伴走型リサーチからみえる、「意外な仮説」づくり
プロトタイピングのその前に vol.1
新規事業開発を「想像していなかった」ものにするために必要なプロセスとは?
新規事業開発・新分野開拓の担当者となり、計画の準備として、まず何が課題かを特定し検証したいと考えている方も多いのではないではないでしょうか。そうした課題を検証するための代表的なアプローチとして、リサーチとプロトタイピングが挙げられます。
これらのワードをあまりによく耳にするので「新規事業開発には、まずはリサーチとプロトタイピングを行わなければならない」と定説として理解している人や、ひとまず手をつけてしまっている人も多いのではないでしょうか?
しかし、新規事業開発の一番の焦点は、いかにして「新規性」を実現するかという点にあります。そして、これが最もハードルが高い。漠然と「新しいこと」を思いつこうとしても、自分の想像の範疇からしかアイデアは生まれてこないですし、リサーチやプロトタイピングを実行したからといって、必ずしも新規性に至るとは限りません。
ではまったく新しい、まさに「想像の外側」のアイデアを生み出すためのリサーチやプロトタイピングとは、一体どのようなものなのでしょうか? 本連載「プロトタイピングのその前に」では、着手する前に知っておくべきリサーチ・プロトタイピングの設計のメソッドを解説していきます。
第1回となる今回は、入り口にあたる「リサーチ」にフォーカスします。世の中を見渡せばリサーチの方法論は多岐に渡りますが、そもそも新規事業開発におけるリサーチとは、どのように捉えられるべきなのでしょうか。
「何を検証したいのか」を見定めるためのリサーチ
さて、新規の市場や新商品の構想を考え、その可能性を探ろうと思った時、最初にぶつかる壁とは何でしょう。
「プロトタイピングで検証したい初期仮説、あるいは機会領域をどう形成するのかが、新規事業開発の第一の課題なんです。」
そう語るのはクリエイティブディレクターの林剛弘。
アイデアを発案しようにも、まず「具体的なアプローチとしてまず何から始めればいいかわからない」「そもそも新規進出するべき機会領域が存在しているのかわからない」といった課題にぶつかりがちです。言い換えれば、プロジェクトは検証したい領域や仮説そのものがわからない状態から始まるのではないでしょうか。そして、仮説を発見するためには有益な情報の発見とインプット、すなわちリサーチが欠かせません。
しかし、想像の外側の価値を生み出すというゴールまで見据えてリサーチをするには、闇雲にフィールドへと飛び込むのでは不十分。リサーチを実施する前に、きちんと設計をしておくことが重要だと林は言います。
では、実際に林がプロジェクトマネージャーを務めたプロジェクトでは、どのようにリサーチが設計されていたのでしょうか。タイでは馴染み深いとされるアロマ吸入器「ヤードム(Yadom, 嗅ぎ薬)」の日本市場展開の可能性を探るプロジェクトの例を紹介します。
タイと日本をつなぐ香り体験とは?「Yadom project」
クライアントである003 Beauty Centerは、商品開発にあたり、日本での認知度の低さとプロダクトデザインの設計方針について、課題感を抱えていました。ロフトワークは、タイ・日本でのデザインリサーチを敢行し、日本市場におけるヤードムの機会領域を発見することを目的としてプロジェクトに参画しました。
林らプロジェクトチームは、ヤードムが持つ「想像していなかった価値」を導出するためのリサーチ設計のポイントとして以下の3点を実施しています。
- エクストリームユーザーへのデプスインタビュー
- 事実と解釈の両方を扱う伴走型リサーチ
- プロトタイプを意識したリサーチ結果の”問い”への落とし込み
それぞれのプロセスについて、具体的な取り組みを紹介します。
1.エクストリームユーザーへのデプスインタビュー
まず手始めに、他企業によるヤードムの市場展開やヤードムそのものが持っている歴史、さらに一般的にどのように使われているかなどを把握するため、デスクトップリサーチを行いました。そのうえで、デスクトップリサーチで得た初期仮説を深め、また事前知識では想像できないような使い方に出会うため、リサーチャー自らバンコクへと向かい、エクストリームユーザー*へのデプスインタビュー**を実施しました。
