大阪ガス株式会社 PROJECT

大阪ガス、若手社員の熱意に火を灯す
新事業を生み出す"人材と風土"を育てる仕組みづくり

エネルギー事業を中心に生活に欠かせない幅広い事業を展開する大阪ガスは、2017年にロフトワークと共に社内公募プログラム「TORCH(トーチ)」を開発。以降、若手社員を中心に、社内外を横断して新規事業創出に取り組める新しいプラットフォームとして活動を続けてきました。

「もしこの世界からガスがなくなったら、大阪ガスは社会にどんな価値を提供できる? 大阪ガスの人々はそのとき会社で何をしている?」

そんな問いを持ち続けて、初めての公募実施から5年目。現在、TORCHを通じて2つの新サービスがローンチされています。

社内公募を通じて生まれた事業アイデアの実現可能性を高めるためには、どんな仕組みや運営上の工夫が必要なのでしょうか? 本記事では、TORCHプログラム運営チームを率いる、大阪ガス株式会社 イノベーション推進部の富田 翔さんに、そのヒントを伺いました。実は、富田さん自身、TORCHで初代グランプリとして新サービスをローンチした経験を持っています。受賞して終わりにならないための仕組みづくりや、社内の巻き込み方、パートナーとの付き合い方など、実践者ならではの視点からざっくばらんにお話いただきました。

執筆: 新原 なりか
企画・編集: 横山 暁子(loftwork.com編集部)

社員の熱意に火を灯す公募プログラム「TORCH」

大阪ガスの社内公募プログラム「TORCH」が始まったのは2017年。きっかけとなったのは「新規事業にもっとチャレンジしていきたい」という若手社員たちの声でした。以降、年1回毎年実施され、今年で5年目を迎えます。コンテストにて受賞したアイデアは事業化を目指して検討を続け、現在までに「ラムネ」「taknal(タクナル)」という2つのサービスがローンチ。単なる事業開発の手段としてだけではなく、若手の人材育成や、誰もが挑戦できる風土の醸成にも寄与するプログラムとして成長しています。

ミッション

プロセス

プログラムは3ステップで構成されています。最初の3ヶ月は、ワークショップを通じて事業のアイデアを生み出す事業構想のステップ。その後コンテストを実施し、実際に事業化を目指すアイデアを選出します。選出されたアイデアは、商品開発やビジネスモデルの作成を経て、審査会に提出。審査を通過すると、世の中に実装していくための事業実証フェーズにすすむことができます。

特徴

プログラムの特徴は、テーマ設定がなく、参加者の思いや主体性が重んじられること。世の中に価値を提供することを一番の目的に置きながら、社員個人の強い思いを出発点にアイデアを生み出し、ブラッシュアップしていきます。

実績

2017年から4年間で96名が参加し、発案された事業案が38案、現在事業化検討中のアイデアが8案、すでにリリースしているものが2案という実績(2021年7月現在)。TORCHはプログラムを毎年チューニングをしながら継続することで、新規事業のアイデア創出・事業化に対して、社員が主体的に取り組める装置として機能しています。

2020年 TORCHの様子

話した人

左から、
大阪ガス株式会社 イノベーション推進部 富田 翔
株式会社ロフトワーク シニアプロデューサー 柳川 雄飛
株式会社ロフトワーク マーケティング リーダー 岩沢 エリ

社員の巻き込みはマーケティングと同じ

岩沢 まず、プログラムで出てきたアイデアを実際に事業化するための仕組み作りについてお聞かせください。なぜコンテストの受賞で終わらずに、サービスとして世の中に出すところまで、たどり着けているのでしょうか?

富田 「コンテストを通過したものは事業化を目指す」というこの一点を最初からコミットしていたことが全てだと思っています。2017年にとりあえずやってみようということで始まったTORCHですが、唯一最初から決まっていたことがこれなんです。一番の目的は世の中に価値を提供することであって、社員が持っている思いをベースに事業を作るというのはそのための手段。なので、コンテストで受賞したアイデアを磨いて事業化を目指すということを会社として決めた上で始めたんです。

岩沢 なるほど、会社の上層部を最初から巻き込んでいたんですね。他にも社内のいろんな人たちを巻き込んでいくための工夫ってされているんですか?

