三井不動産・ロフトワーク、
それぞれの視点でみる都市づくりのあり方
2014年4月、千葉県柏の葉に誕生した日本最大級のコワーキングスペース「KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)」のプロジェクトへ参画。実はこのプロジェクトが、ロフトワークが空間のプロデュースや都市づくりに関わる最初のきっかけとなったのです。立ち上げと完成から約6年。KOILと柏の葉はどんな風に進化を遂げてきたのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、10年以上にわたって柏の葉の街づくりを手掛け、「KOIL」プロジェクトでも陣頭指揮をとった三井不動産株式会社の松井健氏。「KOIL」プロジェクトメンバーのひとりロフトワーク松井創を聞き手に、時間をかけて成長する空間や都市デザインのあり方についてお話を伺いました。
テキスト:野本 纏花
写真:中込 涼
生活・働き方・住まい方、体験を常に意識した都市づくり
松井(ロフトワーク):ご無沙汰しています。KOILのプロジェクトでご一緒してから、早いものでもう6年も経ちましたね。まず僕の近況報告をさせていただくと、パナソニックとカフェ・カンパニーと合同で、渋谷に「100BANCH」という施設を立ち上げました。
2018年にパナソニックが創業100周年を迎えるということで、次の100年につながる新しい価値の創造に取り組むためのプレシードラボのような施設です。若い世代を中心としたプロジェクトチームを募り、3ヶ月限定で場所を無償提供したり、各分野のトップランナーによるメンタリングの機会を提供しています。
松井(三井不動産):パナソニックは日本を代表するアントレプレナーですからね。今の時代、自社の専門性だけでは立ち行かなくなっていますから、“境界線をはみ出たらどうなるのか”とか、“まったく違う分野と接点を持ちたい”というニーズは、大企業になればなるほどありますよね。それがオープンイノベーションのひとつなのでしょう。
こういう時代には、仕事に境界線をつくらないとか、収益なんて関係ないじゃないっていうロフトワークの考え方が、非常に評価されてくる時代だと思うんですよね。そんなロフトワークに早く出会えた我々は、本当にラッキーでした。
松井(ロフトワーク):松井さんは、2005年から柏の葉に関わっておられるとのことですが、この頃からすでに駅周辺や「KOIL」の構想は描かれていたのですか?
松井(三井不動産):いいえ、まったく。僕が着任した2005年の4月には、まだ電車も通っていませんでしたからね。2005年の夏に電車が開通したんだけど、まだ誰も住んでいませんでした。そこに三井不動産は、真っ先にショッピングセンター「ららぽーと柏の葉」をつくったんです。2006年11月にオープンして、その翌年にマンションが完成しました。
松井(ロフトワーク):普通に考えれば順番が逆だと思うところですが、さすが三井不動産ですね。
松井(三井不動産):そこが三井不動産のフィロソフィーなんです。買いに来る人がいないのにショッピングセンターをつくっても売上が立たないんだけど、先にショッピングセンターをつくって賑わいを生み出すことで、住みたい街にしてから、住宅をつくる。
同様に、千葉県、柏市、千葉大、東大の四者によって策定された「柏の葉国際キャンパスタウン構想」で新産業創造を街づくりのコンセプトにしようと決まったのですが、いきなりベンチャーオフィスをつくるのではなく、先に「TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)」というベンチャー支援団体をつくり、制度を整えてから、ベンチャー企業が集まる「KOIL(2014年)」の誕生に向けて動いて行ったんです。
松井(ロフトワーク):“ハードよりもソフトが先”という考え方なんですね。
松井(三井不動産):会社としてのDNAがあると思います。ディズニーランドをつくるという前提を用意してから埋め立て地をつくる、高いところで働きたいという思いがあるから日本初の超高層ビルである霞が関ビルをつくる、高いところに住みたいという思いがあるから大川端リバーシティーをつくる。
“どんな生活ができるのか・どんな働き方ができるのか・どんな住まい方ができるのか”というのを常に意識しているので、ソフトとハードは少なくとも並行して、できればソフトがうまく回っているところにハードをつくろう、という発想になるんです。
「ハード」先行にならない意識づくりが大切
松井(ロフトワーク):松井さんは新卒で三井不動産に入社されたんですか?柏の葉以前は、どんなお仕事をされてきたのでしょうか。
松井(三井不動産):三井不動産は4〜5年おきに異動があって、僕は1990年に新卒で入社した後、まずは埼玉支店でマンションのプロジェクトを担当しました。その後、1995年に鑑定室に異動して、そこで不動産鑑定士の資格を取りました。1998年からは三井不動産投資顧問に行き、J-REITの黎明期の仕事をして、2000年からは賃貸住宅事業へ移り、REITのネタを作っていました。そして2005年から柏の葉です。
松井(ロフトワーク):ご経歴の中で、ベンチャー企業的な思想に触れる機会はありましたか?
