新サービスを成功させる鍵は外部の伴走者
立ち上げ担当者に聞くローンチの裏側と今後の展望
Outline
誰もが合成音声を気軽に利用することができる声のプラットフォーム「コエステーション」(以下、コエステ)。AIやIoTの普及に伴い音声インターフェースの需要が急拡大する中、エンターテインメントから医療まで幅広い領域で注目されています。2018年4月にスマートフォンアプリをリリース以降、順調にユーザー数を増やし続け、2020年6月現在5万人を超えました。
現在、コエステ事業を運営するのは、東芝のAI、IoT、ICTソリューション事業を担う東芝デジタルソリューションズ株式会社(TDSL)とエイベックス株式会社の合弁会社として20年2月に誕生したコエステ株式会社。同事業は元々、東芝の40年以上におよぶ研究開発から生まれた音声合成技術を活用した新規事業プロジェクトとしてスタートし、ロフトワークは同プロジェクトの立ち上げ期に伴走しました。
当初、TDSLは新規事業を推進するにあたり、最先端の音声合成技術という明確な強みを持ちつつも、ソフト面でのアプローチに課題を抱えていました。そこで、幅広い領域に訴求できるサービスを開発するため、ロフトワークがプロジェクトの戦略設計フェーズから参加。事業ロードマップの整理からサービス・コミュニケーション設計を支援しました。音声合成サービスを幅広いユーザー層に認知・普及させるべく、スマートフォンアプリのUI・UX設計とVIデザインに落とし込みました。
TDSLのコエステプロジェクトでプロジェクトリーダーとして奔走し、現在はコエステ株式会社の執行役員を務める金子祐紀さんに、プロジェクトの成功要因やコエステが目指すビジョンなどについて伺いました。
Story
小回りを利かせてプロジェクトを成功に導くには、パートナーとつくるしか「解」はない
ーーまず、ロフトワークにお声掛けいただくことになった経緯から教えてください。
自社の中でやっていたらうまくいかないと思っていたので、パートナーと一緒に進めることは最初から決めていました。ロフトワークには元々知り合いがいて、違うプロジェクトでご一緒させていただいたこともあったんです。その時、受発注という形ではなく、抽象度の高いところからチームメンバー的に動いてもらえたことがすごく良かった。
コエステプロジェクト立ち上げの際はまだ社内に仲間がほとんどいなくて、同じメンバー目線で考えてくれるのが有り難かったです。正直なところ、決まったことを一緒に進めてくれる会社は他にもありますが、ロフトワークはクリエイティブが決まっていないフェーズから一緒に伴走してくれるのがいいですね。
ーー大企業として新規事業の立ち上げに関しては様々な経験をお持ちかと思いますが、外部のパートナーと組むことを最初から決めていたのはなぜでしょうか。
このプロジェクト以前にも社内でシーズドリブンの新規事業に関わったことがありましたが、小回りが利かないことが反省点としてありました。社内の研究所には様々なリソースが集められていて、素晴らしい技術はありますが、そこから新しい事業を立ち上げるとなると、やたらとお金がかかってしまったり社内の調整に膨大な労力を費やさなければならなくなってしまう。大企業の多くがそうなのではないでしょうか。
すベて社内でアサインすると、どうしてもコストが上がってしまいます。なので、プロジェクトを成功させるには、パートナーと一緒にやるしか「解」はないと思っていました。大企業が新規事業を立ち上げる際にうまくいかないのは、はじめから大風呂敷を広げてコストをかけ過ぎてつぶれてしまうケースが多い。プロジェクトをうまく進めるには、社内では「必要なお金だけください」とだけ言って、あとは外に出す必要があると考えていました。
コストの問題だけでなく、全てを社内でやろうとすると時間もかかります。少し修正するだけで1カ月かかり、その修正に対してまた精査が必要になることも。スピーディーに微調整しながら進めるためにも、コエステプロジェクトはパートナーとのプロジェクト前提で動いていました。
ーープロジェクトを振り返って、ロフトワークとの協働はどのような点が良かったでしょうか。
ある程度バッサリ言ってもらえたのは助かりました。僕は10年先を見て膨らませる側。経営層に説明する際にいろいろ盛り込みたくなって、自分のマインドとしてもそっちにいってしまいがちです。でも、「コンシューマー向けに無料のアプリを出します」となった時に盛り込み過ぎてしまうと、ユーザーにとって分かりづらくなってしまう。ロフトワークのみなさんには、大きなビジョンを理解してもらいつつ、ユーザー目線で細かいアイデアを整理してもらいました。
口をモチーフにしたコエステのロゴ作りも印象的でした。初稿からすごく良くて、微調整しただけです。あまり東芝のイメージを付けたくなかったので、先進的でポップな感じにしてほしいとお願いしました。「声」というと吹き出しとかにしてしまいがちだと思うんです。僕自身、口というアイデアはありませんでした。
プロジェクトが立ち上がった時はコエステという名前すら決まっていない段階でした。当初からグローバル展開を狙っていたので、名前にコエを付けない方がいいのではないかという意見もありました。しかし、結論としてはデジタルボイスを「コエ」として、世界中で流行らせていこうという話になりました。
ーー東芝の最先端の技術を活用して新サービスを立ち上げたわけですが、カーブアウトしてエイベックスと新会社を作ったのはなぜでしょうか。
東芝には技術はありますが、エンタメや芸能の知見はありません。アーティストやタレントの声を集めたり、エンタメの領域に広げるためにも、エイベックスはビジネスパートナーとして最適でした。まず、新しいことにチャレンジするマインドがあります。エイベックスは音楽配信プラットフォームをはじめ様々なITサービスを提供していてITリテラシーが高く、コエステ事業を一緒に推進しやすい土壌もありました。