*エクストリームユーザー:一般ユーザーと比べて何らかの極端な性質を持つユーザーのこと。本プロジェクトでは、ヤードムを非常にユニークに使っていたり、常識的な用途を超え、新たな用途をハック的に見出しているユーザーを指す。
**デプスインタビュー(depth interview, 深層面接法):インタビュアーと調査対象者が1対1で行うインタビュー。行動の背景や細かなシナリオなど、対象者について “深く” 掘り下げることができる。
彼らに話を聞きながら、実際にヤードムを使用しているところや細かい行動を記録していくと、「原液を直接嗅ぐ」「消臭効果のために原液を服につける」という、デスクトップリサーチでは見えてこなかった使い方が明らかになりました。これらは極端な例ではあるものの、共通点を見出していくことで「鼻に直接挿すという使い方だけでなく原液を使う」というインサイトを獲得し、結果的に日本市場での展開を考えるうえでのアイデアの種を発見できたと言います。
2.事実と解釈の両方を扱う伴走型リサーチ
現地でのリサーチ後、情報鮮度の高いうちに必ずクライアントを交えた形での振り返りミーティング(デブリーフ)を実施。ここではリサーチから見つかった事実だけでなく、「あのような使い方もあるとは思わなかった」「どのように応用できるか」という互いの解釈を重ねていく中で、日本とタイという文化の差に紐づいた機会領域を言語化していきました。
3.プロトタイプを意識したリサーチ結果の”問い”への落としこみ
その後、リサーチ結果やその解釈からユーザーの思考プロセスや潜在意識を推定し、それらを統合・グループ化したメンタルモデルとして可視化。続いて、それぞれのメンタルモデルに該当する対象者をアーキタイプとして分類し、それぞれのユーザーアーキタイプにどのような機会領域がありえるのか、という問いを導出します。
この問いに対応する製品のアイデアこそが、機会を生み出す可能性を持ち、かつプロトタイピングで検証するべき仮説となるのです。本プロジェクトでは、そのような問いを起点として、アイデアを発散するために2日間のアイデアソンを開催。ここで提案されたアイデアをさらに洗練させることで、プロトタイピングで検証するべき仮説を発見しました。
リサーチが発見する価値は、「外」にあるとは限らない
ここまで、検証するべき初期仮説を特定するための3つのリサーチプロセスについて解説してきましたが、林によれば、なかでも重要なプロセスは「伴走型リサーチを実践すること」だといいます。
「私たちは『想像していなかった価値』に対して、常にそれが自分たちの外側にあると思い込み、リサーチはそれを発掘するための行為だという先入観を持っています。
しかし、伴走型リサーチというアプローチを通して、クライアントと綿密なコミュニケーションを図ることで、内側、つまりクライアント自身が当たり前だと思っていた価値を仕立て直すことができるのです。」
実際、ヤードムプロジェクトにおいても、クライアントはリサーチ時の議論を通じて日本人の香りのニーズの高さを再認識し、新商品開発に向けた社内での議論が活発化したといいます。リサーチから共創することで、クライアント自身の内側からの意識変革にも繋げることができたのです。
新規事業プロジェクトにおいて、初期仮説を作ることは第一目標となるでしょう。そして、初期仮説の設定によって、プロジェクト全体の大まかな指針は決まってきます。この段階で方針を間違えると、取り返しがつきません。だからこそ、リサーチについて「答えは外側にあるはずだ」と思い込んでしまったり、ユーザーやパートナーに向き合わない、独りよがりな調査になったりすることはリスクを高めます。
内側と外側、両方の視点を持ちながらリサーチを遂行し、検証するべき課題や機会領域を選定していくこと。これが、伴走型リサーチの重要なポイントだと言えそうです。
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