FINDING
桑原 季, 山田 麗音 2021.02.05

クリエイティブの「品質基準」は、どこにある?
未知の場所で創造する思考と手立て—Creative Black Box

その仕事で、誰を笑顔にするのか

ディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」では、クリエイティブディレクター・桑原季(みのり)がナビゲーターとなり、クリエイティブディレクションという仕事の中から、未知の領域で創造するための「思考」と「手立て」を紐解きます。

本記事では、前回に引き続きクリエイティブディレクター 山田麗音(レノン)と「誰のためにディレクションするのか」さらに、「クリエイティブの品質基準の持ちかた」について語りました。

 

>>前回の記事:「最高の仕事」を導くコミュニケーションとは?

桑原 季(みのり)/写真左。ロフトワークのクリエイティブディレクター。映像作家、ペインターとしても活動する。本対談の企画者。>Profile

山田 麗音(レノン)/写真右。ロフトワークのクリエイティブディレクター。渋谷駅直結の共創施設「SHIUBYA QWS」のクリエイティブディレクションのほか、コーポレートブランディングからエンターテイメント領域まで幅広いクリエイティブを手掛ける。>Profile

執筆:岩崎 諒子(loftwork.com 編集部)
イラストレーション:野中 聡紀

顔の見える誰かを、喜ばせる

みのり ロフトワークのディレクターは、プロジェクトで制作をするときにデザインリサーチやデザイン思考などのロジカルなフレームワークを積み重ねながら、クリエイティブの品質を高めていくことが多いよね。でも、レノンさんはそれよりも「自分が面白いと感じるかどうか、ワクワクするか」がディレクションの起点という印象がある。実際はどうですか?

レノン もちろん、自分が楽しいというのもあるけれど、それよりも同じチームの誰かや「クライアントの〇〇さん」をイメージして「この人どうやったら楽しくなるだろう」という考え方が先に来ているかな。実際、NEWVIEWの1年目のディレクションは、プロジェクトマネージャーの原さん(編集部注:ロフトワークのシニアディレクター)を応援するつもりでやってました。

NEWVIEWプロジェクトの初年度からプロジェクトマネージメント、プロデュースに携わっている、シニアクリエイティブディレクター 原亮介(写真右)

みのり そこで、同じチーム内にいる原さんにフォーカスを当てるんですね。僕は、その考え方はなかった。「このプロジェクトをいいものにしたい」と思うことはあるけれど。

レノン 僕としては、その方が具体的だと思っていて。プロジェクトが「うまく行っている状態」っていろんな観点があるし、誰から見てうまくいっているのかで判断が分かれるよね。なので「この人が楽しくなる=プロジェクトがうまくいく」という確信を持てれば、それだけゴールにたどり着きやすくなる。

昨年、NEWVIEWプロジェクトチームで制作した、名古屋パルコ店頭のクリスマスキャンペーンのプロジェクトでは、パートナーである名古屋パルコやPsychic VR Labの担当の方たちにとっての「マスターピース」を作ろうと思って取り組みました。

名古屋パルコのクリスマス企画『PARCO Xmas PARTY 2020 ~密集したいね。そんな妄想AR。~』/CD:山田 麗音(ロフトワーク)、VRコンテンツ・グラフィックデザイン:村田実莉、サウンドクリエイション:オカモトレイジ(YAGI)

レノン プロジェクトの成功の向こう側にいる人たち、そのアウトプットを受け取って「いい体験だ」として恩恵を受けるエンドユーザーの顔をリアルに想像するのって、なかなか難しいよね。「不特定多数の人たちのため」じゃなくて、顔が見える「この人のために」を考える方がプロジェクトの進み方も早い。結果として、エンドユーザーに対しても満足度の高いアウトプットを作れるという実感があります。

みのり なるほど。きっとクライアントの担当者の方が、エンドユーザーとの距離が近い。その人たちが「これ最高だね、いいね」と言ってくれたら、きっとクリエイティブが加速して一番いい品質になるよね。何より、楽しいプロジェクトになるはず。

僕も最近、具体的に「この人たちを喜ばせたい」と感じたプロジェクトがありました。ある自治体の産業ブランディングプロジェクトで、担当者の方や地域の事業者の方たちが喜ぶにはどうしたらいいんだろうって考えたときに、これまで自分では思いつかなかったようなアイデアが浮かんで。

そのクリエイティブで誰を喜ばせるのか、焦点を当てる精度が高いほど、制作物はブレないし効果が高まるということなのかもしれないね。

先人たちからの学びが、品質基準をつくる

みのり 僕、ずっとレノンさんの中には、絶対的な審美性や信念のような軸があるんだろうって思っていたんですよね。その辺りの話を聞きたいな。

レノン あるようなないような(笑)。僕は、自分が関わるクリエイティブの品質を判断するときは、いつも、僕が尊敬している3人を思い浮かべてるんだよね。彼らがそのクリエイティブを見て面白いと思うか、優れていると感じるかどうかを想像の中で壁打ちする。あとは、自分がこれまでみてきた信じられる作品や言葉たちの総体に向けて、問い直すような感じかな。