松井(三井不動産):一からの勉強でしたね。「TEP」をつくる中で、いろいろな方にお会いして話を聞きながら、ベンチャー企業の苦労や何が役立つのか勉強しました。
その中で、意外に三井不動産がお役に立てることはあるんだなということがわかってきたんですね。オフィスを貸すだけではなく、ビルやショッピングセンターなどでベンチャー企業のサービスを使わせていただくとか。ディスカッションをするだけで、ベンチャー企業は大企業の考え方を理解して何をクリアすればいいのかが見えてきます。三井不動産はホテルや倉庫などいろいろなフィールドを持っていますし、数千社規模でテナントのネットワークも持っていますので、何かお役に立てそうだという手応えは初期の頃から感じていました。
柏の葉にベンチャー企業のコミュニティーをつくろうとしていたときも、コミュニティーづくりはもともと住宅やショッピングセンターで経験があったので、我々の得意分野だったんです。VCは投資した企業が成長すればいいので、コミュニティーまではやらないじゃないですか。柏の葉では、大学の研究者や行政、VCや海外のネットワーク、そして御社のような柔らかい会社なども一緒に活動しながら、ベンチャー企業が先輩の背中を見て育つコミュニティーをつくることができました。三井不動産らしい取り組みができているのではないかと思っています。
松井(ロフトワーク):コミュニティーっていうのは「31VENTURES*」のことですよね。「KOIL」と同時期に「31VENTURES」の構想が進んでいたと思うのですが、「KOIL」というコアの拠点をつくりながら、三井不動産が保有する各地のアセットを点と点でつないでいこうという構想は最初からあったんですか?
*31VENTURES http://www.31ventures.jp/
松井(三井不動産):2014年春にKOILが完成したタイミングでベンチャー共創事業室という部署が新設されたのは、その必要性を社内に働きかけた結果だと思っています。やはり三井不動産もプラットフォームをつくるだけではなく、しっかりベンチャー企業と向き合って、新しい未来をつくっていく必要があると考えていました。
松井(ロフトワーク):「31VENTURES」の手応えはいかがですか?
松井(三井不動産):3年で会員数も400ほどまで増えて、かなり軌道に乗ってきたと思います。郊外の「KOIL」と他の都心の会員が半々という割合です。非常に面白いのが、郊外の「KOIL」では、地域の主婦の方や周辺大学で働く方などが集まって、一緒にソーシャル系のベンチャー企業を立ち上げるという動きが盛んになっています。都心ではそのような動きはなかなかないと思うんですよね。今後、さらに発展して、グローカルなエリアになっていくといいなと。
松井(ロフトワーク):こうやって振り返ると、大きなマイルストーンがいくつもあったと思います。計画通りに進んでいるイメージですか?
