横浜市 PROJECT

生活者のニーズを捉え直し、未来への施策を提案
横浜市 子育て世代の支援に向けたデザインリサーチ

Outline

日本最大の人口を抱える基礎自治体である横浜市。同市は「横浜市中期計画2022~2025」の中で、長期指針実現への基本戦略として「子育てしたいまち 次世代を共に育むまち ヨコハマ」を掲げ、子育て世代への支援をより充実させながら、「住みたい都市」としての魅力を高める政策戦略を定めています。

こうした背景のもと、横浜市は、今後の転入促進や出生率増加につながる効果的な施策の事業化に向けて、現状の課題や施策方針を明確にするべく多角的な調査分析を行いました。本調査では、ロフトワークの支援のもと「デザインリサーチ」の手法を活用。横浜市および近隣都市に暮らす20〜40代の子育て世代26名へのインタビューと、対象者の行動や発言のコンテキストを重視した分析を実施しました。結果として、彼ら彼女らのインサイトと、横浜市が今後打ち出すべき施策の方針を導き出すことができました。

Output

20代~40代の居住及び出産に関する 潜在ニーズを探るデザインリサーチ 調査報告書(一部抜粋)

スライド:調査報告書から中身を一部抜粋

Challenge

生活者目線でニーズを“捉え直す”、行政×デザインリサーチの取り組み

本プロジェクトでは、横浜市民および転入を検討する子育て世代への効果的な施策検討に向け、彼らの潜在ニーズ(まだ明らかになっていないニーズ)を明らかにするべく、「デザインリサーチ」を実施しました。

デザインリサーチをはじめ、政策や公共サービスの立案やその実施に「デザイン」の視点を取り入れる動きは、イギリス・デンマークなど欧州地域を中心に広まっており、日本国内でもデザイナー・デザイン組織との連携事例が生まれています。横浜市も、1970年代から都市デザインの専門部署(現在の都市デザイン室)を設置するなど、デザインの視点を都市づくりの分野に積極的に導入してきた経歴があります。

ここでの「デザイン」が果たす役割とは、「見た目を整えること」ではなく「生活者中心の視点を導入し問題解決を目指す」ということ。地域課題が複雑化する時代において、トップダウンの課題設定のみで施策やサービスを考えるのではなく、「人々の行動や習慣を細かに観察・分析し、広く知られていない価値観や新たな問題解決の道筋を発見する」というプロセスを導入することに大きな意義があります。

本プロジェクトにおいても、生活者目線に立つことが大きな鍵となっています。多くの自治体と同様に、横浜市では既に人口動向に関する定量的な調査が行われており、地域内に住む人々の大まかな実態や動向を把握していました。ゆえに本リサーチでは、既に横浜市が把握している実態について、ユーザー中心の視点で捉えなおし、「なぜその実態が生じているのか」というメカニズムを明らかにしました。デザインリサーチを活用し、生活者ニーズを捉えなおすことで、より効果的な施策のヒントを見出すことに繋がっています。

写真:壁に調査報告書の各ページが貼り出されている様子

Process

プロジェクト全体の流れを示すプロセス図。事前調査であるマクロ調査を起点に、リサーチの方針を策定。本格的なリサーチとしてインタビュー調査を実施し、段階を追って調査内容を分析していき、今後の施策方針を明らかにした。その後、具体的な提案やレポーティングを行い、調査後のアクションに繋げるきっかけを設けている。

事前のマクロ調査〜リサーチの方針策定

本格的なリサーチの前に、周辺地域の基本情報とリサーチの方針を整理するべく、マクロ調査を実施。人口動態の専門家や、市内の不動産会社の営業担当者へのインタビューに加え、横浜市及び近隣都市に関する統計的なデータを収集・分析し、居住・出産に関する動向をモデル的に整理しました。また、これらの事前リサーチを踏まえ、今回のリサーチにおける「明らかにしたい問い」を策定することで調査方針を明確化。リサーチの前段階を丁寧に進めることで、ブレのない、効果的なリサーチを実現しました。

インタビュー調査の実施

リサーチでは横浜市および首都圏の在住者26名にインタビュー調査を実施。インタビュー時には、コミュニケーションの円滑化のため、オンラインホワイトボードツール「miro」を駆使し、対象者の体験をその場で図解的に整理しながら聞き取りを行いました。