エンタメとはかけ離れていると考えられてきた分野やサービスも、コエステによってエンタメにすることもできます。そこではエイベックスの強みを発揮できると考えています。例えば、接客を無人化する店内施設で使いたいというニーズに対して。まずは業務改善という硬めのニーズから入るのですが、音声合成化しておけば声の切り替えは容易ですので、期間限定で接客の声をトップアイドルの声に切り替えるなどして、エンタメ要素を含んだ展開を仕掛けることができます。
目指すは「100年後も役立つデジタルインフラ」。世界70億人の「声のパスポート」になりたい
ーーユーザーの現状について教えてください。
ユーザー数は週に300人くらいのペースで増えており、現在では5万人を超えました。当初の目標よりもちょっと少ないですが、安定成長しています。
普通のアプリって、そのサービス自体に価値があってユーザーも「使いたい」となりますが、コエステはプラットフォームの入り口でしかありません。例えばゲーム会社とコラボすることで、ゲームの中で自分の声を使えるようになったり、通信会社とコラボすることで、送ったメッセージを自分の声で読んでもらえるようになったり。そのためのきっかけとして声を保存しているので、そうしたコラボがリリースされたら、ユーザー数はさらに一気に増えるとみています。
今使ってくれているのは、新しいモノが好きな人や声優業界のセミプロ、声を失う可能性のある難病患者さんなどが多いです。患者さんやそのご家族からお礼のメールをいただくこともありますね。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、マイナスの要素もありましたが、サービスの新たな可能性を広げることができました。もともと日本は人手不足だったこともあり無人のコンビニ店舗の開発が加速したり、オンラインミーティングの利用が加速したからです。緊急事態宣言を受けて仕事をすることが難しくなったアーティストやタレントが、コエステを使うことで仕事の幅を広げることができたのもプラスの要素でした。
ーー順調にユーザー数を増やされていますが、さらにサービスを拡大するために、今後はどのような事業展開を考えていらっしゃいますか。
早めに「オールジャパン体制」にしたいと考えています。他の芸能事務所との連携も加速してアーティストやタレントの声をどんどん増やしていき、サービスを拡大していきたいです。
当初からグローバル展開も狙っています。2年後あたりをめどに、まずは北米と中国からスタートしたいと考えています。芸能界の仕組みは国によって違うので、各地でパートナーを探す必要があります。最終的には、世界70億人の声を集めたい。そこに近づけば近づくほど、コエステの可能性は広がります。
ーー音声合成サービスのニーズは世界中で一気に高まりそうですね。コエステとして目指すビジョンを教えてください。
目標は「100年後も役立つデジタルインフラ」にすることです。すでにいろいろなモノを保存できるツールはありますが、それらが保存するのは、あくまでコンテンツ。それらと違ってコエステが新しいのは、「人が話せる機能」を保存できるという点です。コエステには、「本人である価値」があります。例えば、好きなタレントの声で毎朝起こしてもらいたいという場合、その声が好きなわけではなく、本人のことが好きだからその声で起こしてもらいたいのだと思うんです。価値源泉は「その人自身」。タレントに限った話ではなく、おじいちゃんが孫の声でニュースを聞きたいとか、子供がママの声で絵本を読んでもらいたいとか、そういうニーズもあると思います。ですので、現状の5万人規模から70億人規模に広がってこそ、コエステのサービスはもっと生きてきます。
これからAIやIoTがもっと普及したら、デバイスのボタンをぽちぽちするのではなく、音声インターフェイスの世界がさらに広がっていきます。世界がそちらの方向に動いていく中で、コエステがその重要なパーツになれたらと思っています。毎回異なるサービスを使うたびに声を登録するのは大変なので、コエステに一度自分の声を登録しておけば色んなサービスでそれが使えるという「声のパスポート」になりたい。一歩ずつ、そのビジョンに近づけていることが嬉しいです。
- プロジェクト期間
2017年1月〜2017年6月 - 支援内容
新規サービスの戦略、ロードマップ策定
コンシューマー向けスマートフォンアプリ(要件定義、仕様設計、UI・UX設計、アプリ画面デザイン)
コミュニケーションデザイン(VI・ロゴ、サービスWebデザイン、Webコンテンツ企画・ページ制作) - 体制
<クライアント>
東芝デジタルソリューションズ株式会社
<ロフトワーク>
プロジェクトマネジメント:佐々木星児
クリエイティブディレクション:長島絵未
クリエイティブディレクション:藤野清太郎
テクニカルディレクション:村田真純
プロデュース:石田真里
<クリエイター>
UIデザイン:株式会社スタンダード
サブサービスデザイン:株式会社メガホン
サブサービス企画協力:株式会社セオ商事
ロゴデザイン:ARATA TAKEMOTO DESIGN
Webページデザイン:依田 樹彦
*肩書はすべてプロジェクト当時
Member
メンバーズボイス
“はじめて金子さんにお会いして、コエステがこれからつくりだす新しい世界を語っていただいたとき、自分の声が価値になる未来が到来することにワクワクしたことを覚えています。そのワクワクを広くユーザーに広めるためにも、東芝さま含めたプロジェクトメンバーの皆さまと議論を深めていって、ああでもないこうでもないと、ひとつずつ、ひとつずつ形に落とし込んでまいりました。少し時間はあいてしまいましたが、現にセルフレジや音声案内など、音声合成が生活の中で当たり前になってきている現在、ますます「コエ」の世界が広まることに変わらずワクワクがやみません。”
ロフトワーク クリエイティブディレクター 長島 絵未
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