企業と地域が結びつくために、クリエイティブに何ができるのか
—飛騨、営みの地平で [Creative Black Box]
クリエイティブプロジェクトにおいて「表側からは見えない、クリエイティブな仕事」を紐解く、ディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」。ナビゲーターであるクリエイティブディレクターの加藤 大雅とともに「デザインと経営」におけるプロジェクト・事業デザインの視点を掘り下げます。
今回対談を共にするのは、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称、ヒダクマ)代表取締役兼CEO 岩岡 孝太郎。ヒダクマは、飛騨市と株式会社トビムシ、そしてロフトワークの三者で立ち上げた第三セクターとして、2015年に創業しました。
現在、ヒダクマは「広葉樹の可能性を広げる」ことをミッションに、飛騨の森という豊かな資源をもとに地域コミュニティ・体験・ものづくりなど、多角的なアプローチから事業を展開。さらに、建築家をはじめとするクリエイターや多様なクライアントが、ヒダクマに足を運んでいます。
なぜ、ヒダクマはこれほど多くの人の興味を惹き寄せるのか。その問いを紐解く鍵が、「営み」という言葉。「経営」とも「ビジネス」とも異なるこの言葉は、企業の原点に立ち返り、地域との結びつきを再発見しながら、未来を見据える行為でもあります。では、ヒダクマはどのようにしてその「営み」を体現しているのでしょうか。
前半パートでは、岩岡が加藤を連れ、ヒダクマの「営み」にまつわる各所を案内。その道中で、ヒダクマという企業、そして岩岡自身が、飛騨という地域と向き合ってきた6年の道のりを振り返り、企業と地域が結びつく意義について語ります。
営みの地平、飛騨で事業を続ける岩岡とともに、「経営」の先にある未来を探ってみましょう。
企画・編集:加藤 大雅・岩崎 諒子(株式会社ロフトワーク)
執筆:後閑 裕太朗(株式会社ロフトワーク)
イラスト:野中 聡紀
加藤 大雅(以下、加藤)/写真左。 ロフトワーク渋谷オフィスのクリエイティブディレクター。本対談のナビゲーター。経営者や企業と長期的に関わりながら、デザイン経営を企業内外に浸透させていくプロジェクトづくりを行っている。 Profile
岩岡 孝太郎(以下、岩岡)/写真右。FabCafe創設メンバーであり、2019年4月からはヒダクマ代表取締役社長 CEOを務める。飛騨の広葉樹の森を基点としたプロダクト・体験型サービス開発をはじめ、さまざまなプロジェクトを手がける。 Profile
ーー岩岡が真っ先に連れてきたのは、飛騨の森。まずは木を見ながら話していきたい、と言います。
岩岡 ……この大きな木がホオノキという樹種。広葉樹の中でも高く伸びることが特徴で、周りの木の成長を阻害したり、成長戦略に長けているんだよね。でも、飛騨の森にある多くの木は、もっと細かったりまっすぐ伸びなかったり、木材として使いづらい木がたくさんある。
加藤 確かに、こう見るとまっすぐ伸びている木って本当に少ないんですね。
岩岡 あれは、二又になっているでしょ? こうやって普通は木材にならない木を実際に見てもらいながら、それを活用する林業について説明しているんだよね。
……そうだ、これ記念に持って帰るといいよ。ホオノキの葉。なんか、迫力あるよね。
加藤 え? ああ、ありがとうございます……(?)。
「木材を使うアイデア」では足りない。森の案内者というヒダクマの役割
岩岡 こうやって、お客さんが来たら必ず飛騨の森を案内して、建築家やクライアントに「その気」になってもらえるようにしているんだ。
加藤 「その気」ですか、なるほど。ちなみに、こういった取り組みは当初から行っていたのでしょうか。
岩岡 森の案内については、実は最初からではなくて。そもそも今見たように、飛騨の森に広がっている広葉樹は細い木が多くて、家具や建築材に活用しづらく、結果的に経済的な林業になりにくいという状況がある。そして当初ヒダクマに求められていたのは、この課題を「ワンアイデア」で解決すること。実際、僕自身も林業の知識がなくて、「広葉樹をおもしろく使えればいい」くらいの感覚だったんだよね。
でも、始めてみるとそれだけでは不十分だった。この課題を解決するにはアイデアや技術だけじゃなくて、「森をひらく」、つまり未来のお客さんに森を案内して、広葉樹をその目で見てもらう必要があったんだ。提案として、「木を使いましょう」ではなくて「森を見てみましょう」から始めなければならなかった。
例えば、ここにミズナラの木があるけど。これだけ細い木をどうやって活用するのか、その苦労と挑戦の度合いは言葉だけじゃなかなか伝わらない。
加藤 そうですね。僕自身も目にすることで初めて、「こんなに細いんだ」って共感や愛着が湧いてきました。
