生物多様性の課題に美意識で向き合う
30人が追体験した庭師による野生と手入れの駆け引き
FabCafe Kyotoをベースに活動中の自然のアンコントローラビリティを探究するコミュニティ、SPCS(スピーシーズ)。この活動の一貫として、2022年12月〜2023年1月にかけて、数々の名勝庭園を手がける植彌加藤造園の庭師を講師に迎え、東本願寺の庭園である渉成園で「野生と手入れ」というワークショップを実施しました。地球における生物多様性の課題や持続可能な社会構築にクリエイティブに向き合うべく、人間以外の生物との関係を探究。科学的視点や伝統技術を踏まえた上で、「美意識の更新」にチャレンジしました。ワークには、デザイナーやエンジニア、行政の制作担当から学生まで、多彩な参加者が日本国内外から約30名参加。ワークから生まれた気づきは10のアートワークに昇華され、渉成園にある茶室「代笠席」で開催された茶会にて、多くの人に提案されました。
生物多様性の課題に向き合うため、美意識を更新する
私たちを取り巻く環境のバランスを保っている生物多様性。しかし、生物の絶滅スピードは1970年代から加速し、たった30年間で全生物の68%が絶滅しました。今も1日100種類以上の生物が絶滅しつづけているといわれています。地球環境問題の中でも生物多様性の問題は最も深刻なもののひとつですが、原因となっている経済活動の再構築は一筋縄ではいきません。また、保護を目的にした活動のみでは人間の行動は変わりにくいのも事実。人間のニーズを充足させながら、どのように他の生物との良い関係を構築していけばいいのでしょうか。
この問いに対して私たちが立てた仮説は、「私たちひとりひとりの美意識を更新することで、他の種族との関係を更新できるのではないか」ということ。べき論や理論だけでは議論が平行線になってしまったり、空中戦で終わりがちです。そうではなく、ひとりひとりが「私はこれが美しいと思う、なぜなら〜」と言えるようになることや、その考えをもって活動することで一人ひとりの行動が変わっていくのではないでしょうか。そしてきっと、そのプロセスの中で、個人レベルで人間以外の生物ともっと関わっていく必要性を実感するはずです。そうしたサイクルを通して、初めて身体性と責任を伴いながら、多様な生物との気持ちの良い関係を構築していけるのではないでしょうか。
そこで、この「美意識の更新」に取り組むヒントを得るべく、SPCSでは庭師の活動を追体験することを通して、私たち自身に内在する美意識を探究するプログラムを実施しました。講師に招いたのは、植彌加藤造園の太田陽介さんと鷲田悟志さん。彼らは、東本願寺の飛地境内地「渉成園」を管理する御用庭師で、仏教の教えでもある多様性を実直に実践しながら、生物多様性に配慮した庭園管理を実践してきました。
植彌加藤造園株式会社
1848年に創業し、南禅寺や智積院などの京都の数々の名勝庭園を手がけ、東本願寺・渉成園の御用達をつとめる植彌加藤造園。長年培ってきた伝統技術による庭園管理や作庭はもちろん、庭園研究では庭師を含む多様な社員のみなさんが数々の論文も執筆。庭園を、自然と人間の交差点としての実験的なフィールドとして、伝統を守るだけでなく、未来に向けた多様性のあり方を提案し続けている。
庭師はアート&サイエンスの実践者
美意識と秩序を更新する「手入れ」とは
渉成園の実験的な庭園管理について、植彌加藤造園の庭師、太田陽介さんに日々の試行錯誤を聞きました。生態系への介入と人間の美意識の更新の双方に働きかける取り組みは、人間と自然の新しい関係構築を考える全ての人にとってヒントとなるはずです。
>> 記事を読む
太田さんと鷲田さんがこれまで取り組んできたことを一言で表現すると、人間と人間以外の生物の居心地の良さのバランスを取りながら、常に新しい「美しさ」を提案するということ。生物を守る「べき」ではなく、庭園を「美しい」と思える状態を新たに提案していくことで、自然との気持ちの良い関係を更新し続けようとしています。
たとえば、苔庭にある落ち葉を取り除くという選択に迫られた時に、「なぜその状態が美しいのか?」「その状態は他の生物にストレスをかけていないか?」「ストレスをかけているとしたら、そうではない方法で、かつ、私たちも美しいと思える状態はどんな状態か?」と、常に問いながら管理をされているのです。
2022年12月17日、2023年1月14日、28日の3回にわたって開催されたワークでは、デザイナー、研究者、エンジニア、アーティストなど多様なメンバーが国内外から約30人参加。名勝庭園である渉成園で4種類の庭掃き(=庭の手入れ)を体験しました。庭掃きは、人間が思う「美しい状態」と「自然にとって無理のない環境」のバランスをとる直接的な活動。ワークを通して、太田さんや鷲田さんが日々向き合う葛藤や選択を体験しました。
生物多様性はムダの進化によって支えられている?
