パナソニックやJR東日本が挑む、新しいモビリティとまちづくり
「MaaS×City」イベントレポート
2020年はMaaS元年と言われ、100年に1度のモビリティ革命が到来している今。ロフトワークでは『「MaaS×City」ー 新しい移動体験が変える、まちとくらし』と題し、サービス化するモビリティとまちづくりに挑んでいるゲストに招き、未来の移動体験について語り合うイベントを開催しました。
MaaS(Mobility as a Service)とは、“利用者視点に立って、複数の交通サービスを組合せ、それらがスマホアプリ1つでルート検索から予約、決済まで完了し、シームレスな移動体験を実現する取り組み”のこと。この概念は2014年にフィンランドで生まれ、今では世界中でMaaSの取り組みが活発化するなか、日本でも高齢化や地域の過疎化、交通渋滞、オーバーツーリズムといった社会課題を背景に、SDGsの文脈から高い注目が集まっています。
本レポートでは、そんなMaaSに関する各社の取り組みを紹介するとともに、3社とロフトワークによるパネルセッションの模様を中心にお届けしていきます。“利用者視点に立って”というMaaSのキーワードをどのように捉え、本当に望まれる未来の移動体験をどう生み出していくべきなのか。ぜひみなさんもご一緒に考えていただければと思います。
異業種の大手3社はMaaSにどう向き合うのか?
まずは各社の取り組みを簡単にご紹介します。
三井不動産 株式会社
経営企画部 ビジネスイノベーション推進グループ グループ長 川路 武さん
- MaaSに取り組む背景
「ららぽーと」や「三井アウトレットパーク」、「東京ミッドタウン」など、数多くの商業施設やオフィスビルを保有する三井不動産。目的地である不動産にたどり着くまでには、途中で必ずモビリティが関わっており、解決すべき問題はたくさん潜んでいる。複合的なまちづくりができるアセットを生かしながら、海外で進んでいる「リアルエステート・テック」に挑むべく、昨年ビジネスイノベーション推進グループが立ち上がった。 - 実際の取り組み
2019年4月に、世界初の本格的なMaaSプラットフォーム「Whim(ウィム)」を提供するMaaS Global社(本社:フィンランドのヘルシンキ)への出資を行い、Whimと恊働してまちに住む人・働く人の生活を快適にする、まちづくり視点でのMaaSの実用化に取り組んでいる。
「「我が家の車の保有にかかった費用をすべて洗い出してみて、車を使った回数で割ってみると、スーパーへ買い物に行くために、1回あたり数千円かかっていることが初めてわかったんですね。もしマイカーという選択がなかったら、公共の交通機関を使ってのんびり移動できたかもしれないし、ちょっとしたお礼を渡して誰かの車に乗せてもらえたかもしれない。移動に必要なのは合理性だけなのか?もっと自由な移動体験があってもいいのでは」(川路さん)
東日本旅客鉄道 株式会社
技術イノベーション推進本部 モビリティ変革G/副課長 青柳 宗之さん
- MaaSに取り組む背景
JR東日本では、2020年以降の人口減少や自動運転の実用化など、鉄道による移動ニーズの縮小を見据え、2018年7月に中期経営計画「変革2027」を発表。「鉄道を起点としたサービス提供」から「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」へと転換を図っている。 - 実際の取り組み
JR東日本を中心に2017年9月に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立。解決が難しい社会課題や、次代の公共交通について、交通事業者と、各種の国内外企業、大学・研究機関などがつながりを創出し、オープンイノベーションによりモビリティ変革を実現する場として運用している。2019年12月現在の参加団体数は161。
複数のワーキンググループやプロジェクトが動いているが、中でも力を入れているのが、モビリティ変革コンソーシアム、JR東日本、ロフトワークの共同で運営している「NewHere Project」。同プロジェクトでは、、モビリティの価値や意味・可能性を見つめ直し、利用者視点から新たなサービス創出を目指し、一般公募型のサービスデザインプログラムを実施。第一期が2019年に始まり、応募→審査を経て採択されたチームのアイデアを具現化するため、現在は専門家のメンタリングやモビリティ変革コンソーシアム会員とのビジネスマッチングを支援している。
