. 頭から手までの全人教育
5. 異質の交流
6. 生涯教育・生涯研究
7. 地平線を開拓せよ
8. 雲と水と

移動大学では、いろいろなところでキャンプを張って、6人×6チームで2週間の研修合宿をします。そこでさまざまな課題にチームで取り組み、KJ法でまとめていくんですね。その中で私が特におもしろいと思ったのが、課題を探すための方法として紹介されていた“探検の五原則”です。私自身の学び方を振り返ってみると、まさにこの原則に従って進めてきたなと思うからです。

探検の五原則

1. 360度から
2. 飛び石づたいに
3. ハプニングを逸せず
4. なんだか気になることを
5. 定性的に取材せよ

まず1人に対してじっくりヒアリングすることからスタートして、その内容を持ち帰り、意見の構造をKJ法で把握し、図解します。その上で次の人にその図解を見せて、意見を求める。これを繰り返していくと、7~8人目で付け加える情報がほとんどなくなってしまうので、集まったラベルを整理すれば、市民のニーズが見えてきます。ここまできて、ようやく定量的な調査に入ります。市民のニーズを図解したものをランダムに集めた人たちに見てもらい、共鳴した内容に丸をつけてもらうのです。

ーー最初から自分で仮説を持って検証を重ねるのではなく、ヒアリングによって偶発的に出会った情報から広げて課題をあぶり出していくんですね。

藤原 そうです。こうして課題設定や状況把握ができたら、次はアクションです。川喜田さんは「課題が人を結ぶ」と表現しましたが、アクションを設計する上で大切にしたいポイントとして次の3つが挙げられています。

  • 集団が連帯感を持って結ばれるために、絶対に必要なひとつの条件は、“共通の達成課題”を持つこと
  • 一人ずつの人間が活力を出すためにも、自分にとって、あまりやったことのない有意義な仕事を、自分の力で初めから終わりまでやってのける体験を持つこと
  • 物をつくることによって、人は結果的に自らを革新する

そして川喜田さんは移動大学の実験を通じて、「(移動大学のような)広場というものがないと、これからの人間も組織も社会も、健康を保てないのではないか」という結論に辿り着きました

広場とは、多様な人間が自由闊達に対話できる場所であり、人間に本来備わっている創造性のポテンシャルを育む場所のこと。私の友人の伊藤洋志さんも著書『イドコロをつくる』(東京書籍)のなかで、「わたしたちは『正気』を失わないために『イドコロ』をもたなければならない」と説いているし、私が主宰しているこたえのない学校でも、日々の雑務に追われて、教育者としての喜びを忘れそうになってしまう先生たちの心の健康を取り戻すことにフォーカスしています。

ーー心理的安全性が担保された場所を持つことが、創造性の開発につながるんですね。

藤原さんが紹介した、川喜田二郎氏の「ひろばの創造」

批評に足らない批判から脱却せよ

続いて、ロフトワークで新規事業関連のプロジェクトに多く携わってきたクリエイティブディレクターの堤大樹と藤原さんによるディスカッションの中から、「企業で探究を実践する際に気をつけたいこと」について語り合われた部分をご紹介します。

ーー藤原さんは、著書『「探究」する学びをつくる』(平凡社)の中で、「『批評』は『審判』することではなく、ましてや作品をけなすものでもなく、よりよいものをつくっていくための『プロセス』なのである」と説かれています。とりわけ日本では“批評≒批判”と捉えられがちだと思えるのですが、批評のあるべき姿をどのようにお考えですか?

藤原 たしかに、批評に足らない批判が多くはびこっていると思います。最も優れた批評は、批評される側が気づいていない点を指摘して、「ありがとう」と言われることですね。日本社会で批評の価値がどれほど理解されているかというと、正直、疑問が残ります。

堤 正しく批評できるようにするためには、組織の中で価値基準が共有されている必要がありますよね。それがないと、相手のアイデアにケチをつけるとか、欠点や短所を指摘するだけで終わってしまいます。仮にネガティブなポイントがあったとしても、どうすれば解決できるのかを一緒に考える姿勢を見せることで、批評になるのかなと思いますが、いかがでしょうか。

藤原 そうですね。批評に足らない批判でも、言い方によってはカッコよく見えることがありますから。それがそのまま認められる文化は変えていくべきだと思います。

堤 僕もそう思います。正しく批評してもらえると、プロジェクトが大きく前に進みますから。とはいえ、日本人は批評されることに慣れていない人も多いですよね。批評に足らない批判が認められる文化に染まっているせいで、批評されることを怖いと思い込んでしまっている。でも、批評されていない企画、つまり「人の目にさらされていない」企画は、弱いんですよ。だからこそ、社内だけでなく、社外の人にも「さらす」ことで批評してもらうお手伝いをするのが、ロフトワークの価値のひとつだと考えています。

藤原 どんなふうにさらすんですか?

