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川原田 昌徳 2026.04.23

パーパスやビジョンを掲げても、なぜ人は動かないのか?
──「行動変容デザイン」の探求(第1回)

「良いプロダクトをリリースしたのに、ユーザーの行動が定着しない」
「立派なビジョンやパーパスを策定したのに、現場のチームが自発的に動き出さない」
そうした課題を感じることはありませんか。

私は、ロフトワークでディレクターとしてインナーブランディング、デザイン経営の導入支援、新規事業開発のプロジェクトを手がけてきました。プロジェクトの種類は違っても、あるシーンだけは繰り返し訪れます。

変わりたいという強い想いを持ち、組織が行動したのに、現場が変わらない。

「なぜこうなるのか」と最初に強く思ったのは、あるインナーブランディングのプロジェクトでのことでした。経営層が半年かけて練り上げたパーパスがあった。丁寧な言語化がされており、言葉の解像度も、背景にある思いも、本物だった。チームの誰もが「これだ」と手応えを感じ、発表の場でも全員が頷いた。その数ヶ月後——現場の行動は変わらなかった。

問題は「伝わっていない」のではなかった。伝わっているのに、動かない。「何かを届けること」と「人が動くこと」はまったく別の問題だと気づいた瞬間でした。それ以来、この問いを抱えたままプロジェクトを続けてきました。「どうすれば一過性の成果で終わらず、人々の行動変容を再現性高くデザインできるのか」——本連載は、その探求の過程を記したものです。

川原田 昌徳

Author川原田 昌徳(リードディレクター)

大分県生まれ。明治大学理工学部卒業。2020年にロフトワークへ入社。Webサイトリニューアルをはじめ、インナーブランディング、商品ブランディング、デザイン経営の導入支援、スタートアップへのハンズオン支援など、様々なプロジェクトを担当。社外活動として、地元の大分県で地域課題に向き合うワークショップ開発を行う。米国PMI®認定PMP®、PMI-ACP®、人間中心設計(HCD)スペシャリスト。人々がより良い選択や行動を強い抵抗感なく行えるようにするために、行動変容のデザインを研究中。

Profile

人が動かない「3つの壁」

プロジェクトの中でこの問いと向き合い続ける中で、行動変容が起きない時には、ある共通したパターンがあることに気づきました。

壁① パーパスの正論が、本能に届かない

近年、多くの企業がSDGsやESGといった社会課題解決を事業のパーパスに組み込もうとしています。「脱炭素に貢献しよう」「健康的な生活を送ろう」——それらは方向性として正しい。しかし、正論をぶつけても、ユーザーや従業員は簡単には動いてくれません。

あるリサイクル行動の啓発プロジェクトに関わった時のことです。最初のアプローチとして考えられたのは、「リサイクルは地球のために大切だ」というメッセージを届けることでした。しかし、実際にユーザーの行動と心理を丁寧にリサーチしてみると、意外な事実が見えてきました。

正しいリサイクル行動をしている人々は、環境意識が高いから行動しているわけではなかったのです。彼らを動かしていたのは「善良な市民でありたい」「良い大人として正しく振る舞いたい」というアイデンティティへの欲求でした。

つまり、人が実際に動く理由は、「環境のため」という正論とは別のところにあった。

なぜこうなるのか。その一つとして、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンが明らかにした「現在バイアス」がここで機能していると考えられます。人は、将来の不確実な利益よりも目の前の報酬や動機を過大に評価するように設計されており、遠い未来の話として語られるパーパスや社会課題は、リアルな動機にはなりにくい。正論や美しいパーパスだけでは、人間の本能は駆動しないのです。

壁② 「知れば動く」という思い込み

新しいシステムやルールが浸透しないとき、企業は「説明が足りないからだ」「もっと教育や啓発活動をすれば動いてくれるはずだ」と考えがちです。私が関わっていたある政策事業で、こんな構造に直面したことがあります。

「中小企業のイノベーションを推進できる人材が日本には足りない。その人材を育て、増やしていく必要がある」——この問題意識自体は、誰もが正しいと頷くものです。その人材の重要性を、セミナーや広報を通じて発信することも行われてきました。

しかし、「必要だ」という情報をどれだけ発信しても、その人材が増えるとは限りません。本当に人材を育成するために、この事業ではその人材要件をまとめたガイドラインの策定や人材同士の交流の場の設計を行いました——「何をすればいいか」と「どこに仲間がいるか」を具体的に見せることで、初めて行動が生まれると考えたからです。

「正しい情報を届ければ、人は合理的に動いてくれる」という前提は、多くのプロジェクトで暗黙のうちに持たれています。しかし人間は、情報だけでは動かない。OECD(経済協力開発機構)などが提唱する行動インサイトの研究でも、「人間は不合理な生き物であり、情報の欠如やインセンティブの不足ではなく、認知プロセスそのものが行動を阻む」ことが示されています。

知っているのに、動かない。この溝は、情報の量では埋まらないのです。

壁③ ビジョンの熱量が、現場に届く前に消える

大きな社会課題に対処するため、システム思考を用いて「ありたい世界観」を描くアプローチが注目されています。しかし、どんなに壮大なビジョンを描いても、現場のアクションに落とし込もうとする過程で熱量が失われてしまうことが多々あります。

なぜ熱量は届く前に消えるのか。ビジョンを描く側は、社会や組織の構造を俯瞰しながら「あるべき未来」を設計します。しかし現場の人々は、今日の業務・今週の締め切り・自分の役割という文脈の中で、個々人の責任を果たしながら生きている。この断絶が、時に熱量を途中で消してしまいます。ビジョンが悪いのではなく、そこで生きている人々の文脈とうまく接続されていないのです。

目指す未来像やビジョンと呼ばれるものに飛躍的な要素がなく、「売上〇〇%アップ」などの現実に追われた『目標』に成り下がっているケースも散見されます。ワクワクするような未来に向かいたいのに、結局現実に追われ続けているというのは本末転倒です。

ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッター教授は、100社以上の組織変革プロジェクトを分析し、「計画された変革の約70%は失敗に終わる」と結論づけています(HBR, 1995)。

壮大なビジョンを描いた。関係者全員が「良いビジョンだ」と言った。しかしプロジェクトが終わると、気づけば誰も動いていない——この光景は、決して珍しいものではありません。

「正論」「情報」「ビジョン」を超えるために

パーパスの正論、十分な情報提供、壮大なビジョン。これらをどれだけ精緻に積み上げても、人間という不合理な存在の前では機能しないことがある。大きなシステムや戦略の論理と、現場で生きる生身の人間との間には、深い溝が横たわっています。

では、この溝を越えるためには何が必要なのか。次回は、その答えを求めて向かった先について書きます。

 

※続編記事の公開は、5月中旬~下旬ごろを予定しています

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