松井(三井不動産):本当に一期一会ですよね。2012年にロフトワークの林千晶さんに出会わなかったらどうなっていたかと思います。一連の活動の中で三井不動産の強みを突き詰めていった結果、今年の4月には大企業のオープンイノベーションの実践拠点として東京ミッドタウン日比谷に「BaseQ」が誕生します。最初から全体の構想があったわけでは全然なくて、我々の強みを活かしながらベンチャー企業の成長や、日本の成長につなげられるかと考える中で、その時々に必要なものをつくってきた結果が、今につながっているんでしょうね。
松井(ロフトワーク):どんどんポートフォリオが豊かになっていくと。去年10月、ロフトワークの空間プロデュースや場作りの事業を担当する新しい事業部を立ち上げたのですが、小さなアクションから街を大きく変えるようなインパクトを生み出したいという思いがあるんです。
“割れ窓理論”をご存知ですか?ガラスが割れたところを放置しておくと、さらにガラスが割られて犯罪率が上がるというものなんですが、僕はこれのポジティブ版をデザインしたいんですよ。そういう意味で、松井さんのお話にあったソフトからハードへのアプローチの中に何かヒントがあるんじゃないかと思っています。
松井(三井不動産):やはり不動産会社に勤めていると、どうしてもハード先行になりがちなので、そうならないようにしたいとは常に意識するようにしています。あとはいろいろ見たり聞いたり調べたりして、仲間とディスカッションを重ねるうちに、なんとなく形が見えてくる感じがするんですよね。
街づくりにはスケールだけでなく時間軸を意識することも大切
松井(ロフトワーク):時間軸の捉え方についてはどうですか?不動産事業は、ものすごく時間軸が長いと思います。とはいえ自分の中でゴールは設定しないといけないですよね。
松井(三井不動産):とにかく焦らないようにしています。なかなか達成しないのが当たり前くらいの感覚で。当然、なかなか理解されずに歯がゆいこともあるのですが、時が解決してくれると信じて、じっと待ちながら基礎固めをする。うまくいかなくてもすぐにやめるのではなく、しっかり結果が出るまでやり続けるようにしています。
松井(ロフトワーク):すごいですね!ところで松井さんの次のステップは何でしょうか?
松井(三井不動産):この4月から社内のITイノベーション部という部署に異動して、三井不動産の既存事業領域での徹底的なICT活用や、不動産とICTの融合による新事業領域の開拓に取り組むことになりました。
松井(ロフトワーク):オフィスでの働き方が変わるかもしれないですね。それは空間という物理的なハードウェアにテクノロジーをインストールすることも含めてですよね。空間はテクノロジーを入れると、そのときが最新でどんどん劣化してしまうという課題があります。どうしてもテクノロジーの導入が遅くなってしまうんですよね。
松井(三井不動産):おっしゃる通りです。「31VENTURES」の出資先にセンシングを得意とする会社があって、そこの商品を三井不動産の物件に導入して実証実験をしようとしていたり、同じく出資先の中でサイバーセキュリティソリューションを提供している会社のサービスを使って、物件をサイバーテロから守るという実証実験に取り組もうとしています。
松井(ロフトワーク):ベンチャー共創が実現されていて素晴らしいですね。今後の松井さんのご活躍もとっても楽しみです。数年後、またふたりでこうやってお話しをしたいですね。
インタビュー後記
松井健さん(ここでは親しみを込めて「健さん」)とは名前も生まれ育った街も同じという共通点があります。健さんからも「弟と話してるようなんだ」と言ってくれるくらい、これまでお付き合いさせてもらってきました。
今回の対談で、新しい一面を知る事ができたと思います。これまで健さんのイメージは軍師のように、遠い未来を見越し、先手を打って新しい事業や組織を展開される戦略家。今回お話をしててみると、一歩ずつ着実な実績を積みさねながら、焦らずじっくりコミュニティの育成をされる行動家という側面を垣間見ることもできました。
裏打ちするのは、三井不動産のDNAにある「ハードよりもソフトが先」という、これからの場づくりで最も重要な視点の一つ。改めて健お兄さんから多くを学ぶ日となりました。
ロフトワーク 松井創
プロジェクト詳細
具体的なプロジェクト内容、アウトプットはこちらから
プロジェクト完了当時のプロジェクトメンバーへのインタビュー