シリコーンロックグラスはどうやって生まれたのか?
ー失敗から学ぶ土壌をつくるYAOYA PROJECTの裏側を語る
大阪府八尾市は日本のものづくりを支える優れた技術を持つ企業を数多く有しています。ものづくりの町として特徴的なのは、生活雑貨や工業製品など手がけるジャンルが多岐に渡ること。しかし、競合が世界に拡大し価格競争が加熱している昨今、OEMを主軸とした事業では、企業の存続が難しくなってきています、そのことを市や企業の方は課題に感じていました。
そこで、企業の「製品開発⼒・営業⼒・ブランド⼒」を高めるために、八尾市8社の企業とクリエーターがタッグを組みプロダクト開発に挑戦したのがYAOYA PROJECTです。フィールドリサーチや勉強会、メンタリングなどのプロセスを通じ「自社のあり方」を問い直しながら、下請け体質を突破するための自社プロダクトを生み出すことを目指しました。
ーーはじめてのBtoCプロダクト開発に挑戦した八尾市の中小企業は何を得て、彼らにどんな変化が起きたのか。
八尾市 経済環境部産業政策課の松尾さん、YAOYA PROJECT2019に参加し、クラウドファンディングを経てシリコーンロックグラスの販売を開始した錦城護謨株式会社 社長 太田さん、プロジェクトマネージャーを務めたロフトワーク クリエイティブディレクター 堤がプロジェクトを振り返ります。
執筆:野本 纏花
編集:loftwork.com編集部 横山 暁子
メインビジュアルphoto:合同会社シーラカンス食堂
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登場人物
左から
八尾市経済環境部産業政策課 係長 松尾 泰貴さん
錦城護謨株式会社 代表取締役社長 太田 泰造さん
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 堤 大樹
※インタビュー時(2021.3.26)の所属を掲載しております。
BtoBからBtoCへ、成功の秘訣はものづくりを楽しむこと
堤 まずはBtoB向けのゴム製品を製造されている錦城護謨さんがYAOYA PROJECTに参加された理由を教えていただけますか?
太田 理由はいろいろあるのですが、単にBtoC向けの新商品をつくって新しい市場に出ていきたかったのと、もうひとつ大きなものとしてはインナーブランディングですね。たとえば当社は国内製炊飯器の内蓋に付いているゴムパッキンのシェア50%を占めているのですが、そんなことはどなたもご存知ないじゃないですか。工場で働く従業員も、自分たちがつくった部品がどんな製品で使われているかもわからないし、ユーザーさんの反応を知る機会もまったくないわけです。そのような中で、「我々の技術をみなさんに知ってもらいたい」「縁の下の力持ちだけではなく、オリジナルブランドの商品で錦城護謨の認知を高めたい」という思いが常々ありました。そこへ八尾市の方からYAOYA PROJECTの話をいただいて、「ぜひ、やらせてください」と参加した次第です。
堤 なにか新しい取り組みを行いたいと考えているタイミングだったわけですね。YAOYA PROJECTに参加したメンバーは4名。初年度の参加企業の中では最多でした。どのようにチームをつくられたんでしょうか?