富田 はい。社員の巻き込みはマーケティングと一緒だと捉えています。「TORCHという商品を気に入っていただくにはどうすればいいか」を考えるのと視点は同じです。社員は部署も年代も多様なので、全員に同じメッセージでTORCHを売り込んだとしても反応する人としない人に分かれます。なので、社員の方々をセグメントに分け、この方々から参加していただきたいという優先順位を立てています。そして、例えばdaigasグループの関係会社からの参加者を増やしたい時には、関係会社のメンバーにヒアリングを行い、その結果をもとに個別説明などを行っています。

柳川 去年は、一緒に女性向けの説明会を企画しましたね。さらに、そこに参加した方がグランプリを取りましたよね。まさにそういったマーケティング的な手法が効果を発揮しているということだと思います。ではここで一つ、質問させてください。「消極的だけどいいアイデアを持ってる人をどう拾い上げるか。この方法だとある程度自発的に動ける人だけにならないか。」という点についてどう考えますか?

富田 今年度のプログラムではチームでも個人でも参加できる形に変更したんですが、その背景に近い話かなと。アイデアはあるけれど1人でエントリーすることには抵抗があるという方もいれば、自分でアイデアを出せるわけではないけれど他の人のアイデアを一緒に考えていくことが好きだし得意だという方もいます。そういう方々同士でチームを組んでエントリーすることを勧めるのも一つの手です。応募を迷っている方から問い合わせを頂くことも多いんですが、私は問い合わせをくださった方とは必ず一対一で話すようにしています。そうやって事務局側が背中を押してあげることで様々な方を拾い上げていけるんじゃないでしょうか。

岩沢 エントリー前のコミュニケーションも重要だということなんですね。

TORCHを運営する、大阪ガス株式会社 イノベーション推進部 富田さん

初めから決めきらない、フレキシブルさが大事

岩沢 では次はコンテストで採択された後の事業化のフェーズについてもお聞きしたいと思います。グランプリを受賞された方はイノベーション推進部への異動を希望できるということですが、全員が異動されるわけではないですよね?

富田 はい、実はほとんど異動していません。イノベーション推進部に移ったのは私ともう1人だけで、他の方々は別の部署の仕事をやりながら二足の草鞋で事業化に関わっています。どんなバランスで関わるかというのは本当にケースバイケースです。まず発案者本人とどう進めていきたいかを話し合って、ある程度方針が固まったらその方の上司に計画を説明し承認を頂きます。具体的に言うと、一週間のうち何日は新規事業のことをやらせてくださいとかそういったことですね。

岩沢 そういう調整ができるっていうことは、TORCHが会社の風土として根付いてきてるということなんでしょうか。

富田 そうですね。調整はスムーズにいくこともあれば難航することもありますけれど、個別に地道にやっていくしかないと思っています。仕組みとかルール作りって、少なくとも私の経験上は最初から決めきらない方がよくて、フレキシブルさの方が大事だと思っています。実際に事業化に向けて具体的な動きが出てきて初めてわかることも多いので。TORCH発の案件の中では私の発案したラムネがフェーズとしては先頭を進んでいるので、私が走っていてこうなったから次からこう変えようというふうに、走りながらだんだん道筋ができてくる感じですね。

2017年、初代グランプリを獲得したチーム。後に富田さんがイノベーション推進部に異動し、新サービス「ラムネ」をリリース

柳川 グランプリをとった人がイノベーション推進部にくる、そして事務局をやるというのは、そういう意味では非常に理にかなっていますね。ルールのなかったところから富田さんが経験したことをちゃんとプログラムに反映していって、その後の事業化のフェーズについても動きやすいようにルールを作っていって。

岩沢 なるほど。そうすると、関係者がいかにフレキシブルさを前提として持てるかというのもすごく重要ですね。少し話が戻りますが、既存事業と二足の草鞋で新規事業に携わるのはすごく大変だと思うのですが、参加者の方々のモチベーションを保つために工夫されていることは何かありますか?