初回のワークでは、生態学者で「自然のバランス」が保たれる仕組みについて研究している、東北大学の近藤倫生教授によるゲストレクチャーを実施。近藤さんは、2020年に「ムダ(※)の進化が生物多様性を支える」という研究内容のリリースを掲出しています。生態系において、競争があるはずなのに他種共存していることや、複雑なシステムが成立していることに対して、ムダの進化という切り口から説明しています。
近藤さんが証明してきた他種共存とムダの進化の関係性や、そこから導き出された「“効率をめぐる競争”ではなく“ムダによる多様性維持”」の仮説についてインプットすることで、生物多様性に美しさという視点から取り組むための大きなヒントを得ました。
※ ⽣物の装飾や求愛⾏動などの適応的特徴の進化は、その個体にとっては有利でも、種全体の増殖率への貢献は期待できないことから、ムダと表現されている
生態系を捉える視点を作品として昇華し、茶会を開催
参加者はワークを通して「自分が美しいと思え、かつ、他の生物にとって無理のない状態とは何か」を思考しました。そして、自分の考えを他者に伝えるとしたらどんな形にしたいか、その仕掛けを渉成園に設置するとしたらどんなものをつくりたいか、それぞれのアイデアをプレゼンテーションし、アートメディエイターのはがみちこさんによる講評が行われました。
参加者の中で作品制作を希望した10名については、ワーク後に2ヶ月間かけて作品を制作。東本願寺の宗祖である親鸞聖人の生誕850年を祝う法要「宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要」の関連企画として、作品展示を行いました。
会場となったのは、渉成園の中にある茶室「代笠席(たいりつせき)」。総合芸術である茶席という形式に習うことで、作者と鑑賞者が対話できる展示体験を作り上げ、2023年4月15日、22日に、「Multispecies’ Tea Ceremony 一服と十人による庭園の解釈」というイベントを開催しました。当日の様子については、オンラインマガジン「Ideas for Good」のレポートを参照ください。
虫秘茶、菌茶、珈琲。五感に訴える体験を設計
体験をつくっていくにあたり、茶人の中山福太朗さんのアドバイスの下で導線設計を行うとともに、展示とお茶の体験をつくるメンバー向けに事前のインプットセッションを実施。茶席における複雑なルールや導線設計の意図などについて中山さんの考え方を聞いたうえで、個人的な思想を五感を通じて他者に伝えるための体験設計を行いました。
完成した10作品は、いずれも渉成園を別の角度から鑑賞するための仕掛けとして茶室の内外に設置されました。また、茶会として欠かせないお茶については、蛾の幼虫の糞をお茶として飲む虫秘茶、キノコを培養してお茶として飲むFungicha(菌茶)、そして、4つの異なる発酵を経て生まれた珈琲を楽しむ3種類の茶会を実施。体に摂取するという究極的な行為を取り入れながら、身近な生態系を別の角度から五感で楽しみ、新たな気づきを得る体験を、メンバー全員で設計しました。
庭師と生物の駆け引きから、多様性の面白さを捉えた10の視点
最後に、実際に展示された10作品をそれぞれご紹介。各リンクから、作者本人による詳細な解説資料をご覧いただけます。
生く苔のカタチ絶えずして(長島颯)
生きた苔によってつくられた二次元コード。操作できない野生に委ねながら、デジタルの世界にどこまで接続できるのか挑戦した作品。展示の際には、このQRコードから以下のURLを読み込むことができ、茶席における待合の意味を兼ねた。
落葉のロンド(大矢礼子)