錦城護謨 太田 泰造(以下、敬称略) 我々のような中小企業でこうした新しい取り組みをする際には、「社長がやりたいから、やれ」というトップダウンになることが多いと思います。しかし僕は、社員が自分ごととして、「やる価値があると思うから、自分がやりたい」と言ってもらいたかった。インナーブランディングにつなげるためには、そこが不可欠だと思っていました。
そこで、ものづくりの中心メンバーの1人に、「YAOYA PROJECTという取り組みがあるから、一度、説明会に参加して、もしやりたかったら、やってみないか?」と声をかけたんです。その上で、彼にプロジェクトメンバーの選出もしてもらいました。実は、当社はものづくり事業の他に、土木事業も手がけているのですが、ものづくり事業から2名、土木事業から2名を選出することで、全社横断プロジェクトという形で取り組むことになりました。これまで受託の仕事しかやったことがなかったメンバーが、自分たちの力で新しいものを生み出すために、人のマネジメントまで包括的に取り組んでくれたことは、当社にとって大きな価値のあることでしたし、ターニングポイントになったと考えています。
八尾市 松尾泰貴(以下、敬称略): プロジェクトメンバーの中に、太田社長と同じくらい錦城護謨のことを考えている社員さんがいて、その方がドライブをかけてくれたのがよかったですよね。だからこそ、短期間でプロダクトの完成まで辿り着けた。メンバーの4人には「どうしても越えられない壁ができたときは僕に相談して」と伝えていたので、メンバーから社長に言いにくいことがあるときは、僕が間に入って伝える、というのを繰り返していました。ものづくりの会社は、社長と従業員それぞれの出番をうまく回さないといけないことは、わかっていたので。
堤 YAOYA PROJECTを一番楽しんでいたのは、錦城護謨さんだと感じていました。メンバーのみなさんに“やらされている感”がまったくなくて。心の底からものづくりを楽しんで、「つくりたい!形にしたい!」という想いが行動に表れていた。それは僕たちがYAOYA PROJECTで目指していた光景だったように思います。
ものづくりに外の視点を取り入れる大切さ
松尾 そういえば、シリコーンロックグラス(商品名:KINJO JAPAN E1、以下E1)のモックをもらって、2〜3週間、実際に使ってみた感想をフィードバックしましたよね。「食洗機で洗っていいの?」「電子レンジで使ってもいいの?」と聞くと、「シリコーンだから大丈夫ですよ」と当たり前のように返ってきて。でも、これって、すごいことじゃないですか。どう見てもガラスのコップなのに、そんなふうに使えるなんて。「これは強みになるから、絶対にアピールした方がいい!」と伝えました。
堤 中にいると当たり前のことすぎて気づけない。“外から見るからこそ、わかる特長”って、ありますよね。
松尾 それに、ものづくりの企業は、どこもプロダクトの完成形しか外に出さないんですよ。つくる工程を伝えようとしない。しかし今の世の中は、“共感”や“ファンづくり”がとても大事。みんなに応援されて、ものづくりをしていくことで、プロダクトに味が出るし、ファンからの「早く欲しい!」という声援が、プロジェクトの推進力になる。身近な人に見てもらいながら共感を高め、プロダクトをブラッシュアップしていくことを繰り返しました。
堤 最近思うんですけど、プロジェクトは期限があるのがいいんですよね。必ずそこまでにやりきらなければならないから。通常業務に+αで新しいことに取り組もうとすると、どうしても優先順位が下がって、ダラダラ続けがちになる。それに、YAOYA PROJECTには8社の同期がいるので、他社の動きが刺激になるのもよかった。
松尾 堤さんは企業から鬼教官と言われながらも親しまれていましたね…(笑)。
堤 実は2年目となった2020年度では、2社ずつ一緒にメンタリングするようにしたんです。すると自然と互いの進捗を気にして手を動かすスピードがあがったし、逆に「こうやったら解決できるんじゃないですか」とアドバイスし合ったりするようになって。能動性が生まれて、とてもよかった。
松尾 YAOYA PROJECTは、同じものづくり企業とはいえ、雑多な業種の方が参加しているじゃないですか。まさに八百屋。これが「燕三条の洋食器」「堺の刃物」みたいに1つの産業で成り立っている街だったら、このプロジェクトは難しかったと思うんです。みんながバラバラの商品をつくっているからこそ、技術をオープンにして、お互いに見せ合うことができた。
堤 それぞれの街の特性に合わせたプロジェクトの組み方をすることは、大切ですね。太田社長に伺いたいのですが、YAOYA PROJECTに参加して、失敗したなと思うことはありますか?