富田 いかに事業の内容を磨くところに専念させてあげるかというのがキーだと思っています。なので、外部のパートナーさんとの契約や日程調整、社内の決裁を取るための資料作りなど、諸々の事務仕事は基本的に私がやります。発案した人が事業の内容を考えることだけに集中できる環境を作るんです。「これがやりたい」という思いはあるけれど、日常業務も並行してやっていきたい、となると限られた時間はをできるだけ大切なところに使いたいと思うはずですよね。であれば、それ以外の作業をなくしてあげるのが一番なのかなと私は思いました。少なくとも、私は自分のアイデアの事業化の時にそうやってもらえたらよかったなと思ったんです。参加者の成長からすると、もしかしたらやりすぎはよくないのかもしれません。でも、事業化というのはここから先長い話です。0から1が出始めている時に事務処理だけで潰してしまったら元も子もないので、きちんとした1になるまで守ってあげたいんです。

岩沢 参加者の中にはアイデアが0から1になったところで満足し、既存業務に戻る方もいらっしゃると聞きました。その後その事業アイデアはイノベーション推進部にバトンタッチし進めるそうですね。その場合、発案した本人が当初持っていた思いというのはうまく受け渡せるものですか?

富田 これは完全に私の持論なんですが、その発案した人、思いを持っている人とどれだけ時間を共有して、どれだけ同じ視点で世の中を見て、どこまで寄り添えるかに全てが懸かっていると思います。当然、発案者が途中で離れることもありますし、日常業務の都合上なかなか新規事業に関われない時期が出てきたりもします。そういった時でも案件は前に進めていかなければならない。そうなると、私としてはその人に代わって何を聞かれても大丈夫というくらいには、ならなきゃいけないと思うんです。その人がなぜそれをやりたいか、どう考えているか、こう聞かれたらこの人だったらこう答えるだろうなっていうのが、私は担当している全ての案件についてわかるんですね。やっぱりそこまで寄り添うことが大事だと思います。

「もう大丈夫です」と言われるのが理想

岩沢 ロフトワークは2017年の第1回から関わらせていただいているんですよね。

ロフトワーク シニアプロデューサー 柳川

柳川 はい、スタートの段階からご一緒しています。ちょうど2年目からイノベーション推進部とTORCH事務局ができて、もう1回新たにスタートする感じでした。とはいえ5日間のワークショップをやってコンテストをやってという前年のプログラムの流れ自体は変えずに、それをよりよくするためのルールを検討していきました。特別枠を作るなど、富田さんたちからどんどんアイデアが出てきてプログラムがブラッシュアップされていきましたね。

富田 第1回はまさに右も左もわからない状態だったので、ロフトワークさんに全面的にご支援いただきました。企画から、ワークショップやコンテストの運営、その後の事業化のフェーズでのユーザー体験の設計やインターフェースのデザイン作りといったところまでサポートしていただきました。

ロフトワークが並走した事業化フェーズ、設計ワークの様子

柳川 最初はそうでしたね。でも、事務局ができてからだんだんと富田さんたちがメインとなって動く形になってきて。ロフトワークが全てのフェーズで事務局と伴走するのではなく、富田さんたちが要所要所で外部パートナーを招聘して、そのパートナーも含めたひとつのチームで運営していくというスタイルになってきています。

富田 ゆくゆくは社内のメンバーだけで全てが運営できて、ノウハウが全て社内に蓄積されていくというのが目指すべき姿だと私は事務局を始めた時から思っていました。なので、回を重ねるにつれて、ここは弊社がやりますとかここはこの方がやりますというような全体のコーディネートも私の方でやっていくようにしました。現状、全体の構成を企画しながら、ロフトワークさん含め、部分部分で他のパートナーさんにも入っていただいているという形ですね。