「『NewHere Project』は、モビリティ変革コンソーシアムにおいて、利用者視点でサービスが創出される仕組みを確立するために実施したものでした。このプロジェクトを通じて、これまでお客様を“マス”で捉えがちだったところから、我々自身も利用者視点でサービスを生み出すクリエイティブ思考やデザイン思考を身につけられたように思います」(青柳さん)
パナソニック 株式会社
モビリティ事業戦略室 室長 小日向 拓也さん
- MaaSに取り組む背景
2018年に創業100周年を迎えたパナソニック。創業当初から、主婦を家事労働から解放するミッションにもとづき、さまざまなプロダクトを生み出してきた。しかし、次の100年も家電メーカーのままでいいのか。お客様の良いくらしを実現するためには、目に見える製品を提供するだけでなく、目に見えない領域でのソリューションも提供できる“くらしアップデート企業”になることを決めた。 - 実際の取り組み
モビリティ領域でサービスを基軸とした新たなビジネスモデル創出を担う組織として、2019年1月にモビリティ事業戦略室を設立。「Last 10-mile」というビジョンを掲げ、人の生活圏にフォーカスしたモビリティのソリューションプロバイダーとして新モビリティソリューション開発に取組んでいる。昨年10月には、パナソニック本社内で実験的に自動運転ライドシェアサービスの運行を開始した。
「我々のチームはオートモーティブ事業部の技術者が多いので、『モビリティ=移動具』という考えが根強くありました。しかし、我々が目指すのは、車中心から人中心のまちづくりへとアップデートすることです。そんな『Last 10-mile』で目指す世界を実現するために、人を起点に移動を見直しながら、人を中心とした新しいくらしの在り方について、みなさまと一緒に考えていきたいです」(小日向さん)
サービス化する『移動』は、未来のまち・くらしをどう変える?
後半のパネルセッションでは、ゲストの御三方とロフトワーク プロデューサーの柳川 雄飛が登壇。これまでマスと向き合ってきた大手3社は、これからいかに個を捉え、利用者視点を取り入れていこうとしているのでしょうか。ロフトワーク マーケティングの岩沢 エリがモデレーターを務めました。
MaaSを提供するプラットフォーマーに価格決定権が移る? MaaSが注目される理由
ロフトワーク 岩沢:今回のイベントには非常に多くのお申し込みをいただきました。なぜ、これほどまでにMaaSが注目されていて、MaaSに取り組む企業が増えているのでしょうか。各社のお考えを改めて教えていただけますか?
JR東日本 青柳さん:これまで鉄道会社は、“Station to Station”のモビリティしか提供してきませんでした。しかし、お客様が求めているのは、“Door to Door”の移動ですよね。鉄道以外の二次交通、三次交通をつなげていくことが、サービスとして大事な要素になっていくだろうという点が1つあります。
もう1つは個人的な意見にはなりますが、MaaSが普及して“Door to Door”のサービスが一般化すると、鉄道輸送は移動サービス全体の一部になります。そうすると、MaaSを提供するプラットフォーマーに価格決定権が移り、プラットフォーマー主導で価格が変動性になった場合、鉄道運賃が現状を維持できるのか、またこれまでご提供させていただいている各種鉄道サービスの品質を維持することが可能なのか、再検討が必要となることが考えられます。
三井不動産 川路さん:不動産業界でも、「リアルエステート・アズ・ア・サービス」といって海外では不動産のサービス化が進みつつあります。例えばビルを所有している人からプラットフォーマーが借り手を募ってマッチングさせてしまうことでに価格決定権がうつってしまうかもしれない。プレーヤーが大きな変革を迫られる怖さがあるので、僕ら自身も変わらなければいけないと。僕らはモビリティの会社ではないので、逆にモビリティ領域での新サービスの立ち上げは、やりやすいのではないかと思っています。
社長直轄、草の根活動…新領域への挑戦する組織づくり
ロフトワーク 岩沢:パナソニックさんでは、モビリティ事業戦略室として社長直轄の組織を新設して新たなモビリティ領域の事業創造に挑戦されているというお話でしたが、なぜ既存の組織体制には組み込まず、新組織にして取り組むことになったのでしょうか?
