EVENT Report

5分でわかる「デザイン経営」の実践
デザイン経営2019レポートvol.4

2019年7月29日(月)、永田町GRiDにて「デザイン経営2019」を開催した。経済産業省特許庁の『「デザイン経営」宣言』発表から1年。改めて「デザインと経営」を考えるカンファレンスとして、デザイン経営宣言を取りまとめた中心メンバーや実践企業・行政を交え、デザインを経営に取り入れる価値とは何か。どんな変化やインパクトを生み出すのかの議論を深めた。当日の内容を4回に分けてレポートでお届けする。本稿は第4回目、イベントの全体観について、ロフトワークの岩沢エリが企画者の立場から振り返った。

(テキスト:岩沢エリ 編集:長谷川賢人 写真:加藤甫

ーこれまでのレポート
vol.1 「デザインはビジョンを具現化する」上場廃止の危機を前に、JINSを救い出した“デザイン経営”の要点
vol.2  パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社で実践される「現場を変えるデザインのちから」
vol.3 特許庁が実践したデザイン経営とその成果
vol.4 5分でわかる「デザイン経営」の実践

全4回の最後となる本レポートは、「デザイン経営2019」カンファレンスの企画、実行を担当したロフトワーク岩沢よりお送りします。今回は、『「デザイン経営」宣言』では語られなかったけれど、改めてイベントで必要性を実感できた、「デザイン経営」を進めるにふさわしい実践手法やマインドセットを中心にご紹介します。

『企業の“正しい文化”をデザイン』する、社内風土改革に臨む

はじめに紹介したいのは、『「デザイン経営」宣言』を取りまとめたコアメンバーでもあるA.T.カーニー会長の梅澤高明氏と、ロフトワークの林によるセッションで語られた、デザイン経営を実現するための要素です。それを、梅澤氏は「企業の“正しい文化”をデザインする」という言葉で表しました。

例えば、会社全体が顧客ファーストで考えられるようになるために、「縦割りの重たい組織」から、フラットで俊敏な動きが取れる組織へ変えていく。そのために働く空間や社内ルール、習慣といった企業風土に切り込んで、改革をしていかなければなりません。

 実践の現場から、その言葉を提言したのが、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社(以後、パナソニックCNS)の山口有希子氏です。「これまで企業を動かす原動力は、戦略が中心だった。しかし、これからは文化が健全であることが最も大きな歯車になる」と語りました。
 
 多くの組織では、社員は管理者層の意思決定を実行するように促されていただけでした。しかし、顧客ファーストで考えるのならば、ユーザーの近くにいる社員の方が気づきを得やすい立場にいます。社員が自然にユーザー視点で行動できる環境を整える方が、会社にとって良い循環になりそうです。

 司令を待つのではなく、いかに自身で課題を発見し、新たな事業や改善アイデアを実行できるか。そして、一人ひとりの仕事に対する態度を変えるには、社員が安心して自身の意見を責任者の前でも発言できたり、他部署と連携して議論できたりする環境が必要です。

 パナソニックCNSが実践した、オフィスのフリーアドレス化や社長室の撤廃。名刺のリデザインや昭和型朝礼スタイルの廃止といったコミュニケーション改革は、まさに個人の行動やマインドセットを変える風土改革でした。

パナソニックCNSが実施した風土改革施策の一例

 風土改革は、いわばコーポレートブランディングであり、インナーコミュニケーション戦略です。経営者は言うまでもなく、広報やマーケティング、経営企画、人事や総務まで、実践には大いに関わる必要があります。その意味で、デザイン経営の実践とは「部署横断」で臨む、全社的な一大プロジェクトなのです。

 そして、梅澤氏が「上辺だけのデザイン思考を取り入れるだけで終わってしまっては何の意味もない」と語ったように、大切なのは企業活動の日常にデザイン経営を根付かせることです。一人ひとりの意識が変わり、一人ひとりがデザイン経営の実践者へと変貌していく。経営者の仕事は、そのための環境への変化を決断することとも言えそうです。(詳細は、デザイン経営2019イベントレポートvol.2 パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社で実践される「現場を変えるデザインのちから」をご覧ください)