柳川 僕も富田さんがおっしゃっていたように、組織側でどんどん知見が貯まって自走化していって、ゆくゆくは「ロフトワークさんもう大丈夫です、もう自分たちでできるんで」となっていくのが理想かなと思っています。

岩沢 本当にそう思います。外から入るというアプローチだけではなかなか届かないようなところもあると思うので、こうやって受け渡されることでどんどん中での広がりが生まれていくんだろうなと。

柳川 もう一つ、ロフトワークの役割としてあるのが、コンテストの審査員やメンターなどのパートナーをご提案することだと思います。私たちは普段から外部のパートナーと一緒にプロジェクトチームを組んで仕事をしているので、例えばワークショップでこの人に話してもらうと参加者に新しい視点が生まれそうだとか、そういったご提案もしています。

富田 今年のコンテストの審査員も御社にご紹介いただきました。ロフトワークさんはそういったネットワークをお持ちなので、年々変化するTORCHの状況を継続的に見ていただきながら、このタイミングだとこういう人がいいんじゃないかとご紹介いただけるのはとてもありがたいです。外部からの刺激というのは参加者のアンケートを見てもすごく反響が大きい項目なんです。

株式会社スマイルズ 遠山正道氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 入山章栄氏

「なんとなくできたらいいな」では、できない

岩沢 最後に伺いたいのが、こういったプログラムが会社の新しい文化として、風土として根付いていくためには何が必要かというところです。5年間走ってきた中で、これが大事だったなというポイントはありますか?

富田 一気に大きなことをしようとか、一気に多くの人を巻き込もうとしないことかなと思います。言い換えると、小さくてもいいので一つでも何かしらの実績を作ることにコミットすることが大事だということです。やっぱり実績があると、「それ知ってる!」という方も出てきますし、色々な場面で話題にしていただけることもあるので、社内の人に伝わっていきやすいんですね。最初から発信を一気に広げても、実績や動きがない状態では、結局何もうまくいかないんじゃないかと思っていて。3年目と4年目に事業をローンチできて、だんだんと参加者も増えてきて社内での認知度も上がってきたこのタイミングで、社内外への発信を増やし始めています。

岩沢 小さくても一つずつやる、形にするということですね。

富田 あともう一つあげるとすれば、担当者の思いですかね。「絶対これをやりたいんです」という思いの強さがないことには最後まで走りきれない。発案する人もそうですし、事務局側もそうでなければならないと思うんですね。「なんとなくできたらいいな」じゃ、たぶんできないと思うんですよ。人によって理由、着眼点は違うと思いますが、強い思いがある人が担当者や関係する部署の中にいないと継続していくのは難しいんじゃないかと思います。

岩沢 ちなみにその強い思いは、富田さんの場合はどこから出てくるんでしょうか?

富田 私自身、0→1より1→10を作る方が向いているタイプだと思っているんですね。人の思いが込もっているものと向き合っているうちに、だんだん共感できてきて、のめり込んでいくことがよくあります。「この人はこれで困ってるよね」というのが、発案者と一緒にいると見えてくるんですよ。そうやって一緒にやっていくと、その困っていた人や発案者の顔色がぱっと明るく変わる瞬間が見られたりする。そういうことに携わっていきたいなと思うんです。1から10を生み出す人材ってまだまだ少ないと思うので、そのプロフェッショナルを目指していきたいという思いもあります。

柳川 なるほど。なんというか “濃さ” みたいなものはすごく重要なのかなと思います。それは新規事業の発案者であるプログラム参加者も、伴走して盛り立てていく事務局もそうですよね。最近、ラムネとtaknalの事例も外部メディアに取材されたりしていますが、世の中に出てきているものの背景にこんな経緯があったんだというのが見えると、「じゃあ次は自分もチャレンジしてみようかな」という相乗効果が出てくる。そういう循環がうまく回り始めている気がします。

TORCHから生まれたサービス

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