岩岡 だからこそ、森を案内しながら、木に関心やこだわりをまだ持ち合わせてない人たちに「使ってみたい」と思ってもらう必要がある。それがこの地域における僕らの役割なんだよね。
飛騨で「営む」までの道のり
加藤 「地域における役割」という考え方は、僕がプロジェクトで進めている「デザイン経営」につながるところだと思っています。
たとえば、「社会起業」という言葉がありますよね。ヒダクマも「社会起業」に該当すると思いますが、そもそも企業が「業を起こす」ことは、地域・関係者・社会に対して何かしら働きかけることのはずです。そうして始まったのものが、今なお「営み」を続けている、それがデザイン経営、ひいては経営の根幹にあるのではないか、と。
岩岡 なるほど。その「営み」という言葉、いいね。「ビジネス」と「暮らし」の両面を指している言葉だ。個人的に、ビジネスシーンにおける「経営」や「営業」という言葉からは、それらを切り分けて考えている印象を受ける。でも、それは本来不自然なことだよね。だから「営み」という言葉は自然だなと思うし、ヒダクマは飛騨という地で「営み」をしている感覚があるかな。
ーーヒダクマが行う「営み」とは一体なんなのか。その説明のため、岩岡は飛騨の木々を板材に加工する西野製材所へと案内します。
岩岡 これ、去年の秋に伐採してきた広葉樹を10立米(りゅうべい)*くらいの丸太で買って、それを製材してもらって、乾燥中のもの。ホオノキとか、持ってみると結構軽いよ。
*立米は、立方メートル(㎥)のこと。主に建築業界などで用いられる単位。
加藤 本当だ、軽い。見た目は同じなのに重さは違うんですね。いろんな樹種のものがあっておもしろい。ちなみに、製材所は飛騨市内にどれくらいあるのでしょうか。
岩岡 飛騨市にはもうここ一軒しかないね。西野さんの製材所で、ヒダクマもいつもここに頼んでいる。
加藤 なるほど、本当に地域と密接しているんですね。ただ、その意味では一つ気になる点があって。渋谷に本社を持つロフトワークは、いわば「都市的」なものだと思うんです。つまり、ヒダクマは当初「外から来た人たち」だったのではないでしょうか。
先ほど「飛騨で営みをしている感覚がある」とおっしゃっていましたが、そこに至るまでの障壁や、あるいは外から入ったことによる特別な意味はあったのでしょうか。
岩岡 そうだな、最初の頃を考えると、飛騨の人たちからすると「クリエイティブ」って標語を掲げた東京のよくわからない企業が入ってきて、ちょっと胡散臭いというか、懐疑的な見え方をしていたんじゃないかな。
さらに、自分たちとしても、「クリエイティブを使って外から地域にソリューションをもたらそう」っていう気概、悪く言えば「おごり」が心のどこかにあったのかもしれない。
でも実際には、与える以上に与えられるものの方が多くて。もちろん、こちらも新しいアイデアを出すけど、学ばせてもらうことが本当に多いんだよね。与え与えられ、いいバランスで事業を続けて、6年経ったのが今。これだけの時間をかけて築いてきた、飛騨の人たちとの多彩なつながりや関係性の中で、ヒダクマの存在も定着してきたと思う。ようやく「飛騨固有のヒダクマ」になった、そういう感覚でいる。
飛騨からみる「クリエイティブ」
ーー次に、ヒダクマと一緒にプロダクトの制作を行っている田中建築さんの加工場を訪れます。
田中さん(以下、敬称略) 普段の業務は住宅が多いんですけど、ヒダクマさんとはいろんな仕事を一緒にやらせてもらってますね。
加藤 やはり、難しいものが多いですか?
田中 うん。基本無理な仕事。
加藤 なるほど(笑)。
田中 でも、俺自身が「難しいのちょうだい」って言っているんだよね。今は住宅を建てるにしても複雑な組手を使うケースが少なくなってきていて、ちょっとしたフラストレーションも感じているから。
その点、ヒダクマさんからの仕事はいつも未知の領域で。持ってくる木材も材料としては「欠点だらけ」なんだけど、だからこそおもしろいよね、挑戦しがいがあってさ。
岩岡 ありがとうございます(笑)。製作の過程が難しいのはもちろんのことだけど、作った後も大変で。複雑に組み込んだものとかは、修理が必要なこともありますよね。
田中 木は時間が経つと「動く」からね。不具合になりそうだったら直さないといけないし……それを嫌がるお客さんもどうしてもいる。
岩岡 そうなんですよね。だからこそ、作り手だけじゃなくて使い手にも、木の特性とか良し悪しをきちんと理解してもらう必要があって。そういう意味でも、森を案内し、木を間近で見ながら理解してもらうことが欠かせない。そのうえでお客さんの気持ちを前向きにさせる、そこまで至ってようやく、飛騨の木材を選んでもらえる。
ーー田中建築を後にしながら、話は岩岡自身の変化へと移ろいます。
加藤 先ほどはヒダクマの変化について聞きましたが、岩岡さん自身も、例えばクリエイティブへの向き合い方について何か変化があったのではないでしょうか?