掃いても掃いても落ちてくる落葉、抜いても抜いても生えてくる草。永遠に続く作業を前に、何のために落ち葉を掃き、草を抜くのか、庭師が向き合う選択と葛藤からインスピレーションを得てつくられた作品。
Living Kaleidoscope(長谷部臣哉)
自然と人との間の関係性を偏光フィルムにより再構築し、自然の美しさに対して新たな視点を得ようとした作品。南向きの茶室の建具として設置することで、1日を通して光の影の色が変わっていく。太陽の動きを色で捉えながら、庭を鑑賞する作品として展示された。
Fungi Catcher(菌捕獲装置)(廣瀬俊介)
鳥取でキノコ農家を営みながら、菌類研究を行う廣瀬さん。この作品はDream Catcherのように菌類を木口で捕捉し、キノコとして発現することで可視化する装置とのこと。日本庭園管理では、一般にキノコは排除の対象になるとのことだが、生態系では重要な役割を担う存在として、あえて鑑賞する対象としてスポットライトを当てた。
謡曲「おとずれの樹」(佐伯 圭介)
渉成園のシンボルツリーが枯死したビャクシンという針葉樹であるということにインスピレーションを得て作られた物語。シンボルツリーの精霊が庭師に憑き、心中を語る「夢幻曲」としてつくられ、茶会当日は本人による朗読も行われた。能楽を応用し、庭園のB面に干渉する試み。
庭園生態ネットワーク曼荼羅(Kimzo)
渉成園において、生物・無生物・庭師の作為がどのように影響を与え合っているのか、梅の木が植えられているエリアの生態系の関係性を可視化した試み。東北大学の近藤倫生教授の食物網図にインスピレーションを得てつくられた。お互いに力を消し合う関係性と高め合う関係性で線の色を変えている。
透ける庭(兼川乃衣)
庭園の植物を味覚で直接的に味わおうという作品。庭の主役である木草花と、それ以外の”あいだ”や”空間”を透明なまま錦玉羹の中に表現した。つつじの花を閉じ込めた羊羹は、珈琲茶会の茶菓子として提供された。
【REGROW STAND】再生野菜専用プランター(竹内一馬 [マックス] )
再生野菜(リボベジ)の世界をより楽しむためにデザインされたプランター。渉成園の立ち枯れたシンボルツリーのビャクシンにインスピレーションを得て制作された。展示では、通常は切り落とされる人参のヘタの部分が展示された。
詳細資料:https://plantsdesign.jp/regrow-stand/
取り除かれた自然物の標本(Tomomi Hosono)
庭の中にある多様性を表現するため、苔庭の手入れで庭師によって取り除かれた自然物を収集し、標本にした作品。実際に庭師の鷲田さんの手入れに同伴し、採集した木の実や虫の抜け殻、鳥の羽などをひとつひとつ採集した。
樹冠の調律(大田高充)
渉成園に植えられているクロガネモチの剪定された部分に、70個以上の太陽電池と風受けをつけた発信機を設置した作品。庭師によって手入れされた枝葉への採光と風通しが音に変換された。風や日光のゆらぎによって、デジタル音を有機的に鑑賞する作品となった。
SPCS|自然のアンコントローラビリティを探究するコミュニティ
マイクロバイオーム、放射線、ウィルス、細菌。コントロールできない自然の力は、厄介者やエラーと扱われることも多く、多くの排除や操作がおこなわれてきました。しかし、人間が操作できない生物のパワーをいかにポジティブに捉え直し、遊び、クリエイティブに生かす器をデザインできるかが、これからの活動のポイントとなってくるでしょう。
SPCS(スピーシーズ)は、プロトタイピングしながら自然のアンコントローラビリティを探究する活動体です。自身の好奇心や課題感と自然のメカニズムをリンク・身体化させ、価値観や手法をアップデートさせるべく、領域横断の実験を行っています。
活動全体のコンセプト/過去の活動は こちら>>
Next Contents