カンディハウスのデザイン経営実践
デザインを「組織文化」に組み込むためのプロジェクト設計
Introduction
ロフトワークによる中小企業向けデザイン経営実践支援プログラム「Dcraft」。経験豊富なクリエイティブディレクターや経営者を講師に招き、「デザインを活用した経営手法=デザイン経営」の実践を支援する7ヶ月間のプログラムです。
このDcraftに参加した企業のひとつが、今回ご紹介する株式会社カンディハウス。北海道旭川市で、国内外のデザイナーとともに、妥協のない木製家具づくりを続けています。そんな同社が挑んだのは、組織文化をはじめとする、プロダクト以外の領域にデザインを導入することでした。同社に伴走した株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 室 諭志が、プロジェクトのポイントを語ります。
企画:岩沢 エリ(株式会社ロフトワーク)
語り:室 諭志(株式会社ロフトワーク)
執筆:野本 纏花
編集:後閑 裕太朗(loftwork.com編集部)
Outline
1968年に家具職人・デザイナーの長原 實さんによって創業されたカンディハウス。国内有数の家具産地である北海道旭川市に拠点を構え、北海道の自然と日本の文化に育まれた美意識を活かしたデザインとものづくりで、ライフ&ワークスタイルを提案しています。
プロジェクトの入口:ビジョンの更新が完了し、組織や文化そのものをデザインする
創業50周年を機に、既にビジョンの更新を実施。CIの刷新やカタログのリニューアル、環境負荷を軽減した設計・製造体制の見直しなど、100年先を見据えたブランドストーリーの再編が進んでいました。
実施したこと:オープンファクトリー化に向けた環境要因としての「台車」のリデザイン
地域に根ざした企業として、旭川の工場を起点とした地域全体の振興・ブランディングに向けた産業観光を目指す中で、来場者の体験向上につながる実行可能なアプローチを模索することに。工場で数多く使用されている「台車」に注目し、リデザインを通じて、形のない意識や文化、組織のデザインに取り組みました。
プロジェクトの出口:デザイン責任者の育成・今後デザイナーと対等にプロジェクトを進められる組織文化の醸成
製品を生み出す工場(環境)をデザインの対象に据えることで、これまでデザイナーと関わったことのない部署も含め、デザイナーとの協業を可能とする人材の育成を目指しました。この状態のもと、デザイナーへとプロジェクトを引き継ぐことで、新たな工場のデザインを自走しながら進めていくことが期待されます。
Process
なぜ組織文化づくりへデザインの導入を図ったのか
株式会社カンディハウスは、北海道旭川市を拠点に、国内外の名だたるデザイナーとともにものづくりにこだわり、インテリアのプランニングから設計、施工までを手がけています。高いデザイン性を誇るプロダクトを通じて、和の心から生まれる心地よいライフ&ワークスタイルを世界に発信しています。
そんなカンディハウスでは、創業50周年を迎えた2018年を機にビジョンの更新に着手し、「ともにつくるくらし。カンディハウス。」をタグラインに掲げたリブランディングを推進していました。つまり、CIの刷新やカタログのリニューアル、設計・製造体制の見直しを図り、ビジョンの更新が完了した状態から今回のプロジェクトがスタートしています。
では、「ビジョン更新」の次に何をするのか。デザイン経営実践企業の事例をみると、多くの企業が本社や工場をベースに、共感を生む体験の提供や地域全体の振興・ブランディングに寄与することによって、根強いファンを獲得しています。そこで、カンディハウスでも旭川の地域振興を目的とした産業観光を目指すことに。とはいえ、いきなり目指すには大きすぎるゴールのため、実行可能なアプローチをブレイクダウンしながら、取り組む課題を設定していきました。
「工場を起点とした産業観光」というゴールから逆算して考えたときに、そう遠くない将来、オープンファクトリーで工場に来訪者が増えることが想定されます。そのとき、彼らに対して工場がどんな見え方をし、どんな印象を与えるのか。工場で働く人たちがいきいきと働く姿が見えたり、何か素敵なものが生まれそうなワクワク感が伝わったりするためには、来訪者の体験を向上させる、何かしらの施策が必要だという結論に至りました。
そこで今回、注目したのが「形のないもの、意識や文化、組織のデザイン」です。従来のカンディハウスの強みは、形のあるプロダクトのデザインにあります。ここに加え、“プロダクト以外の形のないもの”にもデザインを取り入れることで、共感を呼ぶ体験をデザインしていこうと考えたのです。