従来の企業文化から切り離し、新しい風土形成を実験する特別部門設置

仮に全社的にいきなり風土改革を実践するのは難しい場合、特許庁のように、まずは実験的に一部門やプロジェクトから段階的に始める手段もあります。

特許庁が2018年8月に発足した「デザイン経営プロジェクトチーム」。特許庁長官から勅命を受け、特許技監(CDO)をトップに全60名の立候補者からなる新組織を形成し、デザイン思考を取り入れた半年間のサービスデザインプロジェクトを実践しました。

期間中は、特許庁顧問室を改装してつくった「プロジェクトルーム」で活動されていました。(詳細は、デザイン経営2019イベントレポートvol.3 特許庁が実践したデザイン経営とその成果をご覧ください)

「プロジェクトルームは本当に作ってよかったです。職員は普段からヒエラルキーの中で職務にあたっています。ところが、この部屋に入ると、不思議と関係性から離れて対等な言葉で意見を交わせました。自然とヒエラルキーから抜け出せたようです」と特許庁のデザイン経営プロジェクトチームの外山氏。従来の組織慣習やルールから物理的に離れる空間を持つのは、プロジェクトチーム内独自のルールに基づいて行動や思考するのに有効なようです。

これについては、私たちロフトワークも共感できることが多いです。例えば、パナソニック大阪・門真オフィスに共同でつくったオープンイノベーション拠点「Wonder Lab Osaka」や、未来をつくる実験区としての「渋谷100BANCH」プロジェクト。空間を変えるだけではなく、独自の行動規範を掲げて浸透させることで、想像以上の活動が創発されていくのを目の当たりにしています。

ただし補足すると、新しいルールや空間を闇雲につくっても意味がありません。特許庁でも長官が率先してプロジェクトチームを組成し、活動空間を持つことを決裁したように、トップのコミットが重要です。実験的な取り組みだからこそ、トップが率先してその価値を理解し、継続的に守り続ける必要があるのです。

「ビジョンをデザインする」とは、存在目的を問い直すことでもある

「私自身はなぜ仕事をして、我が社は何のために存在するのか」

企業文化をつくるにも、新規事業やサービスをつくるにも、それらが象る「未来像」を組織で共有しておかないと、向かうべき方角がわからなくなってしまいます。デザイン経営においても同様に、全ての活動の原点になるのは、その手前にある個人や組織の想いなのでしょう。

たとえば、アイウェアメーカーのJINSは、株式上場から間もなく株価が下落し、上場廃止寸前の危機に陥りました。その時、田中仁社長は、ユニクロの柳井社長にお会いする機会があり、数々の叱咤激励を受けたと言います。その一つに「経営には志が必要だ」というメッセージを受け、「私自身はなぜ仕事をして、我が社は何のために存在するのか」という存在目的を問い直すきっかけを得たと言います。

結果、田中氏は「眼鏡の民主化」という使命を発見します。外部のブランディングチームの助力を得ながら自社の事業価値やビジョンを再整理し、JINSは「Magnify Life」というコーポレートビジョンを打ち立てます。それ以降、「眼鏡」の捉え方を変えた商品で、市場を開拓し続けています。

ビジョンが明確になると、会社をデザインできるようになると考えています。会社に対する青写真や下書きをもとに、それをいかに製品やサービスに落とし込むか。その落とし込みに際してクリエイターと手を取れば、マーケットによりわかりやすく届くことでしょう。

私は、デザインとはビジョンを具現化することだと思います。では、ビジョンはいかにデザインすればいいのか?そのためには、経営者自らがどのように在りたいのか、どのように生きたいのかを明確にすることから始めるのです」と田中氏は、今回のプレゼンテーションでも語りました。

表現したい「企業価値」や「存在目的」とは何か?