岩岡 それは、鋭いね。そうだな、東京でFabCafeをやっていた頃は、外側に向けたコミュニケーション、具体的には「営業」に近い部分でちょっと悔いの残るところがあって。
当時からFabCafeという場所にはたくさんのクリエイターが集まってくれていた。そして、なぜ彼らが集まってくれたかといえば、FabCafeを空間として好きになってくれたり、やりたいことに通じるメリットを感じてくれたからなんだよね。
FabCafeにとって、クリエイターは一番大事にしなくてはいけない存在。けれども、クライアントに向けてプレゼンする時は、どうしても「FabCafe」が主語になってしまう。すると、時にはクリエイターを自分たちが囲い込んでいるかのような見せ方をしてしまうこともあったんじゃないかなって。
当然、ビジネスとしてドライブさせる必要はあったし、それを当時の自分なりにクリエイターと一緒に進めようと思ってのことだったけど、もっと良い表現とか良い関係の築き方が見つけられたはずだと、今となっては思うんだよね。
岩岡 これは、多くのクリエイティブエージェンシーにおいても共通すると思う。クリエイターやクリエイティブを扱うときには、「自分たちのもの」として扱ってはいけないはずだよね。特に飛騨では、もとから「飛騨の営み」があったわけで。広葉樹の事業に関わる人たちを「ヒダクマ」という主語で括らないようにしているし、それを良しとしたくないと思っているかな。
飛騨だから目指せる「共栄」の未来
加藤 そのお話を聞けて、いっそう製材所や加工場を見られてよかったと思いました。よく考えると、そもそも製材とは何か、大工さんはどこからどこまで担当しているのか、そのなかでヒダクマはどんな立ち位置で何をしているのか、意外とわからなかったんです。でも今回足を運んでみて、それが全部つながっていくような感覚がしています。
岩岡 飛騨の林業を一言で表すと「自律、分散、ときどき連携」になると思っていて。ここで言う「林業」は、広い意味、つまり家具などの製品化までを見据えた場合なんだけど。
飛騨はその林業のプロセスが高度に分業化され、それぞれがプロフェッショナルとして機能している。今、飛騨市と「広葉樹のまちづくり」を進めているけれども、さらに踏み込んで言えば、飛騨全体が「広葉樹のまちづくり会社」として機能していることが、この土地の強みなんだと思う。
加藤 なるほど。では、その飛騨におけるヒダクマの役割は、「分業を連携させる」ようなものなのでしょうか。
岩岡 いや、実はその限りでもないと思っていて。最初は、飛騨全体をリードして、工程なども全てデザインしていくつもりだったけれど。それは不可能だし、必要のないことだと、今では考えているんだよね。
加藤 その変化は、どのような部分から生まれたのでしょう。
岩岡 まず前提として、シンプルにヒダクマの「個」の役割を考えると、「森の案内者」や、地域経済でいうところの「外貨を稼ぐ」ことがそれにあたると思う。でも、結局これも「広葉樹を使ってアイデアを出す」部分に限った話で。最終的な目的は、森と人の関係を改めて定義し直すとか、10年、100年という単位で森を育成・管理していく仕組みまで考えることにある。そこまで考えると、やっぱりヒダクマだけじゃできなくて。
加藤 飛騨という総体としてのリソースが必要になる。
岩岡 そう。もちろん僕らは学ばせてもらいながら、それを更新するようなアイデアは出すのだけれど、それらは決して、ヒダクマがリードしたりコントロールするようなものではないから。
だからこそ、「森と共存する」「将来的に飛騨の森を活用し続ける」という長期的な目標において必要なのは、ヒダクマのようなアイデアを考える会社だけじゃなくて、自治体、地域の木工職人や森林組合、さらには作家や使い手、そのみんなが同卓して、話ができる関係性なんだと思う。
そして、同時に街ぐるみで「飛騨に足を運んでもらう価値」を生むことも欠かせなくて。そうやって飛騨のみんなで森と共存していく、そういう関わり方がまとまって「営み」というものができているはずだから。
加藤 それはある意味、飛騨という土地が「自分たちの街」と言うか、「この地域」という明確な区切りがあるからこそできることかもしれませんね。
岩岡 そう、そうなんだよ。逆にいうと、そこに難しさもあるんだけど。仮に、今から他の地域に入って同じことをやれ、と言われてもできないんだよね。
ただ確かなこととして、僕たちが飛騨で行っていることはまさに「共存・共栄」だなって思う。……飛騨に来る前には、自分がこんな言葉を堂々と口にするなんて思わなかったけどね。
東京でビジネスや事業展開を考える時には、なかなか「共存・共栄」っていう考え方にはならないからさ。だから、これは飛騨に来たことによる一番の変化なのかもしれないな、とも思う。ヒダクマが始まって6年かけて、ようやく飛騨と「共存」できているって、胸を張っていえるようになった。だから、今度は「共栄」だよね。共に栄える。
加藤 飛騨と結びついて、一緒に栄えていく。そして、その先にに森と林業の持続化があるわけですね。
岩岡 そうだね。そういうことを描いていくのが次のステップかな。
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