その「学び」、どうやって組織で評価する?
変化の兆しをキャッチするための我慢強さ
クリエイティブディレクターの堤です。これまで様々なプロジェクトに参加してきました。Webサイトやパンフレットの制作にはじまり、ワークショップの企画・運営、最近は新規事業の創出を目的としたプロジェクトに関わることが多いです。業界や規模、制作物は多岐に渡るが、6年ほど経験を重ねるとプロジェクトにも一定のトレンドがあるということがわかってきました。近年、キーワードのひとつになっているのが「学び」です。このコラムでは、僕が新規事業支援のプロジェクトを通して実践してきた学びの設計と課題についてお話しします。
増加する、「学び」をテーマとしたプロジェクト
新規事業のプロジェクトではほぼ必ずと言っていいほど、発注者の方から「参加メンバーの学びを」との声があがる。正直、私たちは教育機関ではないし、教育の専門家でもないのになぜ? なにを参加メンバーに伝えられればいいのか、と悩むことも多い。そんな折に、LW京都で「藤原さとさんを招いたPBLをテーマとしたイベント」を開催した。そこにスピーカーの一人として参加をすることで、近年携わった「新規事業系プロジェクト」における「学び」とはなんだったのかを整理する機会を得た。
加えて、藤原さとさんとディスカッションする中で「批評とは本来相手のプラスになることを伝えるための行為」との言葉を聞いて、プロジェクトを通じて本当に学ばなければいけないのは「新しい取り組みを組織が評価する目をどのように養うのか」ではないかと感じている。つまり取り組みを一過性のものにしないためにも、共創を通じてつくり方を学ぶだけでなく、取り組みを中長期的に育むための「新しい評価基準」を組織に根付かせることが大切ということ。それはなぜなのか、関わってきた3つのプロジェクトの事例を紹介しながら考えていきたい。
新規事業への挑戦は素人が丸腰で山に入るようなもの
まずはじめに、イベントでも紹介した3つのプロジェクトの概要と「学び」についておさらいしたい。以下の図を参照にいただければと思うが、いずれも「クリエイターとの共創を通じて、新規事業(サービス・プロダクト)を創出すること」を目的としたプロジェクトとなっている。
とは言えステークホルダーや活動するフィールドには違いがあり、大阪の八尾市中のメーカーを対象に、アジア中からクリエイターを公募した「YAOYA PROJECT」が最も活動する範囲が広い。AMP!及び、メ~テレ センス・オブ・ワンダーに関しては、それぞれ企業の社員が参加者となって、縁もゆかりもなかった鯖江市に飛び込んでみたり、COVID-19の影響で外へ出ることが叶わずオンラインを舞台に新規事業創出のためのワークを行った。
いずれのプロジェクトでも大切にしていたのは、「クリエイターとの対話を通じて、彼らのものの見方を学ぶこと」。ものの見方とはすなわち、教養であり、審美眼であり、哲学だととらえている。
なぜ、これを学ぶことが大切なのか。例えば、「明日から山で一人で暮らしてください」と言われてもそれが難しいことは容易に想像ができる。食べ物の確保すら難しく、なにが食べられるものかもわからないし、そもそもどこを探せばいいのかすら手立てがない。そんなことは「学んでいない」のが一般的だからだ。でも未体験の新規事業にチャレンジしなければならない企業や、参加する社員はこの丸腰で山に入っていくことに近い状況にある。
では、一人で山に入るのではなく、きのこ採りや山菜採りの名人(=クリエイター)と一緒だったらどうだろう? そうすれば、同じ山でも見え方が変わるのではないか。例えば、今までは見過ごしていた一つひとつの動植物に名前がついて、飢えを満たしたり、安全な場所を見つけられるかもしれない。ひょっとすると、食材に溢れた宝の山にすら見えるようになるかも。それがすなわち新規事業における市場であり、ビジネスチャンスではないか。そんな体験を提供できないかと思い、プロジェクトをデザインしていった。そのため、どのプロジェクトでもクリエイターとの対話が重要なプロセスと位置づけている。
きのこと山菜の見つけ方から調理の仕方、どこまで学ぶ?
