地域の特性から提供すべき体験価値を見出す
大丸芦屋店の顧客リサーチ
Outline
人口減少や他の郊外大型店との競争などを要因に、厳しい状況にある地方や郊外の百貨店。20年ほど前と比べて、全国の百貨店の店舗数は約4割ほど減少していると言われています。こうした状況下で、賑わいの場の提供や地域ブランドへの貢献など、百貨店だからこそ生み出せる地域社会との密接な関係を再評価し、その実現に向けて新たな顧客体験を提供することが求められています。
兵庫県芦屋市にある大丸芦屋店は、JR芦屋駅前という好ロケーションに立地。多くの富裕層が暮らす高級住宅街であり、かつ歴史的・文化的資産や、自然環境と住居地が調和する美しい都市景観を有する芦屋地域において、1980年の開店以降、食品・婦人用品・化粧品の販売をはじめ、コーヒーショップやレストラン、ギフトサロンなど、さまざまな商品とサービスの提供を通じて、地域の人々の生活にうるおいを提供してきました。
近年では、主要顧客層の高年齢化や、新たな競合店舗の進出、さらに、業界におけるネット通販へのシフトや店舗サービスのDXなど、同店を取り巻く市場や地域の環境が大きな変化を迎えています。これらの変化に対応するために、2020年春には「この街の毎日がここにある、芦屋マルシェの提案」をコンセプトに全館をリニューアル。芦屋の街の今のニーズに応える、上質な空間と品揃えへと刷新しました。
大丸芦屋店は、地域密着型の百貨店として、さらなる未来に向けて顧客にどのような価値を提供できるのか。今後の店舗サービスや新しい活動が向かうべき道筋を探索するために、ロフトワークの支援のもと、芦屋に住む顧客へのリサーチを実施。プレリサーチによる課題整理や行動観察などを通じて、顧客の購買行動を分析し、さらに芦屋地域の文化や消費行動の特徴を洗い出すことで、顧客と地域の両面から今後の活動につながるインサイトを見出しました。「地域に愛され続ける百貨店」を目指し、大丸芦屋店が地域に対して「残すべき価値」と「新たに提供すべき価値」を明らかにしました。
執筆:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
編集:岩崎 諒子(Loftwork.com編集部)
カバーアート:カチ ナツミ
プロジェクト概要
クライアント:株式会社大丸松坂屋百貨店 大丸芦屋店
プロジェクト期間:2023年4月〜6月
体制
- プロジェクトマネージャー:近藤 理恵
- ディレクター:加藤 あん
- サポートディレクター:伊藤 望
- プロデューサー:藤原 舞子(以上、株式会社ロフトワーク)
- イラスト制作:カチ ナツミ
Process
Challenge
時代変化が激しく、世の中のニーズも変わりゆくなかで、芦屋地域の特性から顧客のインサイトを掴み、新たな活動へのヒントを探るために何が必要になるのか。本リサーチでは、以下の3つのポイントに注力しました。
顧客のインサイトと「地域の特徴」の両面から、提供価値を再整理する
本プロジェクトの特徴は、各プロセスのなかで、芦屋地域に住む人々の暮らし方や地域性に着目したことにあります。
六甲山地の麓に位置し、かつてより風光明媚として知られていた芦屋地区。明治以降、多くの上流階級の邸宅が建設され、現在でも続く特徴的な都市景観の礎となっています。また、国際貿易港である神戸に近く、西洋の先端的な芸術や文化が積極的に取り入れられてきました。こうした背景からも、芦屋に暮らす人々は芦屋地域の景観や文化に対する誇りと愛着が深く、暮らしの中でも、祝い事や日常におけるちょっとした特別感を重視する傾向があります。
今回のリサーチでは、このような地域の買い物におけるより深い潜在的ニーズを明らかにするために、芦屋市、ならびに隣接する西宮市の暮らし方の特徴を「ひと」「食事」「交通手段」「健康」「教育」「自由時間」の6つの視点から考察。また、芦屋市内の小売店の傾向を分析し、「芦屋ならでは」の生活スタイルや価値観、消費行動の特徴を定義しました。こうして、顧客のインサイトとエリアのニーズを統合することで、地域社会における大丸芦屋店の役割や提供価値を再整理しました。
プレリサーチを通じて、リサーチの鍵となる課題や問いを発見する
リサーチの前段階として、「いま直面している課題は何か」「何に焦点を当てて調査するべきか」を明らかにするための「プレリサーチ」を行うことが重要です。本プロジェクトでは、芦屋地域の小売業に関するデスクトップリサーチと店舗スタッフへのヒアリングを通じて現状を整理し、リサーチで焦点にするべき課題を明らかにしました。このプレリサーチが、次のフェーズで行われるリサーチの設計において重要な土台として機能しました。
さらに、プレリサーチから得られた内容をもとに、リサーチの中核となる「キークエスチョン」を策定。リサーチプロジェクトのゴールや、その先に生まれる活動に向けて、チーム内で目線を合わせ、共に考えていく旗印として機能しています。
キークエスチョン
世代交代により芦屋地域の社会環境が変化しつつある中で、
大丸芦屋店が地域住⺠に選ばれ続けるために、
残すべき価値/新たに届けるべき価値とはなんだろうか?