その際のポイントは、「製品を生み出す工場(=環境)をデザインの対象に据えること」、「製品企画以外の製造現場にもデザイン責任者を立てること」の2つです。今回のプロジェクトを通じて、製品の企画や開発を担う部署以外の“ものづくりの現場”にも、デザイナーとの協業が可能な人材を育成することで、組織全体にデザインを導入して、組織のあり方を発展させようと考えました。
デザインを組織文化に組み込むプロジェクトの進め方
プロジェクトの具体的な内容として取り上げたのが、「台車のリデザイン」です。
まずは、経営者はもちろんのこと、製造現場の主要メンバーを巻き込んだチームを組成しました。私もプロジェクト計画の策定などをフォローしつつ、最後に外部のデザイナーにブラッシュアップをお願いする形で進めていきました。計画時に外部のデザイナーをあえて交えることなく進めていった理由は、社内のチームメンバー自身にデザインのプロセスを体感してもらうためです。
プロジェクトの流れは、「課題設定からプロジェクトチームの発足まで」が2ヶ月、「プロジェクト計画の策定」に1ヶ月、「プロジェクトの実施」が3ヶ月、トータル約半年間の短期プロジェクトとなっています。
観察〜課題発見
プロジェクト実施の3ヶ月をさらに細かく見ていきましょう。まずは「観察〜課題発見」として、チームメンバーとともに工場内を観察していきました。ここでは、それぞれが発見した課題を写真に撮り、それらを持ち寄って共有し、改善ポイントを洗い出しています。普段から慣れ親しんでいる場所であっても、課題意識を持って見つめ直すことで、新たな発見があることを実感してもらいました。
プロトタイプ制作
次に、課題を解決するための台車のアイデアをみんなでスケッチしていきます。その翌週にはプロトタイプの試作が始まりました。
ユーザーテスト
実寸大の試作品ができた段階で、実際に工場へ試験導入しました。デザインに対する組織文化づくりが目的の本プロジェクトでは、現場のみなさんへの伝え方には特に気をつけました。新しい台車の導入を発表する際には、プロジェクトの意義や目指すところもしっかりと共有できるよう、プロジェクトメンバーで入念な準備を行いました。こうしたコミュニケーションの細部にまでデザインを導入していくことは、今回のプロジェクトで特に重視していたところです。
最後に、試験導入の結果を現場の方にヒアリングを行い、この結果を踏まえて外部のデザイナーに引き継ぎを行い、プロジェクトは完了となっています。その意味では、プロジェクトの出口として、社内にデザイナーと連携できる状態を浸透させたことで、今後は組織とデザイナーがチームを組成し、新たな工場像をデザインしていくことが期待できます。
プロジェクトから得た4つの気づき
最後に、今回のプロジェクトを通じて気づいた大切なことを4つお伝えします。
- 企業のビジョンの明確さ、経営者が持つ将来の目標を社内でも共有する
「どこにデザインの力を活用していくのか」を決めるのは経営者です。この“決める”ことが重要。また、それを社内に“共有する”のも、経営者に求められる大切な役割です。 - 長期目標からブレイクダウンして、短期的な目標設定を行う
今回スタートで掲げた目標は、産業観光というかなり大きなものでした。しかし、デザイン経営の“経営”という大きな言葉に囚われすぎると、目標に対しどこから着手していいのかが見えてきません。まずは小さくできることから始めて、実践と検証のサイクルを回すことが、前に一歩踏み出すポイントだと思いました。 - プロジェクトの過程でいかに社内を巻き込むか、社内のデザイン人材を育成していけるか
今回のプロジェクトでは、これまでデザイナーと接点がなかった人たちに、デザインのプロセスを体感してもらうことで、デザイン人材の育成に取り組みました。その上で、文化の醸成につなげるには、経営者が決めたビジョンを共有したのち、ある程度の裁量権を持ったチームが自主的に進めていくことが大切です。 - もちろん最後はプロであるデザイナーの力が必要
やはり、デザイン経営にデザイナーの力は欠かせません。しかし、依頼するタイミングやプロジェクトメンバーの座組みに関しては、プロジェクト側で戦略的に考える必要があると感じました。
ロフトワークは、経営におけるデザイン戦略・実践パートナーとして、あなたの会社のデザイン経営導入を支援します。さまざまな課題感、切り口、規模感に応じて、プロジェクトベースで伴走いたします。また、中小企業の方々に向け、デザイン経営についてのさまざまなナレッジ資料もご用意しています。こちらもご参照ください。
ロフトワークのデザイン経営における実践事例のまとめ
Service
未来を起点組織・事業の 変革を推進する『デザイン経営導入プログラム』
企業 の「ありたい未来」を描きながら、現状の課題に応じて デザインの力を活かした複数のアプローチを掛け合わせ、
施策をくりかえしめぐらせていくことで、組織・事業を未来に向けて変革します。
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