上記を踏まえて「学び」をテーマにプロジェクトを比較していくと、気にかけるべきポイントは「クリエイターがプロジェクトのどの範囲に関わったか」だ。つまり、きのこや山菜の「見つけ方」なのか、「見分け方」なのか、「採り方」なのか、「調理の仕方」なのか。どこまでを一緒に行ったかという違い。比較した3つのプロジェクトで言えば、関わる範囲が最も広範に渡るのがYAOYA PROJECTであり、AMP!、メ~テレ センス・オブ・ワンダーに関してはプロジェクトの目標に応じて学ぶ範囲を絞り込んでいる。
当然と言えば当然の話かもしれないが、クリエイターと関わる範囲が増えるほど、「アウトプットまで時間がかかり、より深いコミットメントが双方に求められる」。結果、YAOYA PROJECTでは、プロダクトをつくるために企業の存在価値そのものや、ブランドの在り方までに踏み込んだ対話が繰り返し行われた。その際は、クリエイターが持つ哲学的な部分までも事業者に影響を与えていることが見て取れ、チームによってはプロジェクト終了後にデザイナーがパートナーの企業の顧問として就任するケースも生まれている。一方で、深い部分まで踏み込んで話ができなかったチームもいて、そういったケースではプロダクトアウトまでたどり着けないこともあった。
これは双方ともに歩み寄って開襟していくことの重要性、そして「自分の中にない価値観をどう咀嚼していくのか?」という新しい評価基準づくりの必要性を感じるエピソードのひとつと言えるかもしれない。
そこからクリエイターの関わる範囲を絞っていったものがAMP!と、メ~テレ センス・オブ・ワンダーの2プロジェクトとなるが、いずれも「どんな作業を行うのか?」というタスクを中心に話が進んだため、ほぼすべてのチームがアウトプットまでたどり着いている。ただ、共創の範囲を絞れば絞るほど「アウトプットが明確になり、ものの見方よりハウツーの学びに近くなる」ため、その設定の塩梅は肝心だ。プロジェクトの目標や、次フェーズの有無によって見極めたいポイントである。
その評価、いまやらないとだめですか
そろそろ「では具体的にはなにを学び、参加者がどのような変化をしたのか教えて欲しい」との声があがりそうだ。ここに対する回答は非常に難しい(いつまでたっても本当に難しい!)。プロダクトのつくりかたや、デザインの仕方を覚えたというには「どのレベルで」という話がつきまとうし、一人ひとりに起きた変化は注意深く目を凝らさないと見逃してしまいそうなくらい小さい、兆しのようなもの。半年というプロジェクト期間は、人が変わったというにはあまりに短い。
- 好奇心が増して、以前にはないチャネルから情報をキャッチするようになった
- 自分の意見や想いを言葉にして伝えられるようになった
- これまでに関わったことのないパートナーとの関係性の築き方を覚えた
- プロジェクトにおける失敗を恐れなくなった
学びの効果を高めるには、「学び→実践→振り返り」を繰り返し行うことが重要だと藤原さとさんのトークの中で語られていた。確かに、体得したか、学んだものをどのように生かすかはセカンドチャンスがなければわからない。そう考えると、新規事業のプロジェクトにおいて参加したメンバーが「なにを学んだのか」「どのように成長したのか」を本当の意味で理解するには、もう一度類似したプロジェクトを行ってみるしかないのかもしれない。それは適切な評価を行うという視点でも同じだ。
ビジネスの現場において、成果が見えにくいものに投資をすることの難しさは、小さいながら自分でも会社を経営する身としてよくわかる。ただ、一人ひとりの小さな変化の兆しをキャッチし、またその変化を後押しするために、「既存の仕組み」を無理にあてはめず、別の角度から取り組みを評価できないかと立ち止まってみるのはどうだろうか?また、その取り組みの評価を少しだけ先送りして、中長期的な目線で眺めてみることはできないだろうか?そういった我慢強さこそが、評価者自身の「目を養うこと」につながるようにも思うのだ。
関連イベント:6/16,22 映画「Most Likely to Succeed」上映会を開催
探究のデザインを米国のチャータースクール、ハイ・テック・ハイに学ぶ
組織やプロジェクトでどのように学びや探究のプロセスを設計したらいいのか。多くの方が悩んでいる悩みへのヒントとして、今回、探究型学習を実践するアメリカの公立学校ハイ・テック・ハイのドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」の映画上映会を東京と京都で実施します。当日は、組織に当てはめた時にそれぞれが持ち帰れるポイントなどについてディスカッションします。
東京と京都の2箇所で実施しますので、ぜひお誘い合わせの上ご参加ください。
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価値観が激動する今、既存の方法に縛られずに一次情報を自ら取りにいける力、そして、常に外に働きかけながら当事者やあらゆる領域の人々を巻き込んで、自ら手を動かし続けられる力をどう養えばいいのか?
そのヒントをPBL(Project Based Learning、探究型学習)に学ぶべく、2022年3月23日、PBLを研究・実践してきた一般社団法人「こたえのない学校」代表の藤原さとさんをお呼びし、堤とともに、個人や組織が変容するための学びのデザインについてディスカッションしました。アーカイブ動画を配信していますので、ぜひこちらもご覧ください。
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