対話を通じて、新たな気づきを「共に見出す」
リサーチでは、データや事実を収集するだけに留まらず、それらを組織や従業員の視点から理解・納得できる形で解釈し、今後の活動に生かせるような気づきや示唆を得ることが重要です。
今回のリサーチでは、リサーチャーとして参画するロフトワークの客観的な視点のみならず、大丸芦屋店のプロジェクトメンバー自身の視点を活かすかたちでプロセスを設計。大丸芦屋店にとって、リサーチ結果を納得感のあるものにするとともに、今後の取り組み・施策を考える上での新しい判断軸として本質的に機能することを目指しました。
たとえば、インサイトの抽出からブラッシュアップのプロセスは、大丸芦屋店で働くスタッフが日頃から大切にしていることを前提条件として踏まえながら、ロフトワークと、大丸芦屋店のプロジェクトメンバー、それぞれが積極的に気づきや考察を出し合いながら進めていきました。日頃から現場で顧客の生の情報に触れているクライアントと、客観的な視点を持つリサーチャーとが、立場や垣根をこえて意見を交わしています。こうした対話を重ねることで、顧客のインサイトに対する解釈を相互に深めながら、その精度を高めていきました。
Approach
個人の分析からインサイトを見出すリサーチの手順
本リサーチでは、特定の顧客を注力して分析し、それらの共通項目から全体のインサイトを見出す、N=1分析の手法を用いて、芦屋地域に住む購買層の特徴を探っています。具体的には、以下のプロセスで行われました。
本リサーチのプロセス
- 行動観察
対象顧客の日常の買い物にリサーチャーが同行し、その購買行動を観察。行動の意図を聞きながら、インタビューで深掘りするべき要素を集めていった。 - インタビュー
行動観察の中で得られた気づきの深堀りと、対象者の芦屋地域における日常生活・買い物のスタンス・大丸芦屋店に感じている価値などを聞き取った。 - ファクト分析
ビジュアルワークスペースの「miro」を使いながら、インタビューの発言や行動観察の内容を整理。対象者の買い物の一連の流れにおける「行動と思考」を整理した。 - インサイト抽出
言動や行動などの事実から読み取れる気づきと、対象者が抱いている「〇〇をしたい」というニーズを抽出。さらに、これらの要素を複数並べ、プロジェクトチーム内で議論やブラッシュアップを行いながら、対象者の潜在的な動機や新たな視点である、インサイトの抽出を行った。
現場スタッフが活用しやすい、顧客行動に沿ったリサーチレポート
レポート制作において、リサーチの前提や結果をテキストで共有するだけでなく、インサイトに紐づいた、芦屋地域ならではの購買行動モデル(お買い物ジャーニー)を作成。得られたインサイトを実際の顧客の行動としてシナリオ化し、イラストと共に伝えることで、現場スタッフがイメージしやすく、実際の業務に生かしやすいレポートとなりました。
Member
メンバーズボイス
“「独特な地域特性を持つ“芦屋”の中で、お住まいの方々にとってどのような形でお役に立つことが出来るか?」43年前にこの地で商売を始めた頃、地域の方々の暮らしを深く理解した店だったはずですが、時間の経過と共にそれが失われつつあることに気づき、あらためて原点に戻ることが重要でした。
今回、さまざまな仮説をもとにロフトワークのご担当者様と「知りたいこと、知るべきこと」について徹底的に論議を重ねた上で行ったお客様インタビューでは、これまで我々が表面的にしか理解出来ていなかった“芦屋の暮らし”の本質に気づかせていただきました。
今は、1年半後をメドに、その気づきをさらに具現化して「そうそう、そういうこと。大丸さんはよく分かってくれているわね。」と言っていただける全国でも唯一無二の「芦屋の大丸」を目指して着実に計画を進めています。ロフトワークの皆様、有意義で素敵な時間をありがとうございました。”
株式会社大丸松坂屋百貨店 大丸芦屋店 店長
松本 剛朗 様
“芦屋は、とても独自性のある街です。街に暮らす人々の服装やふるまいをはじめ、他地域とは異なる文化や生活スタイルを持ち合わせています。
今回、芦屋に滞在し、観察/お客さまへのインタビューを行う中で、特に特徴的だと感じたのは、大丸芦屋店のスタッフとお客さまの深い関係性です。お客さまと家族のような、バディのような、そんな関係性を続けてこられたスタッフの皆さまのご知見、ならびに松本店長をはじめとしたプロジェクトチームの皆さまとの綿密な議論は、今回のアウトプットを深めていく上で大変重要であったと感じています。改めて、皆さまに感謝申し上げます。
さて、リサーチが価値を発揮するのはここからです。プロジェクトチームの皆さまから、今回のアウトプットをもとに新たな施策が生まれつつあるとの近況を11月に伺い、大変嬉しく思いました。『大丸芦屋店の1ファン』として、大丸芦屋店の今後の動向を心より楽しみにしております。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター
近藤 理恵
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