インサイトおよび機会領域の発見

調査対象者へのインタビューから、行動や価値観についての「Findings(発見)」や、複数のFindingsから見えてくる「インサイト(意思決定に結びつく潜在的なニーズ)」を導出。さらに、インサイトをもとに、施策の検討価値を示唆する機会領域も導き出しました。機会領域は、人口の社会増*に関するもので37個、自然増*に関するもので35個に及び、施策の種として、今後の政策立案に活かされていきます。

 アーキタイプの作成およびシナリオ策定

対象者が転居・出産を決める基準を具体化するために、共通して見られる特徴や行動、思考パターンを抽出し、グループとして分類した「アーキタイプ」を作成。それぞれが持つコアな思考や機会領域などの情報を整理しました。彼らの意思決定プロセスと事前に抽出した機会領域を掛け合わせることで、転居・出産に至る理想のシナリオを策定しています。

*社会増・自然増:人口の変動には死亡数と出生数の差による「自然増減」と、流出数と流入数の差による「社会増減」の二つの側面がある。出生数が多くなることで人口が増える場合は自然増となり、流入数によって増える場合は社会増となる。本リサーチでは、これら2つの変数について分析を行った。

Approach

「子育て」という複雑なニーズを、意思決定のパターンから捉える

本リサーチでは、インタビュー結果を「アーキタイプ」として整理。サービスデザインのプロセスで広く採用される「ペルソナ」が具体的な人物像に紐づいたターゲット像であるのに対し、「アーキタイプ」は複数のユーザーに共通する行動や価値観を抽象的に表現するため、より幅広い層に適用できる点が特徴です。

今回は、公益性・公平性が求められる行政施策に関するリサーチであること、子育てという、個人の価値観が複雑に絡み合う課題を対象とすることから「アーキタイプ」を採用。市民それぞれの多様な暮らし方があることを前提としつつ、「転居」や「子どもを産む」という選択においてどんな基準で意思決定を行うのかを整理しています。

画像:社会増施策の検討に向けたアーキタイプの整理図
社会増・自然増の項目ごとに分類されたアーキタイプの整理図
画像:自然増施策の検討に向けたアーキタイプの整理図

またインタビュー以外にも、プロジェクトメンバーは横浜市全18区でのフィールドリサーチも実施。370万人超の人口を抱える横浜市は、エリアごとに住む人の傾向や都市の構成要素も大きく異なります。現地に赴き、インタビューだけでは収集できない各エリアの傾向や雰囲気も把握しながらリサーチの分析を進めました。

写真:横浜市内の駅前の様子
写真:横浜市内の住宅街の様子

レポートのUX設計を工夫し、次のアクションに繋げる

自治体職員や関係者を含む読み手がレポート内容をより理解しやすく、気づきを得やすいように、リサーチレポートのUX面を工夫しています。

各資料ごとに、読み解きのガイドとして、記載内容や専門用語、読むべき順序を丁寧に説明。また「分析結果をどのように活かせるのか」も紹介し、読み手が具体施策の立案へ活用するためのガイドとしても機能させています。

また、本リサーチでは「横浜市が実施すべき子育て施策」の方針を、短期・長期の2つの視点からアイデアとしてまとめています。さらに、子育て世代の流入に成功している自治体へのヒアリングを実施したり、今後検討するべき追加調査の方向性も示したりと、「次のアクション」につながる足がかりも設けました。

スライド:調査報告書全体の読み方説明が記載
スライド:各詳細ページの読み方説明が記載

プロジェクト概要

  • クライアント:横浜市 政策局政策課
  • プロジェクト期間:2023年11月〜2024年3月
  • 体制
    • ロフトワーク
      • プロジェクトマネジメント:近藤 理恵
      • ディレクション:奥田 蓉子、根本 緑、伊藤 望
      • プロデュース:藤原 舞子
    • 制作パートナー
      • イラストレーション:green K

*肩書きはプロジェクト実施当時

執筆・編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)

Member

近藤 理恵

近藤 理恵

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

奥田 蓉子

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

根本 緑

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

藤原 舞子

株式会社ロフトワーク
シニアプロデューサー

Profile

伊藤 望

株式会社ロフトワーク
VU unit リーダー

Profile

Keywords

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