田中氏がトップの心構えについて述べましたが、ビジョンは現場にいる社員一人の活動にも関わってきます。ユーザー視点を取り入れて観察を進めると、たくさんの課題やアイデアに出会います。その時、何を判断基準に選定すべきでしょうか。「私たちはなぜこれをやるのか」「何を成し遂げたいのか」といった、チーム内あるいは組織全体の目指す方向を指し示すビジョンが必要になるのです。

特許庁の外山氏も、デザイン経営プロジェクト実践を経て、その重要性に気づいた一人でした。「今回、プロジェクトを進めてみて、特許庁としてのビジョンが欠けていることにも気づきました。ビジョンがなければ、選択肢が出たときの判断軸をつくれません。今後はその点についても議論を深めていきたいです」と振り返っていました。

ただ、必ずしも、ビジョンはゼロからつくる必要はないのかもしれません。たとえば、パナソニックCNSのように、創業当時の想いを掘り起こし、今あるメンバーの想いと重ね合わせることで会社のあり方を変えていくというあり方もひとつです。

パナソニックCNSの山口氏は、創業者である松下幸之助が大切にした考えという「日に新た」を紹介しました。創業者の言葉を再解釈し、旧態依然を防ぎながら日々改善と問い直しを繰り返し、新しい風土をつくっていく。多くの老舗企業にとっても、実践の参考になるのではないでしょうか。

 『「デザイン経営」宣言』でも、「デザインは企業が⼤切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営みでもある」と示されています。デザインを有効に経営で活用するためには、そもそもの表現したい「企業価値」や「存在目的」とは何かに遡る必要があるのかもしれません。

証拠がなくても、直観を信じて進む必要もある 

これまでの常識を覆すような新領域への進出や、新ビジョンの策定、社内風土改革。重要な経営判断を迫られる時、十分なデータや論拠が揃っているとは限りません。では、どのような判断軸で検討すればよいのでしょうか。A.T.カーニーの梅澤氏が挙げたのは「全体性」というキーワードです。

「現在は、問題を因数分解して解決し、再統合するというやり方が大半を占めています。ただ、企業経営の方向を決めようとか、顧客にとって価値の高いものをつくろうといった仕事は、そのやり方では解けないであろう問題です。

証拠はないのですが、ある強い確信に基づいて決断をする際には、全体を考えざるを得ません。全体というのは、因数分解できるときもあるし、できないときもある。できないときは、直感に頼ってでも意思決定をしなくてはならない。そして、意思決定したときは、全体性を揺るがさないように、証拠がなくても守り続けなくてはならない。これが経営者の仕事ではないでしょうか」

全体を考えるとは何か。例えば、事業を開発、製造、販売、アフターサービスと分解し、それぞれの最適化(品質、コスト、リードタイムの最適化)を行う。このような部分最適の総和では、魅力的な顧客体験や一貫したブランドの実現には繋がりません。事業やブランドを一つの塊として捉え、全体が調和・整合した形で方向づけをすることが重要になるのです。

デザイン経営とは全体性を大事にした経営であり、それを前提とした意思決定をしましょうというメッセージも含まれていると思っています。そういうマインドをもった会社が増えると、もっとユニークな会社も増えるでしょう。ひいては大胆なアクションを取れる会社も増え、日本の産業が強くなるはず」と梅澤氏は言います。

しかし、証拠のないことの意思決定に、他者を巻き込むのは勇気がいるはず。さらに、「巻き込まれる側」にとっても、何かしらの拠り所があると心の支えになります。両者をつなぐものとしては、ロフトワークの林が取り上げた「センスメイキング理論」にヒントがあるのかもしれません。センスメイキング理論は、日本語に訳すと「意味付け・納得」のこと。求めても「正しい答え」を得られない状況下において、ものごとに「意味付け」を行い、周囲の納得をえて行動することを指します。

ロジックや証拠の裏付けではなく、いかに自身の生き方や会社の目指したい世界観から、ものごとに意味づけを行えるか。言い換えれば、いかに「物語る」ことができるか。因数分解できる問題解決法だけでなく、今後より求められていく考えとなるでしょう。

