光浦醸造工業株式会社 PROJECT

光浦醸造工業のデザイン経営実践
「ビジョンの更新」を実現する、デザインのプロセス

Introduction

ロフトワークによる中小企業向けデザイン経営実践支援プログラム「Dcraft」。経験豊富なクリエイティブディレクターや経営者を講師として招き、「デザインを活用した経営手法=デザイン経営」の実践を支援する7ヶ月間のプログラムです。

今回ご紹介するのは、Dcraftに参加した企業の光浦醸造工業株式会社と、その支援を行ったデザイナーの株式会社 knotの取り組みです。150年以上続く老舗企業の光浦醸造工業が、なぜデザイン経営による「ビジョンの更新」に挑んだのでしょうか。チームの取り組みに一緒に伴走した株式会社ロフトワーク シニアディレクター 北尾一真が、プロジェクトのポイントを語ります。

北尾 一真

Author北尾 一真(クリエイティブディレクター)

大阪生まれ。2015年よりロフトワークに在籍し、イラスト制作からブランディングまで、折込チラシからWebサイトまで、リサーチからプロデュースまで、多種多様な領域のプロジェクトを担当。ジャンル、領域、場所、方法にこだわらず、最適なプロジェクトデザインの提案をするのが得意。前職は養蜂場。苦手なことは片付けること。

企画:岩沢エリ(株式会社ロフトワーク)
語り:北尾一真(株式会社ロフトワーク)
執筆:野本 纏花
編集:後閑裕太朗(loftwork.com編集部)

Outline

慶応元年創業の光浦醸造は、山口県防府市にある小さな醸造所です。150年以上にわたって味噌や醤油などの伝統的な調味料をつくり続けると同時に、乾燥レモンつきの紅茶やフレーバー甘酒、シート製ストローなど、その時々で必要と感じたものづくりに全力で取り組んでいます。

プロジェクトの入口:「なぜ、その事業をしているのか」、社内に答えがない。

現在の社長が就任してから、業務用を中心とした伝統的な味噌・醤油づくりだけでなく、個人向けの新製品開発を積極的に進めてきました。それぞれの商品には開発に至った背景があるものの、「なぜ、味噌屋が?」という疑問に対する一貫した答えを持ち合わせていないという課題を抱えていました。

実施したこと:ビジョンの更新

デザイナーが主導となって約2.5ヶ月間のプロジェクトを実施。経営者との協議や、外部の視点から見た仮説検証を経て、光浦醸造の新たな理念とビジュアルを策定しました。

プロジェクトの出口:更新したビジョンを「何に反映するか」を見据え、社内に浸透させる。

プロジェクトの目的は、単にビジョンの文言を新しくすることではありません。ビジョンを通じて「だから光浦醸造は味噌もレモンティーもつくるんだ」と社内外の誰もが理解でき、事業の成果に結びつく状態を目指しました。結果として、新たなビジョンをもとに新商品のアイデアが生まれる、企業姿勢に魅力を感じるお客様が増えるなどの変化がみられています。

Process

企業がビジョンを“更新”することの意義

そもそもなぜ、ビジョンを更新しなければならないのでしょうか。

それは「ビジョンに求められるものが変化しているから」です。以前は、ビジョンは「自分たちの果たすべき役割」について一人称で語られるものでした。しかし、今は「“社会に対して”自社の企業活動がどのような価値を与えているのか」を第三者視点で伝えなければ共感を得られない時代になっています。ゆえに、ビジョンを新たにつくるのではなく、これまで使用していたビジョンを、社会を見据えながら解き直し、“更新する”必要がある。仮にビジョンを更新しなくても短期的な売り上げを得ることはできますが、中長期的にみたとき、以下のようなメリットを享受できるのです。

デザイン経営のプロセスの中では、経営者の旗振りのもと、デザイナーは具現化の役割を担います。では、具現化すべきものとはいったい何なのでしょうか。あまりイメージが湧かないかもしれませんが、下図の通り、実はこんなにもたくさんあります。

内側の「想い」や「ビジョン」から始まり、コンセプト・ロゴなどの社外を意識したもの、さらに実際の事業やデザインの中で、具現化しなければならないものは数多くある。そして、これらが全て具現化することで、ブランドイメージや世界観が構成され、中長期的なメリットが生まれてくる。 (プロジェクトの提案書から抜粋)