パナソニック 小日向さん:我々はものづくりの会社なので、商品企画から製造・販売まで、それぞれ最適化された職能によるプロセス管理がきっちりされているんです。この枠に入ってしまうと、そのシステムに当てはめたビジネスモデルしか出てこないんですね。次の100年を考えたときに、それではダメだろうということで、社長直轄の独立した組織になりました。今は、外からいろいろな人に来ていただいて、新しい文化をどんどん取り入れながら変わっていこうとしているところです。
ロフトワーク 岩沢:川路さんは不動産会社の中でモビリティに取り組んでおられますが、社内ではどのような存在ですか?
三井不動産 川路さん:社内では、なかなか理解がまだ進んでいませんね。外から見ると不動産とモビリティは近くに見えるかもしれませんが、社内から見るとこれまではまったくの異分野。一度、賃貸借契約を結ぶと大きな賃料が確定するような商売をしている人間にとってはビジネスモデル的にもなかなか理解がしづらいのかなと思っています。
ただ、交通の利便性を高めるアプリケーションは、必ずやってきます。将来、ある行政長さんが「都市とモビリティが融合したまちをつくってほしい」と要望されたときに、「それなら三井不動産が一番だね」と言われるように準備しておきたい。そんな未来を引き寄せるために、今から小さくともビジネスをスタートさせたいと考えているところです。
「MaaS×City」領域で新しいサービスを創造する鍵は "体験"と"共創"?
ロフトワーク 岩沢:みなさん、それぞれのやり方でモビリティの取り組みを始めておられますが、最後に、今後の取り組みの方向性や課題感について、教えてください。
JR東日本 青柳さん:チャレンジしてみたいことが多数あるため、モビリティ変革コンソーシアムに参画いただいているみなさんのアイデアと、JR東日本の強みである鉄道オペレーションを掛け合わせながら、小さい成功を積み重ねていきたいと考えています。
三井不動産 川路さん:僕らは住宅を扱っているので、住民がもっと乗り物を自由に使えるようにしていきたい。未稼働資産になっている車を、テクノロジーの力で稼働資産に変えていけないか、と考えています。例えば、ホームセンターで軽トラを貸し出すサービスはありますが、そこまでの往復はバスなどを使わなければいけません。いくらでもソリューションはあるはずなのに、企業が分断しているせいで、不便な状態が続いているんです。テクノロジーの会社やバス会社など、プレイヤー同士でつながることで、こうした問題をみんなで解決していきたいですね。
パナソニック 小日向さん:かつて江戸時代の街道は、たくさんのお店があって、人々が行き交う活気のある場所でしたが、今の道路は車中心で、人は身を縮めてヒヤヒヤしながら歩かなければなりません。私の親も高齢になって、歩きながらたまにフラつくことがあって、とても危ないんですよね。これを“緑道”という考え方とテクノロジーの力で、もう一度、江戸の街並みのような、人々が安心してコミュニケーションを図れる場所に戻せたらいいなと考えています。
ロフトワーク 岩沢:今回みなさんのお話を伺って、「MaaS×City」領域で新しいサービスを創造するには、“人の体験を起点にすること”と“複数の企業や業界が協働すること”の2つのポイントが重要であることがわかりました。それを従来の組織体制で実践するのが難しければ、モビリティコンソーシアムや社長直轄の新組織を立ち上げるといったアプローチも有効なようです。来場者のみなさんもクリエイティブ思考やデザイン思考を取り入れながら、利用者に寄り添ったサービスづくりをしていただければと思います。本日はどうもありがとうございました。
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