堤 メ~テレさんの新規事業開発プロジェクトでは、「1.マネジメントの方に見ていただく 2.外部のクリエイターにメンターとして入っていただく 3.Webサイトを制作して一般の方に見ていただく」という3つの方法で企画をさらしました。そのうえで、それぞれからフィードバックをもらい、アイデアをブラッシュアップさせていきました。とはいえ、組織の中で「正しい批評」をすることは簡単ではありません。批評の仕方を学ぶために、何か方法があれば教えてください。

藤原 たとえば、ある研修では、参加者がスマホで自撮りした写真を見ながら自画像を描き、みんなでその絵に対するフィードバックを付箋で貼っていきます。そして、“どんなフィードバックが有効か/有効でないか”を話し合い、もう一度描き直すことで自分の絵の変化を確認します。ここでわかるのは、「よく描けている」といった当たり障りのないコメントは、具体的な改善方法が見えないので、いい批評ではないということです。「優しく、具体的で、助けになる批評」を意識することで、絵が劇的に改善することを実感してもらうのです。

堤 組織であれば、批評のスキルを磨く過程を通じて、価値基準をつくっていくこともできそうですね。

ーー新規事業などの取組において、評価が難しいという悩みは多くの方からお聞きします。ジャッジではない、本当に前向きな批評が行われていく「広場」をどれだけたくさん作っていけるかがポイントのようですね。ありがとうございました!

関連イベント:6/16,22 映画「Most Likely to Succeed」上映会を開催

探究のデザインを米国のチャータースクール、ハイ・テック・ハイに学ぶ

組織やプロジェクトでどのように学びや探究のプロセスを設計したらいいのか。多くの方が悩んでいる悩みへのヒントとして、今回、探究学習を実践するアメリカの公立学校ハイ・テック・ハイのドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」の映画上映会を東京と京都で実施します。当日は、組織に当てはめた時にそれぞれが持ち帰れるポイントなどについてディスカッションします。
東京と京都の2箇所で実施しますので、ぜひお誘い合わせの上ご参加ください。

「探検できる広場」としてのFabCafeネットワーク

今回、藤原さんから、川喜田二郎さんによる「広場」の考え方が紹介されました。まだ組織や社会の中で評価が難しい新しい取り組みであっても、挑戦したいという情熱を感じたり、投資する意味を感じることはきっとあるとおもいます。ロフトワークが連携する世界13拠点に広がるFabCafeは、ビジネス、個人、社会の間にあるリビングラボとして、経済合理性だけでは説明できない活動にも全力で取り組める場でありたいと思っています。

また、藤原さんは、ジョン・デューイを引用しながら「探究のプロセスを不安から安心へ移行するサイクル」と説明していました。それまで自分が培ってきた価値観や対処法が通用しない場所に身を置き、全身で情報を吸収しながら手探りで手を動かし続けなければいけない状況に追い込むことも、純粋に探究に取り組める環境を作ることができます。

もし、みなさんの組織やプロジェクトの中で、活動をオープンにしながら探究したいことがありましたら、ぜひお気軽にお声がけください。

  • 各地のFabCafeで活動中のオープンラボはこちら>>

「広場」で探究したい活動がある方はお気軽にお問い合わせください。

ロフトワーク/FabCafeへのお問い合わせはこちら

動画配信中:創り続けられる人材をどう育てる? PBLに学ぶ「変容」のための事業デザイン

価値観が激動する今、既存の方法に縛られずに一次情報を自ら取りにいける力、そして、常に外に働きかけながら当事者やあらゆる領域の人々を巻き込んで、自ら手を動かし続けられる力をどう養えばいいのか?

そのヒントをPBL(Project Based Learning、探究学習)に学ぶべく、2022年3月23日、PBLを研究・実践してきた一般社団法人「こたえのない学校」代表の藤原さとさんをお呼びし、堤とともに、個人や組織が変容するための学びのデザインについてディスカッションしました。アーカイブ動画を配信していますので、ぜひこちらもご覧ください。

>> イベント詳細はこちら

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The KYOTO Shinbun’s Reportage
京都新聞論説委員が見る京都ルポ「課題の価値」