光浦醸造の事例からみる、ビジョン更新に必要な6つのプロセス

では、具体的に光浦醸造の事例ではどのようにビジョンを更新していったのか、次の6つのプロセスで紹介していきます。

光浦醸造は、山口県にある創業150年以上の醸造所です。従業員数は20名ほど。もともとは味噌をはじめとする伝統的な調味料をつくり続けていたのですが、最近ではレモンティーや甘酒、シート製のストローなど、味噌以外の商品も人気になっている。

当然、「なぜ、味噌屋が?」と疑問が生まれます。しかし、彼らの回答は「商品化した理由はそれぞれあるけれど、『なぜ味噌屋がやるのか』と聞かれると、ちょっと困っちゃうんですよね…」というものでした。そこで、今回のビジョンを更新するプロジェクトを始めることになったのです。

1. 自社を表現する言葉を経営者自らが考え尽くす

まずは、経営者自らがこれまでを振り返り、「どう表現したら自社のことを説明できるのか」を徹底して考え尽くしてもらいました。ここで大切なのは、それが正しいかどうかではなく、「そこから伝わってくるものが何か」をデザインチームが把握することです。このプロセスが、デザインで具現化するための土台となります。

2. デザイナーと経営者の両方が納得のいく短期的な目標設定を行う

デザインの力を活かすとなると、よくあるのが「いい感じのグラフィックやロゴをつくっておしまい」というケースです。しかし、それでは「社長がつくったらしいけど、結局何に使うのかわからない」と、社内に浸透せずに終わってしまう。それではビジョンを更新する意味がありません。

そこで有効なのが、「短期的な目標設定」です。もちろんビジョンの更新は中長期的な目標を見据えて行うべきものではありますが、同時に短期目標を設定することで、着実に成果を測るとともに、ビジョンが形骸化してしまうことを防ぎます。今回は、さまざまな目標の選択肢がある中で、2ヶ月半後に出展予定だった大日本市において、「光浦醸造のどの商品においても、理念と紐づいている状態」を目指すことに決まりました。

3. 経営者が考え尽くした言葉と外から見た情報で、デザイナーとコピーライターが仮説を作成し、方向性を定める

経営者が考え尽くした言葉をもとに、デザインチームがWebサイトや商品パンフレットなど、外から見える情報を掛け合わせて、方向性の仮説を作成していきました。注意すべきは、「外から見えている企業像」という第三者視点を徹底すること。そのため、この時点ではあえて現地は訪問していません。

「外からはこう見えている」という現状を経営者に伝え、社内に持ち帰って熟考してもらい、次の方向案に決まりました。

この後プロセスを進めていく中で、この段階で出てきた仮説「味を、人を、あわせる、」が合っていたことが検証できたので、最終的なアウトプットもこの理念をもとに進めていくことになりました。

4. 現場の可能性を探る、外部の目線から自社のポテンシャルを測る

ここでようやく現地を訪問します。そのねらいは、実現可能性の検証です。この時点でデザイナーはビジュアルアウトプットの仮説を持っていたものの、「本当にそのイメージに当てはまる写真を撮影できるのか」「想定通りのクリエイティブを実現できるのか」など、外部の目線で企業のポテンシャルを測る必要がありました。

訪問の結果、「十分に撮影できる企業活動の実態があり、グラフィックコミュニケーションで伝えられる内容がある」と実感し、デザイナーとしても方向案に沿ったビジョンの更新ができそうだという手応えを得ていきました。

5. ビジュアルコミュニケーションに落とし込む

そして、今回の目標である展示会をベースに、額装を想定してグラフィックとテキストを組み合わせてみたり、Webページやパンフレットの構成も考案しました。

6. 目標に対して反映し、テストする

最後は、展示会の場に反映してお客様に見てもらうことで、ビジョンとして受け入れてもらえるのか、ユーザーテストを行なっています。

実際の展示会では、「来場者が選ぶ応援したいブース」として一番人気の評価を得られたほか、額装したメッセージを読んだあとに商品を手に取る人がいたり、展示会に出た社員からも「これまでとは全然反応が違う。価値が高まっている実感があります」という声が上がったりしました。また、社内から「この考え方ならこんな商品もつくれるかも」といったアイデアが出てくるなど、“あわせる”という言葉が軸になったことで、本業の味噌とは関係なくても新商品開発に一貫性が生まれる効果が表れていると言います。

今回のプロセスで大切なところを赤字にしました。経営者自らが考え尽くすところから、最後のテストをするところまでやり切ることで、ビジョンの更新が完了できると考えています。

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