おわりに

デザイン経営の実践者が語る言葉に共通していたことは、大きく3点ありました。

まずは、組織のリーダーが思い描く未来像を、ビジョンとして明確にし、社員だけでなく、社会へも浸透させていくことの重要性。もう一つは、ユーザーや顧客の理解を深め、本質的に求められる体験を提供すること。そして、その実践ができる組織としての文化を築きあげていくことでした。

それぞれの課題は、実はゆるやかに連なっており、完全に分断して考えることは難しいでしょう。リーダーの目指したい世界、社員一人ひとりの理想の働き方や仕事への価値観がある一方で、顧客にもまた、理想の生き方と現実の課題が横たわっています。さらにその上に、環境課題や地域、都市の事情ものしかかる。

ただ、そこですべてを個別の問題として割り切りたいところをぐっと抑えて、あえて全てを受け入れ、全体をひとつの「世界」として見ようとしてみる。そうすると、朧げな連なりと連なりの間から文脈を読み取れ、ある瞬間に意思決定に足る「ユニークな道筋」を発見できるのかもしれません。

デザイン経営カンファレンスの中で、ロフトワークの林に「デザインとは何か?」という質問をしたところ、「デザインとは、抽象的な『想い』を具体化するプロセス」という返答がありました。

「ぼんやり描いていたものに、フォーカスが突然かちっと合わさり、クリアに見える瞬間がある」と補足した林の話を聞きながら、これからの経営にデザインが必要な理由が感じとれました。複雑化し、不確実性の大きい社会であっても、キラリと光る次の時代へ導く道標を発見し、カタチにし、多くの人たちへ共感を拡げていくのに、デザインの力が役立つからです。まるで新たな生態系をつくるようなプロセスが、これからのビジネスに必要なのかもしれません。

岩沢 エリ

Author岩沢 エリ(Culture Executive/マーケティング リーダー)

東京都出身、千葉市在住。大学でコミュニケーション論を学んだ後、マーケティングリサーチ会社、不動産管理会社の新規事業・経営企画室を経て、2015年ロフトワークに入社。マーケティングチームのリーダーとして、ロフトワークのコミュニケーションデザイン・マーケティング戦略設計、チームマネジメントを担う。2022年4月からCulture Executiveを兼任し、未来探索と多様性を創造力に変えるカルチャー醸成に取り組む。最近では、「分解可能性都市」をテーマに、生産・消費に加えて分解活動が当たり前となる都市生活へシステムチェンジするためのデザインアプローチを探究している。1児の母。

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【お知らせ】デザイン経営の実践を考えるイベントシリーズ始めます

<3/13(金)開催> デザイン経営 2020

3月13日 東京開催「デザイン経営2020」

次の時代を創造する、デザインドリブンの組織と文化づくり

今回は、「次の時代を創造する、デザインドリブンの組織と文化づくり」をテーマに開催。企業のミッションやビジョンと人の潜在欲求や社会課題解決を結合わせ、ブランドや事業を創造する手段にデザインを最上流から活用する。その実践を担う、デザイン主導型の組織をどうつくり、業務プロセスとして標準化し、浸透させ、企業の新たな文化へ育てるか。

先駆的に取り組む企業の基調講演やケーススタディトーク。デザイン経営のメソッドや実践企業の調査から見えたデザイン経営の効果や成果などもご紹介します。

>>プログラム詳細・お申し込み

 

<3/5(木)開催> 中小企業のデザイン経営 Vol.1 デザイン経営で、こどもの未来をつくる

ゲストに、ベビー・子ども関連ブランドのファミリア、あそびの空間づくりを行うジャクエツ、まちの保育園などを運営するナチュラルスマイルジャパンを迎え、3社のビジョンに共通する「子どもの未来」を切り口に、中小企業のデザイン経営について議論します。

>>プログラム詳細・お申し込み

<3/11(水)新潟開催>中小企業のデザイン経営 Vol.2 地域の未来をつくるデザイン経営

ゲストは、アウトドア総合メーカー スノーピーク、新潟県南魚沼市にある複合型施設「里山十帖」を運営する自遊人、着物の製造販売を行うやまと。3社のビジョンに共通する「地域の未来をつくる」を切り口に、中小企業のデザイン経営について議論します。

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