最近、制作物の品質定義は自分でやっているようでいて、実は背後霊のように僕のコンテクストに住まう先人達がやっているのではないかと思っている。

みのり 確かに、自分「だけ」が判断基準だと思うと、常に自分を疑い続けないといけないから苦しいよね。

レノン 僕、「Hyper text」っていうタイトルで、いろんなアーティストやデザイナー、文化人が残した「いい言葉」をメモしているんですよ。

例えば、ブルーノ・ムナーリの言葉。

デザイナーはある対象物を、樹木が一枚の葉を生み出すように、自然につくりだそうと試みる。その対象物を、自分の個人的な趣味でおおい尽くそうとするのではなく、客観的であるように試みるのだ。だとすれば、いわばそれは、もの自体が固有の方法で形成されてくるのを助けることである。 けれどもこのことは、いうまでもなく固定したことでもなく、決定的なことでもない。技術が変わり、新たらしい材料が発見され、あらゆる革新とともにまた問題が起り、器物の形は変わることだろう。 —ブルーノ・ムナーリ『芸術家とデザイナー』

あと以前、大学の講義で聞いた祖父江慎さんの言葉。

「する」ではなく「なる」

どちらも同じ意味だと解釈しているんだけど、こうした言葉は見るたびに僕を美学の世界に飛ばしてくれるんです。何かをつくるうえで、できるだけ自然な流れで、必然的なプロセスによって生まれるモノづくりを目指したいなと思わせてくれます。

みのり 確かに、クリエイティブでもわざわざ奇を衒っていこうとする感じと、納まるべきところにスッと納まる感覚って違うよね。

レノン それが自然かどうか。ヘルシーなデザインを心がけたいね。

みのり クリエイティブの品質を判断する時にHyper textの言葉を紐解くと、「ああ、これはあのことだ」って考えるヒントになりそうですね。

レノン Hyper textって、我ながらいいタイトルだと思うんです。その一言から、過去にアクセスするとか、イメージが膨らむとか。思考が飛躍するんですよね。

みのり 美大に入学すると、「お前何が好きなの?」みたいな会話になりますよね。あの頃から、自分の「好き」を集めたらやりたいことが見えてくる、というのは基本所作なのかもしれないな。好きな絵はたくさん集めているけど、共感する言葉を集めるというのも面白そう。僕も、やってみよう。

「他者の感覚」の解像度を上げる

みのり レノンさんって、デザインリサーチやデザイン思考のようなフレームワークを、あまり使わないですよね。

レノン うーん。少なくとも、それらの手法について声高に語るような立ち位置ではないかもしれない。

みのり レノンさんの話を聞いていて、デザインリサーチについて最近考えたことを思い出したんです。僕はロフトワークに入りたての頃、ヤン・チップチェイス* と一緒に高齢社会についてのデザインリサーチをやったんですよ。

ヤンのやり方では、1ヶ月や2ヶ月という長い期間をかけて、現地に入り込んで生活者の行動を観察しながら、潜在的な課題やニーズを見つけるんです。では、なぜデザインリサーチでは、そんなに長く滞在する必要があるのか。それはきっと、自分の中にその地域の人たちと同じ感覚を醸成するためなんじゃないかなと思うんです。

誰かを説得するためのロジックをつくるためとか、レポートを作るためじゃないんですよ。大事なのは、自分がリサーチ対象の人たちと深いところで感覚を共有できるかどうか。だから、わざわざその場所に長く滞在する必要があるんだなって、改めて思ったんです。

レノン なるほど〜。そうかもね。

*ヤン・チップチェイス:クリエイティブディレクター。デザインコンサルティングファーム Studio D Radiodurans 代表。著書『サイレント・ニーズ』は、世界にデザインリサーチの実践的な手法を広く伝えている。

経済産業省からの委託事業として行った、高齢社会の機会領域を探るデザインリサーチプロジェクト(2016年)

経済産業省からの委託事業として行った、高齢社会の機会領域を探るデザインリサーチプロジェクト(2016年)

経済産業省からの委託事業として行った、高齢社会の機会領域を探るデザインリサーチプロジェクト(2016年)

みのり 例えば「20〜30代 女性」って言われても、僕たちの想像力には限界がある。デスクトップリサーチやアンケートで得られる情報だけで、その人たちと同じ感覚になれるわけではないし。

でも、彼らと同じ環境で1週間、2週間と生活していたら、感じ方の質はまったく変わるはずで。デザインリサーチは、ユーザーと言われる「他者の像」をものすごく高い精度で描くための手段なのかもしれないですよね。

デザインリサーチであれ、同じチームのメンバーやクライアントのためであれ、僕たちがその相手の感覚を深く理解したうえで、真に相手を「喜ばせたい」という気持ちで仕事ができたなら、どんなプロジェクトでもすごく面白いアウトプットを作れるのかもしれない。今日レノンさんと話してみて、そんなことを思いました。

今日は、お話ありがとうございました!

レノン こちらこそ、ありがとうございました。

Keywords

Next Contents

街の緑、食品ざんさ……都市の「分解」を可視化する。
「分解可能性都市」展示レポート