太田 これは僕の反省点ですが、短期間のプロジェクトだったので、社内理解や社内周知を図りきれなかったことです。「あっちで何かやってるな(自分には関係ないけど)」という空気感を払拭できなかった。4人のメンバーは楽しくやっていましたし、いいプロダクトもできてたのでよかったのですが、「もうちょっとうまく社内を巻き込めればよかったな」という後悔はありますね。
松尾 僕としては、最初、クリエイターさんと、ものづくり企業さんが、お互いに遠慮し合っていたことで、金型を何回もつくりなおすことになったのは、もうちょっとうまいやり方があっただろうなというところですね。
太田 たしかに、金型は何回も直しましたね。遠慮してたというか、力量がわかっていなかったというか。進めていくうちに「そんなにできるなら、もっとこうしましょう!」と欲が出てきて、どんどんバージョンアップしていった感じですね。その結果、クラウドファンディングで募集している最中に金型をつくりなおす、という恐ろしい事態になって…(苦笑)
松尾 その反省を活かして、2年目は「クリエイターさんにもっと工場のことを知ってもらおう」ということで、クリエイターさんと企業さんをマッチングする段階で、工場見学のプロセスを挟むことにしました。そうやって少しずつ改善していくしかないんですよね。どこにも正解はないし、僕らとしても初めてのプロジェクトだったので。「回を重ねるごとに良いプロジェクトにしたい」という想いでチューニングしていくことが大事だと思っています。
プロジェクト成功の秘訣は「ゴールを先に決めないこと」
太田 こんな感じで、当社は、松尾さんや堤さんをはじめとするロフトワークのみなさんにサポートしてもらうことで、前に進めていけたのですが、YAOYA PROJECTに参加してみてわかったことは、“まずやってみることの大切さ”です。
ものづくり企業は技術屋なので、どうしても先にゴールを計算しちゃうんですよね。そうやって先を見過ぎるせいで、「こんなのできるわけない!」「こんなのコストに合わない!」って決めつけて、アクションに移せなくなってしまう。
今回そんな枠を取っ払って、「とにかくまずやってみよう。誰もゴールなんてわからないし、正解なんてどこにもないから。たとえ失敗したとしても、その過程で得られた経験だけは残るはず」という共通認識を持つことができたのは、当社にとって大きなマインドチェンジのきっかけになったと思っています。
松尾 我々の術中にハマってくれてますね(笑)企業さんが挑戦を面白がる状態が大事で。僕は行政の人間として、8年間ずっとそれをやり続けてきましたから。それに、追い込まれることで力を発揮できることもありますからね。
太田 間違いなくそうだと思います。お客さんがいて納期が決まっていたら、もうやるしかないですから。
松尾 ものづくりに関してはプロでも、初めてのBtoCで箱詰めはどうしようとか、急いでホームページを立ち上げないといけないとか、焦ることもたくさんありましたよね。すべてが経験です。その壁を越えないとBtoBの会社がBtoCに乗り出すことなんて絶対にできないので、それをどうにか大コケしないように、みんなでおせっかいしながら成功に導いていく。八尾市がつくったわけではないけれど、八尾市のプロジェクトの中で生まれたプロダクトとして発信できるので、行政が手がける産業振興のプロジェクトとしては、いいものになったと思っています。
松尾 とにかくやってみて、成功体験を味わうことが何よりも大事ですよね。そのためには僕やロフトワークのみなさんが一丸となって、ものづくりを面白がる雰囲気をつくることが大切で。1年目に台湾に行ったのは、すごくよかった。あそこでみんなが「ものづくりは考えていてもダメだ」と気づいた。手を動かして、人に見せて、完成度を高めていく。このマインドチェンジによって成功体験を味わうことができれば、プロジェクトがなくても自走できると確信していたので、そんな企業を1年目から1社でも生み出せたのは、YAOYA PROJECTの成功だと言えるのではないでしょうか。
堤 YAOYA PROJECTがきっかけに、錦城護謨さんでは次の取り組みも始まっていると聞いています。
太田 たしかに、すっかり洗脳されて、自走し始めていますよ(笑)若い社員から「自分もやりたい」という声が上がり、今回の「E1」だけでなく、他のBtoC向けの商品開発も始まっていますし、八尾市にある大阪糖菓さんなど、他企業とのコラボ商品開発もどんどん広がっている状態です。
堤 すごくいい流れですね。プロジェクトはあくまでもきっかけであり、通過点。取り組みを継続する体制づくりや、芽生えたマインドを社内で育ていくことが大事です。企業として続いていくためには何が必要か、何を生み出すべきなのか、成功した先にも必ず訪れる次のステップは何か。完成ってないと思うんですよ。一つ一つ失敗しながら実践を積み上げることで、彫刻のように少しずつ企業のブランドが見えてくるんだと思います。
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